トランプ復帰後のアメリカと世界、そして日本
2024年12月23日
上智大学 教授
前嶋 和弘
選挙結果と「未曾有の分断」
最初に強調したいのは、今回の大統領選挙は大接戦だったことだ。
一般投票はわずか1.5ポイント差であり、事前の世論調査通りの僅差だった。日本のメディアが「トランプは圧勝した」とのトランプ側のPRを垂れ流してきたのは、選挙の現実とは異なり、あまりにも嘆かわしい。
そして、アメリカの政治史でも未曾有の下院での拮抗がこれからの2年間となる。トランプ人気で躍進すると見られた共和党の下院もぎりぎり多数派は確保したが、議席を減らしている。両党の議席の差は共和党220議席、民主党215議席とわずか5議席であり、これは共和党と民主党の2大政党制となった1856年以降、最も少ない。それ以前をみても、1825-27年のジャクソン派と反ジャクソン派の差が5議席だったという1度のケースを除き、こんなに競っている議会はない。
上院は改選が極端に民主党に偏ったほか、複数の保守州での民主党議員の引退が決まった2年ほど前から、共和党が多数派奪還するのは確実だった。しかし、それでも共和党は53議席しか伸ばせなかった。47議席の民主党はフィリバスターをいつでも行使でき、共和党主導の法案をストップできる(例外は人事、および、年に1度の「財政調整」関連法案)。
トランプが人事を急いでいるのも、政治的な基盤が盤石でない中、世論をつなぐための「燃料投下」でもある。
このように今のアメリカは「未曾有の拮抗」であり、選挙ではほんのわずかな差だったが、2025年のアメリカ政治はトランプ復帰で大きく変わる。「未曾有の分断」が続いているためだ。
世界、そして日本も大きな変化に耐えていく必要がある。
本稿はトランプ復帰がもたらすことで起こる様々な変化について展望する。
2つの核:「取引」と「世論」
トランプ復帰がもたらすことで起こる様々な変化の根本原理となるのが、「取引」と「世論」である。
「取引」が外交でも安全保障の中心になる。安全保障については国際秩序を守るという理念ではなく、取引になる。同盟国との関係は大きく変わってくるはずだ。
さらにトランプは、自分を誰が支持しているのかという「世論」にはとても敏感だ。支持者の方向に合わせて政策のベクトルが向く。これこそ、トランプをポピュリストたらしめている点だ。
日米関係、対中・対北朝鮮の変化
日米関係を例に挙げて考えてみたい。
日本との関係においても、トランプは原理原則よりも取引を重視するはずだ。日本はアメリカの庇護のもとで経済的に発展したため、トランプは「思いやり予算」をもっと提供すべきだと求めてくる可能性がある。
日本の防衛費の増加も求められるだろう。すでにトランプ政権に入るとみられる要人の中から、日本に対し、防衛費の国内総生産(GDP)比3%への増額を求めるべきだとの声もある。
中国による現状変更の動きやロシア、北朝鮮の動きなどを考えると、日本の安全保障環境はよくない。なんとかしないといけないという日本側のニーズを考えながら、トランプ側からはもっと日本側の防衛費増額、そしてアメリカからの武器購入を勧めてくる可能性がある。
日本側としては、まずは外交当局がしっかりとトランプに対応し、日米同盟の重要性を再確認する必要がある。特に、トップ同士の相性が重要であり、石破総理大臣がトランプと良好な関係を築くことが外交の最優先事項となるだろう。
トランプ政権の中には、日米同盟の強化が米国の利益だとする意見もある。日本はアメリカにとって重要な同盟国であり、特に中国やロシアの動きを見たとき、アメリカは日本とともに行動することが有益だと考える関係者が多いためだ。この声を最大限に味方につけるべきだろう。
また、日米関係でも「世論」はとても重要だ。トランプは支持層が好まない多国間の自由貿易には極めて消極的だ。TPPに続き、インド太平洋経済枠組み(IPEF)からもトランプ政権は離脱するのはほぼ既定路線である。
また、対日関係は対中関係の従属変数でもある。共和党にとっての中国好感度は10%以下程度にまで下がっている。それもあって対中輸出規制や投資規制など、対中デカップリング・デリスキングが続く。今後の対中規制はさらに厳しくなる。日本も「フレンドシェアリング」の協力要求が続き、中国抜きのサプライチェーンの構築を迫られていくだろう。メキシコやカナダなどいわゆる抜け道の迂回ルートがさらに減り、日本企業もアメリカで部品を調達しないといけなくなっていく。
また、トランプ政権下では、北朝鮮との新たな関係を築く動きが出てくるだろう。トランプの支持者にとって、北朝鮮の核・ミサイル開発を止めることができるという期待がある。
前回の政権では北朝鮮との会談が行われたが、軍縮には至らず、むしろ核・ミサイル開発の時間を与えてしまった。もし、軍縮が進む場合、アメリカが何を取り引きするのかが重要になるだろう。例えば、在韓米軍の縮小が議題になる可能性があり、その場合、韓国や日本にとって不安定要素となる。
ウクライナ支援、対NATOの変化
トランプがウクライナ支援に消極的な姿勢を示していることについても共和党側の支持者の世論に忠実な結果だ。バンス次期副大統領は「ウクライナを支援するのであれば、なぜラストベルトを支援しないのか」という有名なことばを演説で言ったことがある。「アメリカ・ファースト」的な世論が進む中、軍事支援を控えることで停戦を模索する動きが進んでいく。
ウクライナが戦争を継続するためには、アメリカの武器支援がないと難しい。ヨーロッパはいろいろな形でウクライナへの支援を深めているが、アメリカの武器の影響力はとても大きい。ウクライナをコントロールするためには、アメリカが武器支援を限定することになる。ただ、戦闘の終結にはさまざまな交渉が必要で、ウクライナがどこまで妥協できるのかというところもポイントになってくる。現状で強制終了となった場合、東部のドネツクや南部のクリミアあたりを、力による現状変更でロシアに分割されて終わるような形になってしまい、国際社会としても極めて許し難い状況になる。
「アメリカ・ファースト」の世論は欧州との関係も変えていく。アメリカの負担を減らすために、トランプは欧州にさらなる軍事分担増を要求している。そのために、NATO離脱の脅しも繰り返している。NATOから離脱するには上院の3分の2の賛同が必要になっているため、大統領の一存では難しいが、3軍の長が大統領・トランプとなるため、NATOの米軍部分をコントロールできる。NATOが骨抜きになるケースはありえる。ただ、NATOを骨抜きにされないように危惧する欧州各国が軍事分担増を進めていく「取引」の1つでもある。このような流れから、欧州の政治的結束は強まり、安全保障面でも米国になるべく依存しない体制を作りも進むかもしれない。
対中東
中東情勢については、徹底的にイスラエル支援を強化し、ハマスを弱体化させる戦略を採るだろう。イスラエルを支援する福音派が今回も共和党の最大の支持母体であり、トランプ当選の立役者だったためだ。
一方で、アメリカ・ファーストの方針から、大規模な米軍展開を避けたいという大原則がある。イランがイスラエルに対して攻撃を仕掛ける可能性があるが、本格的になるとアメリカはイスラエル支援に入らないといけなくなる。ただ、あれだけイラク戦争を批判したのがトランプ氏自身であり、イランを弱めさせはするけど、戦争に巻き込まれたくはないと考えているだろう。イスラエルはイランを挑発するであろうが、イランがどう動くのか。支持者の世論の動向を見ながら、トランプが対応を決めていくような展開もあるかもしれない。
急変する気候変動対策
トランプ政権への移行に伴い、最も大きな変化のある政策は気候変動対策かもしれない。トランプ支持者の間では、気候変動対策などの社会課題解決に向けた政策や多様性を重視する価値観をWOKENESSと呼んで批判する声が強い。多様性を重視するDEIの方針に関する懐疑的な声も圧倒的だ。トランプ支持者の間で重要視されていない気候変動対策は急変し、エネルギー開発を進める中で、気候変動対策そのものが敵視されていく。サステナビリティ推進に逆行する政策についても注目される。反ESGの兆候は顕著になっていくであろう。
トランプがパリ協定から離脱するのは間違いない。そもそも産業政策を伴わない気候変動政策が競争力の足かせになっているとの指摘も保守化からは多い。さらにトランプの公約では、化石燃料への回帰が掲げられている。これによるエネルギーコストの削減がインフレ対策として位置づけられている。自動車産業については、化石燃料を使うエンジンが生き延び、EVへ移行するペースはどんどん遅くなるはずだ。
インフレ削減法(IRA)については共和党の支持州でも恩恵を受けているところがあるため、実際には完全な見直しが必ずしも経済的に合理的ではないようにもみえるふしもある。このあたりはもし形を変える場合、実質的に残りそうな部分と撤廃が濃厚な部分は何かなどと選択的に進んでいく可能性もあろう。
一方、トランプ政権のアメリカがEVや再生エネルギーに消極的になれば、中国としてはこの2分野でより世界での覇権を固める機会にもなる。米国が内向きになるなら、外交の場面でも中国が各国と関係を強化するチャンスになりうる。例えば、今後重要性を増す、グローバルサウスと呼ばれる諸国と中国との政治的・経済的関係は強化されていくだろう。
政策のツールとしての関税
冒頭で述べたように、トランプ復帰がもたらすことで起こる様々な変化の根本原理の一つが「取引」であり、関税は主要なツールの一つになる。当初から日本を含む外国から輸入される製品に10%から20%の関税をかける方針を示し、中国に関しては60%と言われている。
関税は大きく吹っ掛けられて、トランプが欲する条件を引き出そうという交渉のツールである。関税を貿易とは関係のないような政策と取引しながら進めていくのが、トランプ流である。すでに2024年12月上旬には移民対策としてカナダとメキシコに25%の関税を、フェンタニル対策として中国の関税を10%上積みすることをそれぞれ宣言した。このように貿易以外の対象に対しても「取引」のツールとして様々な形で実行してくる。関税以外に交渉や取引ができないか、トランプ政権も関税引き上げの対象国も考えて動いていくことになる。
中国との取引については、前のトランプ政権の終わりの段階で、中国とアメリカの第1弾の貿易経済の交渉が始まったが、そこで決められたことが十分には実行されていない。その検証から始めて、第2弾の交渉が始まり、さらに別枠の交渉が始まるかもしれない。 交渉に関しては取引で少しでも有利になるように、例えば習近平氏とトランプ氏との関係、さらにはイーロン・マスク氏と習近平氏との関係とか、さまざまなルートを使って交渉が続けられていくのであろう。
ただ、そもそも関税はインフレを助長するなど負の側面がある高関税がインフレを引き起こし抑制のため利上げされれば、ドル高に振れる可能性がある。
トランプが念頭に置いているのはアメリカの製品を世界に広く販売したいということだが、もしドル高が進行すれば、競争力を失う恐れがある。関税に加え、公約の減税恒久化もドル高をもたらす可能性がある。議会次第でトランプ減税が延長され、株式市場は歓迎するが、財政的には厳しい状態になるほか、インフレを生み出すとどうしてもそれを抑えるために金利を上げ、ドル高になるためだ。
トランプがドル高を牽制する「口先介入」もあり、トランプはFRB(連邦準備制度理事会)に対して金利を抑えるよう要請したり、ドル安を誘導しようとする可能性もある。つまり、関税を引き上げつつも、ドル高になった場合にはそれをどうやって調整するかを考慮しながら動くと予測される。ドル高にならないようにドル安誘導を図るという、難しい手法を採る可能性が高い。
こうした米国の貿易政策に対して、例えば中国は重要鉱物の輸出規制などによる対抗措置をとることが予想されるが、中国とアメリカの輸出入はアメリカ側が大きな赤字となっているため、基本的にはトランプの目論見通り進むだろう。その際、日本企業は板挟みになってしまう可能性がある。
「取引」と「世論」重視の陥穽
今後、トランプはバイデン政権時に「白にしたものをまた全て黒くする」ような大きな変化を試みるはずだ。最初の一カ月からどんどん動きが出てくるであろう。
ただ、取引と世論を重視する外交・安全保障の向こう側にはどうしても不透明な政策があり、国際秩序に与える影響も少なくない。「取引」を重視すれば、刹那的な決定が生まれてしまう可能性が高い。世論が揺れたり、そもそも世論が一つでない場合にはより混迷する。
ところで、2年後の2026年中間選挙は大きな転換点となるだろう。おそらく民主党がかなり盛り返し、トランプ大統領がレームダックになる可能性もある。トランプが様々な政策を急ぐ一因には、最初の2年間でけりを付けないといけないという切迫感がある。そして、2028年大統領選挙に状況は移っていく。現在共和党候補の筆頭になりそうなのがバンス次期副大統領だが、まだ先を読むのは難しい。
一方で、米国の覇権と分断はもう少し続く。振れ幅が大きく、面倒な時代が続く。 日本の今後については国際協調路線を継続するのが基本である。気候変動対策を捨てたらまずい。中国という共通の懸念があり、防衛費増額は避けられない。トランプ旋風が終わる、その後を見ていかないといけない。
執筆者プロフィール
前嶋 和弘 (まえしま・かずひろ)
上智大学 総合グローバル学部 教授
上智大学外国語学部英語学科卒業後、ジョージタウン大学大学院政治修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。アメリカ学会前会長。専門:現代アメリカ政治外交。主な著作は『アメリカ政治とメディア』(北樹出版、2011年)、 『キャンセルカルチャー:アメリカ、貶めあう社会』(小学館、2020年)、 『現代アメリカ政治とメディア』(共編著、東洋経済新報社、2019年)、『アメリカ政治』(共著、有斐閣、2023年)、Internet Election Campaigns in the United States, Japan, South Korea, and Taiwan(co-edited, Palgrave, 2017)など。
上智大学 教授
前嶋 和弘
選挙結果と「未曾有の分断」
最初に強調したいのは、今回の大統領選挙は大接戦だったことだ。
一般投票はわずか1.5ポイント差であり、事前の世論調査通りの僅差だった。日本のメディアが「トランプは圧勝した」とのトランプ側のPRを垂れ流してきたのは、選挙の現実とは異なり、あまりにも嘆かわしい。
そして、アメリカの政治史でも未曾有の下院での拮抗がこれからの2年間となる。トランプ人気で躍進すると見られた共和党の下院もぎりぎり多数派は確保したが、議席を減らしている。両党の議席の差は共和党220議席、民主党215議席とわずか5議席であり、これは共和党と民主党の2大政党制となった1856年以降、最も少ない。それ以前をみても、1825-27年のジャクソン派と反ジャクソン派の差が5議席だったという1度のケースを除き、こんなに競っている議会はない。
上院は改選が極端に民主党に偏ったほか、複数の保守州での民主党議員の引退が決まった2年ほど前から、共和党が多数派奪還するのは確実だった。しかし、それでも共和党は53議席しか伸ばせなかった。47議席の民主党はフィリバスターをいつでも行使でき、共和党主導の法案をストップできる(例外は人事、および、年に1度の「財政調整」関連法案)。
トランプが人事を急いでいるのも、政治的な基盤が盤石でない中、世論をつなぐための「燃料投下」でもある。
このように今のアメリカは「未曾有の拮抗」であり、選挙ではほんのわずかな差だったが、2025年のアメリカ政治はトランプ復帰で大きく変わる。「未曾有の分断」が続いているためだ。
世界、そして日本も大きな変化に耐えていく必要がある。
本稿はトランプ復帰がもたらすことで起こる様々な変化について展望する。
2つの核:「取引」と「世論」
トランプ復帰がもたらすことで起こる様々な変化の根本原理となるのが、「取引」と「世論」である。
「取引」が外交でも安全保障の中心になる。安全保障については国際秩序を守るという理念ではなく、取引になる。同盟国との関係は大きく変わってくるはずだ。
さらにトランプは、自分を誰が支持しているのかという「世論」にはとても敏感だ。支持者の方向に合わせて政策のベクトルが向く。これこそ、トランプをポピュリストたらしめている点だ。
日米関係、対中・対北朝鮮の変化
日米関係を例に挙げて考えてみたい。
日本との関係においても、トランプは原理原則よりも取引を重視するはずだ。日本はアメリカの庇護のもとで経済的に発展したため、トランプは「思いやり予算」をもっと提供すべきだと求めてくる可能性がある。
日本の防衛費の増加も求められるだろう。すでにトランプ政権に入るとみられる要人の中から、日本に対し、防衛費の国内総生産(GDP)比3%への増額を求めるべきだとの声もある。
中国による現状変更の動きやロシア、北朝鮮の動きなどを考えると、日本の安全保障環境はよくない。なんとかしないといけないという日本側のニーズを考えながら、トランプ側からはもっと日本側の防衛費増額、そしてアメリカからの武器購入を勧めてくる可能性がある。
日本側としては、まずは外交当局がしっかりとトランプに対応し、日米同盟の重要性を再確認する必要がある。特に、トップ同士の相性が重要であり、石破総理大臣がトランプと良好な関係を築くことが外交の最優先事項となるだろう。
トランプ政権の中には、日米同盟の強化が米国の利益だとする意見もある。日本はアメリカにとって重要な同盟国であり、特に中国やロシアの動きを見たとき、アメリカは日本とともに行動することが有益だと考える関係者が多いためだ。この声を最大限に味方につけるべきだろう。
また、日米関係でも「世論」はとても重要だ。トランプは支持層が好まない多国間の自由貿易には極めて消極的だ。TPPに続き、インド太平洋経済枠組み(IPEF)からもトランプ政権は離脱するのはほぼ既定路線である。
また、対日関係は対中関係の従属変数でもある。共和党にとっての中国好感度は10%以下程度にまで下がっている。それもあって対中輸出規制や投資規制など、対中デカップリング・デリスキングが続く。今後の対中規制はさらに厳しくなる。日本も「フレンドシェアリング」の協力要求が続き、中国抜きのサプライチェーンの構築を迫られていくだろう。メキシコやカナダなどいわゆる抜け道の迂回ルートがさらに減り、日本企業もアメリカで部品を調達しないといけなくなっていく。
また、トランプ政権下では、北朝鮮との新たな関係を築く動きが出てくるだろう。トランプの支持者にとって、北朝鮮の核・ミサイル開発を止めることができるという期待がある。
前回の政権では北朝鮮との会談が行われたが、軍縮には至らず、むしろ核・ミサイル開発の時間を与えてしまった。もし、軍縮が進む場合、アメリカが何を取り引きするのかが重要になるだろう。例えば、在韓米軍の縮小が議題になる可能性があり、その場合、韓国や日本にとって不安定要素となる。
ウクライナ支援、対NATOの変化
トランプがウクライナ支援に消極的な姿勢を示していることについても共和党側の支持者の世論に忠実な結果だ。バンス次期副大統領は「ウクライナを支援するのであれば、なぜラストベルトを支援しないのか」という有名なことばを演説で言ったことがある。「アメリカ・ファースト」的な世論が進む中、軍事支援を控えることで停戦を模索する動きが進んでいく。
ウクライナが戦争を継続するためには、アメリカの武器支援がないと難しい。ヨーロッパはいろいろな形でウクライナへの支援を深めているが、アメリカの武器の影響力はとても大きい。ウクライナをコントロールするためには、アメリカが武器支援を限定することになる。ただ、戦闘の終結にはさまざまな交渉が必要で、ウクライナがどこまで妥協できるのかというところもポイントになってくる。現状で強制終了となった場合、東部のドネツクや南部のクリミアあたりを、力による現状変更でロシアに分割されて終わるような形になってしまい、国際社会としても極めて許し難い状況になる。
「アメリカ・ファースト」の世論は欧州との関係も変えていく。アメリカの負担を減らすために、トランプは欧州にさらなる軍事分担増を要求している。そのために、NATO離脱の脅しも繰り返している。NATOから離脱するには上院の3分の2の賛同が必要になっているため、大統領の一存では難しいが、3軍の長が大統領・トランプとなるため、NATOの米軍部分をコントロールできる。NATOが骨抜きになるケースはありえる。ただ、NATOを骨抜きにされないように危惧する欧州各国が軍事分担増を進めていく「取引」の1つでもある。このような流れから、欧州の政治的結束は強まり、安全保障面でも米国になるべく依存しない体制を作りも進むかもしれない。
対中東
中東情勢については、徹底的にイスラエル支援を強化し、ハマスを弱体化させる戦略を採るだろう。イスラエルを支援する福音派が今回も共和党の最大の支持母体であり、トランプ当選の立役者だったためだ。
一方で、アメリカ・ファーストの方針から、大規模な米軍展開を避けたいという大原則がある。イランがイスラエルに対して攻撃を仕掛ける可能性があるが、本格的になるとアメリカはイスラエル支援に入らないといけなくなる。ただ、あれだけイラク戦争を批判したのがトランプ氏自身であり、イランを弱めさせはするけど、戦争に巻き込まれたくはないと考えているだろう。イスラエルはイランを挑発するであろうが、イランがどう動くのか。支持者の世論の動向を見ながら、トランプが対応を決めていくような展開もあるかもしれない。
急変する気候変動対策
トランプ政権への移行に伴い、最も大きな変化のある政策は気候変動対策かもしれない。トランプ支持者の間では、気候変動対策などの社会課題解決に向けた政策や多様性を重視する価値観をWOKENESSと呼んで批判する声が強い。多様性を重視するDEIの方針に関する懐疑的な声も圧倒的だ。トランプ支持者の間で重要視されていない気候変動対策は急変し、エネルギー開発を進める中で、気候変動対策そのものが敵視されていく。サステナビリティ推進に逆行する政策についても注目される。反ESGの兆候は顕著になっていくであろう。
トランプがパリ協定から離脱するのは間違いない。そもそも産業政策を伴わない気候変動政策が競争力の足かせになっているとの指摘も保守化からは多い。さらにトランプの公約では、化石燃料への回帰が掲げられている。これによるエネルギーコストの削減がインフレ対策として位置づけられている。自動車産業については、化石燃料を使うエンジンが生き延び、EVへ移行するペースはどんどん遅くなるはずだ。
インフレ削減法(IRA)については共和党の支持州でも恩恵を受けているところがあるため、実際には完全な見直しが必ずしも経済的に合理的ではないようにもみえるふしもある。このあたりはもし形を変える場合、実質的に残りそうな部分と撤廃が濃厚な部分は何かなどと選択的に進んでいく可能性もあろう。
一方、トランプ政権のアメリカがEVや再生エネルギーに消極的になれば、中国としてはこの2分野でより世界での覇権を固める機会にもなる。米国が内向きになるなら、外交の場面でも中国が各国と関係を強化するチャンスになりうる。例えば、今後重要性を増す、グローバルサウスと呼ばれる諸国と中国との政治的・経済的関係は強化されていくだろう。
政策のツールとしての関税
冒頭で述べたように、トランプ復帰がもたらすことで起こる様々な変化の根本原理の一つが「取引」であり、関税は主要なツールの一つになる。当初から日本を含む外国から輸入される製品に10%から20%の関税をかける方針を示し、中国に関しては60%と言われている。
関税は大きく吹っ掛けられて、トランプが欲する条件を引き出そうという交渉のツールである。関税を貿易とは関係のないような政策と取引しながら進めていくのが、トランプ流である。すでに2024年12月上旬には移民対策としてカナダとメキシコに25%の関税を、フェンタニル対策として中国の関税を10%上積みすることをそれぞれ宣言した。このように貿易以外の対象に対しても「取引」のツールとして様々な形で実行してくる。関税以外に交渉や取引ができないか、トランプ政権も関税引き上げの対象国も考えて動いていくことになる。
中国との取引については、前のトランプ政権の終わりの段階で、中国とアメリカの第1弾の貿易経済の交渉が始まったが、そこで決められたことが十分には実行されていない。その検証から始めて、第2弾の交渉が始まり、さらに別枠の交渉が始まるかもしれない。 交渉に関しては取引で少しでも有利になるように、例えば習近平氏とトランプ氏との関係、さらにはイーロン・マスク氏と習近平氏との関係とか、さまざまなルートを使って交渉が続けられていくのであろう。
ただ、そもそも関税はインフレを助長するなど負の側面がある高関税がインフレを引き起こし抑制のため利上げされれば、ドル高に振れる可能性がある。
トランプが念頭に置いているのはアメリカの製品を世界に広く販売したいということだが、もしドル高が進行すれば、競争力を失う恐れがある。関税に加え、公約の減税恒久化もドル高をもたらす可能性がある。議会次第でトランプ減税が延長され、株式市場は歓迎するが、財政的には厳しい状態になるほか、インフレを生み出すとどうしてもそれを抑えるために金利を上げ、ドル高になるためだ。
トランプがドル高を牽制する「口先介入」もあり、トランプはFRB(連邦準備制度理事会)に対して金利を抑えるよう要請したり、ドル安を誘導しようとする可能性もある。つまり、関税を引き上げつつも、ドル高になった場合にはそれをどうやって調整するかを考慮しながら動くと予測される。ドル高にならないようにドル安誘導を図るという、難しい手法を採る可能性が高い。
こうした米国の貿易政策に対して、例えば中国は重要鉱物の輸出規制などによる対抗措置をとることが予想されるが、中国とアメリカの輸出入はアメリカ側が大きな赤字となっているため、基本的にはトランプの目論見通り進むだろう。その際、日本企業は板挟みになってしまう可能性がある。
「取引」と「世論」重視の陥穽
今後、トランプはバイデン政権時に「白にしたものをまた全て黒くする」ような大きな変化を試みるはずだ。最初の一カ月からどんどん動きが出てくるであろう。
ただ、取引と世論を重視する外交・安全保障の向こう側にはどうしても不透明な政策があり、国際秩序に与える影響も少なくない。「取引」を重視すれば、刹那的な決定が生まれてしまう可能性が高い。世論が揺れたり、そもそも世論が一つでない場合にはより混迷する。
ところで、2年後の2026年中間選挙は大きな転換点となるだろう。おそらく民主党がかなり盛り返し、トランプ大統領がレームダックになる可能性もある。トランプが様々な政策を急ぐ一因には、最初の2年間でけりを付けないといけないという切迫感がある。そして、2028年大統領選挙に状況は移っていく。現在共和党候補の筆頭になりそうなのがバンス次期副大統領だが、まだ先を読むのは難しい。
一方で、米国の覇権と分断はもう少し続く。振れ幅が大きく、面倒な時代が続く。 日本の今後については国際協調路線を継続するのが基本である。気候変動対策を捨てたらまずい。中国という共通の懸念があり、防衛費増額は避けられない。トランプ旋風が終わる、その後を見ていかないといけない。
執筆者プロフィール
前嶋 和弘 (まえしま・かずひろ)
上智大学 総合グローバル学部 教授
上智大学外国語学部英語学科卒業後、ジョージタウン大学大学院政治修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。アメリカ学会前会長。専門:現代アメリカ政治外交。主な著作は『アメリカ政治とメディア』(北樹出版、2011年)、 『キャンセルカルチャー:アメリカ、貶めあう社会』(小学館、2020年)、 『現代アメリカ政治とメディア』(共編著、東洋経済新報社、2019年)、『アメリカ政治』(共著、有斐閣、2023年)、Internet Election Campaigns in the United States, Japan, South Korea, and Taiwan(co-edited, Palgrave, 2017)など。