非経済的関心事に基づく制限措置について-人権分野とりまとめ
問題意識
(1)今後の国際経済社会の持続的発展を図る観点から、国際通商ルールは自由貿易による経済的効率性の追及と、非経済的要素とされる環境や人権など普遍的価値への対応と共存を求められている。
(2)もとより人権問題には多様な分野が含まれるが、通商の観点からは、主として労働分野、特に強制労働の問題が取り上げられてきた。歴史的には資本主義発展の初期段階に奴隷法や児童労働禁止法が一部の国で導入され、その後、各国で憲法上の保護が図られると共に、国際労働機関(ILO)条約の締結などの形で国際的な枠組みが構築されてきた。
人権保護を目的とした貿易制限的措置も、国連安保理決議に基づき南アフリカ(1977年)、ソマリア(1992年)など対する経済制裁、反政府勢力の資金源とされたダイヤモンド原石(紛争ダイヤモンド問題)の取引規制(キンバリープロセス)(2003年)の形で、事案毎に、基本的には国の責任として実施されてきた。
(3)今世紀に入り、企業活動のグローバル化の加速、活動拠点の世界各地への展開により、途上国での鉱山や農園での劣悪な労働環境や人権問題が顕在化し、人権保護の責任や義務が企業にも求められることとなった。この動きを定式化したのが国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」(2011年)である。指導原則の採択以降、人権は、“SDGsの実現と人権の保護・促進は総合に補強し合い、表裏一体の関係にある” (日本政府“ビジネスと人権に関する行動計画”)とされ、環境問題と共に国際社会の重要な政策課題と位置付けられるに至っている 。
(4)そうした流れを受け、欧米諸国は企業のサプライチェーン上の人権侵害に対処するための法的措置の導入を進め、人権デユーディリジェンスの義務化に止まらず、新たに輸出入規制の導入や関与した個人・法人の資産凍結などの制裁措置を発動してきている。
具体的な事例としては、輸入規制としては米国の関税法307条(2016年発動条件緩和)、ウイグル強制労働防止法(2020年)、EUでも欧州委員会では強制労働産品の輸入禁止法案を公表・検討している。輸出規制については、米国のほか、EUの“サイバー監視技術を用いた人権侵害に対処するための規則改正”など、既存の枠組みの運用強化や制度改正が進められており、我が国でも人権侵害を理由とする輸出管理の検討を今後進めていく方向性が示されている(2021年) 。
更に米国ではグローバル・マグニツキー法(2016年)に基づき、ウイグルでの深刻な人権侵害への関与を理由に個人・法人への制裁措置や、大統領による国家緊急事態宣言に基づくミャンマー国軍関係者、企業への制裁措置(2021年)を発動している。なお、グローバル・マグニツキー法に相当する法令はEU、英国、カナダ、オーストラリアでも整備されている。
(5)また、近時締結されているCPTPP、USMCA、日EUEPAなどのFTAに於いては、中核的労働基準の順守などの締約国の規律と共に、第三国に対する協力的対抗規定(CPTPP)、強制労働産品の輸入禁止(USMCA)など、労働分野での通商上の措置を取り入れた事例が増加している。
(6)上記のとおり、先進諸国を中心に、人権保護を目的とした通商上の規制措置の導入は国際的な潮流となっているものと見られる。その背景として世界的な人権保護に対する意識の高まりが基本にあることは言うまでもない。ただ、強制労働などで製造された安価な製品に対する公正な競争条件(レベルプレーイングフィールド)確保の問題も無視できない要素として指摘されている。
労働コストの差を規制措置で埋めるような考え方は保護主義的な動きが背景にあることが多く、「これは偽装された保護主義ではないか」、「経済力を梃子にした内政干渉ではないか」、更には「人権保護を隠れ蓑としつつ、真の目的は貿易制限によって相手国に経済的打撃を与えることではないか」、といった懸念が指摘されている。
(7)こうした懸念を払拭するためには、これら措置の国際通商ルール上の整合性、正当性の検証が重要である。しかし、現行のWTO協定には労働基準を含む人権保護についての明示的な規定はなく、基本的には第20条例外規定の解釈に拠らざるを得ない。しかし人権侵害を巡っての先例は乏しく、どのような解釈で例外規定を援用できるかは必ずしも明らかではない。加えて人権分野においては、環境におけるパリ協定のような包括的な国際的規範やフレームワークもない。
今後、更なる規制措置導入の加速化が見込まれる中、このままの状態を放置すれば、人権保護を名目とした貿易制限措置が濫用されるリスクは高く、これが通商紛争に発展し、国際通商体制に大きな混乱を招くことが想定される。
(7)このため、本研究会では人権保護を理由とした貿易制限措置の現状について労働分野を中心に整理し、現行WTOの例外規定の解釈上、どのような措置がどのような条件下で許容されるのか、仮に解釈上の限界があるとすれば、どのような対応が図られるべきかなどについて、先進的なFTAなどの取り組みも念頭に置きつつ、その方向性を示すこととした。
なお、人権や環境の保護は、世界全体の共通利益として国境を越えて国際社会が協力して取り組まない限りは有効な成果が得られにくい問題である。また共にWTO協定上の明文規定がなく、第20条例外規定の解釈に依存せざるを得ない状況にある。従って、人権を巡る国際通商ルールの在り方については、環境分野との共通点や相違点に留意しつつ、検討を行った。
非経済的関心事に基づく制限措置について-人権分野とりまとめ