中国研究会/識者の発表に基づく概要とりまとめ(6)
中国の経済安全保障:「軍民融合発展戦略」の展開
中国の経済安全保障:「軍民融合発展戦略」の展開
研究会開催日:2023年 11月17日
京都先端科学大学 経済経営学部 准教授
土屋 貴裕
1.「軍民融合発展戦略」の進展
中国の経済安全保障は、軍民融合発展戦略という戦略の下で経済と安全保障を一体化させながら発展させていくという戦略であり、経済のみ、あるいは安全保障のみに着目していてはなかなか見えてこない部分も多い。よって、今回は軍事的な側面から経済安全保障について見ていきたい。
軍民融合というキーワード自体は何ら新しいものではなく、2006年、2007年から解放軍報紙などでも取り上げられ、また、胡錦濤政権下でも軍民融合を進めようとしてきた。
軍と民を一体化させ、そのスピンオフを進めながら民間の経済を発展させようとの考え方自体はそれ以前からあったが、昨今の「軍民融合」というキーワードは、民間に対して軍事技術を転用するのみならず、民間が軍事技術を開発し、民間の技術を取り入れて軍事発展していくことを含めた形に変化している。
米中対立の激化に伴い、西側諸国の軍民融合発展戦略に対する警戒は高まり、2019年以降、「軍民融合発展戦略」という用語は表立ってはほとんど使用されなくなったが、戦略自体がなくなったわけではなく、昨年の第20回党大会報告では「一体化した国家戦略システムと能力」という別のキーワードが使用され、軍民融合発展戦略を継続して推進している。
軍民融合発展戦略は、2015年3月、習近平政権下で国家戦略に引き上げられ、2016年には経済建設と国防建設を融合発展させることが国家の方針として打ち出された。2017年には中国共産党中央軍民融合発展委員会が創設されるなど、推進に向けての動きが見られる。
習近平政権はなぜ軍民融合一体化を進めているのか。軍事的側面から見れば、2000年代以降、特に2017~18年頃から、ドローン、AI、無人化兵器等のハイテク機器の使用を伴うインテリジェント化した新しい戦争形態(知能化戦争)が出現したことにより、そのような新たな脅威に対処し、勝利することを戦略としているためである。
中国は科学技術を活用し、軍民融合を進めようとしているが、とりわけデュアルユース性、マルチユース性を持つとされる新興技術に注目が集まっている。こうした技術が中国の経済発展と国防建設の一体化という戦略と合致しているため、これらを積極的に開発し、軍事転用も積極的に進めようとしていると考えらえる。
とりわけ中国の注力分野をいくつか列挙するなら、例えば6Gについて、中国は2030年、早ければ2027年には6Gの時代に突入するとしている。また、量子分野は既に米国、日本を抜き、はるかに優れた能力を確保しており、その他にもAI、ビッグデータ、ブロックチェーンなどのIT技術を基盤とする各技術や、合成生物学、脳・神経科学分野、AR/VRなどについても積極的に軍事利用を促進しようとしている。
こうした新興技術に関し、中国共産党は関連情報やデータの管理を行っていること、国家安全を最重視するという形で推進していること、また、人権、個人情報という概念も西側諸国とは異なっていることから、この意味において、他国と比べて中国における導入のハードルは低く、こうした分野の研究開発に集中して取り組むことを可能にしていると言える。
一方、第20回党大会報告では国家安全保障体系整備の強化が提起されており、国家安全保障に関わる項目としては、経済以外にも重要インフラ、金融、サイバー、データ、バイオ、資源、核、宇宙、海洋などの多岐に及んでいる。とりわけ重要インフラや金融に関するシステミックリスク、あるいは食料、資源の安全保障に関しても経済安全保障の範疇に含まれ、且つこうした分野は習近平政権が掲げる総体的国家安全観の概念ともオーバーラップしており、我が国の安全保障の概念に比較し、より広範囲に定義されていることが判る。その他にも、他国からの制裁や、内政干渉に対応する国内法を整備中であり、また、米国からの管轄権の域外適用(ロングアーム管轄権)を受けているとの主張の下、そうした行為に対しては中国の国内法を以って対処する仕組み作りを進めている状況にある。
このように、中国では「国家安全」を確保しながら経済を促進し、イノベーションを起こしながら経済と安全保障を両輪で回していくという考え方に変わってきている。「国家安全」に関して補足すれば、もっとも重要なのは、あくまでも中国共産党が支配する国家体制、党国体制を堅持するという政治の安全が根幹になっている点である。
第20回党大会では、国家安全を強調するとともに、科学技術への言及も増加している。科学技術のイノベーション体系を整備することや、国防科学技術・武器装備重要プロジェクトを実施して科学技術の応用を加速することなどが掲げられている。軍民融合発展戦略というキーワードは(党大会の活動報告で)言及こそされていないが、引き続き党規約の中でも掲げられており、習近平3期目においてもこの軍民融合を引き続き進め、インテリジェント化した戦争に向けて軍事闘争準備が進められていると考えられる。
2. 「軍民融合」を支えるイノベーション
軍民融合を支えるイノベーションに関し、中国がイノベーションを重視する形になったのは2000年代後半からである。これは従来の中国の経済発展モデルであった労働投入・資本蓄積型から、いわゆる全要素生産性(TFP)を向上させ、とりわけ技術革新によって経済発展を推進するとの認識に変化してきた背景がある。
そうした中で、2006年には「国家中長期科学および技術発展計画綱要」が中長期的目標として打ち出され、8つの重点分野(①バイオ技術、②情報技術、③新素材技術、④先端製造技術、⑤先進エネルギー技術、⑥海洋技術、⑦レーザー技術、⑧航空宇宙技術)に対する支援策や、GDPに占める研究費の割合を2020年までに2.5%に引き上げることなどが目標として掲げられた。尚、この目標は実際に達成されている。
また2008年には「国家知的財産権戦略概要」が公表され、中国が既に獲得した技術を他国に流出させないため、知的財産権の創造、活用、保護、管理能力を向上させることが掲げられた。既に量子やAIなどの分野においては、中国は他国を上回る技術を獲得しており、この意味では、中国も知財を守る側になってきているのが近年の特徴とも言える。
一方、同年「科学技術進歩法」も整備され、資源や技術開発について軍民相互間の交流や技術移転などの連携・調整を強化することなどが盛り込まれるなど、軍民融合が国家法の中に組み込まれていくようになった。但し、当時は軍民融合への取り組みは十分とは言えず、例えば技術標準の問題や、規格の不統一、あるいは軍事産業に民間企業が参入する際の障壁となる問題が存在していた。習政権下では、このような問題を解決しながら、軍民融合が進められていると考えらえる。
とりわけ2010年代以降、中国は戦略的新興産業(①省エネ・環境保護、②新世代情報技術、③バイオテクノロジー、④ハイエンド製造設備、⑤新エネルギー、⑥新エネルギー車、⑦新材料)を指定し、次世代の基幹産業を育成すべく、同産業を保護・育成・振興するための経済産業的政策が非常に多く打ち出されている。既述のとおり、既存の発展モデルが限界を迎え、経済成長率も低減しており、その中でイノベーションを起こし、イノベーションドリブンの経済成長へのモデル転換が必須との認識が背景にある。
戦略的新興産業に対する振興策としては、補助金支給や、税制優遇による振興、あるいは民間による技術革新の推進などが挙げられ、同産業についても軍民融合を進めていこうとしている。新興産業の分類は、後に更に細かく分類され9分野まで拡大したが、基本的には7分野(上述)で変わっていない。
これの項目を具体的に見てみると、一見して民生技術に片寄っていると思われるが、この7つの分野は、例えば次世代情報技術はAIなどをはじめとするC4ISRⅰや、あるいはバイオであれば次世代型バイオ兵器を防御する技術、ハイエンドの製造設備であれば次世代の航空宇宙のコア技術につながるものなど、軍事技術にも直結した技術であるとの理解が可能である。
3. 習近平政権下のイノベーション駆動型発展戦略
次に、習近平政権下でイノベーション駆動型の発展戦略がどのように進展してきたかを見ていきたい。
イノベーション駆動型の経済発展は、習近平政権下の第12次、13次五カ年計画の中で掲げられており、また第14次五カ年計画の中でもイノベーションに重点が置かれている。また近年、経済安全保障という新しい項目が表れ、食料やエネルギーの数値目標も掲げられるようになった。これは、中国が不透明な国際情勢の下で経済安全保障をより重視し、食料備蓄やエネルギー確保を重視するようになってきたことによるものである。
これに加え、トランプ政権下で非難の的となり、2018年以降使われなくなったキーワードの1つである「中国製造2025」についても、別のキーワードを使いながら、製造強国を目指すという目標達成に向けての施策が継続中である。
この他、中国では直近で科学技術をさらに振興するため、「科創中国」(科学イノベーション中国)というキーワードの下で、194ヵ所のイノベーション拠点が認定され、それらの拠点に産業集積を図り、多くの国内外の人材を集めてイノベーション資源を動員し、軍民融合の形で地方の経済発展が推進されている。
近年問題になっているのは、こうした活動における資金繰りが困難になっている点である。昨今の中国経済の減速により、エンジェルファンドも減少し、そうした中で、政府系の融資平台ⅱや投資会社の融資を受ける企業が増加傾向にあるが、実際には融資平台自体が大きな赤字を抱えていることが明らかになっており、融資平台自体が早晩限界を迎える可能性があるとの見方も一部に存在する。ただ、イノベーションをいち早く起こし、社会実装を進め、経済発展につなげることができれば、限界を打破できる可能性があることも否定できない。
4. マルチユース先端技術の発展
米国はAI技術の軍事利用に関して懸念を示しており、また、対中安全保障レポート(2021)によれば、中国のデジタル権威主義、いわゆる監視カメラなどの技術に関しての記述が増加している。
実際に米国が懸念しているデュアルユースの技術として、中国はインテリジェント化した戦争に対応するため、自律型殺傷兵器への応用研究や、あるいはディープフェイクを用いたディスインフォメーション、チャットボットなどを使ったディスインフォメーションなどの開発研究も積極的に行うようになっているとの指摘がなされている。また、AIだけでなく、ロボット工学、自動運転、量子情報科学、拡張現実・仮想現実(AR/VR)、フィンテック、バイオテクノロジーといった技術も、それぞれ商業イノベーションと軍事イノベーションを同時に進めていくことでこれらの技術を獲得しようと動向についても指摘されている。
また、AIを使用し、指揮命令系統に応用する可能性は米国も認識しており、実際にPLA(人民解放軍)が、データ活用や意思決定支援、製造、無人システム、指揮、統制、通信、コンピューター、情報、監視及び偵察(C4ISR)の能力向上にAIを利用しようとしている点についても言及されている。
一方で、デジタル権威主義を支える技術としての監視カメラなどのデジタル・物理的な監視、インターネット上の検閲、情報統制のためのツールなどが開発され、コロナ禍において、その社会実装が飛躍的に進んでいる。
軍事技術はハイエンドなもののみであるというのは誤解であり、例えば中国のドローン技術についても、当初は中国が生産しても、日本の製造業には何の影響もないとする企業家は大勢いたが、中国はそこからドローンの開発・製造を大きく発展させ、6~7年の間に世界でもトップシェアを占めるようになり、またそれを軍事応用し、実際にロシア・ウクライナ戦争でも利用されているという現象が起きている。その意味では、軍事規格の水準にあるようなハイエンドなものに限らず、軍事転用しようとしているのが中国の一つの特徴であると考えられる。
5.日本へのインプリケーション
3期目の習近平政権は、国家の安全をより重視する姿勢が一層明確化されてきている。そうした中で、近年習近平が掲げる総体的国家安全観に基づき、安全保障に係る経済的施策を強化しようとの動きが出ている。また、3期目においても、国を挙げて戦略的新興産業を育成し、軍民融合として発展させることが継続して推進されている。その他様々な形での技術応用、産業応用を積極的に取り組み、民間利用のみならず、公的利用、軍事利用を含めた形での新興技術が活用されている。
また軍民融合発展戦略は戦略であり、その戦略目標は「一体化した国家戦略システムと能力の獲得」であると言われている。このキーワードは、もともと「軍民の一体化した~」となっていたものが、現在では「軍民」を伏せる形で「一体化した国家戦略システムと能力の獲得」に変化し、この戦略目標達成のため、中国は積極的な研究開発、また社会実装のための能力獲得に努めていることが明らかになっている。
中国はボトルネックとなっている技術を認識しており、そのボトルネックとなる技術に関してコア技術を獲得することも目標として掲げている。また、コア技術を獲得するだけではなく、その基となる情報や人材に関しても積極的に獲得しようとしており、日本の産業界へのアプローチを積極的に進めることで、日本企業が保有する半導体や、その他の新興技術、また人材等について獲得しようとする動きに対しては、今後も警戒していかなければならないのだろう。
このように、日本は中国がボトルネックとするコア技術を持っている側であり、また関連する人材についても確保していく必要があるだろう。また、サイバーセキュリティ上の脅威にさらされている中で、情報をいかに守っていくか。日本にはビッグデータ、AIが発展する中で、オープンアクセスを進めながら情報の利用を推進し、同時にセキュリティを強化するという、矛と盾の両方を強化するという非常に難しい課題も存在する。EUなどはデジタル分野において、情報セキュリティ、データセキュリティに関するデータガバナンス法等の整備を先駆けて行っている。一方、日本は未だ包括的デジタル戦略を掲げている段階にあるが、今後、日本もデータガバナンスに関して戦略立案の段階から法律化を目指していく必要がある。我が国にとって、こうした具体的な取組みが喫緊の課題であると考えられる。
以 上
京都先端科学大学 経済経営学部 准教授
土屋 貴裕
1.「軍民融合発展戦略」の進展
中国の経済安全保障は、軍民融合発展戦略という戦略の下で経済と安全保障を一体化させながら発展させていくという戦略であり、経済のみ、あるいは安全保障のみに着目していてはなかなか見えてこない部分も多い。よって、今回は軍事的な側面から経済安全保障について見ていきたい。
軍民融合というキーワード自体は何ら新しいものではなく、2006年、2007年から解放軍報紙などでも取り上げられ、また、胡錦濤政権下でも軍民融合を進めようとしてきた。
軍と民を一体化させ、そのスピンオフを進めながら民間の経済を発展させようとの考え方自体はそれ以前からあったが、昨今の「軍民融合」というキーワードは、民間に対して軍事技術を転用するのみならず、民間が軍事技術を開発し、民間の技術を取り入れて軍事発展していくことを含めた形に変化している。
米中対立の激化に伴い、西側諸国の軍民融合発展戦略に対する警戒は高まり、2019年以降、「軍民融合発展戦略」という用語は表立ってはほとんど使用されなくなったが、戦略自体がなくなったわけではなく、昨年の第20回党大会報告では「一体化した国家戦略システムと能力」という別のキーワードが使用され、軍民融合発展戦略を継続して推進している。
軍民融合発展戦略は、2015年3月、習近平政権下で国家戦略に引き上げられ、2016年には経済建設と国防建設を融合発展させることが国家の方針として打ち出された。2017年には中国共産党中央軍民融合発展委員会が創設されるなど、推進に向けての動きが見られる。
習近平政権はなぜ軍民融合一体化を進めているのか。軍事的側面から見れば、2000年代以降、特に2017~18年頃から、ドローン、AI、無人化兵器等のハイテク機器の使用を伴うインテリジェント化した新しい戦争形態(知能化戦争)が出現したことにより、そのような新たな脅威に対処し、勝利することを戦略としているためである。
中国は科学技術を活用し、軍民融合を進めようとしているが、とりわけデュアルユース性、マルチユース性を持つとされる新興技術に注目が集まっている。こうした技術が中国の経済発展と国防建設の一体化という戦略と合致しているため、これらを積極的に開発し、軍事転用も積極的に進めようとしていると考えらえる。
とりわけ中国の注力分野をいくつか列挙するなら、例えば6Gについて、中国は2030年、早ければ2027年には6Gの時代に突入するとしている。また、量子分野は既に米国、日本を抜き、はるかに優れた能力を確保しており、その他にもAI、ビッグデータ、ブロックチェーンなどのIT技術を基盤とする各技術や、合成生物学、脳・神経科学分野、AR/VRなどについても積極的に軍事利用を促進しようとしている。
こうした新興技術に関し、中国共産党は関連情報やデータの管理を行っていること、国家安全を最重視するという形で推進していること、また、人権、個人情報という概念も西側諸国とは異なっていることから、この意味において、他国と比べて中国における導入のハードルは低く、こうした分野の研究開発に集中して取り組むことを可能にしていると言える。
一方、第20回党大会報告では国家安全保障体系整備の強化が提起されており、国家安全保障に関わる項目としては、経済以外にも重要インフラ、金融、サイバー、データ、バイオ、資源、核、宇宙、海洋などの多岐に及んでいる。とりわけ重要インフラや金融に関するシステミックリスク、あるいは食料、資源の安全保障に関しても経済安全保障の範疇に含まれ、且つこうした分野は習近平政権が掲げる総体的国家安全観の概念ともオーバーラップしており、我が国の安全保障の概念に比較し、より広範囲に定義されていることが判る。その他にも、他国からの制裁や、内政干渉に対応する国内法を整備中であり、また、米国からの管轄権の域外適用(ロングアーム管轄権)を受けているとの主張の下、そうした行為に対しては中国の国内法を以って対処する仕組み作りを進めている状況にある。
このように、中国では「国家安全」を確保しながら経済を促進し、イノベーションを起こしながら経済と安全保障を両輪で回していくという考え方に変わってきている。「国家安全」に関して補足すれば、もっとも重要なのは、あくまでも中国共産党が支配する国家体制、党国体制を堅持するという政治の安全が根幹になっている点である。
第20回党大会では、国家安全を強調するとともに、科学技術への言及も増加している。科学技術のイノベーション体系を整備することや、国防科学技術・武器装備重要プロジェクトを実施して科学技術の応用を加速することなどが掲げられている。軍民融合発展戦略というキーワードは(党大会の活動報告で)言及こそされていないが、引き続き党規約の中でも掲げられており、習近平3期目においてもこの軍民融合を引き続き進め、インテリジェント化した戦争に向けて軍事闘争準備が進められていると考えられる。
2. 「軍民融合」を支えるイノベーション
軍民融合を支えるイノベーションに関し、中国がイノベーションを重視する形になったのは2000年代後半からである。これは従来の中国の経済発展モデルであった労働投入・資本蓄積型から、いわゆる全要素生産性(TFP)を向上させ、とりわけ技術革新によって経済発展を推進するとの認識に変化してきた背景がある。
そうした中で、2006年には「国家中長期科学および技術発展計画綱要」が中長期的目標として打ち出され、8つの重点分野(①バイオ技術、②情報技術、③新素材技術、④先端製造技術、⑤先進エネルギー技術、⑥海洋技術、⑦レーザー技術、⑧航空宇宙技術)に対する支援策や、GDPに占める研究費の割合を2020年までに2.5%に引き上げることなどが目標として掲げられた。尚、この目標は実際に達成されている。
また2008年には「国家知的財産権戦略概要」が公表され、中国が既に獲得した技術を他国に流出させないため、知的財産権の創造、活用、保護、管理能力を向上させることが掲げられた。既に量子やAIなどの分野においては、中国は他国を上回る技術を獲得しており、この意味では、中国も知財を守る側になってきているのが近年の特徴とも言える。
一方、同年「科学技術進歩法」も整備され、資源や技術開発について軍民相互間の交流や技術移転などの連携・調整を強化することなどが盛り込まれるなど、軍民融合が国家法の中に組み込まれていくようになった。但し、当時は軍民融合への取り組みは十分とは言えず、例えば技術標準の問題や、規格の不統一、あるいは軍事産業に民間企業が参入する際の障壁となる問題が存在していた。習政権下では、このような問題を解決しながら、軍民融合が進められていると考えらえる。
とりわけ2010年代以降、中国は戦略的新興産業(①省エネ・環境保護、②新世代情報技術、③バイオテクノロジー、④ハイエンド製造設備、⑤新エネルギー、⑥新エネルギー車、⑦新材料)を指定し、次世代の基幹産業を育成すべく、同産業を保護・育成・振興するための経済産業的政策が非常に多く打ち出されている。既述のとおり、既存の発展モデルが限界を迎え、経済成長率も低減しており、その中でイノベーションを起こし、イノベーションドリブンの経済成長へのモデル転換が必須との認識が背景にある。
戦略的新興産業に対する振興策としては、補助金支給や、税制優遇による振興、あるいは民間による技術革新の推進などが挙げられ、同産業についても軍民融合を進めていこうとしている。新興産業の分類は、後に更に細かく分類され9分野まで拡大したが、基本的には7分野(上述)で変わっていない。
これの項目を具体的に見てみると、一見して民生技術に片寄っていると思われるが、この7つの分野は、例えば次世代情報技術はAIなどをはじめとするC4ISRⅰや、あるいはバイオであれば次世代型バイオ兵器を防御する技術、ハイエンドの製造設備であれば次世代の航空宇宙のコア技術につながるものなど、軍事技術にも直結した技術であるとの理解が可能である。
3. 習近平政権下のイノベーション駆動型発展戦略
次に、習近平政権下でイノベーション駆動型の発展戦略がどのように進展してきたかを見ていきたい。
イノベーション駆動型の経済発展は、習近平政権下の第12次、13次五カ年計画の中で掲げられており、また第14次五カ年計画の中でもイノベーションに重点が置かれている。また近年、経済安全保障という新しい項目が表れ、食料やエネルギーの数値目標も掲げられるようになった。これは、中国が不透明な国際情勢の下で経済安全保障をより重視し、食料備蓄やエネルギー確保を重視するようになってきたことによるものである。
これに加え、トランプ政権下で非難の的となり、2018年以降使われなくなったキーワードの1つである「中国製造2025」についても、別のキーワードを使いながら、製造強国を目指すという目標達成に向けての施策が継続中である。
この他、中国では直近で科学技術をさらに振興するため、「科創中国」(科学イノベーション中国)というキーワードの下で、194ヵ所のイノベーション拠点が認定され、それらの拠点に産業集積を図り、多くの国内外の人材を集めてイノベーション資源を動員し、軍民融合の形で地方の経済発展が推進されている。
近年問題になっているのは、こうした活動における資金繰りが困難になっている点である。昨今の中国経済の減速により、エンジェルファンドも減少し、そうした中で、政府系の融資平台ⅱや投資会社の融資を受ける企業が増加傾向にあるが、実際には融資平台自体が大きな赤字を抱えていることが明らかになっており、融資平台自体が早晩限界を迎える可能性があるとの見方も一部に存在する。ただ、イノベーションをいち早く起こし、社会実装を進め、経済発展につなげることができれば、限界を打破できる可能性があることも否定できない。
4. マルチユース先端技術の発展
米国はAI技術の軍事利用に関して懸念を示しており、また、対中安全保障レポート(2021)によれば、中国のデジタル権威主義、いわゆる監視カメラなどの技術に関しての記述が増加している。
実際に米国が懸念しているデュアルユースの技術として、中国はインテリジェント化した戦争に対応するため、自律型殺傷兵器への応用研究や、あるいはディープフェイクを用いたディスインフォメーション、チャットボットなどを使ったディスインフォメーションなどの開発研究も積極的に行うようになっているとの指摘がなされている。また、AIだけでなく、ロボット工学、自動運転、量子情報科学、拡張現実・仮想現実(AR/VR)、フィンテック、バイオテクノロジーといった技術も、それぞれ商業イノベーションと軍事イノベーションを同時に進めていくことでこれらの技術を獲得しようと動向についても指摘されている。
また、AIを使用し、指揮命令系統に応用する可能性は米国も認識しており、実際にPLA(人民解放軍)が、データ活用や意思決定支援、製造、無人システム、指揮、統制、通信、コンピューター、情報、監視及び偵察(C4ISR)の能力向上にAIを利用しようとしている点についても言及されている。
一方で、デジタル権威主義を支える技術としての監視カメラなどのデジタル・物理的な監視、インターネット上の検閲、情報統制のためのツールなどが開発され、コロナ禍において、その社会実装が飛躍的に進んでいる。
軍事技術はハイエンドなもののみであるというのは誤解であり、例えば中国のドローン技術についても、当初は中国が生産しても、日本の製造業には何の影響もないとする企業家は大勢いたが、中国はそこからドローンの開発・製造を大きく発展させ、6~7年の間に世界でもトップシェアを占めるようになり、またそれを軍事応用し、実際にロシア・ウクライナ戦争でも利用されているという現象が起きている。その意味では、軍事規格の水準にあるようなハイエンドなものに限らず、軍事転用しようとしているのが中国の一つの特徴であると考えられる。
5.日本へのインプリケーション
3期目の習近平政権は、国家の安全をより重視する姿勢が一層明確化されてきている。そうした中で、近年習近平が掲げる総体的国家安全観に基づき、安全保障に係る経済的施策を強化しようとの動きが出ている。また、3期目においても、国を挙げて戦略的新興産業を育成し、軍民融合として発展させることが継続して推進されている。その他様々な形での技術応用、産業応用を積極的に取り組み、民間利用のみならず、公的利用、軍事利用を含めた形での新興技術が活用されている。
また軍民融合発展戦略は戦略であり、その戦略目標は「一体化した国家戦略システムと能力の獲得」であると言われている。このキーワードは、もともと「軍民の一体化した~」となっていたものが、現在では「軍民」を伏せる形で「一体化した国家戦略システムと能力の獲得」に変化し、この戦略目標達成のため、中国は積極的な研究開発、また社会実装のための能力獲得に努めていることが明らかになっている。
中国はボトルネックとなっている技術を認識しており、そのボトルネックとなる技術に関してコア技術を獲得することも目標として掲げている。また、コア技術を獲得するだけではなく、その基となる情報や人材に関しても積極的に獲得しようとしており、日本の産業界へのアプローチを積極的に進めることで、日本企業が保有する半導体や、その他の新興技術、また人材等について獲得しようとする動きに対しては、今後も警戒していかなければならないのだろう。
このように、日本は中国がボトルネックとするコア技術を持っている側であり、また関連する人材についても確保していく必要があるだろう。また、サイバーセキュリティ上の脅威にさらされている中で、情報をいかに守っていくか。日本にはビッグデータ、AIが発展する中で、オープンアクセスを進めながら情報の利用を推進し、同時にセキュリティを強化するという、矛と盾の両方を強化するという非常に難しい課題も存在する。EUなどはデジタル分野において、情報セキュリティ、データセキュリティに関するデータガバナンス法等の整備を先駆けて行っている。一方、日本は未だ包括的デジタル戦略を掲げている段階にあるが、今後、日本もデータガバナンスに関して戦略立案の段階から法律化を目指していく必要がある。我が国にとって、こうした具体的な取組みが喫緊の課題であると考えられる。
以 上
【参考】
ⅰあらゆる情報を統合的に活用して軍事活動を行う軍事用語の一つ。4つのC、つまり指揮(Command)、統制(Control)、通信(Communication)、コンピューター(Computer)と、情報(Intelligence)、監視(Surveillance)、偵察(Reconnaissance)を指す。
ⅱ中国の地方政府傘下にある資金調達とデベロッパーの機能を兼ね備えた投資会社。