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アメリカの分極化をめぐる変容と大統領選挙

「岐路に立つ世界と混迷の行方」

アメリカの分極化をめぐる変容と大統領選挙

掲載日:2024年7月12日

政治学者
渡辺 将人

アメリカ穏健派「衰退」と両極化の20年


 アメリカ政治の分極化が問題視されて久しい。現実にはアメリカにはある種の「2つの分断」が併存している。保守とリベラルの大きな分極化と共に、その内部に多くの小さな分断を抱えているからだ。人種、エスニシティ、信仰、ジェンダーなどのアイデンティティから、環境保護、銃所持、消費者運動などの単一争点、炭鉱から農業、製造業、ハイテクなど産業別、そして州や郡、都市と農村などの地理別の「分断」が遍在する。選挙デモクラシーのアメリカにおいては頻繁にまた広範囲に行われる選挙のたびに2つの世界への分極化を加速する側面と同時に、敵対政党の候補者への対立を煽ることで雑多な有権者集団を「連合」としてまとめ上げる動力が働く。

 つまり、小さな分断を各政党の陣営内に包摂すればするほど、大きな2つの分極化は深まるジレンマの構造にある。強力な共通の敵としての「トランプ」抜きにはリベラル陣営をとてもまとめきれない現在の民主党の左傾化、他方、トランプ前大統領への反発がある穏健派でもトランプ一強に加担する共和党、といった双方に浮き彫りになる構造である。

 さて、2024年アメリカ大統領選挙で共和党予備選挙が緒戦アイオワ州からトランプが圧倒的な強さで独走し早々に決着がついた背景には、彼が「事実上の現職候補」であることが大きく関係している。「現職」への挑戦ハードルは高く、他候補の撤退を促す。候補者が少なくなれば、単独候補が過半数を取りやすくなる。元大統領が敗北後次の選挙に出れば有権者には「準現職」として扱われる。トランプの2020年の敗北は、近年1期で敗北しているカーターや父ブッシュとは異なり、勝利して選挙人を獲得できると見込んでいたいくつかの州では比較的僅差だった。それらの州の多くで「何らかの不正があった」とトランプと支持者が考えているならば、むしろ再出馬で勝利することで正当性を証明しようとするのは自然な流れでもある。

 共和党穏健派は本心ではトランプを嫌悪しつつも、本選ではトランプへの投票を選ぶ。それは民主党のバイデン政権の左傾化が看過できないからである。民主党側ではバイデン大統領が周囲の引退説得にもかかわらず再出馬することになった。民主党の左傾化、共和党の保守化は相互に連動して増幅されている。

 穏健派すなわち中道派の縮小は、少なくともブッシュ息子とゴア副大統領が争った2000年大統領選挙に遡る必要がある。フロリダ州で僅差のため手作業による再集計が行われた年である。大統領の決定が棚上げされ、政権移行準備も進まなかった。12月半ばになって連邦最高裁が州最高裁の再集計を認める判決を破棄する。アメリカの次期指導者が「空位」であることを憂慮してゴアが大局的見地から身を引いたが、当時の民主党支持者の「本当はゴアが勝利していたはず」という不満は、皮肉にもトランプ支持者が2020年に「本当はトランプが勝利していたはず」という感情と類似する。

 国民全体の選挙による「信任」が得られていない大統領の船出は多難である。だが、2001年のブッシュ息子政権の低空飛行は9/11テロで様変わりした。挙国一致の対テロ優先の空気になり、大量破壊兵器とアルカイダとフセイン政権の結びつきを根拠に開戦に踏み切った。これが左右両方で穏健派の退潮のきっかけを生み出した。左側ではイラク戦争に主流の穏健派議員の大半が賛成していた。背後には安全保障に弱い民主党の印象への負い目があった。1990年代のクリントン政権は福祉カットや財政均衡など経済中道化を実現したが、イラク戦争後の民主党の左傾化はこの経済政策への総括とは無関係に起きた。

 穏健派の主要議員が戦争に賛成した「前科」だけで力を失い、左派のナンシー・ペローシが下院議長に就任し、バラク・オバマ大統領がシカゴのリベラル派に担がれた。そのため、民主党が経済的にどの程度「大きな政府」を許容するのかの議論が徹底してなされず、後にオバマケアと「メディケア・フォ・オール」の目標のズレが露見したり、「ウォール街を占拠せよ」運動やサンダース上院議員らが爆発させる格差問題への不満の火種を残した。

 いわば、党内抗争でのリベラル派勝利はイラク戦争による「棚ぼた」だった上に、ある種の「内向き主義」の始まりであった。オバマはイラク反戦機運のおかげで2008年に勝利したが、緒戦時にイリノイ州議会議員で、国家安全保障上の発言の縛りがないことでイラク戦争に反対できた追い風があった。アメリカ軍人の大規模な犠牲が世論に悪影響することを学んだオバマ政権は、確たる軍事戦略はないまま、世論対策のために政権中は国民に見えにくいドローン攻撃を多用した。

 オバマは2012年再選で「GMは生き残り、ビンラディンは死んだ」をスローガンにしたが、これは公的資金を注入して自動車産業を救済したことと9/11以来の難敵だったビンラディン殺害の強調であった。後者は「オバマは安全保障に弱腰」という印象を払拭しつつ、ブッシュの宿題を片付けて共和党の面子を潰す含意があった。さらに言えば、対外的脅威を取り除いたことで対外関与を否定する内向き化の正当化になった。このスローガンを当時、好んで用いたのがバイデンであり、彼自身の政権での後のアフガニスタンからの撤退の前哨も予見的に浮き彫りにしていた。

 共和党側の転換点もやはりイラク戦争である。大量破壊兵器が見つからないまま戦死者が増え続け、ネオコンが発言権を失うと同時に「非関与主義」が台頭した。追い討ちをかけたのが2008年リーマンショックの後の公的資金注入(TARP)であった。財政保守派のリバタリアンによる反発が生じ、初期ティーパーティ運動が生まれ、マケインの落選運動が展開された。

 共和党側にとっての中道の喪失は、イラク戦争への失望と対外関与への嫌悪と財政問題から生じた。その後、反移民や文化保守の運動が合流する異変が起きた。ティーパーティ運動から純粋な財政保守派のリバタリアンは離脱し、ティーパーティ運動2.0は、反移民的な保護貿易派に乗っ取られた。TPP反対運動の駆動力になったティーパーティはロン・ポールらが立ち上げたリバタリアン系とは異質の存在で、保守イデオローグのパット・ブキャナン的な流派である。これがトランプ支持運動の大元の起源となった。

2022年中間選挙と民主党内4類型


 2024年大統領選挙におけるバイデン再出馬の後押しになったのは2022年中間選挙における民主党の善戦である。

 第1の柱は、人工妊娠中絶の争点化であった。中間選挙では政権政党に「奪われた」被害者意識の強調が王道で、2010年の共和党は、オバマケアで市民の自由な医療が「奪われる」恐怖を煽った。2022年の民主党は人工妊娠中絶を選ぶ権利が「奪われた」と唱えた。狭義の女性争点を超え、「人工妊娠中絶の権利はアメリカ人の自由への防衛」(ペローシ前下院議長)と位置づけ、無党派層、男性、LGBTQにも共感を拡大した。中絶の権利防衛が州政治に移行する中、5州で住民投票が同時に行われたことも州知事選、州議会選の善戦に寄与した。州議会で民主党多数が一つも覆らない1934年以来初めての中間選挙となった。

 第2の柱は、中間選挙をバイデン大統領の「業績評価」ではなく、トランプ復権の可否選択にすり替えたことだ。トランプ派の「過激派」と「富裕層や大企業」が支配する世界(MAGA:Make America Great Again)か「一般の普通のアメリカ人が望む価値」かの選択である。インフレについても、政権の対策効果を問わず、消費者の敵としての大企業を批判した。「プーチンの戦争を口実に石油会社が、パンデミックを口実に製薬会社が価格を引き上げている」「企業の価格引き上げを容認するのが共和党」「インフレ抑制法案に共和党議員が全員反対した」といった文言が陣営の応答要領には並んだ。低い大統領支持率の中で上院議員と州知事のほぼ全員が再選されたのは、コロナ禍の疲弊で大変化のリスクを望まなくなった有権者心理も指摘される。

 2024年大統領選挙のバイデン陣営戦略はこの2022年中間選挙戦略の再現を目指している。人工妊娠中絶の選択権を押し出した戦略の成功は、「左傾化」路線への信任にもなった。これが党内派閥の再編に影響を与える可能性もある。

 かつて民主党内の派閥争いの軸は穏健(中道)派とリベラル派だった。1990年代に隆盛を誇った穏健派はイラク戦争支持で味噌をつけ衰退傾向にある。筆者は民主党内派閥を暫定的に4分類してきた。「穏健派A」は財政均衡とビジネス重視のビル・クリントン派、「穏健派B」は人権や環境重視だが介入外交ではタカ派的な一面もある穏健派内左派(ヒラリー派)、「伝統的リベラル派」は労組、女性、黒人、利益団体などのリベラル連合、そして「新世代左派」という2010年代以降に躍進した「党外」グループである。近年の台風の目は「新世代左派」だ。運動としてはBLM(ブラック・ライヴズ・マター)、選挙戦としてはバーニー・サンダース支援の活動家が主体だ。「ウォーク・レフト(woke left)」と呼ばれることもある。woke(目覚め)とは社会正義や人種正義を訴える活動家の呼称だが、「ラディカル」「急進」と同様の中傷的含意もあり扱いには注意がいる。ニュートラルな呼び名が固定化しない中、筆者は暫定的に「新世代左派」と称している。

 「新世代左派」の第1の特徴は、若い黒人の文化的リベラル化である。黒人層はキリスト教信仰では保守的で同性婚にも否定的だった。主な政治指導者も牧師だった。その点、BLM創設者の三名の黒人のうち二名がクィア(LGBTに収まらない性的マイノリティの概念)を公言している世代の波は革命的だ。BLMは黒人運動でありながら単にレイシズムへの抵抗運動ではない、フェミニズムやセクシュアリティの解放も意図した重層的運動である。

 第2に、属性と争点の横断性である。『ブラック・ライヴズ・マター運動』著者のバーバラ・ランスビーが指摘するように「ウォール街を占拠せよ」運動は白人中心の運動だった。だが、2012年以降「占拠運動」の白人活動家らは、水面下でBLM駆動やサンダースとウォーレンの大統領選出馬を支援した。いわば反経済格差運動とLGBTQ権利運動が反人種差別運動に合流した形だ。2020年選挙でサンダースをコーネル・ウェストが支持したことも階級闘争と人種闘争との連帯の一里塚を印象づけた。

 第3に、政党への帰属意識が薄い性質だ。「伝統リベラル」は党派的な忠誠心と動員的投票行動が特徴で、黒人有権者も不満を抱えながらも民主党政治家を支持してきた。だが「新世代左派」は民主党を無条件に支持する旧世代に不満を持つ。党幹部への攻撃は手加減がない。2016年のサンダース運動も反民主党運動で、ヒラリー勝利阻止が目標だった。TPP反対では一致するトランプ台頭の幇助を問題視しない空気すらあった。

 第4に、安易に第3政党化しない態度だ。消費者活動家ラルフ・ネーダーの緑の党の失敗に学んでいる。岩盤の二大政党制の中でアメリカを変えるには民主党の内部改革が現実的だと割り切っている。自分たちを「リベラル」「進歩派」と呼び、「ラディカル」とは呼ばせない。すなわち「リベラル」の性格自体の更新を目論む。2020年大統領選挙では予備選でサンダース善戦の後、本選で邪魔しないことを条件に、バイデン政権にリベラル政策を認めさせてきた。女性マイノリティを副大統領候補とし、気候変動、LGBTLQの権利、人種正義といった文化・社会政策を優先課題にした。バイデン政権は「擬似サンダース政権」とも言える。

 民主党に穏健・中道派が残っていれば、共和党の穏健・中道派も、トランプの影響力をそぐために、一期ぐらいは民主党の穏健派に大統領をやらせてもいい(ビル・クリントン、あるいは以前のバイデンだったら)、と思わせたかもしれない。共和党からすると、今の「サンダース化したバイデン」は論外で、バイデンに不測の事態があればハリス政権という彼らにとっての悪夢になる。すると消去法でトランプとなりがちだ。

「経済格差」派と「アイデンティティ政治」派という左派内分裂


 他方、主流派(「穏健派」「伝統リベラル派」)と「新世代左派」との亀裂は広がる一方だが、経済とアイデンティティ政治の均衡が維持できない問題が背後にある。

 アメリカの二大政党では、経済的な「利益」とは別に文化的な「理念」が亀裂の種になってきた。民主党は労働者層が支持基盤の軸だったが、1960年代の公民権運動とヴェトナム反戦運動以降、活動家・知的産業従事者が増加し、文化的なリベラル化が深まった。だが、多文化主義的な運動は労働者層の家計争点とのズレも生んだ。反戦リベラル理念は、軍需産業で家族を養う労働者に受け入れられず、炭鉱など化石燃料産業の労働者の利益と気候変動対策も両立しない。この民主党内の亀裂を筆者は「アメリカ政治の壁」と名付け、白人労働者の離反によるトランプ台頭の可能性を指摘した(『アメリカ政治の壁』岩波新書2016年)。

 無論、新世代左派は、経済的正義による格差是正の道を軽視していない。しかし、人種正義への情熱を「暮らしの争点」軽視とみなす流派との不和も招いている。2021年11月バージニア州知事選での民主党敗北で両者の争いが沸点に達した。敗北した現職候補が中道派だったため、「ウォークが足を引っ張って中道や無党派層が逃げた。ウォークこそ民主党の問題」とビル・クリントン元側近の戦略家ジェームズ・カービルが新世代を攻撃した。アレクサンドリア・オカシオ=コルテス議員は当時Twitter(現・X)で次のように応戦した。「『ウォーク』が高齢者を中傷していると悪意に満ちた文句を言うが、実際にはカービルのような政治評論家が『ウォーク』という言葉を45歳未満の有権者を侮辱するために使っている。彼ら(ウォーク)について民主党がこのような扱いをするのであれば若者投票率が下がるのも無理もない。私たちはみんなの力が必要なのに」。

 アイデンティティ政治をめぐっては警察の暴力問題も厄介である。銃事件が深刻なアメリカで都市の治安維持は重要課題だが、それを担う米警察は黒人への差別的暴力の十字架を背負う組織でもある。人種正義か治安維持か。決して二項対立ではないはずだが、新世代左派の「警察予算削減」案は治安軽視の誤解を招いた。民主党の重鎮論客ルイ・テシーラはCNNで「文化的にラディカルな問題、人種、ジェンダーに力を入れることで労働者票を失っている」という趣旨の発言で物議を醸した。黒人女性アンカーが「バイデン政権はインフラや経済にも注力している」と反論しても「犯罪の問題を保守プロパガンダと決めつけている」と治安対策不足を訴え、「私が民主党から出るのでない。民主党が私を捨てたのだ」と離党追随を煽りかねない党との決別まで匂わせた。

 今のところ新世代を公然と批判して民主党内での共存に後ろ向きなのは穏健派だけで、サンダース系の格差重視左派との対立は表面化していないが、メディケアの全面拡充で両者は対立した過去もある。伝統リベラル派は政策上の差異に苛立ちながらも、新世代左派が第三政党化すれば民主党が崩壊するとして懐柔と包摂に努めている。

 最大の接着剤効果を生んでいるのは「トランプ」である。中間選挙の「例外年」戦略も、人工妊娠中絶の争点化から大統領支持率隠しまでいずれもトランプのおかげだ。党内抗争の抑止力の代表例はカトリック票の離反防止だ。2000年代から民主党全国委員会が作成し各州の選挙支部に配布していた内部文書ではカトリック票が要注意扱いに指定されていた。カトリック教会は人工妊娠中絶、安楽死、同性愛などでは保守的だが、平和、貧困、移民ではリベラルだ。同性婚反対ではブッシュ、イラク戦争反対ではオバマと是々非々で支持する。ではさぞかし中絶ではトランプの評価が高いのかと思いきやそう単純ではない。移民排斥や人種対立を煽る行為はカトリックには看過できない。あるカトリック系団体の中堅幹部は次のように言う、 「ロー対ウェード判決が覆されたことは非常に嬉しい。だが、トランプは私たちの国や民主主義にとって危険人物。2020年の選挙が不正に操作されているという誤った主張に基づいて暴動を扇動している。それを明確に否定しない共和党には投票できない。だが、バイデンが提案する中絶権利保護法案には怒りを覚える。中絶を国の法とする政党にも投票したくない。しかし、議会で3分の2は得にくく法案は通らない。民主党に投票して中絶擁護法が成立するリスクは、共和党を支持して(トランプ再来で)アメリカの民主主義を脅かすリスクよりは小さい」。

「外交の内政化」:「非関与主義」と「国際主義」の分裂


 さらにトランプ政権以降に顕著なのが、内政要因がそのまま外交を規定する「外交の内政化」であるが、背後には国際主義の退潮がある。これは上記の穏健派の衰退と部分的に関係している。この対立は、アメリカにとって超党派コンセンサスがある対中政策よりも、ウクライナ支援にとりわけ滲んだ。共和党側でウクライナ問題が内部分裂要因となったのは、国内の経済問題として彼らがそれを認識していたからだ。支出と財政赤字を懸念する共和党議員の多くが、ウクライナへの資金提供がアメリカの国益になるのかどうかという点を財政問題に変換して争点化した。本来は自由と民主主義の支援に関係する外交で、それらに触れないのもイラク戦争以降のネオコンの低調と重なる。外交問題の論じられ方の変質が20年に及ぶイラクとアフガニスタンの戦争による厭戦気分として根底にある。

 さらにハマスによるテロ攻撃以降のイスラエルとハマスの戦争の影響は小さくない。2024年大統領選挙における「ゲームチェンジャー」となっている。共和党側では、ウクライナ支援では保守派の離反で割れていた共和党がイスラエルを軸に一致結束した。アメリカの対イスラエル支援の最も強力な共和党内の駆動力は、選挙民レベルではユダヤ系有権者ではなく原理的なキリスト教徒だからだ。エルサレムの死守のための戦いは、キリスト教徒にとって日常の信仰の一環で「外交」ではない。対外関与はしない「孤立主義」のはずのトランプのイスラエル支持は彼らにとってキリスト教保守派マターの「内政」であり、トランプ支持者の論理上は「対外非関与」と矛盾しない。

 2023年秋までは外交の主要課題はロシアと中国であったが、ハマスのテロにより、ロシア(ウクライナ)、中国(台湾)、イスラエル(ガザ)という「三正面」を抱え、制御できないバイデン政権は中国とは衝突回避に急旋回した。米中対立は米中首脳会談以降、一時棚上げ状態となった。共和党内ではウクライナ支援を主張する国際主義のニッキー・ヘイリーは、デサンティスやトランプら非関与派との差別化を目論んだが、中東情勢の前景化で「国際主義」か「非関与」かが差異の争点となり得なかった。ヘイリーの対中強硬論はトランプを失速させるほどの力は予備選では持ち得なかった。

 他方、民主党側でも対外政策は一枚岩ではなかった。ウクライナの支援に関しては、2022年中間選挙2週間前、ロシアとの早期停戦への踏み込んだ役割を政権に要求する「書簡」が、進歩派議連の一部から大統領宛に提出された騒動があった。「書簡」は議長のパラミラ・ジャヤパル議員を発起人とし、オカシオ=コルテスのほかイルハン・オウマール、ラシダ・タリーブら新世代の「顔」を含む30名が署名した。核戦争への懸念から、ロシアとの直接交渉による早期の停戦模索を訴え、「停戦への現実的枠組み追求」に注力するように促したものだ。党内に拡散された「書簡」が物議を醸したのは、この動きが純粋にウクライナの将来にベストのシナリオを考えての停戦論や武器供与否定ではなく、他のとりわけ国内政策より低く位置づける言説だったからだ。民主党内には以下のようなやりとりも流布した。「ウクライナにこれ以上の武器供与をしないように全連邦議員に訴えよう。武器供与は世界を不安定にする戦闘を助長するだけ。気候変動、医療保険、公教育、住宅支援の予算が蝕まれてしまう。書簡に署名した30名の議員に感謝し、彼らがウクライナへの武器供与に反対票を投じるように祈っている」。

 事態を重く見た伝統リベラル派の重鎮戦略家が「ウクライナを軍事とインテリジェンスの双方で支援することは人道政策。停戦だけを求めて軍事支援を止めればファシストであるロシアによる侵略の放置になる。進歩派議連の面々も同じように考えてほしい。プーチンとロシアを抱きしめている極右は、反民主勢力なのだから」と説得したが、この事案は民主党内部の見えない「非関与」気配を浮き彫りにしていた。「新世代左派」に外交政策に強い政治家はいない。ヴェトナム反戦期からの筋金入りの平和活動家で中東専門家でもあるフィリス・ベニスは2018年にオカシオ=コルテスら新世代が当選した中間選挙に際して「進歩的で社会主義的な候補者に、反戦や軍事主義、戦争経済の問題を国内争点とリンクさせる努力が見られない」傾向を指摘していた。

 そして決定的な亀裂をもたらしたのがイスラエルのガザ攻撃への賛否である。新世代左派はローカル第一主義である。理論より実践、全体より地域で、足元の差別と戦ってきた。これはトランプ流のアメリカファースト主義とは違うが、外交よりも内政を重視する傾向から、左派的孤立主義と誤解される土壌はあった。ベニスら平和活動家は新世代の目をなんとか外に向けようと促してきたが、国内のヘイト事件とコロナ禍の危機がその余裕を奪っていた。そうした経緯を経て民主党が直面したのがイスラエル=ハマス戦争であった。民主党内では人道や平和の定義を詰めないままできたので、経済階級とアイデンティティ政治の優先対立も癒えない中、侵略、テロ、民間人犠牲やヘイト問題では、人道問題に対する二重基準や錯綜が忍び寄る余地があった。

 ガザ攻撃をめぐる大学での抗議デモはヴェトナム反戦運動との類似性も指摘されるが、真ん中不在の分極化が先鋭化している政治状況下では、この種の運動が民主党の主流を動かす影響力を持っていることにも留意すべきだろう。政党に背を向けた党外の「ウォール街を占拠せよ」運動とは違って、バイデンを動かす「サンダース政権」の「新世代左派」は民主党の内部改革を目的にしている。今は活動のエネルギーが政党全体を乗っ取るだけの力を持ち得る。バイデン政権や民主党の結束にはマイナス要因になる色彩も強い。また、抗議デモが民主党の「左派孤立主義」を是正する方向性を持ち得るのかの評価は未知数である。

 保守とリベラルの大きな分極化の内部に、民主党、共和党の双方の内部であるいは超党派で、複数の内政、対外政策の分裂線を抱えている。糾合の方法が相手を悪魔化することにしかない以上、内部の分裂線を糊付けするには大きな分極化の加速を看過するしか方法がない。これが今のアメリカの政治的な構図である。
執筆者プロフィール
渡辺 将人(わたなべ まさひと)
政治学者

シカゴ大学大学院国際関係論修士課程修了。早稲田大学大学院政治学研究科にて博士(政治学)。米下院議員事務所・上院選本部、テレビ東京報道局経済部、政治部記者などを経て、北海道大学大学院准教授。コロンビア大学、ジョージワシントン大学、台湾国立政治大学、ハーバード大学で客員研究員を歴任。現在、慶應義塾大学総合政策学部、大学院政策・メディア研究科准教授。北海道大学大学院公共政策学研究センター研究員兼任。専門はアメリカ政治。受賞歴に大平正芳記念賞、アメリカ学会斎藤眞賞ほか。単著12冊ほか共著・訳書多数。



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