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防衛分野の経済安全保障:国家安全保障戦略と防衛基盤強化法の間の気になる溝

「経済と安全保障が結びついた国家戦略とは~現代のエコノミック・ステイクラフト

防衛分野の経済安全保障:国家安全保障戦略と
防衛基盤強化法の間の気になる溝

掲載日:2023年6月7日

同志社大学 名誉教授
村山 裕三


1.国家安全保障戦略への経済安全保障の組み入れ

 経済安全保障推進法が、2022年5月に国会で成立した。この法律に合わせて国家安全保障会議設置法が改正され、国家安全保障会議の所掌に従来の外交政策と防衛政策と並び、経済政策が加えられた。これにより、国家安全保障戦略に経済安全保障を組み込む道筋がつけられた。

 2022年12月に発表された国家安全保障戦略では、初めて明確な形で経済安全保障の要素が戦略の中に書き込まれた。まず、国力の要素として経済力が明示され(11-12頁)、現在の国際環境の下で「安全保障の確保のために経済的手段が一層必要とされている」(7頁)という認識が示された。そして、安全保障上の目標として、「安全保障と経済成長」の好循環を実現し、日本の経済構造の自律性と他国に対する技術などの不可欠性を確保することが掲げられた(11頁)。

 国家安全保障戦略に「安全保障と経済成長の好循環」という形で、安全保障と経済の関係性が書き込まれたことには大きな意義がある。日本のような交易に頼る通商国家では、経済成長を実現させる国際環境が確保され、また経済成長が安全保障に寄与するという形で、経済と安全保障を両立させることはきわめて重要であり、これは日本の経済安全保障政策の土台となる考え方である。また、日本が経済を重視する国家であるからこそ、現在の国際環境の中で「安全保障の確保のために経済的手段」はより重要になるし、日本が保持する技術により国際社会における「不可欠性」を確保することは、日本の強みを生かした重要度の高い経済安全保障政策になりえる。このように、今回の国家安全保障戦略では、経済と安全保障の交差を扱う経済安全保障に関する基本的な考え方が述べられており、この分野で日本は大きな一歩を踏み出したといえる。

 国家安全保障戦略では、このような考え方を受けて、2つの流れの中でより具体的な経済安全保障政策が述べられている。その第1が、「自主的な経済的繁栄を実現するための経済安全保障政策の促進」(26-27頁)で述べられている政策で、ここでは先に成立した経済安全保障推進法の内容を中心に記述されている。もう一つが、防衛生産・技術基盤の強化と研究開発体制に関わる記述で(19-20頁、23-24頁)、ここでは経済安全保障とは明記されていないものの、その内容は官民の先端技術研究の防衛分野の取り入れや民間のイノベーション成果の防衛分野での活用などの政策であり、これらは防衛分野の経済安全保障政策といえる。

 このように、今回の国家安全保障戦略における経済安全保障の記述は、大原則という形で安全保障戦略のなかに経済安全保障の考え方を取り込み、それを、「自主的な経済的繁栄を実現するための」経済分野の経済安全保障政策と、防衛力強化に関わる防衛分野の経済安全保障に切り分けて記述したところに特徴があるといえる。


2.国家安全保障戦略から防衛基盤強化法へ

 国家安全保障戦略の中の経済安全保障政策は、経済分野と防衛分野の政策が並列的に記述された方が、経済安全保障の観点からするとよりすっきりしたかもしれない。ただ、この両者を切り分けたことには、政策面からの合理性があるといえる。というのは、防衛分野に忌避感がある社会環境を考えると、防衛に関わる部分を別建てにした方が経済分野の政策は進めやすいし、推進母体も、経済分野を内閣府中心、防衛分野を防衛省中心とした方が、実務的にも機能しやすいだろう。ただ、経済分野の政策のみに経済安全保障という言葉を使い、防衛分野の政策にはこの言葉を明示的には使わなかったことには、少々引っ掛かりを感じる。

 というのは、国家安全保障戦略で謳われた経済安全保障の考え方が防衛面では希薄となり、実体面に影響を与えてしまう可能性があるからである。より端的に言うと、民生技術を防衛分野で活用するなどの政策が、経済安全保障を反映した新たな発想の下で進められるのではなく、旧来の防衛産業の枠組みの中で進められる懸念である。

 この懸念が現実化したのが、2023年6月に成立した「防衛省が調達する装備品等の開発及び生産のための基盤の強化に関する法律」(ここでの略称は防衛基盤強化法とする)である。この法律は、①防衛産業の位置付け明確化、②サプライ・チェーン調査、③基盤強化の措置、④装備移転円滑化措置、⑤資金の貸付け、⑥製造施設等の国による保有、⑦装備品契約における秘密の保全措置、から構成されている。この法律の中で、防衛力強化に関わる経済的措置に直接関係するのは、③、⑤、⑥である。③では任務に不可欠な装備品を製造する企業に対する補助の条件と内容、⑤では装備品を製造する企業に対する必要な資金の貸付けの枠組、そして⑥では③による措置では装備品の的確な調達ができない場合は、政府がその施設を取得できることが規定されている。

 これらの方策は、いずれもがコストに利益を上乗せするなどの旧来の防衛産業のシステムの上に乗った補助、援助であり、ここに経済安全保障の発想は見られない。これが端的に表れているのが、製造設備等の国による保有で、政府補助によっても企業努力では存続できない場合は、それらの施設を国が買い取り、設備に関わるコストを全面負担する一方で、その運営自体は企業に委託するとされている。これは海外ではGOCO(Government Owned, Contractor Operated)と呼ばれ、民間の活力を引き出して公的な事業を活性化させるために使われる枠組みである。例えば、政府にとって重要と考える防衛分野の設備提供を政府が責任をもって行う一方で、企業がその運営を担うことで、企業を援助するとともに企業努力が生きるインセンティブを与え、防衛事業を活性化させようとするものである。ここには、企業の持つ活力を安全保障分野に活かそうとする経済安全保障的な発想がベースにはあるが、このような政策手段でさえも、防衛基盤強化法では衰退する装備品生産の存続という、旧来の防衛産業システムの連続性上にある形をとっている。


3.防衛3文書の中の防衛生産・技術基盤問題

 この点をさらに掘り下げて考えてみよう。このために、防衛産業に関わる防衛生産・技術基盤問題が、国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画の安全保障3文書で、どのように扱われているかをみてみる。まず注目すべきは国家安全保障戦略では、防衛生産・技術基盤問題に関係する記述が2か所に分かれている点である。「我が国の防衛体制の強化」(17-20頁)の中で、防衛産業の魅力化や先端技術研究の防衛装備品での活用のような記述がある一方、「我が国を全方位でシームレスに守るための取組の強化」(21-26頁)のなかでも、官民の高い技術力を安全保障分野で活用するための研究開発体制の強化などが記述されている。そして、国家防衛戦略と防衛力整備計画では、これらの2つの部分が「いわば防衛力そのものとしての防衛生産・技術基盤」の下でまとめられ、「防衛生産基盤の強化」と「防衛技術基盤の強化」として別建てで記述されている。

 この安全保障3文書における防衛生産と防衛技術の別建てを反映する形で、防衛基盤強化法では「防衛生産基盤の強化」部分のみに焦点を当て、防衛産業に対する援助方策が法制化された。一方、「防衛技術基盤の強化」については、防衛力整備計画には、「2024年度以降に新たな研究開発機関を防衛装備庁に創設する」(22頁)という記述があり、研究開発に関わる防衛技術問題については、来年度以降に対処する計画となっているようである。このように、法律面からみても、また時間軸から見ても、生産問題と技術問題が切り分けられて進んでいる構図が見えてくる。

 防衛生産問題を時間的により優先させたのは、ロシアのウクライナ侵攻を受けて注目された日本の継戦能力問題と、市場からの企業撤退が相次ぐ防衛産業の維持問題が、緊急の課題として浮上したことが背景にあると思われる。したがって、継戦能力の確保と防衛産業の維持を主目的とした防衛基盤強化法から経済安全保障の発想が抜け落ちたことはある意味自然なことで、これらの課題の速やかな克服という観点からすると致し方ないともいえる。一方、経済安全保障的な発想がより必要になるのは、民生技術の活用などの研究開発に関わる部分である。したがって、防衛技術の方で経済安全保障的な考えに基づいて技術力が強化されれば、防衛生産への援助と足し合わせて、防衛生産・技術基盤を強化できるという考え方は成り立つだろう。

 問題は、果たしてこのような進め方が現実に機能するかどうかである。


4.民生技術と防衛生産を統合させるシステム構築

 防衛3文書の記述から判断して、2024年度以降の防衛研究開発の改革は、民生技術の防衛分野への取り入れや国際的な協力体制の下での技術協力と、それを支える研究機関のあり方が中心になると考えられる。この種の新たな防衛技術の研究開発に関わる政策と、すでに法制化された防衛生産に関わる政策を切り離して実行しても、防衛生産・技術基盤の強化は実現できるのだろうか。

 この問題を考えるにあたり、1980年代後半から軍民統合を進めている米国の経験から学べることは多い。米国のシンクタンクを中心に、軍民統合の効果についての検証を始めているが、そこで明らかになってきたのは、軍民統合といっても、軍事専用品を民生品で代替すればそれで済むという単純なことではない、という点である。例えば、民生品を導入すれば、従来の軍事専用品のように、企業がその部品を長年にわたって在庫しておくことは期待できない。このため、継続的な部品供給と部品のアップグレードのためには、設計段階から民生品を組み込めるように生産システムを変えておく必要がある。

 また、防衛契約では、コストに利益を上乗せさせる契約が一般的であるが、民間企業では売れる価格を実現するためにコスト管理することが基本であり、あくまでもコストは価格に従属する性格を持つ。したがって、このビジネスの常識を「コスト+利益」のような既存の契約体系の中に押し込めると、民間企業の持つ活力や効率性を削ぐことになってしまう。米国の経験が示唆するのは、民生技術分野の成果を防衛分野で活かすためには、生産分野での改革が同時に必要になる、という点である。すなわち、新規の民生企業や民生品を活用するためには、それまでの政府規制による硬直的な体制を改革し、防衛産業自体をより民生企業に近い形に変えることが必須となるのである。

 防衛省は、2024年以降に研究開発部門の改革を実行に移してゆく。この際に、防衛基盤強化法で存続された旧来のシステムを変えずにこの改革を進めると、この旧システムと新たな研究開発のシステムが齟齬をきたす可能性がある。そしてこの結果、戦後、面々と続いてきた旧システムが最終的に生き残り、日本が誇る民生技術を防衛分野に取り込めない事態に発展することは想像に難くない。

 このような事態を避けるためには、民生技術の導入と防衛生産を連鎖的に統合してゆくシステムの構築に取り組まなければならない。すなわち、防衛分野のニーズと民生分野の技術を結び付けてその成果を防衛生産の中に取り入れ、民生分野の技術革新が継続的に防衛生産の中で活かされるシステムを構築しなくてはならないのである。このような改革なしには、国家安全保障戦略で謳われた安全保障と経済成長の好循環や技術の国際的不可欠性の確立などの経済安全保障戦略は、絵にかいた餅に終わってしまうだろう。すでにコマツや島津製作所のような国際優良企業が、防衛生産の旧来のシステムに見切りをつけて市場から撤退しつつある。このことは、問題解決に早急に取り組まないと、日本の防衛生産・技術基盤の弱体に歯止めがきかなくなるばかりか、日本の防衛産業が世界の防衛技術トレンドから置き去りにされてしまう危険性があることを示唆している。


執筆者プロフィール
村山 裕三(むらやま ゆうぞう)
同志社大学 名誉教授

1975年同志社大学卒業、1982年ワシントン大学より経済学博士号取得。専門は経済安全保障、技術政策。野村総合研究所での半導体や通信のアナリストを経て、大阪外国語大学教授、同志社ビジネスクール教授、同大副学長などを歴任。文部科学省「科学技術学術審議会」委員、安全保障貿易情報センター理事なども務める。著書に、『アメリカの経済安全保障戦略』(1996年)、『テクノシステム転換の戦略』(2000年)、『経済安全保障を考える』(2003年)、『米中の経済安全保障戦略』(編著、2021年)など。



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