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中国の経済的威圧行為

「経済と安全保障が結びついた国家戦略とは~現代のエコノミック・ステイクラフト

中国の経済的威圧行為

掲載日:2023年9月21日

専修大学 経済学部 教授
大橋 英夫

 米中経済戦争に伴うデカップリング、コロナ感染症の拡大に伴うサプライチェーンの混乱、さらにロシアのウクライナ侵攻に対する経済制裁などにみられるように、現代国際関係では安全保障と経済活動が複雑に交錯した関係が構築されている。外交目的の追求のために経済資源や経済的手段を使用する行為をエコノミック・ステイトクラフトと呼ぶとすれば、たしかに中国の対外経済行動には、従来から「経済の論理」だけでは説明できない要素が多分に認められる。

 2023年夏に中国政府は、東京電力福島第1原子力発電所の処理水放出への対抗措置として、日本産水産物に対する検査の強化、さらには全面輸入停止を決定した。これに伴い、中国の対日批判や抗議活動が再燃した。この機会に中国の経済的威圧行為を再検証しておこう。

経済的台頭下の威圧行為

 外交目的の追求のために、他国に対して経済的利益を与える褒賞的措置がとられることがある。中国の場合は、しばしば「小切手外交」とも揶揄される援助や経済協力による利益供与がよく知られている。一方、経済的損害を与える制裁的措置としては、経済制裁、輸出管理、通商停止、障壁設定などが典型的な措置である。その一環として、中国は国際的な紛争・摩擦に直面した際に、外交政策上の目的を追求するために、特定品目を対象として経済・貿易面での制限を課すことがある。標的とする外国政府の行動に変化をもたらすために経済的損失を迫る行為、あるいは外国政府から中国に対する譲歩を引き出すことを目的とした中国の対外経済行動が経済的威圧行為である。したがって日本産水産物に対する輸入停止措置、また2010~12年、尖閣諸島をめぐる中国漁船衝突事件後の中国によるレアアースの輸出規制、その後の反日暴動や日本製品のボイコットは、その典型的な事例といえよう(別表参照)

 まず、中国が経済的威圧行為を多用するようになった背景を考えてみよう。
 第1に、中国の経済大国化とグローバル化の進展があげられる。これにより標的が相対的に「小国」であれば、圧倒的な経済力、巨大な国内市場をもつ中国は、もはや他の手段を講じる必要がなくなった。歴史的な覇権国と同様に、中国は経済成長により、もっとも有力かつ効果的な外交手段を手に入れたのである。しかも中国の経済大国化はグローバル化の産物である。いまや世界130以上の国・地域にとって、中国は最大の貿易相手国である。しかもグローバル・サプライチェーンのハブに位置する「世界の工場」・中国は、経済依存関係を「武器化」しうる立場にある。周知のように、習近平総書記は2020年4月の中央財経委員会で「国際産業チェーンの我が国への依存を強め、外部に対して人為的に供給を遮断する強力な対抗力と威嚇力を形成する」ことを強調した。経済交流が途絶していた冷戦期とはまったく異なる国際環境に今日の中国はある。しかもモノの貿易が中心であった時代と比べると、現代の経済活動は資本、技術、ヒトの移動を伴い、その活動範囲も飛躍的に拡大しており、経済的威圧行為の手段もきわめて多様化しつつある。

 第2に、中国が外交において自己主張を強め、時には「戦狼外交」と呼ばれるような積極外交に転じたことがあげられる。2008年のリーマンショックに伴う国際金融危機では、中国は4兆元の景気刺激策を打ち出し、「世界経済の救世主」として、世界経済の回復に大きく貢献した。この経験から得られた自信に基づき、中国は鄧小平の遺訓である「韜光養晦」(能力を隠して力を蓄える)との決別を選択した。中国経済の台頭は、多くの後発国に多大な経済的機会と新たな成長モデルをもたらすと同時に、米欧中心の既存の国際秩序との衝突、さらには中国の意に反すれば代償を伴う可能性があることを常に意識させる契機となった。

 第3に、経済的成功を背景にした中国のナショナリズムの高揚があげられる。習近平総書記・中国共産党が抱く「中国の夢」は「中華民族の偉大な復興」である。外交は必ずしも日常生活に直結する分野ではないが、非常に注目を集めやすい分野であり、中国人民に党・政府の意図や成果を提示しやすく、そのナショナリスティックな衝動を充たすことが可能である。経済的威圧行為は、中国の積極外交、さらにはやや歪んだナショナリズムの発揚の機会でもある。


「核心的利益」と「国家安全」

 中国が一方的な経済的威圧行為を発動するのはなぜだろうか。具体的な事例を振り返ってみると、経済的威圧行為の背後には、台湾、チベット、民主化、人権などの比較的共通したキーワードが付随してくる。ここから、中国の経済的威圧行為の目的は、国家主権、領有権、安全保障といった共通の価値、あるいは中国の「核心的利益」の擁護・増進にあるものと考えられる。

 国務院新聞弁公室『中国的和平発展』(2011年9月)によると、中国の「核心的利益」には、国家主権、国家安全保障、領土保全、国家統一、中国憲法が定める国家の政治体制と社会情勢の安定、持続可能な経済・社会発展のための基本的保証が含まれる。これが中国の「超えてはならない一線」=レッドラインなのであろう。

 この「核心的利益」との関係で、習近平総書記が強調するのが「国家安全」である。2014年4月の中央国家安全保障委員会で習近平総書記は「総体国家安全」として、「国家安全」に関わる11分野(政治、国土、軍事、経済、文化、社会、科学技術、情報、生態系、資源、核)を提示した。2021年11月の「歴史決議」では、これに加えて、海外利益、宇宙、深海、極地、生物、さらに2022年10月の第20回党大会報告では、重要インフラ、金融、サイバー、データなどが「国家安全」との関係で取り上げられている。

 「国家安全」が際限なく拡大するに伴い、中国の経済的威圧行為の目的は、国家主権、領有権、安全保障といった従来からの「核心的利益」の侵害・抵触への対抗措置にとどまらなくなっている。たとえば、コロナ感染症の原因究明を主張し、中国の国際的イメージを傷つけたことが、中国によるオーストラリアの農鉱産物の輸入制限の一因となっている。またファーウェイの5Gを不採用とする中国企業に対する欧米諸国の差別的な動きも、中国が経済的威圧行為に踏み切る契機となっている。このように中国のレッドラインがかなり下がり、外国が中国の不興を買うような外交・安全保障政策上の決定を下した場合に、中国が経済的威圧行為を発動するケースが増加している。


非公式な威圧手段

 中国の経済的威圧行為の手段は多岐に及ぶ。貿易制限、投資制限、観光制限、不買・ボイコットといった経済的措置に加えて、政府による脅迫(公式声明、対抗措置、報復など)、公用渡航の制限、恣意的な拘束・懲罰といった非経済的措置も含まれる。さらには特定企業・個人に対する制裁(謝罪要求、渡航制限、資産凍結、取引制限など)やサイバー攻撃のような他の威圧行為が伴うことも多い。

 しかし、中国の経済的威圧行為は非公式手段であることを基本としており、政府の関与を明確にできないところに特徴がある。米国の経済制裁や経済的威圧行為では、正式な制裁措置、公表された貿易規制や投資制限などに基づいて制裁措置が講じられる。これに対して、中国の経済的威圧行為では、外交的な争点と制裁的措置とが法的に結び付けられることはなく、中国の一般大衆に否認権を与え、エスカレーションとデスカレーションを巧妙に操作するアプローチがとられる。

 こうして中国は、たとえば、税関検査や衛生検査の強化といった国内規制を選択的に実施することにより、標的国に対して経済的コストを課していく。具体的な国内規制の選択的適用事例としては、レアアースの輸出規制の根拠としての環境規制、ノルウェー産サーモン、フィリピン産バナナ、台湾産パイナップルなどに対する食品安全、韓国製化粧品に対する製品安全、韓国資本の百貨店に対する消防法違反、モンゴルの銅鉱に対する国境検査の強化といった事例があげられる。

 中国が非公式手段を用いるのは、もとより公式手段の制度・法制面が未整備であることを反映しているともいえる。しかし非公式手段であればこそ、強制的措置をより弾力的に運用することが可能となる。実際に、中国に対する制裁措置や挑発的な行動に対して、非公式手段の活用により、中国はきわめて迅速かつ効果的に報復的対応をとることができる。また非公式手段であるために、説明責任を負うことも、国際的な監視下に置かれることもなく、WTOルール下では実施不可能な異議表明も可能となる。もちろん、レアアースの輸出規制のように、WTO協定違反としてWTOでパネルが設置されたり、上級委員会で審理がなされたりする場合もあるが、基本的にはWTOの紛争解決メカニズムによる解決を目的としない非公式な一方的措置である。

 このような国内規制に国有メディアを通した宣伝が追加される。メディアを利用して中国の消費者・ユーザーにボイコットを促し、政府が標的企業に直接非公式な圧力をかける場合もある。しかも恣意的に講じられた措置と中国政府との関係性は公式には認められない。さらに税関検査の強化や製品購入・調達の抑制のように、政府機関や国有企業が制限的措置を実施するだけならば、法律・規則を制定・運用する必要もない。権威主義的な統治体制下にあって、中国は多様な経済的威圧行為を展開することが可能なのである。


威圧行為の選択的運用

 経済的威圧行為は、このように中国のエコノミック・ステイトクラフトの一環をなしており、他の手段と結びつけて実施されることが多い。「核心的利益」や「国家安全」の擁護・増進という究極的な目的達成のために、たとえば、農産物の輸入を制限するなど、目的と手段が著しく乖離した形で実施されることが多い。もっとも、多様な手段を利用するとはいえ、特定の争点に対して否定的な態度を提示する点では一貫しており、かつ圧力の強弱の操作可能性もきわめて高い。さらに重要なことには、政府高官や国有メディアが威圧的言動を繰り返すことがあったとしても、中国政府が公式に経済的威圧行為を認めることはない。

 これまでの事例から、中国の経済的威圧行為に関して、次のような傾向が読み取れる。まず中国が経済的威圧行為に踏み切るのは、まさにレアアースのように、中国市場に対する依存度が格段に高い場合である。また一般消費財のように、中国が標的国・企業が提供する商品・サービスの代替化を比較的容易に進めることができる場合も同様である。一方、中国経済に貢献しうる国・企業の場合、中国単独では対応できない技術をもっていれば標的にされることはまずない。中国内で多数の雇用機会を創出している場合も、標的にはなりにくい。また外国政府に対しては貿易や観光面での制限措置が採られることが多いが、企業に対しては商品・サービスのボイコット、さらに具体的な企業名を明示するだけでも十分な牽制効果が認められている。

 また中国の経済的威圧行為は、中国の他国に対する威圧行為を目の当たりにした第三国に対しても一定の効果を発揮する。将来的に中国の標的にされることを回避しようとする第三国への抑止力としても機能しうるのである。たとえば、中国政府による弾圧や差別が国際問題化しても、中国が経済活動の停止という威圧行為を示唆するだけで、沈黙を保つ国や企業も存在するのである。

 ここ数年来、中国では「信頼できないエンティティリスト」(2020年9月施行)、「中国輸出管理法」(2020年12月施行)、「不当域外適用阻止弁法」(2021年1月施行)、「反外国制裁法」(2021年6月施行)など、外国政府の制裁・制限措置に対する報復を認める法制化が進められている。2022年10月の第20回党大会報告でも、「反外国制裁・反内政干渉・反『管轄権域外適用』の仕組みを整える」ことが求められている。このような法制・制度化の動きは、中国の非公式な経済的威圧行為を後退させる可能性があるが、公式手段との併用による威圧効果のさらなる強化につながる事態も想定しておく必要があろう。


国際社会の対応

 2023年5月のG7広島サミットでは、「経済的強靭性及び経済安全保障に関するG7首脳声明」が発表され、国際ルールや規範を損なう有害な慣行への対応の一環として、「経済的威圧への対処」が確認された。ここで経済的威圧とは、経済的脆弱性及び経済的依存関係を悪用し、他国の外交政策、国内政策及びその立場を損なうことを企図した行為とみなされており、多角的通商体制、主権と法の支配に基づく国際秩序、さらに世界の安全と安定にとっての脅威であるとの認識が示された。G7としては、要求・適合を強制し、経済的依存関係を武器化する試みに対応するために、「経済的威圧に対する調整プラットフォーム」を設けること、早期警戒、情報共有、定期協議、状況評価、協調的対応を追求すること、経済的威圧を抑止して対抗や被害国への支援に取り組むことなど、G7連携の強化、G7以外のパートナーとの協力を促進することが表明された。

 これに先立ちEUでは、2021年12月に欧州委員会が域外国によるEUに対する経済的威圧への対抗措置の実施を可能にする反威圧手段規則案が発表された。これはリトアニアの台湾との関係強化を背景とした中国のリトアニアに対する経済的威圧行為が直接の契機となっている。同規則案では、貿易・投資に影響を与える措置の適用を迫ることにより、EU諸国の特定の行動を妨害、中止・修正を促し、その正当な主権的選択に干渉する行為を経済的威圧としている。規則案に掲載された対抗措置としては、関税譲許の停止、政府調達からの除外、サービス貿易や直接投資の影響を与える措置の導入、金融・資本市場へのアクセス制限、化学品・検疫措置の強化などが含まれる。そして2023年3月には、EU理事会と欧州会議は反威圧手段規則案に関する暫定的合意に達したことが報じられた。

 G7広島サミット以後も、2023年5月末の米EU貿易・技術評議会(TTC)では、経済的威圧行為に共同で対抗する方針が示された。またバイデン政権が主導するインド太平洋経済枠組み(IPEF)でも、経済的威圧行為に直結するサプライチェーンの強化策が4つの主要交渉分野のひとつに位置づけられている。こうして中国の経済的威圧行為の脅威は世界で広く認識され、その対応策が提起されるようになった。

 中国による農鉱産物の輸入制限に直面したオーストラリアの経験によると、経済的威圧行為に対するもっとも効果的な対抗手段は、やはりグローバル化の維持・推進にあるという。輸出市場の迅速な転換ができたために、オーストラリアは中国の経済的威圧行為を効果的に回避することが可能になった。中国の経済的威圧行為はルール・ベースの国際秩序にとって重大な脅威である。中国の経済的威圧行為に対して、単独での対応はきわめて困難であることから、同志国・友好国をはじめとする多国間での対応が不可欠となっている。


執筆者プロフィール
大橋 英夫(おおはし ひでお)
専修大学 経済学部 教授

1979年上智大学文学部卒業。1984年筑波大学大学院社会科学研究科単位取得退学。1984-92年三菱総合研究所研究員。1992年専修大学経済学部専任講師、その後、助教授を経て現職。この間、在香港日本総領事館専門調査員(1989-91年)、日本国際問題研究所客員研究員(1992-2001年)、ジョージワシントン大学シグール研究センター客員研究員(1995-96年)、カリフォルニア大学(サンディエゴ)国際関係・太平洋研究大学院訪問学者(2001-02年)、イーストウエストセンター訪問学者(2018-19年)。専門は中国経済・開発経済学。著書に、『米中経済摩擦』(勁草書房、1998年)、『シリーズ現代中国経済5経済の国際化』(名古屋大学出版会、2003年)、『現代中国経済論』(岩波書店、2005年)、『チャイナ・ショックの経済学』(勁草書房、2020年)など。



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