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ロシア ウクライナ侵攻と今後の世界 (2) ロシアのウクライナ侵略が変える国際秩序:アメリカの視点から 上智大学 教授 前嶋 和弘 【2022/4/15】

ロシア ウクライナ侵攻と今後の世界

(2) ロシアのウクライナ侵略が変える国際秩序:アメリカの視点から

掲載日:2022年4月15日

上智大学 教授
前嶋 和弘

 ロシアのウクライナ侵略についてのアメリカの動きを振り返ったうえで、今後の国際秩序の変化を展望したい。


ウクライナ侵略についてのアメリカの動き

 ウクライナはNATOに加盟していない。そのため、アメリカにとっては拡大抑止の対象ではないウクライナに対して本格的に軍事的な介入をするのはやはり難しい。

 特にロシアは核兵器の利用をちらつかせており、うかつに入り込めば第三次世界大戦となってしまう。代理戦争ではなく、核保有国同士が本格的に戦うのは、冷戦時代にもなく、全く新しい時代が訪れることになる。世界戦争はどうしても避けたいというのがアメリカにとって基本的なスタンスだった。

 アメリカがこれまでウクライナ支援として行ったのは、ウクライナへの軍事支援の強化とともに、欧州や日本を含むG7による国際連携でロシアに対する徹底的な経済制裁という封じ込めを仕掛けることだった。

 この原稿を書いている2022年4月中旬の段階ではまだそうした状況にはないが、今後、ウクライナ情勢が悪化し、ウクライナだけでなくNATO周辺国に攻撃が及んだ場合にはアメリカはロシアとの直接対決を行う覚悟も必要となる。プーチンがウクライナ国内での核兵器や生物化学兵器を使用した場合についても、米軍やNATO軍が本格介入する可能性もある。
 いずれも全面戦争ではなく、段階を踏んでの介入となっていくだろう。


「戦略的あいまいさ」による牽制

 既にアメリカは、徐々にロシアへの直接的な牽制を強く意識した動きを始めている。

 特に3月末に核兵器の使用条件を厳しくする政策の採用を見送ったことは大きい。バイデン政権は発足当時、民主党の左派の声に対応し、核兵器の使用条件を核攻撃への反撃に限定し、核の先制攻撃を見送る動きでまとまっていた。しかし、3月末にこの方針を大きく変え、核兵器の先制使用もありうると決めている。極限の状況においてのみ核を使用するという原則は変わっていないが、これによって、プーチンが生物・化学兵器や核兵器を使用した場合、核で報復する可能性があるという大きな牽制を行った。

 湾岸戦争の時に「イラクのフセイン政権が生物化学兵器を使った場合、核で報復する」というアメリカの脅しが奏功したという話にも再び脚光が集まりつつある。当時のブッシュ政権内でどれだけの検討があったのかはいろいろな議論があり、実際にイラク側に伝えたのか、政権内での協議で結論が出たのかなどは伝わっていない。メディアなどでもはっきりは公開されていない。それでも核を使うかどうかわからないという「戦略的あいまいさ」があったため、フセイン政権を牽制することができたという逸話である。

 「戦略的あいまいさ」を利用したロシアの牽制・抑止がさらに垣間見えたのが、3月27日のポーランドでのバイデン大統領の演説である。演説の最後の部分で「この男を権力の座に残しておいてはいけない」と言及したのはバイデン大統領のアドリブだったとされている。この言葉を額面通りに受け取れば体制変換を目指すということになるが、演説の終了直後、ブリンケン国務長官らが「大統領は体制の転換について議論しているわけではない」などと火消しをしている。

 あいまいにしてはいるものの、この演説そのものをしっかり聴くと、整合性があり、「権力の座に残してはいけない」という部分がないとそもそも話がまとまらない。「体制変換を求めるかもしれない」という「戦略的あいまいさ」がプーチンの行動を抑制的にしていくかもしれない。

 一方でこの言葉については、プーチンの危機感を強めてしまい、事態を逆にエスカレートさせたり、ウクライナとロシアとの交渉に悪影響を及ぼしかねないという見方もある。ただ、「権力の座に残してはいけない」というこの一言で事態が急激にエスカレートするとは考えにくい。むしろプーチンに対する抑止が高まるとみたほうが順当であろう。もちろん、今後実際にプーチンの行動を抑制できなければ、この演説そのものの評価も変わってしまう。


情報をめぐる戦い

 ロシアのウクライナ侵略は避けられなかったものの、アメリカはロシア軍の情報を的確に分析し、その情報を徹底的に世界に伝えた。上述のように、アメリカが本格的に軍事介入するのが難しい中、「情報による抑止」は今回の大きなテーマであった。

 情報入手の際、イギリスを中心とする欧州諸国との協力が重要であり、アメリカはロシアの一つ先を行く形でより信ぴょう性のある情報を流し続けてきた。

 また、ロシア側の偽情報に対する対応準備を続けてきたことも大きい。
 軍事的戦闘に加え、政治・経済・外交プロパガンダを含む情報戦、テロや犯罪行為などを組み合わせたハイブリッド戦争について、ロシアは非常に得意であるとされてきた。ロシアは「嘘すぎる嘘」も平気で流布させることで国際社会をかく乱してきた。

 しかし、今回の情報戦ではアメリカ側の準備もあり、そもそもロシアに勝ち目はなかった。というのも、ツイッター、フェイスブックなどSNSのプラットホームのほとんどはアメリカ企業であり、ロシアが仕掛けてくる情報戦に対抗する用意が進められてきたためだ。ロシア政府関連のアカウントは事前に既に明らかになっており、今回のウクライナ侵略が始まった直後、SNSの主要プラットホームはロシア政府の利用を制限する徹底した規制を敷いた。

 2016年大統領選挙にロシアが介入した際の反省から、連邦議会はSNSの事業者を公聴会に次々と呼び出し、各社はロシアのやり方を徹底的に明らかにし、様々な対応策を講じさせてきた。その選挙後の、ここまでの6年間はウクライナ侵略など有事への備えの期間でもあった。

 ウクライナ側は2014年のクリミア併合の時にロシアの嘘情報の流布にやられっぱなしだったが、その時の教訓から、今回はゼレンスキー大統領の各種の情報発信のように、ウクライナ側もロシアの動きに迅速に対応し、反論を続けている。この背後にもアメリカが強く関与してきたとされる。


国内世論との「戦い」

 今後、もし本格的にアメリカがウクライナに介入することになった場合、相当な長期戦となる可能性もかなりある。戦費などの点でアメリカ国内からの批判も出てくるかもしれない。

 アメリカの国内世論はアフガニスタン戦争、イラク戦争のショックが続いており、厭戦気分が強い。トランプの「アメリカ・ファースト」が受け入れられたのもこの厭戦気分が下地にある。「世界の警察官」としてのアメリカの国際的な能力が弱まっている大きな背景にこの世論がある。

 「ミドルクラスのための外交」という世論重視の外交を掲げているバイデン政権にとっては国内世論の方向性に合わせた外交・安全保障を進めることは、政策運営の一丁目一番地といえる。

 ウクライナ侵略直前の各種世論調査ではウクライナに地上軍を送ることにかなり否定的であったが、侵略後、ロシア軍の残虐さが明らかになるにつれ、世論は「何とかならないか」とウクライナ支援にやや前のめりになりつつある。

 バイデン大統領が恐れるのは第三次世界大戦へのエスカレーションと、それを善意から推し進めてしまう可能性がある国内世論の動向という2つである。


米中G2体制の加速化

 ロシアのウクライナ侵略は衝撃的だったが、アメリカにとって長期的なライバル関係がロシアではなく、中国である事実は変わらない。ロシアが戦争で疲弊する中、中国の相対的な地位はさらに上がっていく。

 ロシアが中国に軍事物資の支援を要請したと報道される中、3月18日には電話による米中首脳会談が行われ、バイデン大統領は習近平氏にロシア支援を行わないようくぎを刺した。

 中国が積極的に軍事支援する可能性は少ないが、それでも経済制裁の輪に中国が入らなければロシア側への制裁効果は激減する。核兵器を使用する可能性などのリスクを抑えていくためにもアメリカにとって中国の協力が必要になってしまう。

 ロシアを抑えるために、アメリカが中国との協力を急いだ場合、G2体制が予想よりも早く訪れるかもしれない。中国がここ10年ほど望んできたような「新型大国関係」であるG2体制が、ロシアを抑えるために加速化していく可能性が出てきている。

 覇権国を狙う中国にとって、ロシア側につくのは国際世論からはマイナスだ。ただ、自分の後ろ盾にロシアを置いておきたいという狙いもあろう。ロシアを抑える上で、中国がどのようにふるまうのかがやはり大きな鍵を握っている。

 一方で中国がどうふるまうかで国際政治のパラダイムシフトにもなる。もしロシア側に積極的に加担した場合、「民主主義対専制主義」という対立構造が明確になっていくだろう。


核の重要性の再認識

 今回のウクライナ侵略は核兵器の重要性が再認識される結果となった。ウクライナに侵攻を続けるロシアに対し、アメリカがなかなか手を出せないのは、やはりロシアが核大国であり、うかつに手を出せばロシアとの核戦争の恐れがある第三次世界大戦の引き金を引いてしまう可能性もあるためである。逆にいえば、核兵器を持つことの意味が再確認された形となっている。

 核兵器の重要性が再認識される中、北朝鮮が今後、核を手放す動機はかなり低くなっていく。北朝鮮の非核化が一層難しくなったことは強く意識すべきであろう。

 また、まとまりかけたイラン核合意もロシアが絡んでいるため、遅くなっていく。ロシアとしては経済制裁逃れのために、このイラン核合意の中でロシアとイランの貿易を認めさせようとする動きがあるが、アメリカとしても他の参加国にとってもこれはのめない。イラン側の態度もまた変わってくる可能性もある。イスラエル、パキスタンに続き、北朝鮮、イランが核を保有することになると、NPT体制も大きく揺らぐことになる。

 もし、ロシア国民からの反発でプーチンが失脚し、ロシア国家が大混乱した場合には、ロシア国内の核施設の管理なども大きなポイントとなっていく。

 核については、エネルギー安全保障への議論が進む中、例えば、原子力発電に対する見方も変わりつつある。エネルギーが枯渇する中、安全保障上のエネルギー確保のため、これまでの脱原発の動きが止まっていく兆しもある。

 いずれにしろ、このようにロシアのウクライナ侵略は世界を大きく変貌させていく。その変化がはっきりするまでには、もう少し時間が必要である。


執筆者プロフィール
前嶋 和弘(まえしま・かずひろ)
上智大学 総合グローバル学部教授、学部長

上智大学外国語学部英語学科卒業後、ジョージタウン大学大学院政治修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。専門:現代アメリカ政治外交
主な著作は『アメリカ政治とメディア』(北樹出版、2011年)、
『危機のアメリカ「選挙デモクラシー」』(共編著、東信堂、2020年)、
『現代アメリカ政治とメディア』(共編著、東洋経済新報社、2019年)、
Internet Election Campaigns in the United States, Japan, South Korea, and Taiwan (co-edited, Palgrave, 2017) など。



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