(16) 世界は二分されていくのか
掲載日:2022年11月14日
神奈川大学 教授
大庭 三枝
ロシアのウクライナ侵攻後、以前より懸念されてきた既存のリベラル国際秩序の揺らぎはいっそう増し、世界は民主主義体制と権威主義体制の国に二分されている、という見方が強まっている。欧米、特にアメリカの覇権が支えてきたリベラル国際秩序が危機に瀕しているのはその通りだろう。しかしながら、世界は本当に民主主義体制と権威主義体制の国に分かれ、かつての冷戦下のように二つのブロックが対立する、という構図になりつつあるのだろうか。
世界はそれほど単純ではない。ロシアのウクライナ侵攻を受け、世界の様々な場、また様々な争点を巡って、対立がエスカレートしているのは事実である。しかしそこに見られる対立の構図は、民主主義体制と権威主義体制という単純な二項対立に落とし込めるようなものではないのではないか。
国際政治を語るときには欧米やロシア、中国など大国の動きにのみ注目し、それらがすべてを決定するような議論が散見される。だが国際社会はこれら大国のみで成り立っているわけではない。世界で現在進行している事態の複雑さを把握するのには、欧米を中心とする先進国やロシアや中国といった大国以外の国々、すなわち「グローバル・サウス」の国々の動きの複雑さを視野に入れる必要があるだろう。
「グローバル・サウス」とは、世界の中でもグローバル資本主義の進展の中で不利な状況に置かれ、その圧倒的な力に「服従」させられてきた領域のことを指し、先進国以外のアジア、アフリカ、中南米などを幅広く含む概念である。かつてこうした非欧米領域は「第三世界」と称することが一般的であったが、近年この言葉に代わり、この用語が広く使われるようになっている。グローバル・サウスと一言で言っても例えばタイやマレーシアのような上位中所得国から、サブ・サハラに多く見られる後発開発途上国まで様々であり(※世界銀行の基準による)、経済・社会構造や政治的安定度もまちまちで、極めて多様である。
そして重要なのは、国際社会において多数派を占めるのはグローバル・サウスだという事実である。そして大国がいかに影響力を行使し得るかは、これらグローバル・サウスの行動が彼らの意に沿ったものになるのかどうなのか、にかかっている。故にグローバル・サウスの動向は国際秩序の今後を大きく規定するのである。
そして、今回のロシアによるウクライナ侵攻に対して、グローバル・サウスのほとんどの国が、先進国と歩調を合わせ、経済制裁にまで踏み切るようなロシアへの対決姿勢を取っていない。では、これらの国々はロシアの今回のウクライナ侵攻を支持しているのか、というとそうともいえない。最大の理由は、ロシアがウクライナ侵攻で踏みにじった国家主権の尊重や領土の一体性といった、国連憲章にも記載されている重要な国際規範は、一度列強の帝国主義に晒された経験を持つ彼らが、自分たちの国家としての独立を確かなものにするために必要不可欠なものだからだ。
そのことをよく示す例として、国連総会でのグローバル・サウスの投票行動を見てみよう。今年3月2日に、国連総会においてロシアのウクライナ侵攻を非難する決議案への投票が行われた。その結果、193か国中、賛成は141か国、反対は5か国、棄権は35か国であった。141か国の中には当然先進国のみならずグローバル・サウスの多くが入っている。そして反対票を投じ、明確にロシア側に立つ姿勢を示している国はロシアを含めたった5か国である。棄権をどう解釈するかは専門家の間でも意見が割れているが、筆者は、明確にロシアの行為についての非難に参加しないという選択肢をとっていることを重視すべきだと考えている。
10月12日には、ロシアによるウクライナ4州の併合を無効とする国連総会決議案への投票が行われたが、この結果も3月初旬の上記の決議への投票結果と似た結果、すなわち賛成票が143票、棄権が35票であり、反対が5か国となった。それぞれ国の入れ替わりが多少あるにせよ、世界の中で賛成票が多い一方、棄権という形でロシアに一定の配慮をしつつ同調は避ける国も少なくないことは明らかである。
なお、中国やインドはいずれの投票においても棄権票を投じており、これを両国がロシア寄りの姿勢を取っている証左と受け止める向きもある。インドはともかく、中国がグローバル・サウスなのかは微妙だが、両者ともことある毎にグローバル・サウスの利益代表として振る舞おうという姿勢が見られる。2月初旬の北京パラリンピック直前にプーチンと習近平は「際限なきパートナーシップ」で合意しているし、インドは伝統的にロシアと武器の購入などを含めて深い友好関係がある。これらのことを勘案すれば、彼らが国連における2つのロシア非難決議の際に反対には回らず棄権を選んだのは注目に値する。両国ともに、ロシアを明確に批判はしないものの、その立場や行動に関しては明確な指示を示さず、一線を画している姿勢を示唆していると捉えるべきではないだろうか。
他方、グローバル・サウスの国々が先進国と歩調を合わせて、ロシアへの圧力を強める立場に与しているか、というとそうではない。これは、アメリカやEUが中心となって実施している経済制裁に彼らが参加していないことにも現れている。アジアにおいてロシアに経済制裁を科しているのは、日本以外では韓国、台湾、シンガポールにとどまっており、アフリカ、中東、中南米など他の地域諸国では皆無である。また、欧米先進国側の圧力にもかかわらず、グローバル・サウスも参加する主要な国際会議において、ロシアを排除する動きは鈍い。例えば今年のG20の主催国であるインドネシアは再三の欧米側からの要求にもかかわらず、プーチン大統領を11月の首脳会議に招待し、G20財務担当大臣会合など主要な会議でもロシア外しをしていない。今年のAPECの議長国のタイ、およびASEAN議長国であり、アメリカやロシアもメンバーである東アジアサミット(EAS)を主催する予定のカンボジアも同様にロシアを招待した。なお、今年5月初旬、この3か国の外務省は共同声明を発出し、自国が主催するこれらの国際会議には「すべての参加国/エコノミー」に開かれるという包含的なアプローチを取ることを明確に示している。
ロシアのウクライナ侵攻が、これまで国際社会が築いてきた国家主権の尊重、領土の不可侵、紛争の平和的解決と言った規範に依拠する国際秩序への重大な挑戦であることはグローバル・サウスの側も理解しているにもかかわらず、彼らが西側先進国とは異なったアプローチを取り、距離を置くのはなぜか。
まず、彼らは自分たちのハードパワーの相対的な弱さを自覚しており、どのような状況下でも追い詰められ選択肢が狭められないよう、多方向的に友好関係を築くヘッジングを行う傾向がある。例に取れば、ASEAN諸国がASEANという組織を通じ、また個別の国レベルでも、アメリカ、中国、日本、オーストラリアなど主要な域外国、最近では特にヨーロッパ諸国やロシアなどとも連携強化を図っていることはその典型的な例である。多くのグローバル・サウスの国が、ロシアとの関係を完全に断ち切るようなことを避けようとする姿勢をとっているのもその表れであろう。
そして、この戦争の負の影響のしわ寄せを受けるのは彼ら自身であるという現実がある。前述した10月のAPEC財務大臣会合では、コロナからの回復過程において世界的に格差が拡大していることとともに、現在進行中のロシアとウクライナの戦争や欧米による経済制裁による負の影響を間接的に述べながら、食料やエネルギー価格の不安定性がもたらす負の影響について懸念が表明された。コロナの打撃からの経済回復は、世界のどの国にとっても最大の懸案であるが、特に経済基盤の比較的弱い途上国に多くの負荷がかかっていることは明らかである。そして食料やエネルギー価格の高騰による影響も同様である。ロシアやウクライナは世界的にも小麦やひまわり油の輸出で大きなシェアを占め、またロシアの天然ガスや石油などの輸出量のシェアも大きい。加えて、ロシアは世界最大級の化学肥料の産出国・輸出国である。これらの品目について、ロシアやウクライナに依存していた国々のみならず、直接にはそれほどの依存はしていない国も、戦争の継続や先進国を中心とする経済制裁によってそれら供給の制限がもたらす価格高騰の影響を大きく受ける。その影響は経済基盤の比較的弱い途上国の方が深刻である。
さらに、グローバル・サウスには欧米への根深い感情的反感と不信感があり、それが欧米との連携を阻み、政府レベルの行動はともかく国民感情レベルでは反欧米および親ロシアに傾きがちな要因として働いているという事情もあろう。グローバル・サウスの多くの領域はかつて列強の植民地であり、そこから独立を勝ち取る過程においても、また主権国家としての自立性を確保しつつ国家建設を進める過程でも多くの苦難に直面した。こうしたナショナル・ヒストリーは国民の記憶として各国に根付いている。さらに、欧米はロシア軍のブチャなど各地の占領地域における非人道的行為について激しく批判しているが、以前、シリア内戦においてロシアがアサド政権側について介入し、非人道的な戦闘行為を繰り返していた際にはこれほど強い反応は示されなかった。こうした欧米のいわば「ダブルスタンダード」は、グローバル・サウス、特にムスリムの多い国の国民の神経を逆なでする。さらに、2021年8月のアメリカによるアフガニスタンからの慌ただしい撤退とその後のタリバーン政権の同国掌握は、世界的にアメリカへの信頼度を下げる結果となった。
今回のロシア・ウクライナ戦争におけるグローバル・サウスのどっちつかずの行動は、世界が単純に二分化されているわけではないことを示す証左の一つである。さらに、米中をも含む世界的な経済的社会的グローバル化という現実も、世界を白黒に分ける見方の妥当性に疑問を投げかける。確かにコロナ禍で人の移動は遮断されたが、ウィズ・コロナのモードに世界が移行する中、移動制限の緩和が進められ、国境を越えた人の流れは戻りつつある。また、コロナでサプライチェーンの混乱が見られたのに加え、米中の戦略的競争の激化の中で、双方から経済安全保障の観点によるサプライチェーンの囲い込みの動きが見られるが、その主戦場である東アジアにおいては、中国も含むサプライチェーン網が展開されている。米中間の貿易やアメリカから中国への投資もむしろ増大している。経済的な相互依存網が深化している状況を分断するのは容易ではない。
なお、世界を民主主義と権威主義に二分する見方は、暗にロシア、そして中国や他のグローバル・サウスの一部の国の権威主義化が進んでいることに着目する。それ自体は事実であるが、それらの国々が団結や結束を強めるか、またそれが盤石か、というのはまた別の話であり、慎重な考察が必要である。そして他ならぬ欧米諸国において、民主主義の後退が懸念される事態が進展していることも無視できない。例えば今年4月のフランス大統領選挙では、決選投票では急進右派・国民連合のマリーヌ・ルペンを下し、マクロンが勝利したものの、ルペンとマクロンとの差は2017年の前回の大統領選挙に比べると15ポイントも縮小していた。これは極右の台頭がじわじわと欧州において広がり、それに抵抗する力が弱まっていることを示唆しているのかもしれない。さらにアメリカにおいて、アメリカ・ファーストを掲げ、極めて一国主義的な外交を展開したトランプ元大統領の影響力は衰えていない。2022年11月の中間選挙は、多くの予想を裏切って民主党が善戦したとはいえ、アメリカ社会は深く分断され、民主主義を揺るがしている。このように、民主主義国内部から、民主主義を揺るがす事態が生じているのである。ウクライナへの「支援疲れ」と一国主義は結びつきやすく、欧米を始めとする先進国の対ロシア政策における連携にひびが入る可能性もあり、今後の動向が懸念される。
ロシアによるウクライナ侵攻を契機とした戦争は、世界における様々な対立を以前よりもいっそう鮮明に可視化する作用をもたらしている。しかしそれは、一部で議論されているような世界が二つの陣営に割れ、「新冷戦」や「デカップリング」が展開する、というような単純なものではない。今回ロシアの野蛮な行為を支持する国はグローバル・サウスでも極めて少数である一方、ロシアへの正面からの批判は控え、先進国を中心とする厳しい対ロシア制裁には同調しない。そしてグローバル・サウスのみならず先進国内部における民主主義への挑戦も深刻である。さらに世界においてグローバル化は未だ現在進行形であり、パンデミックでの一時的な遮断や米中対立を受けてのサプライチェーンを管理する動きが見られるにしても、それらが決定的に世界を分断するかは極めて疑問である。
現在、こうした複雑な対立と連携とが入り交じったまだら模様の展開によって、既存のリベラル国際秩序の揺らぎがいっそう深刻化している。グローバル・サウスの、今回のロシア・ウクライナ戦争を受けての複雑な反応やそれに基づく行動を理解した上で、先進国にとってもグローバル・サウスにとっても望ましい国際秩序とはどのようなものか、またその実現のためには何にどう取り組まねばならないか、を粘り強く説いていくべきである。日本のみならず世界全体にとって、経済発展、持続可能性、および公正性が担保されたバランスのとれた国際秩序を構築すること、そのために力による現状変更を試みる冒険主義を食い止め、安全保障環境を安定化させることの重要性は、今の不透明な状況の中で、いっそう増しているのである。
執筆者プロフィール
大庭 三枝(おおば みえ)
神奈川大学法学部・法学研究科教授
1968年東京生まれ。国際基督教大学卒業。東京大学大学院博士課程修了。博士(学術)。東京大学大学院助手、東京理科大学准教授および教授、南洋工科大学(シンガポール)客員研究員、ハーバード大学日米関係プログラム研究員などを経て2020年4月より現職。専門は国際関係論、国際政治学、アジア太平洋/東アジアの国際政治、アジアの地域主義および地域統合。主な邦語主著として『アジア太平洋地域形成への道程:日豪のアイデンティティ模索と地域主義』ミネルヴァ書房、2004年(単著)、『重層的地域としてのアジア:対立と共存の構図』2014年、有斐閣(単著)、『東アジアのかたち:秩序形成と統合を巡る日米中ASEANの交差』2015年、千倉書房(共著)など。
2005年に第21回大平正芳記念賞、第6回NIRA大来政策研究賞受賞。2015年に第11回中曽根康弘奨励賞受賞。
神奈川大学 教授
大庭 三枝
ロシアのウクライナ侵攻後、以前より懸念されてきた既存のリベラル国際秩序の揺らぎはいっそう増し、世界は民主主義体制と権威主義体制の国に二分されている、という見方が強まっている。欧米、特にアメリカの覇権が支えてきたリベラル国際秩序が危機に瀕しているのはその通りだろう。しかしながら、世界は本当に民主主義体制と権威主義体制の国に分かれ、かつての冷戦下のように二つのブロックが対立する、という構図になりつつあるのだろうか。
世界はそれほど単純ではない。ロシアのウクライナ侵攻を受け、世界の様々な場、また様々な争点を巡って、対立がエスカレートしているのは事実である。しかしそこに見られる対立の構図は、民主主義体制と権威主義体制という単純な二項対立に落とし込めるようなものではないのではないか。
国際政治を語るときには欧米やロシア、中国など大国の動きにのみ注目し、それらがすべてを決定するような議論が散見される。だが国際社会はこれら大国のみで成り立っているわけではない。世界で現在進行している事態の複雑さを把握するのには、欧米を中心とする先進国やロシアや中国といった大国以外の国々、すなわち「グローバル・サウス」の国々の動きの複雑さを視野に入れる必要があるだろう。
「グローバル・サウス」とは、世界の中でもグローバル資本主義の進展の中で不利な状況に置かれ、その圧倒的な力に「服従」させられてきた領域のことを指し、先進国以外のアジア、アフリカ、中南米などを幅広く含む概念である。かつてこうした非欧米領域は「第三世界」と称することが一般的であったが、近年この言葉に代わり、この用語が広く使われるようになっている。グローバル・サウスと一言で言っても例えばタイやマレーシアのような上位中所得国から、サブ・サハラに多く見られる後発開発途上国まで様々であり(※世界銀行の基準による)、経済・社会構造や政治的安定度もまちまちで、極めて多様である。
そして重要なのは、国際社会において多数派を占めるのはグローバル・サウスだという事実である。そして大国がいかに影響力を行使し得るかは、これらグローバル・サウスの行動が彼らの意に沿ったものになるのかどうなのか、にかかっている。故にグローバル・サウスの動向は国際秩序の今後を大きく規定するのである。
そして、今回のロシアによるウクライナ侵攻に対して、グローバル・サウスのほとんどの国が、先進国と歩調を合わせ、経済制裁にまで踏み切るようなロシアへの対決姿勢を取っていない。では、これらの国々はロシアの今回のウクライナ侵攻を支持しているのか、というとそうともいえない。最大の理由は、ロシアがウクライナ侵攻で踏みにじった国家主権の尊重や領土の一体性といった、国連憲章にも記載されている重要な国際規範は、一度列強の帝国主義に晒された経験を持つ彼らが、自分たちの国家としての独立を確かなものにするために必要不可欠なものだからだ。
そのことをよく示す例として、国連総会でのグローバル・サウスの投票行動を見てみよう。今年3月2日に、国連総会においてロシアのウクライナ侵攻を非難する決議案への投票が行われた。その結果、193か国中、賛成は141か国、反対は5か国、棄権は35か国であった。141か国の中には当然先進国のみならずグローバル・サウスの多くが入っている。そして反対票を投じ、明確にロシア側に立つ姿勢を示している国はロシアを含めたった5か国である。棄権をどう解釈するかは専門家の間でも意見が割れているが、筆者は、明確にロシアの行為についての非難に参加しないという選択肢をとっていることを重視すべきだと考えている。
10月12日には、ロシアによるウクライナ4州の併合を無効とする国連総会決議案への投票が行われたが、この結果も3月初旬の上記の決議への投票結果と似た結果、すなわち賛成票が143票、棄権が35票であり、反対が5か国となった。それぞれ国の入れ替わりが多少あるにせよ、世界の中で賛成票が多い一方、棄権という形でロシアに一定の配慮をしつつ同調は避ける国も少なくないことは明らかである。
なお、中国やインドはいずれの投票においても棄権票を投じており、これを両国がロシア寄りの姿勢を取っている証左と受け止める向きもある。インドはともかく、中国がグローバル・サウスなのかは微妙だが、両者ともことある毎にグローバル・サウスの利益代表として振る舞おうという姿勢が見られる。2月初旬の北京パラリンピック直前にプーチンと習近平は「際限なきパートナーシップ」で合意しているし、インドは伝統的にロシアと武器の購入などを含めて深い友好関係がある。これらのことを勘案すれば、彼らが国連における2つのロシア非難決議の際に反対には回らず棄権を選んだのは注目に値する。両国ともに、ロシアを明確に批判はしないものの、その立場や行動に関しては明確な指示を示さず、一線を画している姿勢を示唆していると捉えるべきではないだろうか。
他方、グローバル・サウスの国々が先進国と歩調を合わせて、ロシアへの圧力を強める立場に与しているか、というとそうではない。これは、アメリカやEUが中心となって実施している経済制裁に彼らが参加していないことにも現れている。アジアにおいてロシアに経済制裁を科しているのは、日本以外では韓国、台湾、シンガポールにとどまっており、アフリカ、中東、中南米など他の地域諸国では皆無である。また、欧米先進国側の圧力にもかかわらず、グローバル・サウスも参加する主要な国際会議において、ロシアを排除する動きは鈍い。例えば今年のG20の主催国であるインドネシアは再三の欧米側からの要求にもかかわらず、プーチン大統領を11月の首脳会議に招待し、G20財務担当大臣会合など主要な会議でもロシア外しをしていない。今年のAPECの議長国のタイ、およびASEAN議長国であり、アメリカやロシアもメンバーである東アジアサミット(EAS)を主催する予定のカンボジアも同様にロシアを招待した。なお、今年5月初旬、この3か国の外務省は共同声明を発出し、自国が主催するこれらの国際会議には「すべての参加国/エコノミー」に開かれるという包含的なアプローチを取ることを明確に示している。
ロシアのウクライナ侵攻が、これまで国際社会が築いてきた国家主権の尊重、領土の不可侵、紛争の平和的解決と言った規範に依拠する国際秩序への重大な挑戦であることはグローバル・サウスの側も理解しているにもかかわらず、彼らが西側先進国とは異なったアプローチを取り、距離を置くのはなぜか。
まず、彼らは自分たちのハードパワーの相対的な弱さを自覚しており、どのような状況下でも追い詰められ選択肢が狭められないよう、多方向的に友好関係を築くヘッジングを行う傾向がある。例に取れば、ASEAN諸国がASEANという組織を通じ、また個別の国レベルでも、アメリカ、中国、日本、オーストラリアなど主要な域外国、最近では特にヨーロッパ諸国やロシアなどとも連携強化を図っていることはその典型的な例である。多くのグローバル・サウスの国が、ロシアとの関係を完全に断ち切るようなことを避けようとする姿勢をとっているのもその表れであろう。
そして、この戦争の負の影響のしわ寄せを受けるのは彼ら自身であるという現実がある。前述した10月のAPEC財務大臣会合では、コロナからの回復過程において世界的に格差が拡大していることとともに、現在進行中のロシアとウクライナの戦争や欧米による経済制裁による負の影響を間接的に述べながら、食料やエネルギー価格の不安定性がもたらす負の影響について懸念が表明された。コロナの打撃からの経済回復は、世界のどの国にとっても最大の懸案であるが、特に経済基盤の比較的弱い途上国に多くの負荷がかかっていることは明らかである。そして食料やエネルギー価格の高騰による影響も同様である。ロシアやウクライナは世界的にも小麦やひまわり油の輸出で大きなシェアを占め、またロシアの天然ガスや石油などの輸出量のシェアも大きい。加えて、ロシアは世界最大級の化学肥料の産出国・輸出国である。これらの品目について、ロシアやウクライナに依存していた国々のみならず、直接にはそれほどの依存はしていない国も、戦争の継続や先進国を中心とする経済制裁によってそれら供給の制限がもたらす価格高騰の影響を大きく受ける。その影響は経済基盤の比較的弱い途上国の方が深刻である。
さらに、グローバル・サウスには欧米への根深い感情的反感と不信感があり、それが欧米との連携を阻み、政府レベルの行動はともかく国民感情レベルでは反欧米および親ロシアに傾きがちな要因として働いているという事情もあろう。グローバル・サウスの多くの領域はかつて列強の植民地であり、そこから独立を勝ち取る過程においても、また主権国家としての自立性を確保しつつ国家建設を進める過程でも多くの苦難に直面した。こうしたナショナル・ヒストリーは国民の記憶として各国に根付いている。さらに、欧米はロシア軍のブチャなど各地の占領地域における非人道的行為について激しく批判しているが、以前、シリア内戦においてロシアがアサド政権側について介入し、非人道的な戦闘行為を繰り返していた際にはこれほど強い反応は示されなかった。こうした欧米のいわば「ダブルスタンダード」は、グローバル・サウス、特にムスリムの多い国の国民の神経を逆なでする。さらに、2021年8月のアメリカによるアフガニスタンからの慌ただしい撤退とその後のタリバーン政権の同国掌握は、世界的にアメリカへの信頼度を下げる結果となった。
今回のロシア・ウクライナ戦争におけるグローバル・サウスのどっちつかずの行動は、世界が単純に二分化されているわけではないことを示す証左の一つである。さらに、米中をも含む世界的な経済的社会的グローバル化という現実も、世界を白黒に分ける見方の妥当性に疑問を投げかける。確かにコロナ禍で人の移動は遮断されたが、ウィズ・コロナのモードに世界が移行する中、移動制限の緩和が進められ、国境を越えた人の流れは戻りつつある。また、コロナでサプライチェーンの混乱が見られたのに加え、米中の戦略的競争の激化の中で、双方から経済安全保障の観点によるサプライチェーンの囲い込みの動きが見られるが、その主戦場である東アジアにおいては、中国も含むサプライチェーン網が展開されている。米中間の貿易やアメリカから中国への投資もむしろ増大している。経済的な相互依存網が深化している状況を分断するのは容易ではない。
なお、世界を民主主義と権威主義に二分する見方は、暗にロシア、そして中国や他のグローバル・サウスの一部の国の権威主義化が進んでいることに着目する。それ自体は事実であるが、それらの国々が団結や結束を強めるか、またそれが盤石か、というのはまた別の話であり、慎重な考察が必要である。そして他ならぬ欧米諸国において、民主主義の後退が懸念される事態が進展していることも無視できない。例えば今年4月のフランス大統領選挙では、決選投票では急進右派・国民連合のマリーヌ・ルペンを下し、マクロンが勝利したものの、ルペンとマクロンとの差は2017年の前回の大統領選挙に比べると15ポイントも縮小していた。これは極右の台頭がじわじわと欧州において広がり、それに抵抗する力が弱まっていることを示唆しているのかもしれない。さらにアメリカにおいて、アメリカ・ファーストを掲げ、極めて一国主義的な外交を展開したトランプ元大統領の影響力は衰えていない。2022年11月の中間選挙は、多くの予想を裏切って民主党が善戦したとはいえ、アメリカ社会は深く分断され、民主主義を揺るがしている。このように、民主主義国内部から、民主主義を揺るがす事態が生じているのである。ウクライナへの「支援疲れ」と一国主義は結びつきやすく、欧米を始めとする先進国の対ロシア政策における連携にひびが入る可能性もあり、今後の動向が懸念される。
ロシアによるウクライナ侵攻を契機とした戦争は、世界における様々な対立を以前よりもいっそう鮮明に可視化する作用をもたらしている。しかしそれは、一部で議論されているような世界が二つの陣営に割れ、「新冷戦」や「デカップリング」が展開する、というような単純なものではない。今回ロシアの野蛮な行為を支持する国はグローバル・サウスでも極めて少数である一方、ロシアへの正面からの批判は控え、先進国を中心とする厳しい対ロシア制裁には同調しない。そしてグローバル・サウスのみならず先進国内部における民主主義への挑戦も深刻である。さらに世界においてグローバル化は未だ現在進行形であり、パンデミックでの一時的な遮断や米中対立を受けてのサプライチェーンを管理する動きが見られるにしても、それらが決定的に世界を分断するかは極めて疑問である。
現在、こうした複雑な対立と連携とが入り交じったまだら模様の展開によって、既存のリベラル国際秩序の揺らぎがいっそう深刻化している。グローバル・サウスの、今回のロシア・ウクライナ戦争を受けての複雑な反応やそれに基づく行動を理解した上で、先進国にとってもグローバル・サウスにとっても望ましい国際秩序とはどのようなものか、またその実現のためには何にどう取り組まねばならないか、を粘り強く説いていくべきである。日本のみならず世界全体にとって、経済発展、持続可能性、および公正性が担保されたバランスのとれた国際秩序を構築すること、そのために力による現状変更を試みる冒険主義を食い止め、安全保障環境を安定化させることの重要性は、今の不透明な状況の中で、いっそう増しているのである。
執筆者プロフィール
大庭 三枝(おおば みえ)
神奈川大学法学部・法学研究科教授
1968年東京生まれ。国際基督教大学卒業。東京大学大学院博士課程修了。博士(学術)。東京大学大学院助手、東京理科大学准教授および教授、南洋工科大学(シンガポール)客員研究員、ハーバード大学日米関係プログラム研究員などを経て2020年4月より現職。専門は国際関係論、国際政治学、アジア太平洋/東アジアの国際政治、アジアの地域主義および地域統合。主な邦語主著として『アジア太平洋地域形成への道程:日豪のアイデンティティ模索と地域主義』ミネルヴァ書房、2004年(単著)、『重層的地域としてのアジア:対立と共存の構図』2014年、有斐閣(単著)、『東アジアのかたち:秩序形成と統合を巡る日米中ASEANの交差』2015年、千倉書房(共著)など。
2005年に第21回大平正芳記念賞、第6回NIRA大来政策研究賞受賞。2015年に第11回中曽根康弘奨励賞受賞。