台湾新政権と日台関係
掲載日:2024年4月30日
法政大学 教授
福田 円
台湾における新政権発足の意味
2024年1月に行われた台湾総統選挙では、与党民進党の頼清徳候補(現職の副総統)が40.05%の得票率で当選した。この数字への評価は分かれるであろうが、筆者は頼清徳の得票率が最後まで伸び悩み、特に若年層の票が第三党である民衆党の柯文哲候補に流れた結果であると見ている。また、総統選挙と同日に行われた立法委員選挙では、最大野党の国民党が52議席を獲得して第一党となり、民進党が51議席を獲得して第二党となった。また、二大政党のいずれもが単独過半数に達さず、比例代表選挙部分で8議席を獲得した民衆党がキャスティングボートを握ることとなった。そのほか、無党派の議員が2名当選したが、彼らはいずれも国民党に近い立場にある。
このような選挙結果全体の総括として、筆者は3点を指摘したい。第一に、選挙結果としては頼清徳が総統選挙に勝利し、民進党政権が継続するのではあるが、その得票率と、議会で第二党に転落したことを考えると、5月20日に発足する新政権の政治運営は慎重、かつ野党や広範な民意に配慮したものとならざるを得ない。
第二に、そうは言っても、頼清徳・民進党陣営は総統選挙に勝利し、民進党は民主化後の台湾で初めて3期目を迎える政権与党となった。この背景には、「蔡英文路線」(後述)に対する有権者の信任が存在すると言える。選挙後も蔡英文政権への満足度や蔡英文総統の声望を問う世論調査結果はいずれも右肩上がりであり、レイムダックという言葉は当てはまらない。
第三に、今回の選挙で国民党の総統選挙における得票率の縮小傾向は明確となった。しかし他方で、同党は立法委員選挙において健闘し、第一党に返り咲くことに成功した。それは、国民党では部分的に若返りや世代交代が進み、特に内政や各選挙区のローカルな争点において民進党の執政に不満を持つ民意の受け皿となりつつあることを示している。
選挙後の米中台関係の見通し
次に、選挙結果が台湾の対外政策全体に与える影響について考えてみたい。今回の選挙では台湾の位置付けや対外政策の大方針を示した「蔡英文路線」の継承が有権者によって信任された。蔡英文路線の継承を繰り返し訴えることは、過去に「独立」をめぐる発言がある頼清徳の陣営が台湾内外の懸念を払拭し、この選挙に勝つためには必要不可欠なことであった。
そのため、台湾新政権の対中政策や対外政策を占うためには、まず蔡英文路線とは何かを整理することが重要となる。蔡英文路線を理解する上で最も重要となるのは、蔡氏が2021年の双十節に行った演説である1。この演説の中で蔡氏は、台湾の在り方については「中華民国台湾」、中国との関係については「四つの堅持」の立場に立つことを明確に述べた。この「四つの堅持」の中で最も重要なことは、中華民国と中華人民共和国は互いに隷属していないと明確に述べていることである。こうした基本的な立場に加え、蔡英文政権は対外政策において中国との外交競争よりも、外交関係がなくても実質的に協力できる民主主義諸国を重視する「堅実外交」を行ってきた。
頼清徳はこの「蔡英文路線」を継続することを、選挙戦のなかで繰り返し説明したが、政権発足後もそれが不変であるという保証はない。頼清徳は「蔡英文路線」を語る際に、「四つの堅持」に加えて、民進党内の文書である「台湾前途決議文」に触れることが多く、このことは「台湾共和国」を提唱する民進党綱領を変更する必要はないという意思を示しているようにも取れる。また、頼清徳は中国について語る際に、権威主義中国から民主主義台湾を守るというロジックを強調する傾向が強い。そして、蔡英文路線の前提に立って、頼清徳が打ち出した「平和のための四大柱」は、経済安全保障重視や民主主義諸国とのパートナーシップ拡大など、米中競争のなかでの台湾の立ち位置を明確に示すものとなっている2。
中国政府は台湾の選挙期間中、頼清徳は「台湾独立」を進める人物だと批判し、総統に選ばないよう台湾の有権者に呼びかけ続けた。そして、選挙の結果が出ると、頼清徳の得票率を挙げて、今回の選挙では60%の有権者が「台湾独立」を支持していないことが示されたと総括した。こうした前提に立って、選挙の直後には習近平が統一戦線工作に関する文章を発表し、台湾に対しては「独立」に断固として反対しつつも、「台湾における愛国統一力量」を拡大すべく工作を続けていくことを謳った3。
上記のような前提に立ち、習近平政権はまず、これまでも行ってきた軍事威嚇、外交圧力、経済威圧などの強硬な手段と、人的往来や経済関係などを梃子とするソフトな手段の両方を駆使しながら、台湾に対する統一戦線工作を継続するものと思われる。強硬な手段としては、選挙期間中に抑えめであった台湾周辺での軍機の活動が活発化し、選挙直後にはナウルが中国政府との外交関係を樹立、台湾とは断交し、その決定が国連総会決議2758号に基づくものであると発表した4。他方で、ソフトな手段としては、4月初旬に習近平が北京で馬英九前総統に会い、中国から台湾への観光客や留学生の渡航再開に前向きであるかのような発言をした。習近平政権は、まず5月20日の頼氏の総統就任演説をターゲットとして、頼政権の言動をコントロールしていると言えるような状況を作りたいものと思われる。
台湾の新政権をコントロールする方法として、習近平が一つ重要視していると考えられるのが、米国との関係を通じた「台湾独立」に対する牽制である。2023年11月の米中首脳会談に続き、選挙の投開票直前に、ブリンケン国務長官と劉建超中共中央対外連絡部部長が会談し、台湾問題についても意見を交換した5。そして、選挙後は米政府の公式な祝賀メッセージとは別に、選挙後に所感を聞かれたバイデン大統領が「台湾の独立を支持しない」と述べた6。米中それぞれの台湾に対する基本的立場に大きな変化がある訳ではないが、米国が台湾海峡の平和と安定を中国に求め、中国は「台湾独立」を支持しない旨の明確な表明を米国に求めるというパターンが、米中間で形成されつつある。
日台関係の展望
日本は台湾海峡においてアメリカ、中国、台湾が繰り広げる駆け引きの中で、バランスを取りながら受動的に対応してきた。そのため、日台関係の行方を考えるときには、まず先述したような米中台関係やそれを取り巻くさらに大きな国際環境の視点から検討することが重要である。それに加え、日本と台湾の間の様々な共通の課題や利害関係によって形成される二者間の関係と、それぞれの内政が二者間の関係に及ぼす影響も重要である。つまり筆者は、国際環境、日台間の利害関係、双方の内政という3つの次元の要因が互いに作用して、その時々の日台関係の状況を規定していると考えている。
国際環境の影響
台湾の選挙戦を通じて見えてきた国際環境は、米国と中国は競争を継続しつつも、台湾海峡の緊張がさらに高まることへの懸念から、緊張をエスカレートさせないような保証を双方が相手に求めている状況である。米国は中国に対して台湾に武力を行使しないよう求め、中国はアメリカに対して台湾独立を支持しないよう求めている。頼清徳の新政権にとって米政府が台湾独立不支持を表明することやそれへの同調を台湾へ求めることは大きなプレッシャーとなり、場合によっては米政府に対する不信感や反発が強まることも考えられる。
こうした状況になると、台湾新政権の日本に対する期待は高まることが予想される。しかし、もしも中台関係がさらに緊張し、米台関係にも齟齬が生じていれば、日本が台湾と独自に協力関係を築くハードルは高くなる。その結果、日本が台湾からの期待に応えられる余地は狭まり、日台間では互いに対する期待が噛み合わなくなる可能性もある。
近年の日台関係において、議員交流などの政治的な対話のなかで議論される具体的なアジェンダはやや固定化しており、いずれもブレークスルーの兆しが見られない。一つは、台湾のCPTPP加盟を日本がどのような方法で、どの程度支援できるのかという問題である。新規加盟には全ての構成国との交渉が必要なCPTPPの仕組みを考えると、日本ができる支援には元々限度があったが、中国が台湾に先んじて加盟申請を行ったことで状況は複雑化している。
もう一つ、台湾側の一貫した要請として、より高いレベルでの安全保障対話の実現というアジェンダがある。例えば、蔡英文総統が2019年に『産経新聞』のインタビューにおいて、日本に安全保障対話を呼びかけたが、当時の菅政権の反応は慎重であった7。2021年、日本は米国と共に「台湾海峡の平和と安定」の重要性を確認した。すると、その後は自民党内で台湾問題を考えるプロジェクト・チームの立ち上げや台湾与党との戦略対話などが試みられた。しかし、これらの方法や内容は蔡英文が想定していたものとはやや距離があるように思える。外交関係がないなかで、中国が最も警戒する安全保障面での対話を制度化すべきなのか、どのような方法が最善なのかをさらに検討する必要がある。
日台間の成果と課題
次に、日台の二者間の関係を見ていくと、米中競争が継続するなかで、日本と台湾が抱える共通の課題は多い。最大の課題は、地域の現状を変更しようとする中国の政治軍事的な攻勢への対応である。中国が台湾の周辺、最近では特に金門島の周辺で行っているオペレーションと、尖閣諸島の周辺で行っているオペレーションには共通する部分が多い。こうしたオペレーションに個別、ないしは周辺諸国と足並みを揃えて有効に対処していく方法を検討することは日台双方にとって喫緊の課題である。先述のように、真正面から安全保障対話を謳うことには国際的な制約が大きいが、海上法執行機関同士の交流や漁業交渉などの実務関係の延長線上でこうした課題に対応する方法はある。
また、米中競争のなかで日本と台湾が米国から求められる政策にも共通する部分が多く、その一つに経済安全保障の問題がある。日本と台湾の間の経済関係は、1972年に外交関係を失った後も順調に発展してきた領域であり、その時々の国際環境に順応しつつ今後も順調に進んでいく可能性が高い。熊本で工場を開所したTSMCを中心とする半導体産業の協力や、中国からの経済威圧を受けて台湾産のパイナップルが売れなくなった際の日本への販路拡大などは、日台双方の経済的利益に適うかたちで、経済安全保障の強化のための協力が実務的に進められている事例である。
さらに、台湾や尖閣諸島周辺での中国の政治軍事活動以外にも、日本と台湾はサイバー攻撃や認知戦などの新たなグレーゾーンの脅威にどのような対応をするのかという問題を共有している。こうした領域については、台湾の方が早い時期から脅威にさらされ、対応方法の蓄積があるので、日本が学べることも多い。また、安全保障面以外には、少子高齢化、地方創生、自然災害などの共通する社会的課題についても、互いの経験を共有し、対応面でさらに協力できる余地がある。
双方の内政状況
最後に双方の内政要因を見ていきたい。現在、台湾では、頼清徳氏が政権発足に際して、一体どのような安全保障政策チームを作るのかが注目されている。現時点ではその人選について全貌が明らかになっている訳ではない。ただ、蔡英文政権期の米台関係など国際関係が安定していたことから、新政権の安全保障政策チームは蔡英文政権のそれをどの程度引き継ぐのかということも含め、前政権との対比によって評価されるだろう。日本との関係では、総統府の国家安全保障会議で対日関係担当者、駐日代表、台湾日本関係協会秘書長などの人事が注目される。
もう一つの不安定要素は、台湾の立法院における政党間のパワーバランスの変化である。選挙の結果、民進党が少数与党となり、議会では国民党が主導権を握る場面が増える。日本のメディアは国民党が反日的であると報じることが多いが、筆者の理解では必ずしもそうではない。しかし、台湾民主化以降の国民党は民進党を牽制したり、攻撃したりするために、日本に関連する議題を利用することがあった。例えば、福島とその周辺の地域からの食品輸入の問題、尖閣諸島などの領土問題、戦争責任などの歴史問題がこれまで議会では与野党の駆け引きに利用されてきた。これらの議題が今後、台湾の議会でどのように扱われていくのか、それが日本と台湾の議員外交にどのような影響を与えるのかということにも注目しなければならない。
台湾の政策コミュニティでは、台湾の新政権よりも、日本国内における政局の動揺の方が大きな変数として認識されているだろう。台湾では、近年の自民党の対台湾政策において、安倍元首相の影響力が大きいと考えられてきた。そのため、安倍元首相が亡くなると、一体誰が日台関係を推進するのかという不安感が台湾にはあった。コロナ禍後は安倍派の有力議員が相次いで台湾を訪問していたが、昨年末以来、政治資金の不正問題をめぐり安倍派の多くの有力議員は追及を受けている。また、現在の岸田政権は支持率が低下し、存続を危ぶむ声すら出ている。日本と台湾の関係は議員交流や政治人物の人脈に依存する部分も多く、政治情勢の流動化が日台関係に悪影響を及ぼすことが懸念されている。
執筆者プロフィール
福田 円(ふくだ まどか)
法政大学 法学部 国際政治学科 教授
国際基督教大学教養学部卒、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了、同後期博士課程単位取得退学。この間、台湾政治大学国際事務学院東亜研究所博士課程へ留学。博士(政策・メディア)。国士舘大学21世紀アジア学部専任講師、同准教授、法政大学法学部准教授を経て、2017年より現職。著作に、『中国外交と台湾ー「一つの中国」原則の起源』(慶應義塾出版会義塾大学出版会、2013年)、『入門講義 戦後国際政治史』(共編著、慶應義塾大学出版会、2022年)などがある。
法政大学 教授
福田 円
台湾における新政権発足の意味
2024年1月に行われた台湾総統選挙では、与党民進党の頼清徳候補(現職の副総統)が40.05%の得票率で当選した。この数字への評価は分かれるであろうが、筆者は頼清徳の得票率が最後まで伸び悩み、特に若年層の票が第三党である民衆党の柯文哲候補に流れた結果であると見ている。また、総統選挙と同日に行われた立法委員選挙では、最大野党の国民党が52議席を獲得して第一党となり、民進党が51議席を獲得して第二党となった。また、二大政党のいずれもが単独過半数に達さず、比例代表選挙部分で8議席を獲得した民衆党がキャスティングボートを握ることとなった。そのほか、無党派の議員が2名当選したが、彼らはいずれも国民党に近い立場にある。
このような選挙結果全体の総括として、筆者は3点を指摘したい。第一に、選挙結果としては頼清徳が総統選挙に勝利し、民進党政権が継続するのではあるが、その得票率と、議会で第二党に転落したことを考えると、5月20日に発足する新政権の政治運営は慎重、かつ野党や広範な民意に配慮したものとならざるを得ない。
第二に、そうは言っても、頼清徳・民進党陣営は総統選挙に勝利し、民進党は民主化後の台湾で初めて3期目を迎える政権与党となった。この背景には、「蔡英文路線」(後述)に対する有権者の信任が存在すると言える。選挙後も蔡英文政権への満足度や蔡英文総統の声望を問う世論調査結果はいずれも右肩上がりであり、レイムダックという言葉は当てはまらない。
第三に、今回の選挙で国民党の総統選挙における得票率の縮小傾向は明確となった。しかし他方で、同党は立法委員選挙において健闘し、第一党に返り咲くことに成功した。それは、国民党では部分的に若返りや世代交代が進み、特に内政や各選挙区のローカルな争点において民進党の執政に不満を持つ民意の受け皿となりつつあることを示している。
選挙後の米中台関係の見通し
次に、選挙結果が台湾の対外政策全体に与える影響について考えてみたい。今回の選挙では台湾の位置付けや対外政策の大方針を示した「蔡英文路線」の継承が有権者によって信任された。蔡英文路線の継承を繰り返し訴えることは、過去に「独立」をめぐる発言がある頼清徳の陣営が台湾内外の懸念を払拭し、この選挙に勝つためには必要不可欠なことであった。
そのため、台湾新政権の対中政策や対外政策を占うためには、まず蔡英文路線とは何かを整理することが重要となる。蔡英文路線を理解する上で最も重要となるのは、蔡氏が2021年の双十節に行った演説である1。この演説の中で蔡氏は、台湾の在り方については「中華民国台湾」、中国との関係については「四つの堅持」の立場に立つことを明確に述べた。この「四つの堅持」の中で最も重要なことは、中華民国と中華人民共和国は互いに隷属していないと明確に述べていることである。こうした基本的な立場に加え、蔡英文政権は対外政策において中国との外交競争よりも、外交関係がなくても実質的に協力できる民主主義諸国を重視する「堅実外交」を行ってきた。
頼清徳はこの「蔡英文路線」を継続することを、選挙戦のなかで繰り返し説明したが、政権発足後もそれが不変であるという保証はない。頼清徳は「蔡英文路線」を語る際に、「四つの堅持」に加えて、民進党内の文書である「台湾前途決議文」に触れることが多く、このことは「台湾共和国」を提唱する民進党綱領を変更する必要はないという意思を示しているようにも取れる。また、頼清徳は中国について語る際に、権威主義中国から民主主義台湾を守るというロジックを強調する傾向が強い。そして、蔡英文路線の前提に立って、頼清徳が打ち出した「平和のための四大柱」は、経済安全保障重視や民主主義諸国とのパートナーシップ拡大など、米中競争のなかでの台湾の立ち位置を明確に示すものとなっている2。
中国政府は台湾の選挙期間中、頼清徳は「台湾独立」を進める人物だと批判し、総統に選ばないよう台湾の有権者に呼びかけ続けた。そして、選挙の結果が出ると、頼清徳の得票率を挙げて、今回の選挙では60%の有権者が「台湾独立」を支持していないことが示されたと総括した。こうした前提に立って、選挙の直後には習近平が統一戦線工作に関する文章を発表し、台湾に対しては「独立」に断固として反対しつつも、「台湾における愛国統一力量」を拡大すべく工作を続けていくことを謳った3。
上記のような前提に立ち、習近平政権はまず、これまでも行ってきた軍事威嚇、外交圧力、経済威圧などの強硬な手段と、人的往来や経済関係などを梃子とするソフトな手段の両方を駆使しながら、台湾に対する統一戦線工作を継続するものと思われる。強硬な手段としては、選挙期間中に抑えめであった台湾周辺での軍機の活動が活発化し、選挙直後にはナウルが中国政府との外交関係を樹立、台湾とは断交し、その決定が国連総会決議2758号に基づくものであると発表した4。他方で、ソフトな手段としては、4月初旬に習近平が北京で馬英九前総統に会い、中国から台湾への観光客や留学生の渡航再開に前向きであるかのような発言をした。習近平政権は、まず5月20日の頼氏の総統就任演説をターゲットとして、頼政権の言動をコントロールしていると言えるような状況を作りたいものと思われる。
台湾の新政権をコントロールする方法として、習近平が一つ重要視していると考えられるのが、米国との関係を通じた「台湾独立」に対する牽制である。2023年11月の米中首脳会談に続き、選挙の投開票直前に、ブリンケン国務長官と劉建超中共中央対外連絡部部長が会談し、台湾問題についても意見を交換した5。そして、選挙後は米政府の公式な祝賀メッセージとは別に、選挙後に所感を聞かれたバイデン大統領が「台湾の独立を支持しない」と述べた6。米中それぞれの台湾に対する基本的立場に大きな変化がある訳ではないが、米国が台湾海峡の平和と安定を中国に求め、中国は「台湾独立」を支持しない旨の明確な表明を米国に求めるというパターンが、米中間で形成されつつある。
日台関係の展望
日本は台湾海峡においてアメリカ、中国、台湾が繰り広げる駆け引きの中で、バランスを取りながら受動的に対応してきた。そのため、日台関係の行方を考えるときには、まず先述したような米中台関係やそれを取り巻くさらに大きな国際環境の視点から検討することが重要である。それに加え、日本と台湾の間の様々な共通の課題や利害関係によって形成される二者間の関係と、それぞれの内政が二者間の関係に及ぼす影響も重要である。つまり筆者は、国際環境、日台間の利害関係、双方の内政という3つの次元の要因が互いに作用して、その時々の日台関係の状況を規定していると考えている。
国際環境の影響
台湾の選挙戦を通じて見えてきた国際環境は、米国と中国は競争を継続しつつも、台湾海峡の緊張がさらに高まることへの懸念から、緊張をエスカレートさせないような保証を双方が相手に求めている状況である。米国は中国に対して台湾に武力を行使しないよう求め、中国はアメリカに対して台湾独立を支持しないよう求めている。頼清徳の新政権にとって米政府が台湾独立不支持を表明することやそれへの同調を台湾へ求めることは大きなプレッシャーとなり、場合によっては米政府に対する不信感や反発が強まることも考えられる。
こうした状況になると、台湾新政権の日本に対する期待は高まることが予想される。しかし、もしも中台関係がさらに緊張し、米台関係にも齟齬が生じていれば、日本が台湾と独自に協力関係を築くハードルは高くなる。その結果、日本が台湾からの期待に応えられる余地は狭まり、日台間では互いに対する期待が噛み合わなくなる可能性もある。
近年の日台関係において、議員交流などの政治的な対話のなかで議論される具体的なアジェンダはやや固定化しており、いずれもブレークスルーの兆しが見られない。一つは、台湾のCPTPP加盟を日本がどのような方法で、どの程度支援できるのかという問題である。新規加盟には全ての構成国との交渉が必要なCPTPPの仕組みを考えると、日本ができる支援には元々限度があったが、中国が台湾に先んじて加盟申請を行ったことで状況は複雑化している。
もう一つ、台湾側の一貫した要請として、より高いレベルでの安全保障対話の実現というアジェンダがある。例えば、蔡英文総統が2019年に『産経新聞』のインタビューにおいて、日本に安全保障対話を呼びかけたが、当時の菅政権の反応は慎重であった7。2021年、日本は米国と共に「台湾海峡の平和と安定」の重要性を確認した。すると、その後は自民党内で台湾問題を考えるプロジェクト・チームの立ち上げや台湾与党との戦略対話などが試みられた。しかし、これらの方法や内容は蔡英文が想定していたものとはやや距離があるように思える。外交関係がないなかで、中国が最も警戒する安全保障面での対話を制度化すべきなのか、どのような方法が最善なのかをさらに検討する必要がある。
日台間の成果と課題
次に、日台の二者間の関係を見ていくと、米中競争が継続するなかで、日本と台湾が抱える共通の課題は多い。最大の課題は、地域の現状を変更しようとする中国の政治軍事的な攻勢への対応である。中国が台湾の周辺、最近では特に金門島の周辺で行っているオペレーションと、尖閣諸島の周辺で行っているオペレーションには共通する部分が多い。こうしたオペレーションに個別、ないしは周辺諸国と足並みを揃えて有効に対処していく方法を検討することは日台双方にとって喫緊の課題である。先述のように、真正面から安全保障対話を謳うことには国際的な制約が大きいが、海上法執行機関同士の交流や漁業交渉などの実務関係の延長線上でこうした課題に対応する方法はある。
また、米中競争のなかで日本と台湾が米国から求められる政策にも共通する部分が多く、その一つに経済安全保障の問題がある。日本と台湾の間の経済関係は、1972年に外交関係を失った後も順調に発展してきた領域であり、その時々の国際環境に順応しつつ今後も順調に進んでいく可能性が高い。熊本で工場を開所したTSMCを中心とする半導体産業の協力や、中国からの経済威圧を受けて台湾産のパイナップルが売れなくなった際の日本への販路拡大などは、日台双方の経済的利益に適うかたちで、経済安全保障の強化のための協力が実務的に進められている事例である。
さらに、台湾や尖閣諸島周辺での中国の政治軍事活動以外にも、日本と台湾はサイバー攻撃や認知戦などの新たなグレーゾーンの脅威にどのような対応をするのかという問題を共有している。こうした領域については、台湾の方が早い時期から脅威にさらされ、対応方法の蓄積があるので、日本が学べることも多い。また、安全保障面以外には、少子高齢化、地方創生、自然災害などの共通する社会的課題についても、互いの経験を共有し、対応面でさらに協力できる余地がある。
双方の内政状況
最後に双方の内政要因を見ていきたい。現在、台湾では、頼清徳氏が政権発足に際して、一体どのような安全保障政策チームを作るのかが注目されている。現時点ではその人選について全貌が明らかになっている訳ではない。ただ、蔡英文政権期の米台関係など国際関係が安定していたことから、新政権の安全保障政策チームは蔡英文政権のそれをどの程度引き継ぐのかということも含め、前政権との対比によって評価されるだろう。日本との関係では、総統府の国家安全保障会議で対日関係担当者、駐日代表、台湾日本関係協会秘書長などの人事が注目される。
もう一つの不安定要素は、台湾の立法院における政党間のパワーバランスの変化である。選挙の結果、民進党が少数与党となり、議会では国民党が主導権を握る場面が増える。日本のメディアは国民党が反日的であると報じることが多いが、筆者の理解では必ずしもそうではない。しかし、台湾民主化以降の国民党は民進党を牽制したり、攻撃したりするために、日本に関連する議題を利用することがあった。例えば、福島とその周辺の地域からの食品輸入の問題、尖閣諸島などの領土問題、戦争責任などの歴史問題がこれまで議会では与野党の駆け引きに利用されてきた。これらの議題が今後、台湾の議会でどのように扱われていくのか、それが日本と台湾の議員外交にどのような影響を与えるのかということにも注目しなければならない。
台湾の政策コミュニティでは、台湾の新政権よりも、日本国内における政局の動揺の方が大きな変数として認識されているだろう。台湾では、近年の自民党の対台湾政策において、安倍元首相の影響力が大きいと考えられてきた。そのため、安倍元首相が亡くなると、一体誰が日台関係を推進するのかという不安感が台湾にはあった。コロナ禍後は安倍派の有力議員が相次いで台湾を訪問していたが、昨年末以来、政治資金の不正問題をめぐり安倍派の多くの有力議員は追及を受けている。また、現在の岸田政権は支持率が低下し、存続を危ぶむ声すら出ている。日本と台湾の関係は議員交流や政治人物の人脈に依存する部分も多く、政治情勢の流動化が日台関係に悪影響を及ぼすことが懸念されている。
- 1「共識化分歧 団結守台湾 総統発表国慶演說」中華民国総統府HP、2021年10月10日(https://www.president.gov.tw/News/26253)。
- 2 Lai Ching-te, “My Plan to Preserve Peace in the Taiwan Strait,” The Wall Street Journal, Jul. 4, 2023 (https://www.wsj.com/articles/my-plan-to-preserve-peace-between-china-and-taiwan-candidate-election-race-war-7046ee00).
- 3 習近平「完整、准確、全面完徹落実関於做好新時代党的統一戦線工作的重要思想」求是網、2025年1月15日(http://www.qstheory.cn/dukan/qs/2024-01/15/c_1130059591.htm)。
- 4 “Nauru follows UN Resolution and moves to One-China principle,” Monday, 15 January 2024, The Government of the Republic of Nauru, The Official FB Page (https://www.facebook.com/story.php/?story_fbid=685824347046739&id=100068575385848).
- 5 “Blinken Meets Top China Foreign Minister Candidate Before Taiwan Elections,” VOA, Jan.13, 2024 (https://www.voanews.com/a/blinken-meets-top-china-foreign-minister-candidate-before-taiwan-election/7437408.html).
- 6 Steve Holland, Nandita Bose and Trevor Hunnicutt, “U.S. does not support Taiwan independence, Biden says,” REUTERS, Jan. 14, 2024 (https://www.reuters.com/world/biden-us-does-not-support-taiwan-independence-2024-01-13/).
- 7「蔡英文総統、日本に安保対話要請」『産経新聞』ウェブサイト、2019年3月2日(https://www.sankei.com/article/20190302-5T2QZLWVBRMSVNVRGDT3UOPO5E/)。
執筆者プロフィール
福田 円(ふくだ まどか)
法政大学 法学部 国際政治学科 教授
国際基督教大学教養学部卒、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了、同後期博士課程単位取得退学。この間、台湾政治大学国際事務学院東亜研究所博士課程へ留学。博士(政策・メディア)。国士舘大学21世紀アジア学部専任講師、同准教授、法政大学法学部准教授を経て、2017年より現職。著作に、『中国外交と台湾ー「一つの中国」原則の起源』(慶應義塾出版会義塾大学出版会、2013年)、『入門講義 戦後国際政治史』(共編著、慶應義塾大学出版会、2022年)などがある。