宇宙開発と安全保障
掲載日:2024年7月12日
東京大学公共政策大学院 教授
鈴木 一人
米中対立が激しくなる中で、宇宙開発もその対立の舞台として位置づけられるようになった。特に宇宙活動に関心が集まるようになったのは、ロシアのウクライナ侵攻において、アメリカの民間企業のシステムであるスターリンクが活用され、それがウクライナの軍事的能力を高める結果になったことがある。また、中国の宇宙開発が進み、中国独自の宇宙ステーションの建設と、月面探査の活動が活発になることで、アメリカの宇宙空間における優位性が失われているのではないか、という認識が高まったことにある。
しかし、世界の宇宙開発全体を見渡してみると、米中対立以上に奥深い、地殻変動ともいえる構造的な変化が起きている。その中で、宇宙開発が国際秩序と世界の行方にどのような影響を与えているのかを見ていきたい。
宇宙開発の第一局面から第二局面へ
宇宙開発のイメージと言えば、アポロ計画による月面着陸やスペースシャトル、宇宙ステーションといったものであろう。これらの活動は、宇宙開発の黎明期から国家が主導する形で急速に技術開発が進み、人類がこれまでたどり着くことが出来なかったところに行く未来が作られているという印象を生み出した。しかし、これらの活動を国際政治の文脈から見てみると、必ずしもそうした明るい未来を作るためのものとは言えない。
こうした宇宙開発の黎明期から近年の民間企業の活動が活発になるまでを、便宜的に「宇宙開発の第一局面」と呼んでおこう。この第一局面はいくつかの特徴によって成り立っている。第一に、宇宙活動を可能にする技術を開発することには多大なコストがかかり、そのコストを担うことができる国家だけが実施可能であった。つまり宇宙は少数のエリート国家による活動の場であった。第二に、国家がそれだけのコストをかけて宇宙開発に膨大な予算をつぎ込んだのは、人類の未来を作るという美名のもと、国際政治的な要請があったからである。特に宇宙開発をリードした米ソにおいては、いわゆる「宇宙競争」を展開し、その技術的な優位性を示すことで、自由主義対共産主義というイデオロギー競争に勝つこと、そしてミサイル技術などの軍事技術に転用可能な技術を誇示することに目的があった。米ソに続いて宇宙開発に参入した日本、欧州、中国、インドなどは、イデオロギーや軍事競争というよりも、先行する米ソに追いつくべく、宇宙技術を獲得することで国際社会における地位を得ることを目的としていた。第三に、こうした軍事転用可能な宇宙技術を開発することで、偵察や通信、測位といった分野において実際に軍事的に利用可能なシステムを構築することが目的であった。
こうした第一局面の宇宙開発と異なり、現代の宇宙開発は第二局面に入りつつあると言えよう。第二局面の特徴としては、第一に「宇宙の民主化」が挙げられる。宇宙技術が成熟し、今や大学の研究室レベルで衛星やロケットを作れるようになったことで、その技術は世界的に拡散し、宇宙開発のコストが下がったことで多くの国が宇宙活動に参入するようになってきた。今や自国で衛星を打ち上げる能力を持つのは、北朝鮮を含めて11カ国あり、国家の宇宙機関(台湾や欧州宇宙機関などの多国間機関も含む)が75機関ある。また、国連の宇宙空間平和利用委員会(UNCOPUOS)には102カ国が参加しており(1958年の創設時には18カ国)、宇宙開発に関与する国家は爆発的に増えている。これはかつて宇宙条約が締結された1967年のように、実質的に米ソのみが宇宙活動を行う能力を持ち、ゆえに宇宙活動のルールを作る条約も米ソで決めることが出来た時代と異なり、今や多数の国の間でコンセンサスを取らなければならず、ルール作りが困難になっていることを示唆する。
第二に、「宇宙の商業化」が挙げられる。すでに述べたように、宇宙技術が成熟し、開発コストが廉価になってくると、宇宙システムを構築し、それが提供するサービスから収益を得ることが可能になってくる。リーマンショック以降の金融緩和によって資金調達コストが低く、将来性のある宇宙活動への投資も進んだことが、多くの宇宙ベンチャーを育てることになった。また大富豪であるイーロン・マスク氏が創設したスペースX社のファルコンロケットは極めて革新的なロケットであり、技術的にも事業的にも大成功を収めていることで、多くの起業家が宇宙ベンチャーを始めることを後押しした。こうした民間企業による活動は、宇宙条約によって各国の監督の下にあるが、資本関係はグローバル化し、国境をまたいだ技術開発やビジネス活動が広がることで、これまでのように「国家による宇宙活動」とは言えない活動が増えてきた。この意味で、宇宙開発を見るときに、国家を単位として見ることはもう時代遅れになったと言っても良いだろう。
第三に、「宇宙の軍事化」がある。これまでも宇宙技術は各国の安全保障戦略の中に組み込まれ、軍事活動を支援する情報収集(偵察)や通信など、地上のシステムを補完するような使われ方をしてきたが、現代においては、宇宙システムが軍事活動に不可欠となり、あらゆる兵器システムがネットワーク化されていく中で、宇宙システムが提供するサービスが不可欠なものとなっていった。とりわけ重要になってきたのが、遅延のない全世界一律のサービスを提供する通信システムであり、また、標的を特定するためのリアルタイムのターゲティングを行う偵察衛星であり、あらゆる兵器システムの位置を測定するためのGPS のような測位システムである。これらの能力の有無が軍事的な能力を大きく左右することになっている。先に述べたウクライナの例のように、旧式の宇宙システムに依存するロシアの装備よりも、アメリカをはじめとする西側諸国で使われている宇宙システムを組み込んだ装備の方が質的に優勢となることで、ロシアとの間に圧倒的な火力差のあるウクライナが効率的に戦うことが出来ている(もっともこれが陣地をめぐる消耗戦になるとその効果は半減する)。こうした宇宙能力が軍事能力に影響している現状こそ、米中対立の中で宇宙活動が対立の舞台となっているとみられるゆえんである。
第四に、「宇宙の脆弱化」が挙げられる。宇宙システムは社会経済的にも、軍事的にも重要性を増しているが、それは同時に、宇宙システムを破壊したり、無力化したりすることで軍事的な優位性を奪うことが出来、相手の経済社会に大きなダメージを与えたりすることが出来ることを意味する。こうした宇宙システムに対する攻撃の誘惑が、宇宙システムの重要性が高まれば高まるほど、強くなる。しかも、宇宙空間には隠れるところがなく、宇宙機は通常、打ち上げ時の負荷を減らすために極限まで軽量化され、防護のための装備を搭載することが難しい。しかも、宇宙機は無線通信によって制御されているため、その通信を妨害したり、乗っ取ったりすることで相手の衛星の能力を奪うこともできる。さらに、宇宙空間は「宇宙の民主化」「宇宙の商業化」によって混雑し、軌道上で衝突するリスクが高まっているだけでなく、宇宙デブリ(ゴミ)と呼ばれる、機能を失った衛星やロケットの上段、破壊された衛星の破片などの多くの物体があるため、これらと衝突するリスクも高まっており、意図的な攻撃であっても、非意図的な衝突として偽装することも不可能ではない。こうした条件があるため、宇宙システムを攻撃する、いわゆる対宇宙攻撃(counterspace)能力を構築することで、他国の宇宙システムを無力化する、強い誘因がある。
このように、宇宙開発は第一局面から第二局面に移りつつある。「宇宙の民主化」によって宇宙技術は多くの国で使える「普通の技術」となり、その特別な地位は失いつつある。「宇宙の商業化」によって、第一局面では宇宙開発をけん引したNASA などの国家宇宙機関は多くの活動を民間にアウトソースし、商業的なリターンのない宇宙探査に資源を集中している。また、「宇宙の軍事化」が進む軍ですら、民間企業の提供するサービスを調達するようになっている。そんな中で、「宇宙の脆弱化」によって、宇宙空間が、技術的な明るい未来を描くのではなく、地上における争いの延長線上にある空間として、人類の運命を決める場になっている。
宇宙空間の地政学
米中対立を主軸とする地上の争いの延長線上に宇宙空間があるということは、宇宙空間にも何らかの地政学的な要素が組み込まれていくということを想定させる。地政学とは地理的に規定された国家間の力関係を示すものであるが、宇宙空間では、通常の地政学で想定する概念が通用しない難しさがある。
まず、地政学の想定では、地上における国家間関係は空間的な支配が前提となっていることを想起すべきである。地上は国境によって分割され、特定の空間をある政治勢力が支配し、そこに管轄権が付与され、その領域は、そこを支配する国家が定めた法律や通貨が使われ、その空間に侵入するものに対して暴力をもって排除することが前提となっている。つまり、地上における地政学的なパワーというものは、自国の領域を排他的に支配し、その空間を守ったうえで、他の国家が支配する空間に影響を及ぼすことが出来ることを意味している。
ところが、宇宙空間においては、こうした地政学が前提としている空間的な分割と排他的な支配ということが成立しない。各国の領域は空中と宇宙が分かれる境界線(国によってその定義は異なるが、およそカーマンラインと呼ばれる地上から100km)以上の空間は、国家の支配が及ばない場所としている。例外的に「ボゴタ宣言」に基づいて静止軌道(地上から36000kmの位置にある)まで管轄権を主張する国家はあるが、実質的な支配ができないため、実効性のある概念としては見られていない。このように、宇宙空間を空間的に支配しようとしても物理的に実効性のある支配を確立することが困難であるため、宇宙空間は空間的に支配できないという前提に立つ。
では、地上の争いの延長として宇宙空間に地政学的な力関係を持ち込むとはどういうことを意味するのか。第一に、軌道上で機能している衛星が、どの国に属し、どのような能力を持っているかを理解する必要がある。宇宙空間における衛星の活動は、実はよくわからないことが多い。現在、宇宙状況監視(Space Situational Awareness: SSA)によって、各国が軌道上の物体をモニターし、その情報を米宇宙軍が統括する連合宇宙運用センター(CSpOC:Combined Space Operations Center)に集めて分析しているが、それはあくまでも軌道上の位置や移動に関する情報をレーダーなどの手段によって取得しているにすぎず、宇宙物体同士の衝突を監視している。もちろん、宇宙空間の安全と持続可能性を保つためには不可欠な監視であるが、それだけでは、どの衛星がどのような意図を持って移動し、どのような能力を持っているかは判別できない。そのため、SSA とは別に、宇宙空間におけるインテリジェンスを収集する手段として、宇宙領域監視(Space Domain Awareness: SDA)が実施されている。これは主に宇宙空間に配置された衛星によって、他国の宇宙活動を監視し、それによって脅威の認定をすることを意味する。こうすることで、自由に参入し、自由に活動できる、グローバルコモンズ(グローバルな共有地)の中に脅威が紛れ込んでいないかを判断することを目指している。
第二に、他国の宇宙活動が有害なものである可能性がある場合、それにどう対抗するか、という問題がある。宇宙条約では、軌道上に「大量破壊兵器」を配備することは禁じられており、宇宙空間に核兵器やミサイルを配備することはできない。2024年4月に、ロシアが宇宙空間に核兵器を配備した可能性があるとして、日米が主導してロシアの軌道上核兵器配備を非難する決議案を安保理に提出したが、ロシアの拒否権によって否決された。しかし、そもそもの問題として核兵器を軌道上に配備することは国際法違反である。仮に大量破壊兵器が配備されないとしても、宇宙空間で他国の衛星を攻撃する手段は他にもある。物理的には、地上からミサイルを発射して衛星を破壊する、いわゆるASAT(Anti-Satellite)攻撃があるが、2007 年の中国によるASAT実験(自国の衛星を破壊し、ASAT能力を実証)をはじめとして、2008年のアメリカ、2019年のインド、2021年のロシアによるASAT実験によって、これらの国々がすでに衛星を破壊することを可能にする能力を持っていることが明らかになっている。このほかにもミサイル防衛の能力を持っている国や弾道ミサイルの能力を持つ国は潜在的にASAT能力を持つと見られている。
また、衛星を軌道上で捕獲し、そのまま軌道を変更したり、大気圏に突入させるということも衛星に対する攻撃としてありうる。近年では、宇宙デブリを除去するサービスを提供したり、衛星にドッキングして燃料を再補給するサービスを提供する企業が出てきているが、こうした衛星に接近し、働きかける活動(Rendez-vous and Proximity Operations: RPO)は非軍事の宇宙活動でも行われている。しかし、RPO の技術は同時に、他国の衛星を捕獲し、攻撃する能力としても使うことが出来る。こうした可能性があるため、RPOの活動には民間の活動なのか、軍事的な行動なのかを判別する手段が必要となるが、それに関するルールが確立しているわけではなく、過去にロシアの衛星が米国の軍事衛星に「付きまとう」ような行為があったことで、RPO による攻撃の現実味が増していると見られている。
これらの物理的な攻撃以外にも、衛星に対する攻撃として、妨害電波を出すジャミングや、衛星が用いている周波数を乗っ取り、誤った情報を挿入するスプーフィング、さらには偵察衛星などのセンサーを妨害するような行為を行うダズリングといった、非物理的な攻撃も考えられる。これらの物理的、非物理的な攻撃能力をまとめて、対宇宙攻撃能力と呼ぶ。これらの対宇宙攻撃に対する有効な防御はあるのだろうか。
すでに述べたSSAやSDAは他国の衛星の位置や能力を監視することにとどまっており、それらの行動を制御したり、抑止したりすることは想定されていない。実際、宇宙における抑止は、核抑止のような懲罰的抑止が効きにくい。というのも、各国にとって衛星が持つ価値が異なり、その役割も異なるからである。ロシアは衛星破壊能力を持っているが、ウクライナとの戦争の中で、ウクライナ軍が米国企業の衛星を活用したり、GPS などの衛星からの支援を受けていることは承知している。地上において、GPSを妨害するジャミング電波を発信し、ウクライナ軍のみならず、黒海周辺やバルト海周辺を飛行する航空機に障害を与えているが、しかし、衛星を破壊するといった行為は行っていない。それは、一つにはウクライナ軍が使っているスターリンク衛星が6500機を超える多数の衛星からなるコンステレーションであり、それらをすべて破壊することは現実的に難しいという問題がある。その意味で、小型衛星を多数運用してサービスを提供するコンステレーションは、リスクを分散し、攻撃の効果を低めるという拒否的抑止の手段として有効になっていると言える。ただ、もう一つ重要なのは、アメリカの衛星を攻撃し、破壊することは、アメリカに対する戦争行為(Act of War)とみなされる恐れがあるという点である。2023年1月に行われた日米「2+2」においても、日本の衛星に対する攻撃には、日米安保条約第五条の集団的自衛権が適用される可能性があるとの合意がなされたが、これはまさに日本の衛星に施政権が及ぶ、という考え方に基づくものである。このように、衛星に対する攻撃を抑止するためには、拒否的抑止だけでなく、宇宙機に対する攻撃は、国家に対する攻撃であり、個別的、集団的自衛権の発動がありうる、ということで抑止が成り立っているのである。
月面における地政学
軌道上における地政学は、地上における地政学の常識が通じない場所であるが、それでも地政学的な争いの延長線上にある問題として捉えることが出来る。しかし、月面での地政学的な争いは、変則的な形で地上の常識を適用することが出来るかもしれない。
1960 年代に米ソ宇宙競争の舞台になった月面着陸であるが、この当時は月をめぐる探査競争は起こらず、アポロ11 号の月面着陸で宇宙競争の決着がついたと理解されている。というのも、当時は月面に到達することが重要な問題であり、人類が月に行ったという事実が重要であったため、月の石を持って帰ってきたり、地質学者を宇宙飛行士として送り込み、若干の調査を行ったが、月は人類にとって有益な資源や富をもたらす場であるという認識はなかった。そのため、アポロ計画が終了して以降、50年にわたって人類は月面に着陸していない(無人機は着陸している)。
しかし、近年になって、にわかに世界中が月に関心を持ち、多くの国が月探査に乗り出している。アメリカを中心に西側諸国はアルテミス計画と呼ばれる、月および火星探査の計画を打ち出し、日本も参加している。また、中国とロシアは月面に恒久的な基地を作るというILRS(International Lunar Research Station)という計画を打ち出し、ここでも、月探査をめぐる米中対立が始まっているかのように見える。その原動力になっているのは、月にあるとされる水資源である。インドの月周回探査機であるチャンドラヤーンによって、月に水がある可能性が示唆され、各国の探査機によって、その存在は確認されているが、どこに、どの程度、どのような形状で水が保存されているのかについては、まだ明らかにされていない。そのため、月面の月資源をめぐって、各国の探査競争が始まっているのである。というのも、水は電気分解すれば水素と酸素になり、ロケットの燃料やエネルギーとして用いることができるだけでなく、月面での人間活動を支える資源となりうるからである。そのため、各国は月探査に力を入れているのである。
しかし、こうした月探査が進むことで、地政学的な問題が生じうる可能性がある。それは、宇宙条約によって、月及びその他の天体は国家による領有が認められていないからである。つまり、ある国が水資源を発見し、それを採掘したとしても、その採掘権を保護する仕組みも、その採掘場所を物理的に守るすべも国家にはないのである。しかも宇宙条約では月及びその他の天体において軍事行動をすることも認められていない。ゆえに、自国が見つけた資源を軍が守ることもできず、他国に横取りされるといったことも考えられうる。
そのため、日本、アメリカ、ルクセンブルク、UAE は、それぞれ国内法として「宇宙資源法」を制定し、民間企業が水資源を発見し、採掘した場合の所有権、財産権を保証する仕組みを作っている。しかし、これとて民間企業の活動を国家が承認し、その経済活動を支援することにはなるが、民間企業が活動する空間を防護することにはならない。ゆえに、アメリカはアルテミス計画に参加する国を中心に、それ以外の国も巻き込む形で、月探査のルールの基礎となる文書である「アルテミス合意」を策定し、現時点で42カ国が参加している。このアルテミス合意には、月面での活動に関する様々なルールや規範が記されており、民間企業が活動する空間に「安全地帯」を設定するということが定められている(この安全地帯は一時的なものであり、領有を意味しないという点で宇宙条約と矛盾しない建付けとなっている)。アルテミス合意は法的拘束力のない、政治的合意文書とされているため、この合意文書が月探査のルールとなるというわけではないが、少なくとも、アルテミス計画に参加する国々の行動を律するものにはなるだろう。ただし、月探査の競争相手となっている中ロやILRS への参加を示しているベネズエラなどの国々はアルテミス合意に参加しておらず、その効果は限定的である。そのため、月面における地政学的な争いは、明確なルールのない場で、相互の利益に基づく競争となる可能性が高い。ただし、軌道上の衛星に対する攻撃と同様、アルテミス合意に基づいて安全地帯の中で活動する企業に対する攻撃や妨害は、その活動を認めている国家に対する挑戦として受け止められることとなり、自衛権の発動対象になりうるということが想定されることで、抑止が成立すると考えられている。
まとめ
宇宙空間は経済的、社会的、軍事的な有用性が高まり、その空間をめぐる米中対立は激しくなっているが、それは、地上における国家間の対立関係とはかなり違った形で表現されている。そんな中で、地上の争いの延長線上に宇宙空間が位置付けられることで、現代の世界における混迷が深まるような状況にある。しかし、最終的には宇宙空間にも自衛権を延長させていくことで、今のところ、宇宙空間をめぐる争いが起きているわけではない。そうした状況がいつまで続くかわからないが、一定の均衡を保っている中で、将来の対立を起こさせないようにするためにも、国際的なルール作りを進めていくことは不可欠である。
すでに月面における活動に関してはアルテミス合意が提案され、そのルールに同意する国々は増えている。こうした法的拘束力はないにしても、何らかの基準を設定する文書や合意を作って広げていくことは重要である。日本も一方的にルールを作ることで、国際的なスタンダードを作ろうとしている。日本には宇宙デブリを除去する事業を行う世界初の民間企業があり、その企業を規制する「軌道上サービスに関するガイドライン」を設定することで、世界に向けて高い透明性を伴う規制を示している。このデブリ除去事業は、宇宙物体に接近し、捕獲することでデブリを大気圏に突入させる技術を用いるが、この技術は先ほど述べたRPO技術であり、デブリではなく他の衛星を捕獲して除去することも可能である。そのため、高い透明性を求める規制を設定することで、他国への脅威とならず、デブリのみを除去することを示す必要がある。このガイドラインによって、RPO技術を使う企業は必要な情報を全て公開し、他国に安心を供与する義務が課されている。これが世界において前例となり、国際的なスタンダードとなれば、他国も日本の活動を基準にして行動を判断するようになるだろう。一定の宇宙能力を持つ国家として、日本もその能力を生かした国際ルール作りに関与していくことが求められている。
執筆者プロフィール
鈴木 一人(すずき かずと)
東京大学公共政策大学院 教授
1970年生まれ。2000年英国サセックス大学ヨ-ロッパ研究所現代ヨーロッパ研究専攻博士課程修了。2000年から2008年まで筑波大学国際総合学類准教授として勤務。その間、立命館大学、北九州大学などで非常勤講師を兼任。2008年から北海道大学公共政策大学院准教授、2011年から教授。2012年から2013年にはプリンストン大学国際地域研究所客員研究員。2013年から2015年までは国連安保理イラン制裁専門家パネル委員。2020年から東京大学公共政策大学院教授。国際文化会館地経学研究所長、東京財団研究主幹、国際問題研究所客員研究員なども兼任。専門は国際政治、国際政治経済学、科学技術と安全保障、安全保障貿易管理、国連制裁など。主著として『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞受賞)“UN sanctions on Iran and their financial elements” in Sachiko Yoshimura (eds.) United Nations Financial Sanctions (Routledge, 2021) など。
東京大学公共政策大学院 教授
鈴木 一人
米中対立が激しくなる中で、宇宙開発もその対立の舞台として位置づけられるようになった。特に宇宙活動に関心が集まるようになったのは、ロシアのウクライナ侵攻において、アメリカの民間企業のシステムであるスターリンクが活用され、それがウクライナの軍事的能力を高める結果になったことがある。また、中国の宇宙開発が進み、中国独自の宇宙ステーションの建設と、月面探査の活動が活発になることで、アメリカの宇宙空間における優位性が失われているのではないか、という認識が高まったことにある。
しかし、世界の宇宙開発全体を見渡してみると、米中対立以上に奥深い、地殻変動ともいえる構造的な変化が起きている。その中で、宇宙開発が国際秩序と世界の行方にどのような影響を与えているのかを見ていきたい。
宇宙開発の第一局面から第二局面へ
宇宙開発のイメージと言えば、アポロ計画による月面着陸やスペースシャトル、宇宙ステーションといったものであろう。これらの活動は、宇宙開発の黎明期から国家が主導する形で急速に技術開発が進み、人類がこれまでたどり着くことが出来なかったところに行く未来が作られているという印象を生み出した。しかし、これらの活動を国際政治の文脈から見てみると、必ずしもそうした明るい未来を作るためのものとは言えない。
こうした宇宙開発の黎明期から近年の民間企業の活動が活発になるまでを、便宜的に「宇宙開発の第一局面」と呼んでおこう。この第一局面はいくつかの特徴によって成り立っている。第一に、宇宙活動を可能にする技術を開発することには多大なコストがかかり、そのコストを担うことができる国家だけが実施可能であった。つまり宇宙は少数のエリート国家による活動の場であった。第二に、国家がそれだけのコストをかけて宇宙開発に膨大な予算をつぎ込んだのは、人類の未来を作るという美名のもと、国際政治的な要請があったからである。特に宇宙開発をリードした米ソにおいては、いわゆる「宇宙競争」を展開し、その技術的な優位性を示すことで、自由主義対共産主義というイデオロギー競争に勝つこと、そしてミサイル技術などの軍事技術に転用可能な技術を誇示することに目的があった。米ソに続いて宇宙開発に参入した日本、欧州、中国、インドなどは、イデオロギーや軍事競争というよりも、先行する米ソに追いつくべく、宇宙技術を獲得することで国際社会における地位を得ることを目的としていた。第三に、こうした軍事転用可能な宇宙技術を開発することで、偵察や通信、測位といった分野において実際に軍事的に利用可能なシステムを構築することが目的であった。
こうした第一局面の宇宙開発と異なり、現代の宇宙開発は第二局面に入りつつあると言えよう。第二局面の特徴としては、第一に「宇宙の民主化」が挙げられる。宇宙技術が成熟し、今や大学の研究室レベルで衛星やロケットを作れるようになったことで、その技術は世界的に拡散し、宇宙開発のコストが下がったことで多くの国が宇宙活動に参入するようになってきた。今や自国で衛星を打ち上げる能力を持つのは、北朝鮮を含めて11カ国あり、国家の宇宙機関(台湾や欧州宇宙機関などの多国間機関も含む)が75機関ある。また、国連の宇宙空間平和利用委員会(UNCOPUOS)には102カ国が参加しており(1958年の創設時には18カ国)、宇宙開発に関与する国家は爆発的に増えている。これはかつて宇宙条約が締結された1967年のように、実質的に米ソのみが宇宙活動を行う能力を持ち、ゆえに宇宙活動のルールを作る条約も米ソで決めることが出来た時代と異なり、今や多数の国の間でコンセンサスを取らなければならず、ルール作りが困難になっていることを示唆する。
第二に、「宇宙の商業化」が挙げられる。すでに述べたように、宇宙技術が成熟し、開発コストが廉価になってくると、宇宙システムを構築し、それが提供するサービスから収益を得ることが可能になってくる。リーマンショック以降の金融緩和によって資金調達コストが低く、将来性のある宇宙活動への投資も進んだことが、多くの宇宙ベンチャーを育てることになった。また大富豪であるイーロン・マスク氏が創設したスペースX社のファルコンロケットは極めて革新的なロケットであり、技術的にも事業的にも大成功を収めていることで、多くの起業家が宇宙ベンチャーを始めることを後押しした。こうした民間企業による活動は、宇宙条約によって各国の監督の下にあるが、資本関係はグローバル化し、国境をまたいだ技術開発やビジネス活動が広がることで、これまでのように「国家による宇宙活動」とは言えない活動が増えてきた。この意味で、宇宙開発を見るときに、国家を単位として見ることはもう時代遅れになったと言っても良いだろう。
第三に、「宇宙の軍事化」がある。これまでも宇宙技術は各国の安全保障戦略の中に組み込まれ、軍事活動を支援する情報収集(偵察)や通信など、地上のシステムを補完するような使われ方をしてきたが、現代においては、宇宙システムが軍事活動に不可欠となり、あらゆる兵器システムがネットワーク化されていく中で、宇宙システムが提供するサービスが不可欠なものとなっていった。とりわけ重要になってきたのが、遅延のない全世界一律のサービスを提供する通信システムであり、また、標的を特定するためのリアルタイムのターゲティングを行う偵察衛星であり、あらゆる兵器システムの位置を測定するためのGPS のような測位システムである。これらの能力の有無が軍事的な能力を大きく左右することになっている。先に述べたウクライナの例のように、旧式の宇宙システムに依存するロシアの装備よりも、アメリカをはじめとする西側諸国で使われている宇宙システムを組み込んだ装備の方が質的に優勢となることで、ロシアとの間に圧倒的な火力差のあるウクライナが効率的に戦うことが出来ている(もっともこれが陣地をめぐる消耗戦になるとその効果は半減する)。こうした宇宙能力が軍事能力に影響している現状こそ、米中対立の中で宇宙活動が対立の舞台となっているとみられるゆえんである。
第四に、「宇宙の脆弱化」が挙げられる。宇宙システムは社会経済的にも、軍事的にも重要性を増しているが、それは同時に、宇宙システムを破壊したり、無力化したりすることで軍事的な優位性を奪うことが出来、相手の経済社会に大きなダメージを与えたりすることが出来ることを意味する。こうした宇宙システムに対する攻撃の誘惑が、宇宙システムの重要性が高まれば高まるほど、強くなる。しかも、宇宙空間には隠れるところがなく、宇宙機は通常、打ち上げ時の負荷を減らすために極限まで軽量化され、防護のための装備を搭載することが難しい。しかも、宇宙機は無線通信によって制御されているため、その通信を妨害したり、乗っ取ったりすることで相手の衛星の能力を奪うこともできる。さらに、宇宙空間は「宇宙の民主化」「宇宙の商業化」によって混雑し、軌道上で衝突するリスクが高まっているだけでなく、宇宙デブリ(ゴミ)と呼ばれる、機能を失った衛星やロケットの上段、破壊された衛星の破片などの多くの物体があるため、これらと衝突するリスクも高まっており、意図的な攻撃であっても、非意図的な衝突として偽装することも不可能ではない。こうした条件があるため、宇宙システムを攻撃する、いわゆる対宇宙攻撃(counterspace)能力を構築することで、他国の宇宙システムを無力化する、強い誘因がある。
このように、宇宙開発は第一局面から第二局面に移りつつある。「宇宙の民主化」によって宇宙技術は多くの国で使える「普通の技術」となり、その特別な地位は失いつつある。「宇宙の商業化」によって、第一局面では宇宙開発をけん引したNASA などの国家宇宙機関は多くの活動を民間にアウトソースし、商業的なリターンのない宇宙探査に資源を集中している。また、「宇宙の軍事化」が進む軍ですら、民間企業の提供するサービスを調達するようになっている。そんな中で、「宇宙の脆弱化」によって、宇宙空間が、技術的な明るい未来を描くのではなく、地上における争いの延長線上にある空間として、人類の運命を決める場になっている。
宇宙空間の地政学
米中対立を主軸とする地上の争いの延長線上に宇宙空間があるということは、宇宙空間にも何らかの地政学的な要素が組み込まれていくということを想定させる。地政学とは地理的に規定された国家間の力関係を示すものであるが、宇宙空間では、通常の地政学で想定する概念が通用しない難しさがある。
まず、地政学の想定では、地上における国家間関係は空間的な支配が前提となっていることを想起すべきである。地上は国境によって分割され、特定の空間をある政治勢力が支配し、そこに管轄権が付与され、その領域は、そこを支配する国家が定めた法律や通貨が使われ、その空間に侵入するものに対して暴力をもって排除することが前提となっている。つまり、地上における地政学的なパワーというものは、自国の領域を排他的に支配し、その空間を守ったうえで、他の国家が支配する空間に影響を及ぼすことが出来ることを意味している。
ところが、宇宙空間においては、こうした地政学が前提としている空間的な分割と排他的な支配ということが成立しない。各国の領域は空中と宇宙が分かれる境界線(国によってその定義は異なるが、およそカーマンラインと呼ばれる地上から100km)以上の空間は、国家の支配が及ばない場所としている。例外的に「ボゴタ宣言」に基づいて静止軌道(地上から36000kmの位置にある)まで管轄権を主張する国家はあるが、実質的な支配ができないため、実効性のある概念としては見られていない。このように、宇宙空間を空間的に支配しようとしても物理的に実効性のある支配を確立することが困難であるため、宇宙空間は空間的に支配できないという前提に立つ。
では、地上の争いの延長として宇宙空間に地政学的な力関係を持ち込むとはどういうことを意味するのか。第一に、軌道上で機能している衛星が、どの国に属し、どのような能力を持っているかを理解する必要がある。宇宙空間における衛星の活動は、実はよくわからないことが多い。現在、宇宙状況監視(Space Situational Awareness: SSA)によって、各国が軌道上の物体をモニターし、その情報を米宇宙軍が統括する連合宇宙運用センター(CSpOC:Combined Space Operations Center)に集めて分析しているが、それはあくまでも軌道上の位置や移動に関する情報をレーダーなどの手段によって取得しているにすぎず、宇宙物体同士の衝突を監視している。もちろん、宇宙空間の安全と持続可能性を保つためには不可欠な監視であるが、それだけでは、どの衛星がどのような意図を持って移動し、どのような能力を持っているかは判別できない。そのため、SSA とは別に、宇宙空間におけるインテリジェンスを収集する手段として、宇宙領域監視(Space Domain Awareness: SDA)が実施されている。これは主に宇宙空間に配置された衛星によって、他国の宇宙活動を監視し、それによって脅威の認定をすることを意味する。こうすることで、自由に参入し、自由に活動できる、グローバルコモンズ(グローバルな共有地)の中に脅威が紛れ込んでいないかを判断することを目指している。
第二に、他国の宇宙活動が有害なものである可能性がある場合、それにどう対抗するか、という問題がある。宇宙条約では、軌道上に「大量破壊兵器」を配備することは禁じられており、宇宙空間に核兵器やミサイルを配備することはできない。2024年4月に、ロシアが宇宙空間に核兵器を配備した可能性があるとして、日米が主導してロシアの軌道上核兵器配備を非難する決議案を安保理に提出したが、ロシアの拒否権によって否決された。しかし、そもそもの問題として核兵器を軌道上に配備することは国際法違反である。仮に大量破壊兵器が配備されないとしても、宇宙空間で他国の衛星を攻撃する手段は他にもある。物理的には、地上からミサイルを発射して衛星を破壊する、いわゆるASAT(Anti-Satellite)攻撃があるが、2007 年の中国によるASAT実験(自国の衛星を破壊し、ASAT能力を実証)をはじめとして、2008年のアメリカ、2019年のインド、2021年のロシアによるASAT実験によって、これらの国々がすでに衛星を破壊することを可能にする能力を持っていることが明らかになっている。このほかにもミサイル防衛の能力を持っている国や弾道ミサイルの能力を持つ国は潜在的にASAT能力を持つと見られている。
また、衛星を軌道上で捕獲し、そのまま軌道を変更したり、大気圏に突入させるということも衛星に対する攻撃としてありうる。近年では、宇宙デブリを除去するサービスを提供したり、衛星にドッキングして燃料を再補給するサービスを提供する企業が出てきているが、こうした衛星に接近し、働きかける活動(Rendez-vous and Proximity Operations: RPO)は非軍事の宇宙活動でも行われている。しかし、RPO の技術は同時に、他国の衛星を捕獲し、攻撃する能力としても使うことが出来る。こうした可能性があるため、RPOの活動には民間の活動なのか、軍事的な行動なのかを判別する手段が必要となるが、それに関するルールが確立しているわけではなく、過去にロシアの衛星が米国の軍事衛星に「付きまとう」ような行為があったことで、RPO による攻撃の現実味が増していると見られている。
これらの物理的な攻撃以外にも、衛星に対する攻撃として、妨害電波を出すジャミングや、衛星が用いている周波数を乗っ取り、誤った情報を挿入するスプーフィング、さらには偵察衛星などのセンサーを妨害するような行為を行うダズリングといった、非物理的な攻撃も考えられる。これらの物理的、非物理的な攻撃能力をまとめて、対宇宙攻撃能力と呼ぶ。これらの対宇宙攻撃に対する有効な防御はあるのだろうか。
すでに述べたSSAやSDAは他国の衛星の位置や能力を監視することにとどまっており、それらの行動を制御したり、抑止したりすることは想定されていない。実際、宇宙における抑止は、核抑止のような懲罰的抑止が効きにくい。というのも、各国にとって衛星が持つ価値が異なり、その役割も異なるからである。ロシアは衛星破壊能力を持っているが、ウクライナとの戦争の中で、ウクライナ軍が米国企業の衛星を活用したり、GPS などの衛星からの支援を受けていることは承知している。地上において、GPSを妨害するジャミング電波を発信し、ウクライナ軍のみならず、黒海周辺やバルト海周辺を飛行する航空機に障害を与えているが、しかし、衛星を破壊するといった行為は行っていない。それは、一つにはウクライナ軍が使っているスターリンク衛星が6500機を超える多数の衛星からなるコンステレーションであり、それらをすべて破壊することは現実的に難しいという問題がある。その意味で、小型衛星を多数運用してサービスを提供するコンステレーションは、リスクを分散し、攻撃の効果を低めるという拒否的抑止の手段として有効になっていると言える。ただ、もう一つ重要なのは、アメリカの衛星を攻撃し、破壊することは、アメリカに対する戦争行為(Act of War)とみなされる恐れがあるという点である。2023年1月に行われた日米「2+2」においても、日本の衛星に対する攻撃には、日米安保条約第五条の集団的自衛権が適用される可能性があるとの合意がなされたが、これはまさに日本の衛星に施政権が及ぶ、という考え方に基づくものである。このように、衛星に対する攻撃を抑止するためには、拒否的抑止だけでなく、宇宙機に対する攻撃は、国家に対する攻撃であり、個別的、集団的自衛権の発動がありうる、ということで抑止が成り立っているのである。
月面における地政学
軌道上における地政学は、地上における地政学の常識が通じない場所であるが、それでも地政学的な争いの延長線上にある問題として捉えることが出来る。しかし、月面での地政学的な争いは、変則的な形で地上の常識を適用することが出来るかもしれない。
1960 年代に米ソ宇宙競争の舞台になった月面着陸であるが、この当時は月をめぐる探査競争は起こらず、アポロ11 号の月面着陸で宇宙競争の決着がついたと理解されている。というのも、当時は月面に到達することが重要な問題であり、人類が月に行ったという事実が重要であったため、月の石を持って帰ってきたり、地質学者を宇宙飛行士として送り込み、若干の調査を行ったが、月は人類にとって有益な資源や富をもたらす場であるという認識はなかった。そのため、アポロ計画が終了して以降、50年にわたって人類は月面に着陸していない(無人機は着陸している)。
しかし、近年になって、にわかに世界中が月に関心を持ち、多くの国が月探査に乗り出している。アメリカを中心に西側諸国はアルテミス計画と呼ばれる、月および火星探査の計画を打ち出し、日本も参加している。また、中国とロシアは月面に恒久的な基地を作るというILRS(International Lunar Research Station)という計画を打ち出し、ここでも、月探査をめぐる米中対立が始まっているかのように見える。その原動力になっているのは、月にあるとされる水資源である。インドの月周回探査機であるチャンドラヤーンによって、月に水がある可能性が示唆され、各国の探査機によって、その存在は確認されているが、どこに、どの程度、どのような形状で水が保存されているのかについては、まだ明らかにされていない。そのため、月面の月資源をめぐって、各国の探査競争が始まっているのである。というのも、水は電気分解すれば水素と酸素になり、ロケットの燃料やエネルギーとして用いることができるだけでなく、月面での人間活動を支える資源となりうるからである。そのため、各国は月探査に力を入れているのである。
しかし、こうした月探査が進むことで、地政学的な問題が生じうる可能性がある。それは、宇宙条約によって、月及びその他の天体は国家による領有が認められていないからである。つまり、ある国が水資源を発見し、それを採掘したとしても、その採掘権を保護する仕組みも、その採掘場所を物理的に守るすべも国家にはないのである。しかも宇宙条約では月及びその他の天体において軍事行動をすることも認められていない。ゆえに、自国が見つけた資源を軍が守ることもできず、他国に横取りされるといったことも考えられうる。
そのため、日本、アメリカ、ルクセンブルク、UAE は、それぞれ国内法として「宇宙資源法」を制定し、民間企業が水資源を発見し、採掘した場合の所有権、財産権を保証する仕組みを作っている。しかし、これとて民間企業の活動を国家が承認し、その経済活動を支援することにはなるが、民間企業が活動する空間を防護することにはならない。ゆえに、アメリカはアルテミス計画に参加する国を中心に、それ以外の国も巻き込む形で、月探査のルールの基礎となる文書である「アルテミス合意」を策定し、現時点で42カ国が参加している。このアルテミス合意には、月面での活動に関する様々なルールや規範が記されており、民間企業が活動する空間に「安全地帯」を設定するということが定められている(この安全地帯は一時的なものであり、領有を意味しないという点で宇宙条約と矛盾しない建付けとなっている)。アルテミス合意は法的拘束力のない、政治的合意文書とされているため、この合意文書が月探査のルールとなるというわけではないが、少なくとも、アルテミス計画に参加する国々の行動を律するものにはなるだろう。ただし、月探査の競争相手となっている中ロやILRS への参加を示しているベネズエラなどの国々はアルテミス合意に参加しておらず、その効果は限定的である。そのため、月面における地政学的な争いは、明確なルールのない場で、相互の利益に基づく競争となる可能性が高い。ただし、軌道上の衛星に対する攻撃と同様、アルテミス合意に基づいて安全地帯の中で活動する企業に対する攻撃や妨害は、その活動を認めている国家に対する挑戦として受け止められることとなり、自衛権の発動対象になりうるということが想定されることで、抑止が成立すると考えられている。
まとめ
宇宙空間は経済的、社会的、軍事的な有用性が高まり、その空間をめぐる米中対立は激しくなっているが、それは、地上における国家間の対立関係とはかなり違った形で表現されている。そんな中で、地上の争いの延長線上に宇宙空間が位置付けられることで、現代の世界における混迷が深まるような状況にある。しかし、最終的には宇宙空間にも自衛権を延長させていくことで、今のところ、宇宙空間をめぐる争いが起きているわけではない。そうした状況がいつまで続くかわからないが、一定の均衡を保っている中で、将来の対立を起こさせないようにするためにも、国際的なルール作りを進めていくことは不可欠である。
すでに月面における活動に関してはアルテミス合意が提案され、そのルールに同意する国々は増えている。こうした法的拘束力はないにしても、何らかの基準を設定する文書や合意を作って広げていくことは重要である。日本も一方的にルールを作ることで、国際的なスタンダードを作ろうとしている。日本には宇宙デブリを除去する事業を行う世界初の民間企業があり、その企業を規制する「軌道上サービスに関するガイドライン」を設定することで、世界に向けて高い透明性を伴う規制を示している。このデブリ除去事業は、宇宙物体に接近し、捕獲することでデブリを大気圏に突入させる技術を用いるが、この技術は先ほど述べたRPO技術であり、デブリではなく他の衛星を捕獲して除去することも可能である。そのため、高い透明性を求める規制を設定することで、他国への脅威とならず、デブリのみを除去することを示す必要がある。このガイドラインによって、RPO技術を使う企業は必要な情報を全て公開し、他国に安心を供与する義務が課されている。これが世界において前例となり、国際的なスタンダードとなれば、他国も日本の活動を基準にして行動を判断するようになるだろう。一定の宇宙能力を持つ国家として、日本もその能力を生かした国際ルール作りに関与していくことが求められている。
執筆者プロフィール
鈴木 一人(すずき かずと)
東京大学公共政策大学院 教授
1970年生まれ。2000年英国サセックス大学ヨ-ロッパ研究所現代ヨーロッパ研究専攻博士課程修了。2000年から2008年まで筑波大学国際総合学類准教授として勤務。その間、立命館大学、北九州大学などで非常勤講師を兼任。2008年から北海道大学公共政策大学院准教授、2011年から教授。2012年から2013年にはプリンストン大学国際地域研究所客員研究員。2013年から2015年までは国連安保理イラン制裁専門家パネル委員。2020年から東京大学公共政策大学院教授。国際文化会館地経学研究所長、東京財団研究主幹、国際問題研究所客員研究員なども兼任。専門は国際政治、国際政治経済学、科学技術と安全保障、安全保障貿易管理、国連制裁など。主著として『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞受賞)“UN sanctions on Iran and their financial elements” in Sachiko Yoshimura (eds.) United Nations Financial Sanctions (Routledge, 2021) など。