(18) 中国におけるデジタルプラットフォーム事業者の規制強化
―その背景、特徴と見通し―
―その背景、特徴と見通し―
掲載日:2021年9月1日
神戸大学大学院 法学研究科 教授
川島 富士雄
はじめに
2020年12月、中国共産党中央政治局会議及び中央経済工作会議が「独占禁止を強化し、資本の無秩序な拡張を防止する」との重点政策を打ち出した。それ以来、アリババ、テンセント等、従来、中国において独占禁止法(以下「独禁法」という。)執行の対象とならない「聖域」とも目されてきたデジタルプラットフォーム事業者を中心に活発な同法規制が展開されている (※1) 。
2021年2月7日、「プラットフォーム経済分野に関する独占禁止ガイドライン」が制定・公表され、同4月10日には、ネット通販プラットフォーム最大手・アリババが出店者に対し競合プラットフォームへの出店を禁止(いわゆる「二者択一」強制)していたとして、約182億元(日本円で約3044億円)の行政制裁金を課す処分が下された。さらに同7月10日、テンセント傘下のゲームライブ動画配信プラットフォーム大手2社(虎牙・闘魚)の企業結合が禁止されただけでなく、同月24日にはテンセントによる2016年の音楽配信事業者の買収が未届出で実施され、かつ競争制限効果があったとして、50万元(約850万円)の行政制裁金が課されるとともに、音楽著作権の独占ライセンス契約の解除が命ぜられた。
こうした独禁法規制に加え、7月初には配車アプリ大手・滴滴出行(以下「滴滴(ディディ)」という。)に対するネットワーク安全審査が開始され、同アプリの新規ユーザー登録やアプリストアでのダウンロードが停止されると、米国で新規株式公開直後であった同社の株価が急落した (※2) 。中国におけるデジタルプラットフォーム事業者に対する一連の規制強化の影響は、中国国内にとどまらず世界市場に及んでいる。
一連の動きは「中国共産党による巨大IT企業に対する統制強化」と一括りに紹介されることが多い。しかし、各規制はその根拠法令や規制当局も異なれば、規制強化に至った背景事情や規制姿勢も異なっており(後掲の表「独禁法とネットワーク安全法の比較」参照)、これらを無視して論ずることは適切ではない。本稿は、こうした規制強化のうち、特に独禁法規制強化の背景を検討し、同様の現象が進行する日米欧との比較で中国がどのような特徴を有しているか浮き彫りにするとともに、中国の他分野での規制強化や関連政策文書との異同や相互関係についても併せて分析する。
規制強化に至る背景
2020年10月24日、アリババ創業者にして前CEOの馬雲(ジャック・マー)氏が、上海の金融関係シンポジウムの講演の中で、政府の時代遅れの規制を批判したことが、独禁法規制強化に至るきっかけとなったと紹介されることが多い。その約1週間後の11月2日、アリババの金融関連会社・アント集団の馬氏を含む経営責任者が金融当局と面談し、翌日、直後に予定されていた同社の上海市場での新規株式公開(IPO)の延期が決定され、前述した「プラットフォーム経済分野における独占禁止法ガイドライン」のパブリックコメント用原案が同月11日に公表された時系列からも、そのような印象が強まる。
しかし、同原案は短期間で準備できるものではなく、それ以外のプラットフォーム関係のルール整備が10月24日講演より以前から始まっていることから、上記のような理解には疑問がある。すでに別稿で論じたように (※3) 、今回の独禁法を含むデジタルプラットフォーム事業者に対する規制強化の直接のきっかけとなったのは、2020年4月の中国版ツイッター・ウェイボ(微博)によるアリババ幹部の不倫スキャンダルもみ消し事件だと筆者は考えている(アリババはウェイボの筆頭株主) (※4) 。これにより中国共産党中央宣伝部等、従来、IT企業を情報収集や情報統制にとって有用な協力相手と考えてきた勢力が、「IT企業がメディアを支配し、むしろ共産党の専権事項である世論工作の領域にまで踏み込んできた」と懸念を深めた (※5) 。この結果、共産党・政府内部でアリババ、テンセント等に対する独禁法規制を押しとどめるよう作用していたこれまでの政治力学が大きく変わり、金融当局などのIT企業に対する規制を強めるべきだとの意見が通りやすくなった (※6) 。これが冒頭で紹介した2020年12月の「独占禁止の強化と資本の無秩序な拡張防止」の重点任務化、そして現在の独禁法を含む規制強化につながったと考えられる。
ただ、規制強化のきっかけは共産党独裁体制の維持・強化であったとしても、個々の法運用において、そうした政治的な意図が具体的に反映されているかどうかは、別途分析が必要である (※7) 。
日米欧における規制強化との比較
1. 日米欧におけるデジタルプラットフォーム規制強化との共通点:
GAFAに代表される巨大IT企業に対する競争法規制の強化の流れは、日米欧等でも共通に見られる現象である。デジタルプラットフォーム市場は多面市場(multi-sided market)であり、複数のユーザーグループ(例えば、ネット通販モールにおける出品者側と購入者側)の間で、一方のユーザー数が増加すれば、他方のユーザー数も増加する、いわゆる間接ネットワーク効果が働く。また、同市場では、ひとたび圧倒的な数のユーザーを確保すると、利用履歴等の膨大なデータの収集・利用が可能となる、これによりさらにサービスを向上することが可能となり、その競争優位は固定されやすい。これらの相乗効果により、デジタルプラットフォーム市場は「勝者総取り(winner takes all)」に陥りやすい市場であると指摘されている (※8) 。
こうしたデジタルプラットフォーム市場の特徴や弊害は、従来、同市場で独禁法規制が全くなされてこなかった中国において、まさに顕著に現れていた。アリババやテンセントといった巨大企業が市場を独占又は複占する状況が生まれ、それらの反競争的行為に対し競争者、出店者、ユーザー等から様々な不満が噴出していた。
その代表格がアリババによる、競合するネット通販プラットフォームへの出店等を禁ずる「二者択一」強制であった。2021年4月のアリババ処分決定は、アリババがネット小売市場において60%超のシェアを有し、市場支配的地位にあること、長年の二者択一強制により、出店者の取引先選択の自由を制限し、競争者の競争機会を奪い、ひいては消費者の利益を侵害したと認定し、違法行為の停止を命じた。同行為は、アリババのような大きな市場シェアを持つ事業者が行えば、各国の競争法・独禁法でも「排他条件付取引」として違法となる行為類型である。同決定を受け、アリババの違法行為の主な被害者であった国内2番目のシェアを持つ京東(JDドットコム)の2021年4~6月期の売上高は前年同期比で26%増加した (※9) 。この数字はアリババの違法行為が、長年にわたって競争者の成長の機会をいかに制限してきたかを物語る。今回の中国における規制強化は当然の帰結であり、むしろ遅きに失したというべきであろう。
2. 中国における規制の特徴
上記1で指摘した日米欧との共通点とは別に、中国規制の特徴も目立つ。第1に、調査・処分のスピードである。アリババ事件では2020年12月24日に正式に調査が開始されてから、たった3か月半で処分決定が下った。日米欧で同様の調査が行われれば、1年から数年の時間が掛かり、仮に裁判所で争われれば、最終決着までさらに数年を要することになる。
第2に、行政指導の活用である。アリババ事件では正式な処分決定とは別に行政指導書が公表されており、その中でアリババは(1)独禁法遵守プログラムの確立、(2)プラットフォームルールの透明性確保と出店者や消費者の苦情処理メカニズムの構築に加え、(3)閉鎖的なエコシステムの開放までも指導された (※10) 。また、アリババ処分の直後、アリババを含む34社の主要プラットフォーム事業者も、同様の事項を遵守する約束の提出・公開を指導されている。このうち、(2)は日欧が新規立法により導入した点であり (※11) 、(3)については現在、韓国がやはり新規立法により同様の義務付けを検討している (※12) 。
第3に、イノベーションとのバランス確保や構造規制の抑制である。アリババ事件調査中には、アリババは国有化されるのではといった憶測も飛び交った。しかし、結果として182億元の行政制裁金は金額こそ史上最高額ではあるが、従来の最高額だったクアルコム事件での前年度売上高の8%に比べ低い率(4%)が適用されている。また、上記行政指導書には、「率先して業界自律を強化し、イノベーションを促進する」とのアリババに期待するが如き文言が盛り込まれただけでなく、アリババ側も処分決定当日の公式ウェイボ上の声明で「新たな起点の日」と述べ、すでに事業存続に向け当局との折り合いがついていることを示唆した。また、7月24日のテンセントによる過去の音楽配信事業者の買収に関する処分においては、法律上、買収を解消し、現状に回復する構造規制的な命令を下す余地もあったが、音楽著作権独占ライセンスの解除という行為規制的命令にとどめた。
これらを総合すると、独禁当局である国家市場監督管理総局がプラットフォーム事業者の分割等を命じてしまうと起業家やイノベーションに対する悪いシグナルを送り、大きな委縮効果を与えてしまうと懸念し、謙抑的な規制にとどめた可能性を指摘できる (※13) 。この点は、現在、欧米でデジタルプラットフォーム事業者の分割を可能とする立法案が検討され、過去の買収の解消を求める訴訟が進められていることとの対比で (※14) 、むしろ中国の方がイノベーションとのバランス確保に腐心していることを示唆しており、興味深い。
他の規制強化や政策文書との関係
1. 独禁法規制強化のまとめ
中国におけるデジタルプラットフォーム事業者の規制強化の中でも独禁法規制は、同事業者を廃業に追い込むとか国有化するといった意図で進められているわけではなく、あくまで各事業者の競争機会を保護し、公正な競争環境を確保するために進められている。同法の規制強化により短期的に従来、独占利潤を享受していた巨大企業の利潤が競争市場における水準に落ち着き、投資意欲が減退する等の影響はあろうが、長期的にはむしろ市場における新規参入を活発にし、イノベーションを促進する効果が期待できる。
こうした規制強化は、日米欧で進行中の共通の現象であり、デジタルプラットフォーム市場は「勝者総取り」になりやすいという特徴に照らせば、中国における規制強化も当然の流れと理解できる。むしろ、中国独禁当局である国家市場監督管理総局は、欧米でも取り沙汰されている企業分割を避けるなど一見した印象よりも謙抑的に法運用しており、起業意欲やイノベーションに対する悪影響を最小化するよう努めていると見られる。
2. 滴滴に対するネットワーク安全審査
これに対し、滴滴に対するネットワーク安全審査は、いまだ最終的な顛末は不明ながら、米中対立の文脈における米国上場によるデータ国外流出のリスクを背景としており、独禁法規制強化とは大きくその背景事情が異なる(表参照)。
「データ安全法」制定直後(2021年6月10日制定・9月1日施行)のルール未整備の状況下でも、米国上場前にデータ安全の再確認を求めた行政指導により滴滴の行動を誘導できると考えたインターネット情報弁公室は、滴滴による直後の米国上場により期待を裏切られ、面子をつぶされた (※15) 。そのため、個人情報の違法な収集・利用というデータ安全とは異なる理由で、即時にアプリストアからの滴滴アプリの取り下げを要請し、公安部、国家安全部、税務総局等も含めた前代未聞の7部門編成の立入調査を実施する等、個人情報保護ルールのこれまでの運用と比べ非常に厳格な態度を示した。
起業意欲やイノベーションへの配慮を示している独禁当局と違い、同弁公室の滴滴に対する姿勢には容赦が見られない。その背景には「国家安全の保護」(ネットワーク安全法第1条)という、他の利益との比較衡量の余地がない最重要の利益が関わるとの認識が見え隠れする。
3. 「共同富裕」促進政策
2021年8月17日開催の中国共産党中央財経委員会第10回会議は、「共同富裕」促進を提起した (※16) 。具体的には、税制、社会保障等の所得再分配の調整力を強化し、中所得者層の比重を高める等としている。これまでの「先富論」に基づき拡大した所得格差を是正する基本政策として、今後、中国における政策運営全般に影響を与えると考えられる。
本会議では国家発展改革委員会、財政部及び人的資源・社会保障部が関連の報告を行っているが、独禁法を所管する国家市場監督管理総局の参加は報道されていない。また、独禁法強化に関する2020年末来のスローガンである「資本の無秩序な拡張防止」やそれに類する概念への言及も見られない。このことから「共同富裕」促進政策が今次の独禁法執行強化の直接の背景と理解することはできない。
しかしながら「共同富裕」促進政策には、「1次分配(要素市場による分配)」、「さらに多くの人に富裕となる機会を創造し、誰もが参加する発展環境を形成する」、「効率と公平性の関係を処理する」、「中小企業の発展を支持する」等、今後、独禁法等の法規制強化をさらに促進し、或いは今後の法執行方針に大きな影響を与えうる要素が多々含まれている。よって、「共同富裕」促進政策が具体的に実行に移される段階で、独禁法等執行にさらなる追い風が吹くとともに、中小企業の競争機会を奪う行為類型等に法執行の重点が置かれるといった影響は十分に想定される (※17) 。
結語
以上、本稿では独禁法規制とネットワーク安全審査を対比する形で検討した。しかし、前者の規制においても、「資本の無秩序な拡張の防止」や「共同富裕促進」といった大きな政策スローガンの下、地方当局を含めた規制当局が功を競って起業意欲やイノベーションを極端に委縮・減退しかねない厳しい法規制に踏み出すリスクがあることは否定できない。中国におけるデジタルプラットフォーム規制がいかなる展開を見せるか、今後も注視が必要である。
<後記> 脱稿後の2021年8月30日、中央全面深化改革委員会第21次会議が開催され、「共同富裕促進等の戦略的高所から出発して、公平競争を形成する市場環境を促進し、各種市場主体、とりわけ中小企業のために、広大な発展空間を創造し、さらに消費者権益を保護する」との方針が示された。この方針は独禁法執行を共同富裕促進政策の下に明確に位置付ける初めてのものである。これは、本稿「他の規制強化や政策文書との関係」「3.『共同富裕』促進政策」の最終段落で展開した分析と整合的だが、独禁法執行への追い風は上記想定以上に早く吹くと考えられる。
※1 アリババ、テンセントらが独禁法規制の聖域であるとの認識をもたらしていた従来の状況については、川島富士雄「中国における電子商取引分野に関する法規制―独占禁止法、反不正当競争法及び電子商取引法を中心に―」独立行政法人経済産業研究所ディスカッションペーパーシリーズ20-J-022(2020)参照。
※2 本稿では、紙幅の制限のため、個々の規制動向の詳細について紹介することができない。個々の規制動向の詳細については、筆者の個人ブログ(https://fujiokawashima.wordpress.com/)を参照されたい。
※3 「経済教室 中国の産業政策を読む(中)競争政策、巨大ITに照準」日本経済新聞2021年2月18日朝刊27頁。
※4 翟薇・朱明刚「舆情观察:蒋凡事件舆论异常高压 危机处置现新挑战」人民网(2020年4月30日)。同スキャンダルを含めた詳しい紹介は高口康太「巨大IT企業アリババを襲った不倫スキャンダル」『文芸春秋』2021年8月号120-127頁参照。
※5 2020年11月段階ではあるが、同宣伝部副部長の徐麟氏が「資本による世論操縦のリスクを断固として防止する」と発言している。「中宣部副部长徐麟:坚决防范资本操纵舆论」人民網(2020年11月19日)。
※6 8月1日、中国人民銀行が独禁法当局である国家市場監督管理総局に対し、アリババ及びテンセントの調査を開始することを要求したとの報道があった。「独家:中国考虑对支付宝及微信支付进行反垄断调查」路透(2020年8月1日)。
※7 本稿では紙幅の制限で、そうした詳細な分析は展開できないが、「テンセント・音楽配信関係の処分(続)」筆者個人ブログ2021年7月25日投稿では、個々の法運用に、政治的な意図が具体的に反映されてはいないと分析した。
※8 Stigler Committee on Digital Platforms, Final Report (2019). デジタルプラットフォーム市場の特徴に関する邦文での文献として、例えば、公正取引委員会競争政策研究センター「データと競争政策に関する検討会報告書」(2017)。
※9 「中国ネット通販、規制で明暗」日本経済新聞2021年8月27日朝刊12頁。
※10 アリババの天猫(Tモール)では、電子決済サービスはアリペイが指定され、テンセントのウィーチャットペイが利用できない一方、中国版ラインのウィーチャットではアリババのサービスが利用できないといった形で、相互に閉鎖的なエコシステムが構築されていた。当該システムの開放が指導された結果、現在、アリババとテンセントの間で相互開放が検討されている。「アリババとテンセント、サービスの相互開放を検討」ブルームバーグ(2021年7月14日)。
※11 See Regulation (EU) 2019/1150 of the European Parliament and of the Council of 20 June 2019 on promoting fairness and transparency for business users of online intermediation services(いわゆる「P2B規則」).また、 「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」(2020年5月27日成立・2021年2月1日施行)参照。
※12 「韓国、アプリ内課金で法改正へ 決済手段の指定禁止」日本経済新聞2021年8月25日朝刊11頁。
※13 2021年1月20日、アリペイ、ウィーチャットペイ等のスマホ決済事業者の分割提案も含む中国人民銀行の規定案が公表されたが、同規定はいまだ制定されていない。「中国人民银行关于《非银行支付机构条例(征求意见稿)》公开征求意见的通知」(2021年1月21日)。
※14 例えば、EUにおけるデジタル市場法案、米国連邦取引委員会(FTC)による対フェイスブック訴訟(インスタグラムやワッツアップの分離・売却を請求)を挙げることができる。
※15 “China Weighs Unprecedented Penalty for Didi After U.S. IPO,” Bloomberg, July 22, 2021, updated on July 23, 2021.
※16 「习近平主持召开中央财经委员会第十次会议强调 在高质量发展中促进共同富裕 统筹做好重大金融风险防范化解工作 李克强汪洋王沪宁韩正出席」新华网(2021年8月17日)。
※17 独禁法以外にも電子商取引法35条によるプラットフォーム事業者のプラットフォーム内事業者(例 出品者)に対する不当な取引条件設定等の規制が強化される可能性が高い。
執筆者プロフィール
川島 富士雄(かわしま・ふじお)
神戸大学大学院法学研究科 教授
東京大学法学部卒。同大学院法学政治学研究科助手、公正貿易センター客員研究員、金沢大学法学部助教授、名古屋大学大学院国際開発研究科教授などを経て2015年より現職。2016~17年、上海交通大学凱原法学院客員研究員。専門は経済法、国際経済法。
主要著作・論文として、『経済法[第9版]』(共著、有斐閣、2020年)、「連載講座 中国独占禁止法」公正取引805~818号(2017~18年)等
個人ブログ(https://fujiokawashima.wordpress.com/)では中国独禁法の最新動向を中心に紹介。
神戸大学大学院 法学研究科 教授
川島 富士雄
はじめに
2020年12月、中国共産党中央政治局会議及び中央経済工作会議が「独占禁止を強化し、資本の無秩序な拡張を防止する」との重点政策を打ち出した。それ以来、アリババ、テンセント等、従来、中国において独占禁止法(以下「独禁法」という。)執行の対象とならない「聖域」とも目されてきたデジタルプラットフォーム事業者を中心に活発な同法規制が展開されている (※1) 。
2021年2月7日、「プラットフォーム経済分野に関する独占禁止ガイドライン」が制定・公表され、同4月10日には、ネット通販プラットフォーム最大手・アリババが出店者に対し競合プラットフォームへの出店を禁止(いわゆる「二者択一」強制)していたとして、約182億元(日本円で約3044億円)の行政制裁金を課す処分が下された。さらに同7月10日、テンセント傘下のゲームライブ動画配信プラットフォーム大手2社(虎牙・闘魚)の企業結合が禁止されただけでなく、同月24日にはテンセントによる2016年の音楽配信事業者の買収が未届出で実施され、かつ競争制限効果があったとして、50万元(約850万円)の行政制裁金が課されるとともに、音楽著作権の独占ライセンス契約の解除が命ぜられた。
こうした独禁法規制に加え、7月初には配車アプリ大手・滴滴出行(以下「滴滴(ディディ)」という。)に対するネットワーク安全審査が開始され、同アプリの新規ユーザー登録やアプリストアでのダウンロードが停止されると、米国で新規株式公開直後であった同社の株価が急落した (※2) 。中国におけるデジタルプラットフォーム事業者に対する一連の規制強化の影響は、中国国内にとどまらず世界市場に及んでいる。
一連の動きは「中国共産党による巨大IT企業に対する統制強化」と一括りに紹介されることが多い。しかし、各規制はその根拠法令や規制当局も異なれば、規制強化に至った背景事情や規制姿勢も異なっており(後掲の表「独禁法とネットワーク安全法の比較」参照)、これらを無視して論ずることは適切ではない。本稿は、こうした規制強化のうち、特に独禁法規制強化の背景を検討し、同様の現象が進行する日米欧との比較で中国がどのような特徴を有しているか浮き彫りにするとともに、中国の他分野での規制強化や関連政策文書との異同や相互関係についても併せて分析する。
規制強化に至る背景
2020年10月24日、アリババ創業者にして前CEOの馬雲(ジャック・マー)氏が、上海の金融関係シンポジウムの講演の中で、政府の時代遅れの規制を批判したことが、独禁法規制強化に至るきっかけとなったと紹介されることが多い。その約1週間後の11月2日、アリババの金融関連会社・アント集団の馬氏を含む経営責任者が金融当局と面談し、翌日、直後に予定されていた同社の上海市場での新規株式公開(IPO)の延期が決定され、前述した「プラットフォーム経済分野における独占禁止法ガイドライン」のパブリックコメント用原案が同月11日に公表された時系列からも、そのような印象が強まる。
しかし、同原案は短期間で準備できるものではなく、それ以外のプラットフォーム関係のルール整備が10月24日講演より以前から始まっていることから、上記のような理解には疑問がある。すでに別稿で論じたように (※3) 、今回の独禁法を含むデジタルプラットフォーム事業者に対する規制強化の直接のきっかけとなったのは、2020年4月の中国版ツイッター・ウェイボ(微博)によるアリババ幹部の不倫スキャンダルもみ消し事件だと筆者は考えている(アリババはウェイボの筆頭株主) (※4) 。これにより中国共産党中央宣伝部等、従来、IT企業を情報収集や情報統制にとって有用な協力相手と考えてきた勢力が、「IT企業がメディアを支配し、むしろ共産党の専権事項である世論工作の領域にまで踏み込んできた」と懸念を深めた (※5) 。この結果、共産党・政府内部でアリババ、テンセント等に対する独禁法規制を押しとどめるよう作用していたこれまでの政治力学が大きく変わり、金融当局などのIT企業に対する規制を強めるべきだとの意見が通りやすくなった (※6) 。これが冒頭で紹介した2020年12月の「独占禁止の強化と資本の無秩序な拡張防止」の重点任務化、そして現在の独禁法を含む規制強化につながったと考えられる。
ただ、規制強化のきっかけは共産党独裁体制の維持・強化であったとしても、個々の法運用において、そうした政治的な意図が具体的に反映されているかどうかは、別途分析が必要である (※7) 。
日米欧における規制強化との比較
1. 日米欧におけるデジタルプラットフォーム規制強化との共通点:
GAFAに代表される巨大IT企業に対する競争法規制の強化の流れは、日米欧等でも共通に見られる現象である。デジタルプラットフォーム市場は多面市場(multi-sided market)であり、複数のユーザーグループ(例えば、ネット通販モールにおける出品者側と購入者側)の間で、一方のユーザー数が増加すれば、他方のユーザー数も増加する、いわゆる間接ネットワーク効果が働く。また、同市場では、ひとたび圧倒的な数のユーザーを確保すると、利用履歴等の膨大なデータの収集・利用が可能となる、これによりさらにサービスを向上することが可能となり、その競争優位は固定されやすい。これらの相乗効果により、デジタルプラットフォーム市場は「勝者総取り(winner takes all)」に陥りやすい市場であると指摘されている (※8) 。
こうしたデジタルプラットフォーム市場の特徴や弊害は、従来、同市場で独禁法規制が全くなされてこなかった中国において、まさに顕著に現れていた。アリババやテンセントといった巨大企業が市場を独占又は複占する状況が生まれ、それらの反競争的行為に対し競争者、出店者、ユーザー等から様々な不満が噴出していた。
その代表格がアリババによる、競合するネット通販プラットフォームへの出店等を禁ずる「二者択一」強制であった。2021年4月のアリババ処分決定は、アリババがネット小売市場において60%超のシェアを有し、市場支配的地位にあること、長年の二者択一強制により、出店者の取引先選択の自由を制限し、競争者の競争機会を奪い、ひいては消費者の利益を侵害したと認定し、違法行為の停止を命じた。同行為は、アリババのような大きな市場シェアを持つ事業者が行えば、各国の競争法・独禁法でも「排他条件付取引」として違法となる行為類型である。同決定を受け、アリババの違法行為の主な被害者であった国内2番目のシェアを持つ京東(JDドットコム)の2021年4~6月期の売上高は前年同期比で26%増加した (※9) 。この数字はアリババの違法行為が、長年にわたって競争者の成長の機会をいかに制限してきたかを物語る。今回の中国における規制強化は当然の帰結であり、むしろ遅きに失したというべきであろう。
2. 中国における規制の特徴
上記1で指摘した日米欧との共通点とは別に、中国規制の特徴も目立つ。第1に、調査・処分のスピードである。アリババ事件では2020年12月24日に正式に調査が開始されてから、たった3か月半で処分決定が下った。日米欧で同様の調査が行われれば、1年から数年の時間が掛かり、仮に裁判所で争われれば、最終決着までさらに数年を要することになる。
第2に、行政指導の活用である。アリババ事件では正式な処分決定とは別に行政指導書が公表されており、その中でアリババは(1)独禁法遵守プログラムの確立、(2)プラットフォームルールの透明性確保と出店者や消費者の苦情処理メカニズムの構築に加え、(3)閉鎖的なエコシステムの開放までも指導された (※10) 。また、アリババ処分の直後、アリババを含む34社の主要プラットフォーム事業者も、同様の事項を遵守する約束の提出・公開を指導されている。このうち、(2)は日欧が新規立法により導入した点であり (※11) 、(3)については現在、韓国がやはり新規立法により同様の義務付けを検討している (※12) 。
第3に、イノベーションとのバランス確保や構造規制の抑制である。アリババ事件調査中には、アリババは国有化されるのではといった憶測も飛び交った。しかし、結果として182億元の行政制裁金は金額こそ史上最高額ではあるが、従来の最高額だったクアルコム事件での前年度売上高の8%に比べ低い率(4%)が適用されている。また、上記行政指導書には、「率先して業界自律を強化し、イノベーションを促進する」とのアリババに期待するが如き文言が盛り込まれただけでなく、アリババ側も処分決定当日の公式ウェイボ上の声明で「新たな起点の日」と述べ、すでに事業存続に向け当局との折り合いがついていることを示唆した。また、7月24日のテンセントによる過去の音楽配信事業者の買収に関する処分においては、法律上、買収を解消し、現状に回復する構造規制的な命令を下す余地もあったが、音楽著作権独占ライセンスの解除という行為規制的命令にとどめた。
これらを総合すると、独禁当局である国家市場監督管理総局がプラットフォーム事業者の分割等を命じてしまうと起業家やイノベーションに対する悪いシグナルを送り、大きな委縮効果を与えてしまうと懸念し、謙抑的な規制にとどめた可能性を指摘できる (※13) 。この点は、現在、欧米でデジタルプラットフォーム事業者の分割を可能とする立法案が検討され、過去の買収の解消を求める訴訟が進められていることとの対比で (※14) 、むしろ中国の方がイノベーションとのバランス確保に腐心していることを示唆しており、興味深い。
他の規制強化や政策文書との関係
1. 独禁法規制強化のまとめ
中国におけるデジタルプラットフォーム事業者の規制強化の中でも独禁法規制は、同事業者を廃業に追い込むとか国有化するといった意図で進められているわけではなく、あくまで各事業者の競争機会を保護し、公正な競争環境を確保するために進められている。同法の規制強化により短期的に従来、独占利潤を享受していた巨大企業の利潤が競争市場における水準に落ち着き、投資意欲が減退する等の影響はあろうが、長期的にはむしろ市場における新規参入を活発にし、イノベーションを促進する効果が期待できる。
こうした規制強化は、日米欧で進行中の共通の現象であり、デジタルプラットフォーム市場は「勝者総取り」になりやすいという特徴に照らせば、中国における規制強化も当然の流れと理解できる。むしろ、中国独禁当局である国家市場監督管理総局は、欧米でも取り沙汰されている企業分割を避けるなど一見した印象よりも謙抑的に法運用しており、起業意欲やイノベーションに対する悪影響を最小化するよう努めていると見られる。
2. 滴滴に対するネットワーク安全審査
これに対し、滴滴に対するネットワーク安全審査は、いまだ最終的な顛末は不明ながら、米中対立の文脈における米国上場によるデータ国外流出のリスクを背景としており、独禁法規制強化とは大きくその背景事情が異なる(表参照)。
「データ安全法」制定直後(2021年6月10日制定・9月1日施行)のルール未整備の状況下でも、米国上場前にデータ安全の再確認を求めた行政指導により滴滴の行動を誘導できると考えたインターネット情報弁公室は、滴滴による直後の米国上場により期待を裏切られ、面子をつぶされた (※15) 。そのため、個人情報の違法な収集・利用というデータ安全とは異なる理由で、即時にアプリストアからの滴滴アプリの取り下げを要請し、公安部、国家安全部、税務総局等も含めた前代未聞の7部門編成の立入調査を実施する等、個人情報保護ルールのこれまでの運用と比べ非常に厳格な態度を示した。
起業意欲やイノベーションへの配慮を示している独禁当局と違い、同弁公室の滴滴に対する姿勢には容赦が見られない。その背景には「国家安全の保護」(ネットワーク安全法第1条)という、他の利益との比較衡量の余地がない最重要の利益が関わるとの認識が見え隠れする。
3. 「共同富裕」促進政策
2021年8月17日開催の中国共産党中央財経委員会第10回会議は、「共同富裕」促進を提起した (※16) 。具体的には、税制、社会保障等の所得再分配の調整力を強化し、中所得者層の比重を高める等としている。これまでの「先富論」に基づき拡大した所得格差を是正する基本政策として、今後、中国における政策運営全般に影響を与えると考えられる。
本会議では国家発展改革委員会、財政部及び人的資源・社会保障部が関連の報告を行っているが、独禁法を所管する国家市場監督管理総局の参加は報道されていない。また、独禁法強化に関する2020年末来のスローガンである「資本の無秩序な拡張防止」やそれに類する概念への言及も見られない。このことから「共同富裕」促進政策が今次の独禁法執行強化の直接の背景と理解することはできない。
しかしながら「共同富裕」促進政策には、「1次分配(要素市場による分配)」、「さらに多くの人に富裕となる機会を創造し、誰もが参加する発展環境を形成する」、「効率と公平性の関係を処理する」、「中小企業の発展を支持する」等、今後、独禁法等の法規制強化をさらに促進し、或いは今後の法執行方針に大きな影響を与えうる要素が多々含まれている。よって、「共同富裕」促進政策が具体的に実行に移される段階で、独禁法等執行にさらなる追い風が吹くとともに、中小企業の競争機会を奪う行為類型等に法執行の重点が置かれるといった影響は十分に想定される (※17) 。
結語
以上、本稿では独禁法規制とネットワーク安全審査を対比する形で検討した。しかし、前者の規制においても、「資本の無秩序な拡張の防止」や「共同富裕促進」といった大きな政策スローガンの下、地方当局を含めた規制当局が功を競って起業意欲やイノベーションを極端に委縮・減退しかねない厳しい法規制に踏み出すリスクがあることは否定できない。中国におけるデジタルプラットフォーム規制がいかなる展開を見せるか、今後も注視が必要である。
<後記> 脱稿後の2021年8月30日、中央全面深化改革委員会第21次会議が開催され、「共同富裕促進等の戦略的高所から出発して、公平競争を形成する市場環境を促進し、各種市場主体、とりわけ中小企業のために、広大な発展空間を創造し、さらに消費者権益を保護する」との方針が示された。この方針は独禁法執行を共同富裕促進政策の下に明確に位置付ける初めてのものである。これは、本稿「他の規制強化や政策文書との関係」「3.『共同富裕』促進政策」の最終段落で展開した分析と整合的だが、独禁法執行への追い風は上記想定以上に早く吹くと考えられる。
※1 アリババ、テンセントらが独禁法規制の聖域であるとの認識をもたらしていた従来の状況については、川島富士雄「中国における電子商取引分野に関する法規制―独占禁止法、反不正当競争法及び電子商取引法を中心に―」独立行政法人経済産業研究所ディスカッションペーパーシリーズ20-J-022(2020)参照。
※2 本稿では、紙幅の制限のため、個々の規制動向の詳細について紹介することができない。個々の規制動向の詳細については、筆者の個人ブログ(https://fujiokawashima.wordpress.com/)を参照されたい。
※3 「経済教室 中国の産業政策を読む(中)競争政策、巨大ITに照準」日本経済新聞2021年2月18日朝刊27頁。
※4 翟薇・朱明刚「舆情观察:蒋凡事件舆论异常高压 危机处置现新挑战」人民网(2020年4月30日)。同スキャンダルを含めた詳しい紹介は高口康太「巨大IT企業アリババを襲った不倫スキャンダル」『文芸春秋』2021年8月号120-127頁参照。
※5 2020年11月段階ではあるが、同宣伝部副部長の徐麟氏が「資本による世論操縦のリスクを断固として防止する」と発言している。「中宣部副部长徐麟:坚决防范资本操纵舆论」人民網(2020年11月19日)。
※6 8月1日、中国人民銀行が独禁法当局である国家市場監督管理総局に対し、アリババ及びテンセントの調査を開始することを要求したとの報道があった。「独家:中国考虑对支付宝及微信支付进行反垄断调查」路透(2020年8月1日)。
※7 本稿では紙幅の制限で、そうした詳細な分析は展開できないが、「テンセント・音楽配信関係の処分(続)」筆者個人ブログ2021年7月25日投稿では、個々の法運用に、政治的な意図が具体的に反映されてはいないと分析した。
※8 Stigler Committee on Digital Platforms, Final Report (2019). デジタルプラットフォーム市場の特徴に関する邦文での文献として、例えば、公正取引委員会競争政策研究センター「データと競争政策に関する検討会報告書」(2017)。
※9 「中国ネット通販、規制で明暗」日本経済新聞2021年8月27日朝刊12頁。
※10 アリババの天猫(Tモール)では、電子決済サービスはアリペイが指定され、テンセントのウィーチャットペイが利用できない一方、中国版ラインのウィーチャットではアリババのサービスが利用できないといった形で、相互に閉鎖的なエコシステムが構築されていた。当該システムの開放が指導された結果、現在、アリババとテンセントの間で相互開放が検討されている。「アリババとテンセント、サービスの相互開放を検討」ブルームバーグ(2021年7月14日)。
※11 See Regulation (EU) 2019/1150 of the European Parliament and of the Council of 20 June 2019 on promoting fairness and transparency for business users of online intermediation services(いわゆる「P2B規則」).また、 「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」(2020年5月27日成立・2021年2月1日施行)参照。
※12 「韓国、アプリ内課金で法改正へ 決済手段の指定禁止」日本経済新聞2021年8月25日朝刊11頁。
※13 2021年1月20日、アリペイ、ウィーチャットペイ等のスマホ決済事業者の分割提案も含む中国人民銀行の規定案が公表されたが、同規定はいまだ制定されていない。「中国人民银行关于《非银行支付机构条例(征求意见稿)》公开征求意见的通知」(2021年1月21日)。
※14 例えば、EUにおけるデジタル市場法案、米国連邦取引委員会(FTC)による対フェイスブック訴訟(インスタグラムやワッツアップの分離・売却を請求)を挙げることができる。
※15 “China Weighs Unprecedented Penalty for Didi After U.S. IPO,” Bloomberg, July 22, 2021, updated on July 23, 2021.
※16 「习近平主持召开中央财经委员会第十次会议强调 在高质量发展中促进共同富裕 统筹做好重大金融风险防范化解工作 李克强汪洋王沪宁韩正出席」新华网(2021年8月17日)。
※17 独禁法以外にも電子商取引法35条によるプラットフォーム事業者のプラットフォーム内事業者(例 出品者)に対する不当な取引条件設定等の規制が強化される可能性が高い。
執筆者プロフィール
川島 富士雄(かわしま・ふじお)
神戸大学大学院法学研究科 教授
東京大学法学部卒。同大学院法学政治学研究科助手、公正貿易センター客員研究員、金沢大学法学部助教授、名古屋大学大学院国際開発研究科教授などを経て2015年より現職。2016~17年、上海交通大学凱原法学院客員研究員。専門は経済法、国際経済法。
主要著作・論文として、『経済法[第9版]』(共著、有斐閣、2020年)、「連載講座 中国独占禁止法」公正取引805~818号(2017~18年)等
個人ブログ(https://fujiokawashima.wordpress.com/)では中国独禁法の最新動向を中心に紹介。