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インド研究会/インドにおける政治的関係性

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識者の発表に基づく概要とりまとめ(8)
インドにおける政治的関係性

研究会開催日:2024年12月16日

早稲田大学大学院アジア太平洋研究科 教授
加藤 篤史


政治的関係性

 ここでは資源の権威的配分をめぐる諸アクター間の関係を、「政治的関係性」という言葉で表現する。政治的関係性の中心には、資源の権威的配分に関して最終的な決定権限を持つ政治リーダー(及び政治エリート)がいて、彼らと他のアクターとの諸関係のインドでのあり方を考えてみたい。

インド国内の州間の経済格差

 インド国内では州間で大きな経済格差がある。例えば、1人当たり所得で見ると、ゴアとビハールの間では10倍以上の格差がある。また、経済成長率、貧困率、平均余命、乳幼児死亡率、就学率など、様々な経済社会指標が州間で大きく異なっている。経済学の先行研究を踏まえて、経済成長を促進したり阻害したりする幾つか要因を抽出してみると、以下のようなものが含まれるであろう。

経済成長を促進したり阻害したりする要因

 程度の差はあるが、これらの全ての要因のあり方に政府の政策が関わっている。政府の政策でその国や州の経済的パフォーマンスが全て説明できるわけではないが、かなりの程度影響力を持つことが想像される。そこで、インド国内の州政府がどのような理由によって具体的な政策を選択しているのかについて考えたい。

政策決定の理論

 政治学には、政策決定に関して、エリート論、多元主義論、権力資源論、新国家論、新制度論、政治的サバイバル理論など多様な理論が提唱されている。これらの諸理論を踏まえながら、ここでは、2003年にブエノ・デ・メスキータ他によって体系的な本として発表され大きなインパクトを持った政治的サバイバル理論に大きく依拠しつつも、その理論を発展させ、インドの政治的関係性を考える。
 政治的サバイバル理論は、政治リーダーが個々に持っている目標によらず、政治リーダーの行動は政治的サバイバルを追求していると近似的に仮定して分析することができるという考え方に基づいている。時代や国/地域によって政治リーダーが選ばれる制度が異なり、そのため政治的サバイバルに有用な資源が異なる。軍事力、経済的な富、宗教的な正統性、選挙での票など、異なる資源が政治的サバイバルに有用な資源となりうる。政治的サバイバルに有用な資源を、ここでは「(政治的な)競争資源」と呼ぶ。
 インドでは民主主義的な政治システムを取っているので、選挙で獲得する票が政治的サバイバルに最も有用な資源である。さらに、選挙での票のほかに、インドでは政治リーダーにとって有用な資源は、経済的な富、つまり金である。  政治リーダーの連合のことを政治学では勝利連合(winning coalition)と呼ぶ。政治リーダーは自分自身と勝利連合の競争資源を動員して政治的サバイバルを目指す。以下の図では、諸アクターを幾つかの基準によって分類し、それぞれのアクターと政治リーダーの関係性を見ていきたい。

アクターと政治リーダーの関係性

富裕層との関係  図の(1)

 富裕層が政治リーダーに金銭を提供して、その見返りに彼らに有利な政策上の措置、例えば発注とか、免税とか、補助金とか、規制遵守の免除とか、有利な判決などを受けるという関係である。一党優位体制の時代に国民会議派とビルラ財閥は親密な環境を築いていたと言われるし、リライアンス財閥のアンバニ家も国民会議派、インド人民党(以下BJP)と緊密な関係を持ってきたと言われている。ジャフロー(Jaffrelot 2019)はモディ首相が、グジャラート州首相の時代から、アダニグループと非常に親密な関係を維持してきたと報告している。

企業・利益団体との関係  図の(2)

 インディラ・ガンジーが1969年に企業からの政治献金を禁止してから、インドではブラックマネーが拡大したと言われている。70年代から80年代のライセンス・ラージの下で、企業は許認可、保護、免税などの優遇措置を受ける見返りに、政治家に賄賂を提供した。経済学ではマハラノビス・モデルに基づいて経済発展という目的のために企業活動を調整したなどと言われてきたが、政府が規制を増やしたのは政治家が政治献金・賄賂を集めるためであり、腐敗を蔓延させる結果になった。
 大規模な腐敗のスキャンダルが発生する業界が限られていることに注目していただきたい。建設、不動産、金融、鉱業、防衛など政府の規制や優遇措置によって利益が変動する企業・業界が進んでお金を払おうとするので、大きなスキャンダルが起きやすい。中央政府と州政府では専管事項が異なるので、中央と州で政治家に賄賂を払う業界というのは異なる。例えば、土地利用の規制は州政府の管轄なので、州の政治家にとっては不動産業者や開発業者が資金源になる。河川敷の砂を採取し、政治家に多額の賄賂を納入するサンド・マフィアはいくつかの州で深刻な腐敗を引き起こしている。さらに、モディ政権は2017年にElectoral Bond(選挙債)という新しい制度を導入して合法的に政治献金を行うことを可能にして、BJPは多額の政治献金を集めることに成功した。
 一方で、インドでは農業団体や労働組合の影響力は強くないと言われている。1つの理由として、農業団体や労働組合の統一的な全国中央組織が不在であることが挙げられる。逆に、農業団体や労働組合は分裂を繰り返し、社会経済集団としての影響力を弱体化させているように見える。分裂した農業団体や労働組合の一部は特定の政党の傘下団体となっている。

政治家の金銭的リターン

 富裕層や企業・利益団体との関係を見たところで、インドの政治家の金銭的リターンを少し見てみたい。インドでは2003年から全ての選挙候補者に資産情報の開示が義務づけられ、このデータを使って様々な研究が行われている。例えば、Fisman (2014)らは、選挙で勝利した議員の資産は任期中に次点の候補者に比べて 4.5% 多く増加していること、特に腐敗している州で他の州よりも2倍速く資産が増加していることを示している。また、インドは、犯罪歴を持つ多数の政治家がいる。Sastry (2014) によれば、2004年から2013年の国会/州議会の選挙候補者6万2847名のうち18%に当たる1万1030名が係争中の刑事事件を抱えていて、うち5253名(8%)が重大な刑事事件で告訴されているという。その重大な刑事事件の中には1229件の殺人事件と2632件の殺人未遂事件が含まれている。インドではなぜ犯罪歴の疑いのある候補者が選挙で当選するのかについて、ある研究は犯罪歴のある候補者は選挙時に暴力の脅しを用いて対立候補の支持者の投票を妨げることができるからだと述べている。そして、いくつかの先行研究が犯罪歴のある政治家の選挙区には、経済的に負の効果がもたらされることを実証的に示している。

恩顧主義  図の(3)

 次に恩顧主義で結ばれた政治家と貧しい有権者との関係を見る。恩顧主義は、貧困層の有権者に対して私的財を提供し、その代わりに選挙での票を求めるという関係性を指す。恩顧主義には、3つの代表的な形態がある。1つは、地主を中心とした農村の社会構造や宗教組織など既存のネットワークを利用した恩顧主義で、国民会議派がインド独立後に活用したシステムである。2つ目は、政治マシーンの新たな構築である。政治マシーンは恩顧主義の発展した形態で、BJPはこのようなネットワークを徐々に拡大してきた。3つ目は、ボトムアップのブローカーとの取引である。選挙前に、ブローカーを中心に自発的にグループを組織して自分たちの票を金銭に変換しようとするボトムアップの取引である。このようなブローカーは対立する複数の陣営から金銭を得ようとすると報告されている。
 恩顧主義では、集票のために金や酒、穀物、衣料品、食事など、いろいろなものが分配される。他には、公的部門での職や公的金融機関からの融資なども提供される。しかし2000年以降になると、経済発展によって多くの有権者が公的な職とか補助金、公的教育、公的なライセンスに頼らずに済むようになったので、選挙戦略として恩顧主義の有効性が低下してきたと言われている。
 恩顧主義の結果、貧困層は有権者の大多数であるにもかかわらず、彼らの利益になるはずの教育、医療サービス、衛生的な水などの基本的な公共サービスを十分に受けることができなくなっている。公共支出においては、むしろ支持者の公的部門での雇用とか、支持基盤である特定の部門に対する補助など、少数のクライアントに利益が届くような私的な便益が提供される。

特定の社会経済集団への訴求  図の(4)

 次に、組織化されていない社会経済集団との関係を見てみたい。例えば、未組織の農民一般とか、特定のエスニック集団一般、特定のカースト集団一般、選挙区の有権者一般などに対してクラブ財を提供して選挙での支持を期待するという選挙戦略である。Chandra (2004) はインドを含め、世界中でエスニック政党が成功している理由を述べている。公的金融機関からの農業向け融資は、このような戦略の1つの例と考えられる。Cole (2009) によれば、公的金融機関からの農業向け融資額は選挙年に大きく増加する、前回の選挙で候補者の得票数が僅差だった選挙区で融資額が多い、農業向け融資の債務不履行は選挙年に増加することを示している。不利な立場に追いやられてきた社会経済集団の状況を改善するためにインドでは留保政策がとられている。先行研究は留保政策によるプラスの効果を示すものが多かったが、最近の研究にはそれを否定するものも現れている。選挙区に対する利益の供与に関しても様々な研究が行われており、経済的に望ましい効果があるという研究結果も報告されている。

一般市民との関係  図の(5)

 最後に、政治リーダーが一般市民の中の非常に大きな集団に便益を提供して政治的な支持を期待するという関係がある。例えば、インディラ・ガンジーが「ガレビー・ハタオ(貧困撲滅)」というスローガンを唱えて貧困層に支持を訴えたり、BJPがヒンドゥー至上主義を掲げてヒンドゥー教徒全般からの支持の獲得を目指すというのがこの戦略に当たる。最近では、インドではポピュリスト政治が拡大していると言われることがある。Freebiesという言葉は、比較的大きな社会経済集団に提供される無料の財・サービスのことを指すが、中央・州の両方でFreebiesがばらまかれている。例えば、古くはタミル・ナドゥ州での無料の教育や給食やカラーテレビの配布、ビハール州での女子学生向けの自転車の配布、全国的には無料の電気、ガスシリンダー、キャッシュ、スマートフォン、PCなどが挙げられる。経済発展を促進する条件から見ると好ましい側面もあるが、浪費政策と批判されることも多く、財政赤字を拡大させている。

政治リーダーと官僚

 最後に、政治家と官僚の関係を見てみたい。IAS (Indian Administrative Service) オフィサーとは、競争率の高いUPSCの試験を通して選抜される超エリート官僚で、いずれか1つの州のカードルとして配属され、政策の形成と執行に大きな影響力を持つと言われる。しかし、Iyer and Mani (2012) によると、州首相はIASの配属に影響を与えることができ、政治リーダーに協力的でない官僚は転勤させられ憂き目に遭う可能性もある。実際、州首相が交代するとIASオフィサーの人事異動が大規模に行われるそうである。
 インドでは、官僚の腐敗は深刻であり、2005年のTransparency InternationalとCentre for Media Studiesの調査によれば、市民が最も腐敗していると回答した行政サービスは警察、裁判所、学校、病院などであり、行政サービス全体で合わせて年間2100億ルピーの賄賂が市民から官僚に支払われているという推計値を示している。モディ首相は腐敗の取締りを選挙キャンペーン期間中にも訴えてきたが、その効果について疑問視する声もある。
 官僚の腐敗の結果、例えば、2007~08年にFair Price Shopで貧しい人に安く売るための米や小麦の多くが失われている。また、公的部門で勤務する教師や医者の欠勤率は非常に高く、働かずに給料を受け取っているという意味で横領が横行しているということができる。

一般的な傾向

 以上で見てきたことを踏まえると、一般的な傾向として高カースト集団の人数が多く、彼らが多くの価値を享受している場合には、それ以外のカーストに対する政策は低調になる。この傾向は北インドでより顕著に見られる。次に、優位カーストが産業に従事し、人数が多く、彼らの利害を代弁する政党が政権を取ると、産業を支援する政策が取られる傾向がある。これはグジャラートに典型的に見られる。一方で、高カーストの人数が少なく、中・低カーストの凝集性が高いと、一般大衆向けの政策が取られる傾向が見られる。タミル・ナドゥが代表的な州である。また、上位カーストが大規模農民で、かつ多数の票を動員できる場合には、農民向けの政策が取られる。パンジャブ州がその例である。経済資源を持たない限界的な農民、指定カースト、指定部族は、歴史的にはごく最近に至るまで十分に組織化できず自分たちに有利な政策を得ることができなかった。最後に、経済発展が進むと一般的には所得水準、教育水準が高まって、恩顧主義的な政治手法が取られにくくなるということがあると思われる。


    参考文献
    Chandra, Kanchan. 2004. Why Ethnic Parties Succeed: Patronage and Ethnic Headcounts in India. New York: Cambridge University Press.
    Cole, Shawn A. 2009. “Fixing Market Failures or Fixing Elections? Elections, Banks, and Agricultural Lending in India,” American Economic Journal: Applied Economics, 1(1): 219–50.
    Fisman, Ray, Florian Schulz, and Vikrant Vig. 2014. “The Private Returns to Public Office,” Journal of Political Economy, 122(4): 806–62.
    Iyer, Lakshmi and Anandi Mani. 2012. “Traveling Agents: Political Change and Bureaucratic Turnover in India,” The Review of Economics and Statistics, 94(3): 723–39.
    Jaffrelot, Christophe 2019. “Business-friendly Gujarat in 2000s: The Implications of a New Political Economy.” Christophe Jaffrelot, Atul Kohli, and Kanta Murali, eds., Business and Politics in India. Oxford University Press.
    Sastry, Trilochan. 2014. “Towards Decriminalisation of Elections and Politics,” Economic and Political Weekly, 49(1): 34–41.
    Transparency International and Centre for Media Studies. 2005. India Corruption Study 2005. New Delhi: Transparency International India.


以  上

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