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中国の開発協力の動向
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2025年2月13日
早稲田大学理工学術院 国際理工学センター 教授
北野 尚宏
はじめに
「一帯一路」構想(BRI)下での融資拡大による大型インフラ建設が債務問題などにより減速する中で、中国政府は2021年に、質の高い代表的プロジェクトの構築と「小さく優れた」民生プロジェクトを優先する方針を打ち出した。さらに、同年の国連総会でSDGs達成を推進するためのプラットフォームとして「グローバル開発」構想(GDI)を提唱した。本稿では、開発協力を政府開発援助(ODA)に限らずその他の公的資金(OOF)や民間資金も含めた開発途上国に対する幅広い協力と捉え、その観点から、BRI、GDIの動向について論じたい。
BRI政策の調整
中国は、2000年代に入って中国輸出入銀行(中国輸銀)や国家開発銀行(中国開銀)の融資などにより、国有建設企業の途上国インフラ市場への参入を推進し、2013年以降BRIの下で融資を一層拡大させた。BRIは、インフラ整備資金の新たな選択肢として途上国からは歓迎される一方1、自国の過剰生産緩和を図った経済政策という側面も有していた2。2010年代後半、途上国の債務問題が深刻化すると、中国は、2019年の第2回「一帯一路」国際協力ハイレベルフォーラム(BRF)で、BRIは「質の高い発展」を目指すことを表明し、プロジェクト実施に当たっての国際的ルール順守などを方針として掲げると共に「一帯一路債務持続可能性フレームワーク」を公表した。同年以降、中国輸銀や中国開銀などの新規融資供与額は急減した。
新型コロナウイルス感染症パンデミック下では、中国は途上国向けに大規模なワクチン供与を行うと共に、G20最大の二国間債権国として、G20・パリクラブが立ち上げた新たな低所得国向け債務救済制度である「債務支払猶予イニシアティブ(DSSI)」や低所得国の債務減免を促す「共通枠組み」などに参加し、G20最大規模の債務救済・債務再編を行った3。個別国に対しては、中国人民銀行と途上国の中央銀行間の通貨スワップ協定締結による流動性支援融資などで、独自の債務救済を実施した4。世界銀行の国際債務統計によれば、中国の途上国(中低所得国)への、融資実行額から返済額(元本+金利)を差し引いた純移転額は2019年以降マイナスに転じ、2022、2023年とマイナス幅は拡大している。中国は、途上国にとってインフラ整備資金源から最大の二国間債権回収国に転じたと言える5。
このように、BRIが債務問題などにより減速する中で、習近平国家主席は2021年の第3回一帯一路建設座談会において、高品質の代表的プロジェクト実施によりデモンストレーション効果を高めることと、「小さく優れた」民生プロジェクトに優先順位を与えることを表明した。2023年10月に開催された第3回BRFでは、重層的な連結性強化(海、陸、空、デジタル、金融、宇宙など)、グリーン開発、AIを含む科学技術イノベーション推進など8項目の行動宣言を提唱し、実務協力発展の項目で、代表的プロジェクトと「小さく優れた」民生プロジェクトを一体的に推進する方針を打ち出した。重要な大型インフラ事業は個別的に推進すると共に、人材育成、貧困削減、保健医療など、言わば人々に寄り添う社会開発事業を重点にする方針といえる。資金協力面では、中国開銀、中国輸銀がそれぞれ人民元建て3,500億元(約480億ドル)の融資枠を設置し、シルクロード基金は800億元の新規資金を追加している。
代表的プロジェクトの事例
ここで、代表的プロジェクトの事例を2件取り上げたい。まず2025年に本格着工が見込まれる、中国・キルギス・ウズベキスタン鉄道である。同鉄道は1990年代に中央アジア、カスピ海を経由してユーラシアを横断する代替ルートとして構想されたが、ロシアの反対、キルギスの政情不安、資金的、技術的問題などがあり進捗しなかった。2022年のロシアのウクライナ侵略を契機として、中国の協力を得たいロシアが同鉄道の建設を容認したことで実現に向けて動き始めた。軌道幅は、中国カシュガルよりキルギス領のマクマルまで標準軌、マクマルで積換えて広軌でウズベキスタンのアンディジャンに至る。中央アジアで標準軌鉄道が敷設されるのは初めてである。山岳地帯を通り難工事となるキルギス区間(約260km)については、3カ国の鉄道事業体が合弁事業会社を設立するPPP事業方式が採用され、約47億ドルの事業費は、事業会社の出資金(中国51%、キルギス、ウズベキスタン各24.5%)に合わせて、事業会社が中国輸銀などから約24億ドルの譲許的融資を借入れることが想定されている。同鉄道開通により、キルギスにとっては経済開発につながることが期待されている一方、中国の影響力が高まる可能性など様々なリスクが指摘されている。
もう一つの事例は、中国雲南省とベトナムを標準軌鉄道でつなぐラオカイ・ハノイ・ハイフォン鉄道(約390km)である。実現すれば、両国間のクロスボーダー輸送が強化されると共に中央アジア、カスピ海ルートとの連携も期待される。総工費は約87億ドルで、うち中国政府優遇借款約54億ドルの借入が見込まれている。本プロジェクトは、1979年の中越戦争などを背景に、国家安全保障の観点などからベトナム側が実施に消極的であった6。しかし、2023年になって両国間で事業推進が合意され、2024年12月にランソン・ハノイ鉄道、モンカイ・ハロン・ハイフォン鉄道とあわせて、3本のクロスボーダー標準軌鉄道建設協力に関する協定が結ばれた。この背景には、米中対立が続く中で、中国との間で南シナ海の領有権争いをかかえ、米国や日本との安全保障関係を緊密化しているベトナムが、あえてクロスボーダー鉄道事業推進に同意することで中国との緊張関係を相殺しようとしたとの見方がある7。
この二つの事例は、いずれもBRI推進の観点から中国にとって是が非でも実現したいプロジェクトであるが、種々の理由で長らく目立った進捗はなかった。国際協力機構緒方貞子平和開発研究所の研究チームが途上国の対中関係を分析する枠組みとして提唱した「五要因モデル」([1]国内政治、[2]経済情勢、[3]平和と安全保障、[4]国際関係(世界レベル)、[5]国際関係(地域レベル))8に照らせば、プロジェクトが動き始めた要因は、前者については主に[5]国際関係(地域レベル))の変化であり、後者については、途上国側が米中対立という[4]国際関係(世界レベル)に対応するために、[2]経済と[3]安全保障を総合的に勘案した結果と説明できる。
GDIの提唱と進捗
中国は、上述したようにBRIの政策調整を行うと共に、2021年9月の国連総会で、新たな外交政策として、中国がプラットフォームを提供し、世界各国や国際機関に共同参加を呼び掛けてSDGsを推進していく構想としてGDIを提唱した。GDIの実施については、対外援助を統括する国家国際発展協力署(CIDCA)が担うことになった。CIDCAは、従来の対外援助を国際規範である国際開発協力に転換、統合し、大国外交やBRI推進にこれまで以上に活かすことを狙いとして2018年に国務院に設立された政府機関である。
GDIの重点分野として、貧困削減、食糧安全保障、パンデミック対策とワクチン、開発のための資金調達、気候変動とグリーン開発、工業化、デジタル経済、デジタル時代の連結性という、17のゴールをカバーする8つの重点分野が掲げられた。CIDCAは2023年にGDIの事務局としてグローバル開発推進センターを設立した。あわせて、途上国や国際機関から提案のあったプロジェクトと参加機関から調達した資金とのマッチングを行うために、グローバル開発プロジェクト・プールとグローバル開発キャピタル・プールを設立した。1,000を超えるプロジェクトがプロジェクト・プールに登録され、その半分は実施済であることが公表されている。公開されたリストには従来の対外援助事業が多く含まれており、これらをGDIブランドにリパッケージしたとみることができる。加えて、第3回BRFでは、1,000件の「小さく優れた」民生プロジェクト実施が表明され、CIDCAがGDIの枠組みで担当している。BRIとGDIは、政策の重点は異なるものの相互補完関係にあるといえる。
「小さく優れた」プロジェクトの事例
ここで、BRI、GDI双方のもとで、実施されている「小さく優れた」プロジェクトの事例として人材育成事業に触れたい。ひとつは古代中国の工匠魯班にちなむ「魯班工坊」ブランドの職業教育プログラムである。アジア、アフリカ、欧州で30カ所余り設立されており、キルギスでは、2024年に浙江水利水電学院、浙江通信職業技術学院を中国側パートナー教育機関としてキルギス国立工科大学に魯班工坊が開校した。キルギスの豊富な水力資源の開発や交通、インフラ建設などに人材育成面で貢献するために、水利・水力発電工学、電気、機械、土木工学などの科目が開設されている。
もうひとつは、中国国内での研修事業である。CIDCAが商務部所属の研修機関である国際商務官員研修学院と共に調整を行い、中国各地の対外援助研修センターや大学などが国別、課題別研修を実施している。2000年代後半は2万人程度だった研修規模は、2025年には約2千の研修プログラム、年間5万人まで拡大している。例えば、タリバンが復権したアフガニスタンに対しては、中国は、女性の人権抑圧が国際社会で問題視されているにもかかわらず、資源開発など実利を優先させ、政権を正式承認しないままに2023年に新任の大使を派遣し、2024年にはタリバンが派遣した大使を受け入れた。世界最大級の未開発鉱床であるアイナック銅鉱山の開発を進めながら、タリバン政権の政府職員らの研修を開始している。2024年には石河子大学(新疆ウイグル自治区石河子市)でアフガニスタン教育管理研修、湖南貿易職業学院(湖南省長沙市)でアフガニスタン経済貿易管理政策研修、中央文化観光局学院(北京)でアフガニスタン考古学・文化遺産保護に関する上級人材育成コースなどが実施されている。
GDIの資金調達
GDI実施のための資金調達面では、中国が2016年に設立したグローバル開発・南南協力基金を30億ドルから40億ドルに積み増した。CIDCAは、前述のマッチングメカニズムの枠組みで、2023年の開発共有グローバル行動フォーラム第1回ハイレベル会合では中国開銀(50億ドル)、中国輸銀(50億ドル)、アジアインフラ投資銀行(AIIB)(20億ドル)、2024年の第2回会合では中国銀行(20億ドル)との間で、合計140億ドルのGDI専用資金枠に関する覚書を締結している。筆者らの推計では、政府開発援助(ODA)の定義にできるだけ整合するように推計した中国の対外援助額は、2019年をピークに伸びていない9 。GDI実施のための資金ニーズを市場金利ベースのOOFや民間資金などで賄うのは、積極的に民間資金を動員しようとする国際開発潮流にかなっている。一方で、債務持続可能性の観点からできるだけ融資条件を緩和することが、途上国のニーズに応えるには必要であると考えられる。
ナレッジ面でも、2017年に中国の開発経験の知見共有などを目的に国務院発展研究センター(DRC)を母体に設立された中国国際発展知識センター(CIKD)が、GDI推進の一環として、2022年より年次のフラグシップレポートである「グローバル開発報告書」の発刊を開始した。同報告書は、GDIの8つの重点分野を踏まえたグローバルレベルの開発課題の分析を通して、中国のグローバル開発に関する主張を国際的に発信するためのツールとして位置づけられている。商務部国際貿易経済協力研究院の国際開発協力研究所は、2020年より毎年「中国と国際開発」フォーラムを開催し、「中国と国際開発報告書」を発刊している10。さらに中国は、2024年にグローバルサウスの国々との協力強化のために「グローバルサウス」研究センター設立を表明し、DRCが設立準備にあたっている。
GDIと多国間協力
GDIの特徴のひとつは多国間主義、国連における協力関係が強調されている点である11。中国は、2022年に国連本部でGDIフレンズ会合を立ち上げた。83カ国が参加しており、ニューヨークだけでなく国連諸機関が所在するジュネーブ、ウィーン、ローマでもアドボカシー活動をスタートさせている。国連側の動きとしては、2024年にグテーレス国連事務総長が、SDGs進捗加速化のために、既存の世界、地域、各国主導のイニシアティブとSDGsとの相乗効果を最大化するべく「2030アジェンダ実施に向けたパートナーシップの活用に関する国連タスクフォース」を設置している。代表的な既存のイニシアティブとしては、バルバドスが主導する途上国開発支援の枠組み「ブリッジタウン・イニシアティブ」、BRI、GDI、人間の安全保障アプローチなどが含まれており、2025年1月には同タスクフォースとGDIフレンズ会合との間で初の会合が開催されている。
CIDCAは2024年に国連工業開発機関(UNIDO)及びエチオピアと GDI 推進に関する三者間協定を締結し、GDI及びアフリカ工業化、農業近代化、人材育成の分野での協力を推進するために、アディスアベバに「中国・アフリカ・UNIDO中核拠点」を設立した。既に公務員向けの研修事業が開始されている。中国は、こうした取組を通じてポストSDGsをはじめ国際開発協力の分野で主導的な役割を担うことを視座に入れているといえる。中国の国連通常予算分担率が2022~24年の15.254%から2025~27年の20.004%に増加し、米国の22%に近づいたことも、GDI推進の追い風となる可能性がある。
おわりに
以上述べてきたように、中国の開発協力は、従来のBRIが債務問題などで一旦減速した後に、重要な大規模インフラ建設は個別的に推進する一方、人材育成をはじめとする社会開発にも重点を置くようになった。さらに、GDIという新たな構想のもとで、二国間だけでなく国連をはじめ多国間協力の場でポストSDGsを見据えた新たな展開がみられる。資金面では、対外援助額が伸びていない現状で市場金利ベースの非譲許的融資を開発資金として動員しはじめている。
今後、中国が途上国の広範な開発ニーズに応えるためには、他国の開発協力機関や国際機関とも協調しながら、国別の開発協力方針のもとに、大規模インフラ建設と社会開発をバランスさせた協力を行っていくことが求められるだろう。中国は、過去に国別協力計画を策定しているが、本格的な運用にはいたっていないようだ。事前評価や事後評価などの情報公開によってアカウンタビリティを高め、プロジェクトの質の向上につなげていく努力も重要である。債務再編の際にも、融資条件に関するアカウンタビリティの向上は必要不可欠である。債務持続可能性の観点から融資条件をできるだけ譲許的にすることも必要であろう。
日本としては今後の開発協力政策を策定する上で、こうした中国の開発協力動向をフォローし、背後にある中国の長期的考え方を把握すると共に、途上国がどのように中国との関係をマネジメントしているかについても深く理解することが重要であると考える。
執筆者プロフィール
北野 尚宏(きたの・なおひろ)
早稲田大学理工学術院 国際理工学センター 教授
1983年海外経済協力基金採用、北京駐在員、京都大学大学院経済学研究科助教授、国際協力銀行開発第2部部長、国際協力機構(JICA)東・中央アジア部部長、JICA研究所所長などを経て2018年より現職。JICA緒方貞子平和開発研究所シニア・リサーチ・アドバイザー、創価大学理工学部、東京大学公共政策大学院非常勤講師。コーネル大学大学院博士課程修了(Ph.D.)、早稲田大学理工学部土木工学科卒業。研究分野は開発協力、都市計画、交通計画。近著に、北野・中里 「第5章 ODA―援助/被援助関係の終了」 『日中関係2001-2022』 東京大学出版会 2023、「第8章 開発協力への転換を目指す中国の対外援助動向」 『習近平政権の国内統治と世界戦略』 勁草書房 2022、Kitano, N. and Miyabayashi, Y. “China’s foreign aid as a proxy of ODA: Preliminary estimate 2001-2022.” Journal of Contemporary East Asia Studies. 12(1). 2023など。
早稲田大学理工学術院 国際理工学センター 教授
北野 尚宏
はじめに
「一帯一路」構想(BRI)下での融資拡大による大型インフラ建設が債務問題などにより減速する中で、中国政府は2021年に、質の高い代表的プロジェクトの構築と「小さく優れた」民生プロジェクトを優先する方針を打ち出した。さらに、同年の国連総会でSDGs達成を推進するためのプラットフォームとして「グローバル開発」構想(GDI)を提唱した。本稿では、開発協力を政府開発援助(ODA)に限らずその他の公的資金(OOF)や民間資金も含めた開発途上国に対する幅広い協力と捉え、その観点から、BRI、GDIの動向について論じたい。
BRI政策の調整
中国は、2000年代に入って中国輸出入銀行(中国輸銀)や国家開発銀行(中国開銀)の融資などにより、国有建設企業の途上国インフラ市場への参入を推進し、2013年以降BRIの下で融資を一層拡大させた。BRIは、インフラ整備資金の新たな選択肢として途上国からは歓迎される一方1、自国の過剰生産緩和を図った経済政策という側面も有していた2。2010年代後半、途上国の債務問題が深刻化すると、中国は、2019年の第2回「一帯一路」国際協力ハイレベルフォーラム(BRF)で、BRIは「質の高い発展」を目指すことを表明し、プロジェクト実施に当たっての国際的ルール順守などを方針として掲げると共に「一帯一路債務持続可能性フレームワーク」を公表した。同年以降、中国輸銀や中国開銀などの新規融資供与額は急減した。
新型コロナウイルス感染症パンデミック下では、中国は途上国向けに大規模なワクチン供与を行うと共に、G20最大の二国間債権国として、G20・パリクラブが立ち上げた新たな低所得国向け債務救済制度である「債務支払猶予イニシアティブ(DSSI)」や低所得国の債務減免を促す「共通枠組み」などに参加し、G20最大規模の債務救済・債務再編を行った3。個別国に対しては、中国人民銀行と途上国の中央銀行間の通貨スワップ協定締結による流動性支援融資などで、独自の債務救済を実施した4。世界銀行の国際債務統計によれば、中国の途上国(中低所得国)への、融資実行額から返済額(元本+金利)を差し引いた純移転額は2019年以降マイナスに転じ、2022、2023年とマイナス幅は拡大している。中国は、途上国にとってインフラ整備資金源から最大の二国間債権回収国に転じたと言える5。
このように、BRIが債務問題などにより減速する中で、習近平国家主席は2021年の第3回一帯一路建設座談会において、高品質の代表的プロジェクト実施によりデモンストレーション効果を高めることと、「小さく優れた」民生プロジェクトに優先順位を与えることを表明した。2023年10月に開催された第3回BRFでは、重層的な連結性強化(海、陸、空、デジタル、金融、宇宙など)、グリーン開発、AIを含む科学技術イノベーション推進など8項目の行動宣言を提唱し、実務協力発展の項目で、代表的プロジェクトと「小さく優れた」民生プロジェクトを一体的に推進する方針を打ち出した。重要な大型インフラ事業は個別的に推進すると共に、人材育成、貧困削減、保健医療など、言わば人々に寄り添う社会開発事業を重点にする方針といえる。資金協力面では、中国開銀、中国輸銀がそれぞれ人民元建て3,500億元(約480億ドル)の融資枠を設置し、シルクロード基金は800億元の新規資金を追加している。
代表的プロジェクトの事例
ここで、代表的プロジェクトの事例を2件取り上げたい。まず2025年に本格着工が見込まれる、中国・キルギス・ウズベキスタン鉄道である。同鉄道は1990年代に中央アジア、カスピ海を経由してユーラシアを横断する代替ルートとして構想されたが、ロシアの反対、キルギスの政情不安、資金的、技術的問題などがあり進捗しなかった。2022年のロシアのウクライナ侵略を契機として、中国の協力を得たいロシアが同鉄道の建設を容認したことで実現に向けて動き始めた。軌道幅は、中国カシュガルよりキルギス領のマクマルまで標準軌、マクマルで積換えて広軌でウズベキスタンのアンディジャンに至る。中央アジアで標準軌鉄道が敷設されるのは初めてである。山岳地帯を通り難工事となるキルギス区間(約260km)については、3カ国の鉄道事業体が合弁事業会社を設立するPPP事業方式が採用され、約47億ドルの事業費は、事業会社の出資金(中国51%、キルギス、ウズベキスタン各24.5%)に合わせて、事業会社が中国輸銀などから約24億ドルの譲許的融資を借入れることが想定されている。同鉄道開通により、キルギスにとっては経済開発につながることが期待されている一方、中国の影響力が高まる可能性など様々なリスクが指摘されている。
もう一つの事例は、中国雲南省とベトナムを標準軌鉄道でつなぐラオカイ・ハノイ・ハイフォン鉄道(約390km)である。実現すれば、両国間のクロスボーダー輸送が強化されると共に中央アジア、カスピ海ルートとの連携も期待される。総工費は約87億ドルで、うち中国政府優遇借款約54億ドルの借入が見込まれている。本プロジェクトは、1979年の中越戦争などを背景に、国家安全保障の観点などからベトナム側が実施に消極的であった6。しかし、2023年になって両国間で事業推進が合意され、2024年12月にランソン・ハノイ鉄道、モンカイ・ハロン・ハイフォン鉄道とあわせて、3本のクロスボーダー標準軌鉄道建設協力に関する協定が結ばれた。この背景には、米中対立が続く中で、中国との間で南シナ海の領有権争いをかかえ、米国や日本との安全保障関係を緊密化しているベトナムが、あえてクロスボーダー鉄道事業推進に同意することで中国との緊張関係を相殺しようとしたとの見方がある7。
この二つの事例は、いずれもBRI推進の観点から中国にとって是が非でも実現したいプロジェクトであるが、種々の理由で長らく目立った進捗はなかった。国際協力機構緒方貞子平和開発研究所の研究チームが途上国の対中関係を分析する枠組みとして提唱した「五要因モデル」([1]国内政治、[2]経済情勢、[3]平和と安全保障、[4]国際関係(世界レベル)、[5]国際関係(地域レベル))8に照らせば、プロジェクトが動き始めた要因は、前者については主に[5]国際関係(地域レベル))の変化であり、後者については、途上国側が米中対立という[4]国際関係(世界レベル)に対応するために、[2]経済と[3]安全保障を総合的に勘案した結果と説明できる。
GDIの提唱と進捗
中国は、上述したようにBRIの政策調整を行うと共に、2021年9月の国連総会で、新たな外交政策として、中国がプラットフォームを提供し、世界各国や国際機関に共同参加を呼び掛けてSDGsを推進していく構想としてGDIを提唱した。GDIの実施については、対外援助を統括する国家国際発展協力署(CIDCA)が担うことになった。CIDCAは、従来の対外援助を国際規範である国際開発協力に転換、統合し、大国外交やBRI推進にこれまで以上に活かすことを狙いとして2018年に国務院に設立された政府機関である。
GDIの重点分野として、貧困削減、食糧安全保障、パンデミック対策とワクチン、開発のための資金調達、気候変動とグリーン開発、工業化、デジタル経済、デジタル時代の連結性という、17のゴールをカバーする8つの重点分野が掲げられた。CIDCAは2023年にGDIの事務局としてグローバル開発推進センターを設立した。あわせて、途上国や国際機関から提案のあったプロジェクトと参加機関から調達した資金とのマッチングを行うために、グローバル開発プロジェクト・プールとグローバル開発キャピタル・プールを設立した。1,000を超えるプロジェクトがプロジェクト・プールに登録され、その半分は実施済であることが公表されている。公開されたリストには従来の対外援助事業が多く含まれており、これらをGDIブランドにリパッケージしたとみることができる。加えて、第3回BRFでは、1,000件の「小さく優れた」民生プロジェクト実施が表明され、CIDCAがGDIの枠組みで担当している。BRIとGDIは、政策の重点は異なるものの相互補完関係にあるといえる。
「小さく優れた」プロジェクトの事例
ここで、BRI、GDI双方のもとで、実施されている「小さく優れた」プロジェクトの事例として人材育成事業に触れたい。ひとつは古代中国の工匠魯班にちなむ「魯班工坊」ブランドの職業教育プログラムである。アジア、アフリカ、欧州で30カ所余り設立されており、キルギスでは、2024年に浙江水利水電学院、浙江通信職業技術学院を中国側パートナー教育機関としてキルギス国立工科大学に魯班工坊が開校した。キルギスの豊富な水力資源の開発や交通、インフラ建設などに人材育成面で貢献するために、水利・水力発電工学、電気、機械、土木工学などの科目が開設されている。
もうひとつは、中国国内での研修事業である。CIDCAが商務部所属の研修機関である国際商務官員研修学院と共に調整を行い、中国各地の対外援助研修センターや大学などが国別、課題別研修を実施している。2000年代後半は2万人程度だった研修規模は、2025年には約2千の研修プログラム、年間5万人まで拡大している。例えば、タリバンが復権したアフガニスタンに対しては、中国は、女性の人権抑圧が国際社会で問題視されているにもかかわらず、資源開発など実利を優先させ、政権を正式承認しないままに2023年に新任の大使を派遣し、2024年にはタリバンが派遣した大使を受け入れた。世界最大級の未開発鉱床であるアイナック銅鉱山の開発を進めながら、タリバン政権の政府職員らの研修を開始している。2024年には石河子大学(新疆ウイグル自治区石河子市)でアフガニスタン教育管理研修、湖南貿易職業学院(湖南省長沙市)でアフガニスタン経済貿易管理政策研修、中央文化観光局学院(北京)でアフガニスタン考古学・文化遺産保護に関する上級人材育成コースなどが実施されている。
GDIの資金調達
GDI実施のための資金調達面では、中国が2016年に設立したグローバル開発・南南協力基金を30億ドルから40億ドルに積み増した。CIDCAは、前述のマッチングメカニズムの枠組みで、2023年の開発共有グローバル行動フォーラム第1回ハイレベル会合では中国開銀(50億ドル)、中国輸銀(50億ドル)、アジアインフラ投資銀行(AIIB)(20億ドル)、2024年の第2回会合では中国銀行(20億ドル)との間で、合計140億ドルのGDI専用資金枠に関する覚書を締結している。筆者らの推計では、政府開発援助(ODA)の定義にできるだけ整合するように推計した中国の対外援助額は、2019年をピークに伸びていない9 。GDI実施のための資金ニーズを市場金利ベースのOOFや民間資金などで賄うのは、積極的に民間資金を動員しようとする国際開発潮流にかなっている。一方で、債務持続可能性の観点からできるだけ融資条件を緩和することが、途上国のニーズに応えるには必要であると考えられる。
ナレッジ面でも、2017年に中国の開発経験の知見共有などを目的に国務院発展研究センター(DRC)を母体に設立された中国国際発展知識センター(CIKD)が、GDI推進の一環として、2022年より年次のフラグシップレポートである「グローバル開発報告書」の発刊を開始した。同報告書は、GDIの8つの重点分野を踏まえたグローバルレベルの開発課題の分析を通して、中国のグローバル開発に関する主張を国際的に発信するためのツールとして位置づけられている。商務部国際貿易経済協力研究院の国際開発協力研究所は、2020年より毎年「中国と国際開発」フォーラムを開催し、「中国と国際開発報告書」を発刊している10。さらに中国は、2024年にグローバルサウスの国々との協力強化のために「グローバルサウス」研究センター設立を表明し、DRCが設立準備にあたっている。
GDIと多国間協力
GDIの特徴のひとつは多国間主義、国連における協力関係が強調されている点である11。中国は、2022年に国連本部でGDIフレンズ会合を立ち上げた。83カ国が参加しており、ニューヨークだけでなく国連諸機関が所在するジュネーブ、ウィーン、ローマでもアドボカシー活動をスタートさせている。国連側の動きとしては、2024年にグテーレス国連事務総長が、SDGs進捗加速化のために、既存の世界、地域、各国主導のイニシアティブとSDGsとの相乗効果を最大化するべく「2030アジェンダ実施に向けたパートナーシップの活用に関する国連タスクフォース」を設置している。代表的な既存のイニシアティブとしては、バルバドスが主導する途上国開発支援の枠組み「ブリッジタウン・イニシアティブ」、BRI、GDI、人間の安全保障アプローチなどが含まれており、2025年1月には同タスクフォースとGDIフレンズ会合との間で初の会合が開催されている。
CIDCAは2024年に国連工業開発機関(UNIDO)及びエチオピアと GDI 推進に関する三者間協定を締結し、GDI及びアフリカ工業化、農業近代化、人材育成の分野での協力を推進するために、アディスアベバに「中国・アフリカ・UNIDO中核拠点」を設立した。既に公務員向けの研修事業が開始されている。中国は、こうした取組を通じてポストSDGsをはじめ国際開発協力の分野で主導的な役割を担うことを視座に入れているといえる。中国の国連通常予算分担率が2022~24年の15.254%から2025~27年の20.004%に増加し、米国の22%に近づいたことも、GDI推進の追い風となる可能性がある。
おわりに
以上述べてきたように、中国の開発協力は、従来のBRIが債務問題などで一旦減速した後に、重要な大規模インフラ建設は個別的に推進する一方、人材育成をはじめとする社会開発にも重点を置くようになった。さらに、GDIという新たな構想のもとで、二国間だけでなく国連をはじめ多国間協力の場でポストSDGsを見据えた新たな展開がみられる。資金面では、対外援助額が伸びていない現状で市場金利ベースの非譲許的融資を開発資金として動員しはじめている。
今後、中国が途上国の広範な開発ニーズに応えるためには、他国の開発協力機関や国際機関とも協調しながら、国別の開発協力方針のもとに、大規模インフラ建設と社会開発をバランスさせた協力を行っていくことが求められるだろう。中国は、過去に国別協力計画を策定しているが、本格的な運用にはいたっていないようだ。事前評価や事後評価などの情報公開によってアカウンタビリティを高め、プロジェクトの質の向上につなげていく努力も重要である。債務再編の際にも、融資条件に関するアカウンタビリティの向上は必要不可欠である。債務持続可能性の観点から融資条件をできるだけ譲許的にすることも必要であろう。
日本としては今後の開発協力政策を策定する上で、こうした中国の開発協力動向をフォローし、背後にある中国の長期的考え方を把握すると共に、途上国がどのように中国との関係をマネジメントしているかについても深く理解することが重要であると考える。
- 1 稲田十一(2024)『「一帯一路」を検証する 国際開発援助体制への中国のインパクト』明石書店
- 2 梶谷懐、高口康太(2025)『ピークアウトする中国:「殺到する経済」と「合理的バブル」の限界』(文春新書1481)文藝春秋
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- 8 JICA緒方研究所研究プロジェクト:インド太平洋の平和と開発の新ダイナミクスー途上国の中国への対処ーhttps://www.jica.go.jp/jica_ri/research/politics/strategies_20220708-20240331.html
Takahara, A. (2023). How do smaller countries in the Indo-Pacific region proactively interact with China? An introduction. Journal of Contemporary East Asia Studies, 12(1), 1-8- 9 Kitano, N., & Miyabayashi, Y. (2023). China’s foreign aid as a proxy of ODA: preliminary estimate 2001-2022. Journal of Contemporary East Asia Studies, 12(1), 264-293.
- 10 汪牧耘(2024)『中国開発学序説:非欧米社会における学知の形成と展開』法政大学出版局
- 11 廣野美和(2024)「グローバルガバナンスに関わる中国の関連構想と行動」『習近平政権三期目の目標と課題―強さと脆さ―』21世紀政策研究所
- 8 JICA緒方研究所研究プロジェクト:インド太平洋の平和と開発の新ダイナミクスー途上国の中国への対処ーhttps://www.jica.go.jp/jica_ri/research/politics/strategies_20220708-20240331.html
執筆者プロフィール
北野 尚宏(きたの・なおひろ)
早稲田大学理工学術院 国際理工学センター 教授
1983年海外経済協力基金採用、北京駐在員、京都大学大学院経済学研究科助教授、国際協力銀行開発第2部部長、国際協力機構(JICA)東・中央アジア部部長、JICA研究所所長などを経て2018年より現職。JICA緒方貞子平和開発研究所シニア・リサーチ・アドバイザー、創価大学理工学部、東京大学公共政策大学院非常勤講師。コーネル大学大学院博士課程修了(Ph.D.)、早稲田大学理工学部土木工学科卒業。研究分野は開発協力、都市計画、交通計画。近著に、北野・中里 「第5章 ODA―援助/被援助関係の終了」 『日中関係2001-2022』 東京大学出版会 2023、「第8章 開発協力への転換を目指す中国の対外援助動向」 『習近平政権の国内統治と世界戦略』 勁草書房 2022、Kitano, N. and Miyabayashi, Y. “China’s foreign aid as a proxy of ODA: Preliminary estimate 2001-2022.” Journal of Contemporary East Asia Studies. 12(1). 2023など。