「薄い覇権」下のアフリカと中国
2024年11月29日
東京大学大学院 教授
遠藤 貢
はじめに
アメリカのバイデン政権は、2022年8月に「アメリカのサブサハラ・アフリカ戦略(U.S. Strategy Toward Sub-Saharan Africa)を発表した。それに先駆けてアフリカを歴訪したブリンケン国務長官に対し、南アフリカの外務大臣ナレディ・パンドールは以下のような発言を行ったことが伝えられている。
「私が嫌いなことの1つは、これかあれかを選ぶように言われることです。私はそのようにいじめられることはありませんし、他のアフリカの国がそのように扱われることに同意することを期待しません」
この発言は、アフリカの国々が、特定の大国との関係のみを重視する姿勢を有していないことを示している。また、2024年9月に開催された第9回中国アフリカ協力フォーラム(FOCAC9)の首脳会合に出席した南アフリカのラマポーザ大統領は、中国との戦略的パートナーシップに関係を強化する一方で、中国と南アフリカとの間の貿易関係の不均衡に不満を表明するなど、アフリカ諸国が中国との関係に必ずしも満足している状況ではないことが垣間見える動きも見られてきた。実際2023年において、南アフリカは中国からの輸入額においてアフリカ最大であった。本稿では、世界の各国が関心を示し、新たな関係を模索し始めているアフリカを取り巻く近年の状況を検討する。
「薄い覇権」「薄い自由主義秩序」対象地域としてのアフリカ
ヴァーホーヴェン(Harry Verhoeven)らは、グローバルなインド洋(Global Indian Ocean)といった概念化を行い、この地域を「薄い覇権(thin hegemony)」、あるいは「薄い自由主義秩序(thin liberal order)」といった特徴付けを行って議論を展開している1。本稿では、この概念をアフリカという地域を考える上で援用する形で用いることにしたい。ここで提示されている「薄い覇権」は以下のように定義される。
「異質で、相対的に自律的な構成要素からなる覇権的な国際システムであり、これらの構成要素が密にまたしばしば協調的に相互作用し合うものの、その規範的な選好が一点に収束することはなく、支配的な権力の選好を反映することもない。そして、この支配的な権力は、このシステム(あるいはその一部)を緩やかに構造化するにとどまり、何らかの公共財を提供する役割を担う」2
ここで想定されている「薄い覇権」は、この地域の歴史的経緯と関連づけられているが、特に冷戦後のアメリカを中心とし、パクス・アメリカーナ、自由市場、自由民主主義の3本の柱から構成される関与のあり方とその変遷から考えられる概念である。アフリカという地域は決して一様に扱うことが出来るわけではないが、近年の動きとして指摘できるのは、西アフリカの旧フランス植民地を中心としたサヘル・アフリカと呼ばれる地域での動きで、「薄い覇権」と関連付けて検討可能な地域の一つと考えられる。この地域では、2020年8月18日に軍の一部勢力によるクーデタが起きたマリ、2022年1月23日未明にブルキナファソで起きた国軍によるクーデタ、さらには、西側諸国から西アフリカの最後の民主主義の砦として期待されていたニジェールでも2023年7月26日に国軍によるクーデタによって、選挙を通じて成立していたバズーム政権が転覆した(2021年にはギニアでもクーデタが起きている)。これらの国々では、近年イスラーム武装勢力の活動が活発化していたことから、アフリカ連合の平和活動(G5 Sahel)、国連の平和維持活動(MINUSMA)に加え、マリやニジェールにおいて旧宗主国であるフランスやアメリカも「対テロ」の軍事作戦を実施してきた地域である。
こうした一連のクーデタ後に成立した軍事政権は、対イスラーム武装勢力の軍事作戦において十分な成果を上げてこなかったとして、相次いでフランス軍、国連PKOとの協力関係を停止し、フランスはマリ、ニジェールから、国連PKOもマリからの撤退を余儀なくされている。さらにアメリカも、この地域における「対テロ」作戦の拠点を置いていたニジェールからの撤退を余儀なくされた。こうした間隙を縫って、この地域の軍事協力においてにわかに台頭していたのが、ロシアの民間軍事会社であるワグネルであり、3カ国の軍事政権はワグネルとの関係を強化する姿勢を明らかにしてきた。ワグネルを創設したプリゴジンが亡くなった後は、ロシア国軍に組み込まれ「アフリカ軍団(African Corps)」という形に再編されて活動を継続している。
こうした西アフリカの旧フランス植民地における動きに関しては、カメルーン出身の社会科学者であるアシル・ンベンベが、「新主権主義」という形での評価を行っている3。1950年代以降、「脱植民地」の過程を経て、アフリカ諸国は独立国家となったが、そこに誕生したポスト植民地国家としての旧フランス植民地であった独立国家は、植民地統治期から「同化主義」を掲げてきたフランスとの極めて深い関係を解消できず、「フランサフリック」とも称される異型の、またこの地域におけるフランスの「覇権的な地位」を維持する関係を継続せざるを得なかった。近年その関係が大きく変容しているのである。ンベンベは、ここでフランスは「端役」に成り下がったとみる。同時に「対テロ」を掲げて活動してきたアメリカも、この地域における活動継続のための新たなパートナーを求めざるを得なくなっている現状にある。
中国の台頭?
米ジョンズ・ホプキンス大学が運営しているChina-Africa Research Initiativeによると、COVID-19の影響で、中国とアフリカの貿易総額は、2019年に1920億ドルであったが、2020年には一時的に1760億ドルに減少した。その後2021年以降は増加に転じ、2023年には2620億ドルにまで増加した。中国への輸出額が多い国は第1位がアンゴラであり、コンゴ民主共和国、南アフリカという順で、原油や重要鉱物資源を産出する国が続く。中国からの輸入では、冒頭で触れた南アフリカが第1位で、ナイジェリアとエジプトが続く。アフリカとアメリカの貿易総額は2010年頃までは、中国とほぼ同額に近い1000億ドル程度で推移していたが、2010年代の後半にはその半額ほどまで落ち込み、2023年の段階でも690億ドルと中国とは大きく水をあけられている。
他方、ボストン大学のグローバル開発政策センターが集計している中国からのアフリカへの融資額は、2016年に288億ドルに達して以降は減少傾向にあり、2020年にコロナ禍で30億ドルを割り込んで以降は低迷しており、2023年段階では46億ドルである。さらに、China-Africa Research Initiativeで集計しているアフリカにおける中国の労働者数も、2015年に25万人を突破して以降約20万人の規模を維持していたものの、コロナ禍を機に大幅に減少し、2022年段階では10万人を割り込んでいる。こうした労働者が働いている国は、特に世界最大のコバルト生産国であるコンゴ民主共和国、アルジェリア、エジプト、ナイジェリア、アンゴラであり、この5カ国で全体の4割以上を占めている。
こうしたことを勘案すると中国のアフリカ関係は、重要鉱物資源開発を軸としながら、時間の流れとともに微妙に変化していることがわかる。中国は既述のように2024年9月4日から6日にかけて、FOCAC9を開催した。首脳級レベルの会合として開催されたのは、これまで2回の北京での会合、ならびに南アフリカ開催のヨハネスブルグでの会合(2015年)に次いで4回目となった。今回のテーマは「現代化の推進で連携、高水準の中国アフリカ運命共同体を共に構築」であり、アフリカ諸国とのより緊密な関係構築をねらいとした。そして、30項目からなる「新時代における全天候型中国・アフリカ共同体の構築に関する北京宣言」と「行動計画」を採択した。
習近平国家主席は、フォーラムに先駆け、南アフリカ、ナイジェリア、今年のアフリカ連合議長国モーリタニアなど30カ国近い首脳と二国間の会合を行い、精力的に「戦略的パートナーシップ」の構築を試みた。5日の演説において、今後3年間で10の分野にわたり総額530億ドル(約7兆2000億円)の資金援助を実施することを表明した。これまであまり資金協力が明示されてこなかった安全保障関連分野においても、支援金額の上での比率は高くないが約1億5000万ドル(約200億円)を無償軍事援助(6000人の軍人、1000人の警察官や法執行官の訓練を含む)や合同軍事演習の実施に振り向けることに言及した。今回の支援金総額は、2015年、2018年の首脳会議での600億ドルからへ減額されているが、閣僚会合として開催された2021年のダカール会合(FOCAC8)での400億ドルからは増額されており、不動産不況など国内経済の課題が山積する中でも、北京で首脳会合として開催されていることや、アフリカとの関係強化の重要性を示す上で、算出された数字とも見える。ダカール会合以降進められている「国家統治の経験に関する交流を強化」についても改めて触れるなど、歴史的に政党関係の深い南部アフリカを中心に進めてきた政党関係者との交流もさらに強める方針も示されている。
FOCAC8以降、中国とアフリカの政党関係者との交流で注目されるのは、2022年2月にタンザニアに開校されたムワリム・ジュリアス・ニエレレ・リーダーシップアカデミー(Mwalimu Julius Nyerere Leadership School)である。この教育機関は、中国共産党に加え、南部アフリカ6カ国(アンゴラ、モザンビーク、ナミビア、南アフリカ、タンザニア、ジンバブウェ)の政権与党が、共同で設立した点である。これら6カ国は、1960年代から1970年代の植民地解放時の武装勢力が後に政党に組織変更し、独立以降現在まで政権を維持しているという共通の特徴を有している。加えて、この教育機関は中国共産党中央党校(中国共産党の高級幹部の養成機関)の分校との憶測もよんでおり、2022年5月から6月にかけて120名程度の参加者を集めた最初のコース開催しているほか、2023年3月から4月にも10日ほどのトレーニングプログラムを開催している。
アフリカの人々の認識
こうした中国のアフリカへの関与がアフリカの人々にどのように受け取られているのかを垣間見ることのできるデータを取っているのがアフロバロメーターである。1990年代にアメリカの研究者を中心にミシガン州立大学に設立され、本格的にアフリカでの継続的な世論調査を実施してきた機関である。2019年から2021年に34カ国で実施された調査をもとにした集計レポートはいくつかの興味深いデータが示されている4。 まず、中国の開発モデルが好ましいとする評価を行ったのが22%であり、アメリカの33%には及んでいない。ただし、中国の開発モデルを最も好ましいとした国々には、現在不安定化し、ロシアとの安全保障上の関係を強化しているサヘル・アフリカのマリ、ブルキナファソ、ニジェールに加え、従来アフリカでは相対的には民主的と評価されてきたベナンとボツワナが含まれている。この中でもベナンは中国をより好ましいと評価する比率が21%も増加しており、この間に民主主義からの後退現象が観察された影響があると考えられる。なお、開発モデルとして支持されているのは南アフリカが12%であり、旧宗主国が11%となっている。残念ながらこの調査では日本に関する質問項目は含まれていない。
また、中国の政治、並びに経済的な影響については63%が肯定的に評価を行っており、否定的な評価は14%に限られている。これに対してアメリカを肯定的に評価する割合が60%、否定的評価する割合は13%であった。そして、中国からの融資について知識を有する約半数の47%のうち、各国政府が中国から受けている融資が過剰であるという警戒感をもっている割合が過半数の57%であり、中国への過度の依存が危険であることが認識されている状況にもある。
上述のように、中国からアフリカへの融資額が停滞している背景には、いわゆる「債務の罠」とされる国際的な批判や、アフリカにおける過重な融資の影響が想定される。中国からの融資を受けてきたザンビアは20年に債務不履行に陥り、ガーナ、そして最近ではエチオピアが続き、アフリカの 12カ国が債務超過している状況にある。加えて、世論調査にも現れているようなアフリカの人々の中国からの融資への注意深い姿勢も反映されていると考えられる。
むすびにかえて
「薄い覇権」という概念にも含意されているように、アフリカを取り巻く環境は、ここで挙げたアメリカ、中国、旧宗主国、そしてロシアなどだけでとらえることができない極めて重層的で複雑な関係の構図を呈するに至っている。フィナンシャル・タイムズ紙(FT)の2024年8月30日付社説でも示されているように、アフリカをめぐっては、トルコ、ブラジル、そしてロシアを含む「ミドルパワー」がアフリカ諸国への進出を競い、これによってアフリカ側は投資誘致先や戦略的パートナーの選択肢を増やしている状況が生まれている。さらにはインド、そして「アフリカの角」を中心としたアラブ首長国連邦やサウジアラビアの関与など、極めて複雑な勢力が交差するアリーナとしてアフリカは位置づけられはじめている。
しかし、こうした国々の必ずしも秩序を伴わないアフリカへの関与は、むしろアフリカにおけるさまざまな問題を悪化させているようにもみえる。アフリカにとっての選択肢は増えてはいるが、その選択肢を効果的に活用して安定につなげる力量がアフリカ側には不足していることも指摘できる。アフリカは、ロシアのウクライナ侵攻などで食糧危機など大きな影響を受けてきたが、アフリカの不安定化は、短期的・中期的にはヨーロッパにとっての移民問題などの形で影響を及ぼすだけでなく、長期的には国際秩序のあり方にも大きな影響を及ぼしかねないリスクを孕んでいるだけに、今後の各国の関与のあり方には慎重さが求められる段階にある。
執筆者プロフィール
遠藤 貢(えんどう・みつぎ)
東京大学大学院 総合文化研究科 教授
秋田県生まれ。英国ヨーク大学南部アフリカセンター博士課程修了(DPhil)。東京大学・大学院総合文化研究科・助手、助教授などを経て、2007年より現職。2004年に発足した大学院教育の「人間の安全保障」プログラム(HSP)運営委員長。2010年より東京大学大学院総合文化研究科付属グローバル地域機構(IAGS)のアフリカ地域研究センター長。また、現在日本国際政治学会理事長。日本学術会議連携委員(民主主義の深化と退行に関する比較政治分科会)。専門はアフリカ現代政治・アフリカ国際関係。主な業績として、『崩壊国家と国際安全保障:ソマリアにみる新たな国家像の誕生』(単著、有斐閣、2015年 2016年猪木正道賞(正賞)受賞)、『中国の外交戦略と世界秩序』(共編著、昭和堂、2020年)、『紛争が変える国家』(共編著、岩波書店、2020年)、African Politics of Survival(共編著、Langaa Rpcig、2021年)『ようこそアフリカ世界へ』(共編著、昭和堂、2022年)などがある。南部アフリカの政治体制変動の研究から入り、2000年代には北東アフリカ(「アフリカの角」)における紛争と国家の問題を研究するとともに、近年は「アフリカの角」における国際関係や紅海をめぐる国際安全保障などについても研究を行っている。
東京大学大学院 教授
遠藤 貢
はじめに
アメリカのバイデン政権は、2022年8月に「アメリカのサブサハラ・アフリカ戦略(U.S. Strategy Toward Sub-Saharan Africa)を発表した。それに先駆けてアフリカを歴訪したブリンケン国務長官に対し、南アフリカの外務大臣ナレディ・パンドールは以下のような発言を行ったことが伝えられている。
「私が嫌いなことの1つは、これかあれかを選ぶように言われることです。私はそのようにいじめられることはありませんし、他のアフリカの国がそのように扱われることに同意することを期待しません」
この発言は、アフリカの国々が、特定の大国との関係のみを重視する姿勢を有していないことを示している。また、2024年9月に開催された第9回中国アフリカ協力フォーラム(FOCAC9)の首脳会合に出席した南アフリカのラマポーザ大統領は、中国との戦略的パートナーシップに関係を強化する一方で、中国と南アフリカとの間の貿易関係の不均衡に不満を表明するなど、アフリカ諸国が中国との関係に必ずしも満足している状況ではないことが垣間見える動きも見られてきた。実際2023年において、南アフリカは中国からの輸入額においてアフリカ最大であった。本稿では、世界の各国が関心を示し、新たな関係を模索し始めているアフリカを取り巻く近年の状況を検討する。
「薄い覇権」「薄い自由主義秩序」対象地域としてのアフリカ
ヴァーホーヴェン(Harry Verhoeven)らは、グローバルなインド洋(Global Indian Ocean)といった概念化を行い、この地域を「薄い覇権(thin hegemony)」、あるいは「薄い自由主義秩序(thin liberal order)」といった特徴付けを行って議論を展開している1。本稿では、この概念をアフリカという地域を考える上で援用する形で用いることにしたい。ここで提示されている「薄い覇権」は以下のように定義される。
「異質で、相対的に自律的な構成要素からなる覇権的な国際システムであり、これらの構成要素が密にまたしばしば協調的に相互作用し合うものの、その規範的な選好が一点に収束することはなく、支配的な権力の選好を反映することもない。そして、この支配的な権力は、このシステム(あるいはその一部)を緩やかに構造化するにとどまり、何らかの公共財を提供する役割を担う」2
ここで想定されている「薄い覇権」は、この地域の歴史的経緯と関連づけられているが、特に冷戦後のアメリカを中心とし、パクス・アメリカーナ、自由市場、自由民主主義の3本の柱から構成される関与のあり方とその変遷から考えられる概念である。アフリカという地域は決して一様に扱うことが出来るわけではないが、近年の動きとして指摘できるのは、西アフリカの旧フランス植民地を中心としたサヘル・アフリカと呼ばれる地域での動きで、「薄い覇権」と関連付けて検討可能な地域の一つと考えられる。この地域では、2020年8月18日に軍の一部勢力によるクーデタが起きたマリ、2022年1月23日未明にブルキナファソで起きた国軍によるクーデタ、さらには、西側諸国から西アフリカの最後の民主主義の砦として期待されていたニジェールでも2023年7月26日に国軍によるクーデタによって、選挙を通じて成立していたバズーム政権が転覆した(2021年にはギニアでもクーデタが起きている)。これらの国々では、近年イスラーム武装勢力の活動が活発化していたことから、アフリカ連合の平和活動(G5 Sahel)、国連の平和維持活動(MINUSMA)に加え、マリやニジェールにおいて旧宗主国であるフランスやアメリカも「対テロ」の軍事作戦を実施してきた地域である。
こうした一連のクーデタ後に成立した軍事政権は、対イスラーム武装勢力の軍事作戦において十分な成果を上げてこなかったとして、相次いでフランス軍、国連PKOとの協力関係を停止し、フランスはマリ、ニジェールから、国連PKOもマリからの撤退を余儀なくされている。さらにアメリカも、この地域における「対テロ」作戦の拠点を置いていたニジェールからの撤退を余儀なくされた。こうした間隙を縫って、この地域の軍事協力においてにわかに台頭していたのが、ロシアの民間軍事会社であるワグネルであり、3カ国の軍事政権はワグネルとの関係を強化する姿勢を明らかにしてきた。ワグネルを創設したプリゴジンが亡くなった後は、ロシア国軍に組み込まれ「アフリカ軍団(African Corps)」という形に再編されて活動を継続している。
こうした西アフリカの旧フランス植民地における動きに関しては、カメルーン出身の社会科学者であるアシル・ンベンベが、「新主権主義」という形での評価を行っている3。1950年代以降、「脱植民地」の過程を経て、アフリカ諸国は独立国家となったが、そこに誕生したポスト植民地国家としての旧フランス植民地であった独立国家は、植民地統治期から「同化主義」を掲げてきたフランスとの極めて深い関係を解消できず、「フランサフリック」とも称される異型の、またこの地域におけるフランスの「覇権的な地位」を維持する関係を継続せざるを得なかった。近年その関係が大きく変容しているのである。ンベンベは、ここでフランスは「端役」に成り下がったとみる。同時に「対テロ」を掲げて活動してきたアメリカも、この地域における活動継続のための新たなパートナーを求めざるを得なくなっている現状にある。
中国の台頭?
米ジョンズ・ホプキンス大学が運営しているChina-Africa Research Initiativeによると、COVID-19の影響で、中国とアフリカの貿易総額は、2019年に1920億ドルであったが、2020年には一時的に1760億ドルに減少した。その後2021年以降は増加に転じ、2023年には2620億ドルにまで増加した。中国への輸出額が多い国は第1位がアンゴラであり、コンゴ民主共和国、南アフリカという順で、原油や重要鉱物資源を産出する国が続く。中国からの輸入では、冒頭で触れた南アフリカが第1位で、ナイジェリアとエジプトが続く。アフリカとアメリカの貿易総額は2010年頃までは、中国とほぼ同額に近い1000億ドル程度で推移していたが、2010年代の後半にはその半額ほどまで落ち込み、2023年の段階でも690億ドルと中国とは大きく水をあけられている。
他方、ボストン大学のグローバル開発政策センターが集計している中国からのアフリカへの融資額は、2016年に288億ドルに達して以降は減少傾向にあり、2020年にコロナ禍で30億ドルを割り込んで以降は低迷しており、2023年段階では46億ドルである。さらに、China-Africa Research Initiativeで集計しているアフリカにおける中国の労働者数も、2015年に25万人を突破して以降約20万人の規模を維持していたものの、コロナ禍を機に大幅に減少し、2022年段階では10万人を割り込んでいる。こうした労働者が働いている国は、特に世界最大のコバルト生産国であるコンゴ民主共和国、アルジェリア、エジプト、ナイジェリア、アンゴラであり、この5カ国で全体の4割以上を占めている。
こうしたことを勘案すると中国のアフリカ関係は、重要鉱物資源開発を軸としながら、時間の流れとともに微妙に変化していることがわかる。中国は既述のように2024年9月4日から6日にかけて、FOCAC9を開催した。首脳級レベルの会合として開催されたのは、これまで2回の北京での会合、ならびに南アフリカ開催のヨハネスブルグでの会合(2015年)に次いで4回目となった。今回のテーマは「現代化の推進で連携、高水準の中国アフリカ運命共同体を共に構築」であり、アフリカ諸国とのより緊密な関係構築をねらいとした。そして、30項目からなる「新時代における全天候型中国・アフリカ共同体の構築に関する北京宣言」と「行動計画」を採択した。
習近平国家主席は、フォーラムに先駆け、南アフリカ、ナイジェリア、今年のアフリカ連合議長国モーリタニアなど30カ国近い首脳と二国間の会合を行い、精力的に「戦略的パートナーシップ」の構築を試みた。5日の演説において、今後3年間で10の分野にわたり総額530億ドル(約7兆2000億円)の資金援助を実施することを表明した。これまであまり資金協力が明示されてこなかった安全保障関連分野においても、支援金額の上での比率は高くないが約1億5000万ドル(約200億円)を無償軍事援助(6000人の軍人、1000人の警察官や法執行官の訓練を含む)や合同軍事演習の実施に振り向けることに言及した。今回の支援金総額は、2015年、2018年の首脳会議での600億ドルからへ減額されているが、閣僚会合として開催された2021年のダカール会合(FOCAC8)での400億ドルからは増額されており、不動産不況など国内経済の課題が山積する中でも、北京で首脳会合として開催されていることや、アフリカとの関係強化の重要性を示す上で、算出された数字とも見える。ダカール会合以降進められている「国家統治の経験に関する交流を強化」についても改めて触れるなど、歴史的に政党関係の深い南部アフリカを中心に進めてきた政党関係者との交流もさらに強める方針も示されている。
FOCAC8以降、中国とアフリカの政党関係者との交流で注目されるのは、2022年2月にタンザニアに開校されたムワリム・ジュリアス・ニエレレ・リーダーシップアカデミー(Mwalimu Julius Nyerere Leadership School)である。この教育機関は、中国共産党に加え、南部アフリカ6カ国(アンゴラ、モザンビーク、ナミビア、南アフリカ、タンザニア、ジンバブウェ)の政権与党が、共同で設立した点である。これら6カ国は、1960年代から1970年代の植民地解放時の武装勢力が後に政党に組織変更し、独立以降現在まで政権を維持しているという共通の特徴を有している。加えて、この教育機関は中国共産党中央党校(中国共産党の高級幹部の養成機関)の分校との憶測もよんでおり、2022年5月から6月にかけて120名程度の参加者を集めた最初のコース開催しているほか、2023年3月から4月にも10日ほどのトレーニングプログラムを開催している。
アフリカの人々の認識
こうした中国のアフリカへの関与がアフリカの人々にどのように受け取られているのかを垣間見ることのできるデータを取っているのがアフロバロメーターである。1990年代にアメリカの研究者を中心にミシガン州立大学に設立され、本格的にアフリカでの継続的な世論調査を実施してきた機関である。2019年から2021年に34カ国で実施された調査をもとにした集計レポートはいくつかの興味深いデータが示されている4。 まず、中国の開発モデルが好ましいとする評価を行ったのが22%であり、アメリカの33%には及んでいない。ただし、中国の開発モデルを最も好ましいとした国々には、現在不安定化し、ロシアとの安全保障上の関係を強化しているサヘル・アフリカのマリ、ブルキナファソ、ニジェールに加え、従来アフリカでは相対的には民主的と評価されてきたベナンとボツワナが含まれている。この中でもベナンは中国をより好ましいと評価する比率が21%も増加しており、この間に民主主義からの後退現象が観察された影響があると考えられる。なお、開発モデルとして支持されているのは南アフリカが12%であり、旧宗主国が11%となっている。残念ながらこの調査では日本に関する質問項目は含まれていない。
また、中国の政治、並びに経済的な影響については63%が肯定的に評価を行っており、否定的な評価は14%に限られている。これに対してアメリカを肯定的に評価する割合が60%、否定的評価する割合は13%であった。そして、中国からの融資について知識を有する約半数の47%のうち、各国政府が中国から受けている融資が過剰であるという警戒感をもっている割合が過半数の57%であり、中国への過度の依存が危険であることが認識されている状況にもある。
上述のように、中国からアフリカへの融資額が停滞している背景には、いわゆる「債務の罠」とされる国際的な批判や、アフリカにおける過重な融資の影響が想定される。中国からの融資を受けてきたザンビアは20年に債務不履行に陥り、ガーナ、そして最近ではエチオピアが続き、アフリカの 12カ国が債務超過している状況にある。加えて、世論調査にも現れているようなアフリカの人々の中国からの融資への注意深い姿勢も反映されていると考えられる。
むすびにかえて
「薄い覇権」という概念にも含意されているように、アフリカを取り巻く環境は、ここで挙げたアメリカ、中国、旧宗主国、そしてロシアなどだけでとらえることができない極めて重層的で複雑な関係の構図を呈するに至っている。フィナンシャル・タイムズ紙(FT)の2024年8月30日付社説でも示されているように、アフリカをめぐっては、トルコ、ブラジル、そしてロシアを含む「ミドルパワー」がアフリカ諸国への進出を競い、これによってアフリカ側は投資誘致先や戦略的パートナーの選択肢を増やしている状況が生まれている。さらにはインド、そして「アフリカの角」を中心としたアラブ首長国連邦やサウジアラビアの関与など、極めて複雑な勢力が交差するアリーナとしてアフリカは位置づけられはじめている。
しかし、こうした国々の必ずしも秩序を伴わないアフリカへの関与は、むしろアフリカにおけるさまざまな問題を悪化させているようにもみえる。アフリカにとっての選択肢は増えてはいるが、その選択肢を効果的に活用して安定につなげる力量がアフリカ側には不足していることも指摘できる。アフリカは、ロシアのウクライナ侵攻などで食糧危機など大きな影響を受けてきたが、アフリカの不安定化は、短期的・中期的にはヨーロッパにとっての移民問題などの形で影響を及ぼすだけでなく、長期的には国際秩序のあり方にも大きな影響を及ぼしかねないリスクを孕んでいるだけに、今後の各国の関与のあり方には慎重さが求められる段階にある。
- 1 Verhoeven, Harry. “Ordering the Global Indian Ocean: The Enduring Condition of Thin Hegemony,” in Verhoeven, Harry. and Anatol Leeven, eds. Beyond Liberal Order: States, Societies and Markets in the Global Indian Ocean (London: Hurst 2021), pp.1-40.
- 2 Ibid., p.4.
- 3 ンベンベ・アシル(中村隆之訳)「西アフリカのクーデタは約1世紀続くフランス支配の終わりを告げている」『世界』2024年5月号、145~153ページ。
- 4 Sanny, Josephine A.N. and Edem Selormey, Africans welcome China’s influence but maintain democratic aspirations, Afrobarometer Dispatch No. 4891 (November 2021).
執筆者プロフィール
遠藤 貢(えんどう・みつぎ)
東京大学大学院 総合文化研究科 教授
秋田県生まれ。英国ヨーク大学南部アフリカセンター博士課程修了(DPhil)。東京大学・大学院総合文化研究科・助手、助教授などを経て、2007年より現職。2004年に発足した大学院教育の「人間の安全保障」プログラム(HSP)運営委員長。2010年より東京大学大学院総合文化研究科付属グローバル地域機構(IAGS)のアフリカ地域研究センター長。また、現在日本国際政治学会理事長。日本学術会議連携委員(民主主義の深化と退行に関する比較政治分科会)。専門はアフリカ現代政治・アフリカ国際関係。主な業績として、『崩壊国家と国際安全保障:ソマリアにみる新たな国家像の誕生』(単著、有斐閣、2015年 2016年猪木正道賞(正賞)受賞)、『中国の外交戦略と世界秩序』(共編著、昭和堂、2020年)、『紛争が変える国家』(共編著、岩波書店、2020年)、African Politics of Survival(共編著、Langaa Rpcig、2021年)『ようこそアフリカ世界へ』(共編著、昭和堂、2022年)などがある。南部アフリカの政治体制変動の研究から入り、2000年代には北東アフリカ(「アフリカの角」)における紛争と国家の問題を研究するとともに、近年は「アフリカの角」における国際関係や紅海をめぐる国際安全保障などについても研究を行っている。