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グローバル化が広げる世界経済の分断

「世界各地域から見た現下の国際情勢」

グローバル化が広げる世界経済の分断

2025年3月5日

新潟県立大学 教授
中島 厚志


製造業が縮小する先進国

 2025年2月23日にドイツで総選挙が行われ、キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)が勝利した。しかし、単独過半数には届かず、連立政権での発足となる。この総選挙で注目されたのが、反移民・反EUを掲げる極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の大躍進である。それまで旧東ドイツ各州の選挙で躍進を遂げてきたが、国政選挙で初めて社会民主党(SPD)を破り、全体の2割の票を得ることとなった。移民受け入れの厳格化は、AfDはもとより今回総選挙で勝利したCDU/CSUも公約にしていることであり、大量の移民を受け入れてきたドイツの変化はEUのみならず世界にとっても大きな変化をもたらす可能性がある。

 このような内向きへの変化はドイツにとどまらない。それは、トランプ大統領が再選された米国でも同様であるし、フランスでも、ドイツに先行して昨年の総選挙で移民に厳しい姿勢を示す極右政党国民連合(RN)が大躍進している。

 これら欧米諸国の政治動向が同じような方向に動いている背景として、グローバル化の進展が見逃せない。図1は、日本、米国、ユーロ圏の製造業雇用者数と世界輸出に占める新興国・途上国シェアとを比べたものである。このグラフで一覧できるように、世界輸出に占める新興国・途上国輸出の割合増は主要先進国の製造業雇用者数の減少と有意に負の相関を示している。

 もちろん、新興国・途上国の輸出増だけが日本、米国、ユーロ圏の製造業雇用者数の減少を決めるものではない。たとえば、経済発展が進むにつれて労働の中心が一次産業(農業)から二次産業(製造業)そして三次産業(サービス業)へと移行することを示したペティ=クラークの法則は有名であるが、その背景には労働生産性の上昇や技術進歩の影響とともに需要変化の影響もある。

図1 日米ユーロ圏製造業雇用者数と途上国輸出割合

 しかし、新興国・途上国の輸出増の背景にグローバル・バリューチェーンの深化や技術移転、新興国の産業発展などがあることを踏まえると、主要先進国での製造業雇用者数の減少に、これらの国での製造業の空洞化や産業競争力の相対的低下があることは否定できない。

 このうち産業空洞化では、先進国をOECD諸国、新興国をOECD諸国以外の国々とすると、先進国の工業生産割合は大きく減じている。世界の工業生産に占める先進国の割合は2000年の76.6%から2021年には48.2%に減少しており、世界の工業生産のウエイトは年々新興国にシフトしている(図2)。

 このような状況にあって、日本、米国、ユーロ圏の製造業雇用は、図1に見られるように2000年以降2022年までで合計約1,200万人減少している。幸い、これらの国・地域では非製造業雇用人数が増加しているので全体の雇用者数は増加しているが、工場が多く立地してきた地域で空洞化が進み、経済停滞と雇用減が見られるのは日米欧共通である。

図2 世界工業生産:OECD加盟国と新興国の割合推移

 反移民や保護主義的な主張を掲げる政党が力を得ているのは、これらの地域である。米国でトランプ大統領が再選を果たしたのも、中国などからの輸入増で製造業の衰退と雇用喪失が進んだラストベルトなどの地域で人々の支持が集まり、スイングステートと言われる激戦州を制したことが大きい。また、フランスでも、極右政党国民連合の国会議員が選出されている選挙区を見ると、首都のパリや大都市のリヨンからは一人も選出されておらず、工場が撤退して空洞化が進み、経済が疲弊している地区からの選出が主となっている。

 他方、新興国の輸出競争力向上も、先進国の製造業の停滞を強め、工場が立地していた地域の雇用にはマイナスの影響をもたらしている。最近で見ても、競争力を高めた中国メーカーのEV(電気自動車)が主要国の自動車市場でシェアを急速に高めている。しかも、中国では生成AI分野でもディープシークといった高度な製品が登場しており、先端技術分野においても主要先進国は優位性を失いつつある。中国やベトナムにおいては、輸出に占める製造業品の割合が日本やドイツを超えており、もはや工業国は先進国とは言えなくなっている(図3)。

図3 世界:財輸出に占める製造業品の割合


グローバル化が招く保護主義の悪循環

 グローバル化の進展は、先進国と新興国双方に大きな利益をもたらし、世界経済の成長に貢献してきた。グローバル化に伴って、新興国では先進国企業の対内直接投資が増加し、輸出が拡大して経済成長と雇用創出につながっている。先進国でも、企業のグローバル・サプライチェーン構築が進展して企業業績の拡大に寄与するとともに、安価で高品質な製品の供給を受けることで消費者余剰が発生し、国際貿易から利益を享受してきた。

 人々のグローバルな移動拡大も多くの恩恵をもたらしてきた。自由に世界を移動できることは、特に先進国企業にとっては有能な人材の確保を容易とし、新興国の人々には能力を発揮して豊かになる機会を提供している。加えて、移民は少子高齢化が進む先進国の労働需給を緩和し、その経済成長にも寄与してきた。

 ところが、近年では新興国と先進国の間での利益配分が大きく変化し、先進国の不満が高まる状況となっているのは前述したとおりである。かつては、豊富な資本蓄積と技術力を有する主要先進国が自由貿易の果実の多くを得てきた。しかし、グローバル・サプライチェーンの構築や技術移転が進み、新興国における製造業の成長と輸出の拡大が進んだ現在では、グローバル化の進展は新興国の製造業が持つ競争力を一層高め、ますます利益を新興国側にもたらすようになっている。

 グローバル化の恩恵が先進国に偏らず新興国にも行き渡り、新興国が豊かになるのは大いに結構なことである。しかし、グローバル化が進むことで、先進国の工業地域や労働者層にとっては産業空洞化や失業といった負の影響がますます顕著に現れているのも事実である。そして、グローバル化の進展とともに、先進国では地域間格差の拡大につながり、経済的な不平等が助長され、社会的な緊張を高めることにもなってしまった。また、移民の流入増は、とりわけ経済的に厳しい状況にある人々にとっては就業や収入を脅かす要因と見られるようにもなってしまった。

 このようなグローバル化の負の側面が、現在欧米諸国で強まっている保護主義の高まりや反移民・反EUといった動きの背景にあることを見落とすことはできない。しかも、急速に技術力と産業競争力を高める中国などの新興国を見ると、グローバル化の負の側面は今後も強まることが想定される。逆説的ではあるが、世界経済に大きな恩恵を与えているグローバル化が進めば進むほど、主要国での保護主義を招き、世界経済の分断を拡大することにつながる可能性は高い。


世界経済分断を広げる「アメリカ第一主義」

 世界経済の分断拡大では、直近のトランプ大統領の再選も大きな要因となる可能性がある。トランプ大統領の政策には規制緩和や減税などがあり、米国共和党の伝統的な政策に近いところがある。かつて、1980年に米大統領となったロナルド・レーガン氏が規制緩和と減税を強く推し進めたことで、当時の米経済は好景気に沸くこととなった。この類推もあってか、トランプ氏の大統領再選前後にはトランプ期待が高まり、株価のみならず景気まで上向きになった。

 しかし、トランプ大統領は、米国の国益を最優先し、他国との関係も米国にとっての損得で判断する「アメリカ第一主義」を掲げている。しかも、そこにあるのは、国益を短期的な経済的損得と捉えて追求する取引主義(transactionalism)の姿勢である。このような姿勢は、ウクライナ停戦を米国財政収支改善の視点で捉え、米国のウクライナへの軍事・経済支援とウクライナ資源獲得を天秤にかけるような対応に如実に見ることができる。また、グローバル化、環境重視、国際法を犯したロシアへの制裁などに反対する姿勢も、取引主義の観点から理解することができよう。

 このような対応は、自由と民主主義といった価値観を軽視するものであり、これらの価値観と法の支配や国際協調などを軸とする西側諸国とは考え方の大きな相違をもたらしている。そして、トランプ大統領の取引主義の見方に立つと、米国に経済的利益をもたらす国だけが重視されるといったことにもなりかねない。しかも、米国一国の短期的経済利益がもっぱら追求されることになると、米国覇権によって維持されてきた戦後の国際秩序自体が変化することになりかねない。それは、米国自体が覇権を放棄する世界であろう。そうなると、世界各地域で新たに覇権を目指す国や勢力が台頭し、地域間での紛争の可能性が高まるとともに、世界経済も多極化ないしブロック化に向かう可能性が否定できない。


新たな国際協調と差別化が求められる先進国

 このままグローバル化が止まらず、トランプ大統領の「アメリカ第一主義」が貫徹されていくと、世界経済は中長期的にもますます分断に向かう可能性が大きく、世界の政治経済の不安定化が亢進していく。グローバル化の恩恵が大きいことを踏まえると、先進国と新興国双方ともいかに対立や保護主義の高まりを抑えて利益を享受しつづけるかを真剣に詰める局面に差し掛かっていると言える。

 先進国の立場に立てば、その方策の一つは新興国との貿易品目の差別化を進めることである。また、経済の一層のサービス化を通じて、いかに新興国からの輸入に左右されにくい経済体質を形成し、良好な雇用環境を確保していくかということになる。

 このうち貿易の差別化では、イノベーションやIT・AI投資などで製造業の生産性と競争力を向上させて製品差別化を図り、空洞化の弊害を軽減させることが必要である。2000年以降の日本の状況を見ても、設備投資の低い伸びと低い生産性上昇率がセットになっており(図4)、設備投資の促進が、生産性を上げ、イノベーションを起こしやすくすることにつながる。

図4 OECD加盟国:設備投資と生産性の増減率

 また、非貿易財であるサービスの経済に占めるウエイトを高め、新たな雇用機会を創出することも欠かせない。これには、教育やヘルスケアといった知識集約型産業への移行やより豊かに生活を送ることが出来る政策も含まれる。さらに、近年主要国ではサービス輸出が急激に伸びている。米国のサービス輸出の内訳を見ると、クラウドコンピューティング、ソフトウェア、コンピューターサービスなど近年のAI・IT技術進歩に呼応したサービスの伸びが大きくなっている。日本のサービス輸出も伸びているが、内訳として大きいのはインバウンドの消費であり、グローバル化の下での競争に劣後しないためには、AI・IT技術を取り込んだサービス強化も不可欠となっている。

 加えて、世界経済分断に抗するには、広域で高い自由化水準を持ち、国有企業や補助金による貿易の歪みも抑制する協定となっているTPPといった経済連携協定を活用するなどして、質の高い公正な貿易取引を広げる取り組みも有効である。先進国は、これらの取り組みを通じて、グローバル化の恩恵を失わずに保護主義の高まりを封じる方途を模索していかなければならない。

 一方、新興国にもグローバル化を阻害しない努力が求められる。それは貿易を先進国と同じ競争条件の下で行うようにすることである。そのためには、通貨安政策や過剰な補助金などで輸出価格を人為的に割安にする政策は慎まなければならない。輸出促進策や輸入規制も、公正貿易が確保される範囲内でなければならないということになる。

 このような公正貿易を担保するには、世界貿易機関(WTO)が果たし得る役割は大きい。トランプ大統領は、WTOのルールや判断が米国の経済的利益を阻害していると主張し、WTOからの脱退をほのめかしている。しかし、WTOは、国際貿易のルールを管理し、加盟国間の貿易を円滑にするための国際機関であり、貿易ルールの策定や貿易紛争処理を通じて保護主義を抑え、国際貿易の発展に貢献してきた。したがって、WTOが有する紛争処理メカニズムを一層活用することや、WTOが公正な競争を守るために例外的に認めているアンチダンピング措置や相殺関税措置といった貿易制限措置を多用して公正な貿易を確保することも有効であろう。

 世界経済は、現在、グローバル化が進むか、保護主義が広がるかの大きな分岐点にある。いままで先進国が得てきたグローバル化の利益が新興国にシフトすることを悪いとは言えない。しかし、保護主義の高まりや世界経済の分断が深刻な状態に陥るのは回避しなければならない。ここは、先進国と新興国双方が揃って抜本的な対策に踏み出すことを期待したい。このような取り組みはブレトン・ウッズ体制以来あるいはガットがWTOに改組されて以来の大きなレジーム変化であり、容易ではない。しかし、世界各国が新たな貿易体制に合意できれば、グローバル化がもたらす可能性をさらに引き出し、より公平で安定した国際経済秩序を築くものとなるであろう。



執筆者プロフィール

中島 厚志(なかじま・あつし)
新潟県立大学 教授

 1952年生まれ。東京大学法学部卒業後、日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行。主として国際金融部門と調査部門に在籍し、調査部主任部員、国際営業第一部課長、産業調査部副部長、パリ支店長、パリ興銀社長、執行役員調査部長等を歴任し、みずほ総合研究所(株)専務執行役員チーフエコノミストを経て2011年4月から2020年3月まで独立行政法人経済産業研究所理事長。2020年4月より新潟県立大学国際経済学部教授、同年6月より公益財団法人日仏会館理事長。他に、経済産業研究所コンサルティングフェロー、日本商工会議所総合政策委員会学識委員など兼職。2001年から2011年にかけてテレビ東京系列「ワールドビジネスサテライト」レギュラーコメンテーター。主な著書としては、『大過剰 ヒト・モノ・カネ・エネルギーが世界を飲み込む』(日本経済新聞出版社、2017)他。幼少時を含めてフランス在住が12年近くに及んでおり、フランス語はほぼ第二母国語。



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