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コロナショック下の世界と日本:グレート・リセットの時代 (17) 不連続な変化と経済界の視座‐政策研究の模索 経団連21世紀政策研究所 事務局長 太田 誠【2021/8/30】

コロナショック下の世界と日本:グレート・リセットの時代

(17) 不連続な変化と経済界の視座‐政策研究の模索

掲載日:2021年8月30日

経団連21世紀政策研究所 事務局長
太田 誠

はじめに

 このたびの感染症拡大で企業は従来型の事業活動の手段を封じ込められた。虚無感を抱きながら競争力を回復しなければならないという意味で、COVID-19がもたらした変化は完全に不連続といわざるをえない。昨年、国際経済連携推進センターが行った一連の議論の中で、筆者は、見えないものとの闘いと共生に先人がいかなる世界観で臨んだかを探求するとともにリベラルアーツの成果を積極的に議論に取り入れることの重要性を指摘した。 (※1) 本稿では、それから1年後の経済界の視座を競争力に焦点を絞り私見を交えて論じたい。


1. 経済界はいま、なにを考えているか‐競争力の再定義‐

 COVID-19への対応がポストからウィズに移る中、経済界は、COVID-19との共生を前提に21世紀前葉における産業競争力を経済社会のあり方との関連で考え始めた。経済界の現状認識は、第一に、企業の競争力を基礎づける要因が急速かつ大幅に変化している、第二に、市場原理の外に置かれがちであった論点が競争力そのものに重大な影響を及ぼすファクターとなってきたというものである。このふたつが相互に絡み合って日本と日本企業の前に立ちはだかっている。90年代、日本企業の競争力は高く、世界市場を席巻し自由貿易、規制改革こそが日本企業の利益に合致していた。21世紀に入り日本企業の競争力が低下したと言われ、それを支えたリベラル国際秩序も動揺する中、日本は国際プレゼンス維持の要である競争力を再定義する必要性に迫られている。

 競争力をめぐる日本の主要論点は、これまで日本企業のモノづくり力の評価に集中してきた。 (※2) 現在では、モノづくりのモジュール型への移行が指摘される中、日本の国際プレゼンスを担う自動車産業が強みとしてきた擦り合わせ技術など日本企業が培ってきた技術が活かせなくなるとの懸念がある。その一方で、日本企業は、すでに構成部品にコンピュータが組み込まれた自動車をIoTで外部と連結することで自動車の概念自体を変化させようとしている。さらに人工知能による自動運転が実現すれば、人の移動の意味が大きく変わる。

 企業にはモノづくり、ビジネス戦略を通して社会のあり方を変える潜在力があり、まさにこれを発揮する時期に来ているのである。問題は、日本企業がそうした役割を担う主体であり続けるために競争力をどのように定義し直すかである。

 世界に目を向けると、EUはデータ関連の戦略やタクソノミーを打ち出しており、GAFAは、自身のオペレーションテクノロジーを基盤として製品製造管理にまで影響を及ぼしている。欧米の政府と企業が打ち出す諸戦略がゲームチェンジを促し新たなルールとして日本のモノづくりのあり方を規定し始めているのであり、データの支配と縦横無尽な活用は、今後、競争力強化のカギとなる。その際、プラットフォーム(PF)への認識が重要である。すでに、欧米ではPF運営を担う事業者(インテグレーター)がデータを駆使しながら各事業者を束ね、納入品の規格を含むプロジェクト全体を支配するケースが報告されている。 (※3)

 日本企業は、儲かる構図をイメージしにくく煩雑な問題を抱え込むPF運営よりは、その下で特徴ある製品・サービスを提供することで確実に利益を上げることを好む。 (※4) しかし、データをレバレッジとして事業展開を図る以上、PFは無視できない。スマートシティはその典型である。スマートシティ建設では都市の個性に応じた最適解をカスタマイズしパッケージとして提供することが求められる。企業を束ねてそれを組み立てるのがインテグレーターである。欧州のインテグレーターは、各国の公共事業の運営を担いデータを蓄積・解析することで、都市の行政部にビジョンとグランドデザインを提示する能力を高めていく。 (※5) その意味でスマートシティはモノづくり力の粋を集めた構造物ともいえる。

 スマートシティをDXの結実した一形態と考えると、設計思想によっては監視社会を実現することにもなり国際秩序にも深刻な影響を及ぼす。制度設計を権威主義国が担い新興国での建設を進めると進出先の人の動きや思想までこの権威主義国が監視し制御しうる都市が世界各地に出現する。今後の都市建設は、モノづくりや金融センターの誘致などのビジネスに加え政治社会システム全体の視座からも考える必要がある。

 日本も後発とはいえアジア諸国で実績を上げている。 (※6) 進出先の事情をふまえた丁寧な対応が日本企業の強みであり、お仕着せの価値提供をしない日本の姿勢はこの地域のプラットフォーマーに相応しい。最適な都市のありよう、特にwell-beingとは何かを現地の諸条件の中で考える姿勢を積極的に打ち出すことで日本独自の価値観とモノづくり力に支えられたPFを新興国で構築できよう。

 他方、PF(製品・サービスのコーディネート基盤)の構築そのものが競争力というわけではないという考え方も依然有力である。プラットフォーマーの決める規格や方針に従う下請けであっても、他が追随できない技術や独創性に基づく製品により儲かっていれば競争力が維持されているわけで、技術とアイディアがあれば、下請けだということで卑下すべきではないという立場である。 (※7) これは、日本というより個社の実力に着目した“狭義の競争力”である。しかし、優秀な企業でも欧州のプラットフォームから外れてしまうことは珍しくない。また、PFを構成する基準・認証やルールの構築には欧州に長い蓄積がある。これに企業が対抗するには国家に依存せざるをえない。このように企業の競争力と国家は常に連動しており、日本企業の技術力もPF構築、国家戦略との関連で包括的に捉える必要がある。

 さらに、温暖化対策との関連で競争力を考えることが重要である。従来、日本企業は最先端技術により温暖化対策を市場原理の中で講じてきた。こうした中、気候サミット、G7でさらなる対策が合意され、これに先立って日本政府も2050年カーボンニュートラル宣言、2030年度の温室効果ガス排出量46%削減を表明した。経済界ではこれを受けて「カーボンニュートラル行動計画」を策定し、企業の競争力を活用してグリーン成長による経済社会の変革を目指すGX(グリーントランスフォーメーション)戦略を打ち出している。そもそも、温暖化対策は、新自由主義の言説では市場の外生要因である。一連の動きは、この外生要因が市場原理の中枢に入ってきたことを意味しており全く異質な思考パターンの導入が強く求められる。

 また、炭素税や国境措置をめぐるEUと米国の動向に着目すると、欧州は高い野心を掲げながら現実には域内産業の保護政策を進めているし、バイデン政権も議会への配慮から石炭火力発電のフェイドアウトに関するG7議長国英国の提案をドイツ、日本とともに否決した。つまり、欧米間、米国内、EU内で本音と建て前が使い分けられている上に一枚岩でもない。加えて、中国、インドは、G7合意の埒外にあって温暖化対策の優先度は高くない。G7内に限定された化石燃料排除論は、日本企業の競争力を抑制するばかりでなく低性能の石炭火力発電を新興国に拡大する事態を招くことになる。日本企業は、国際情勢に戦略的に対処する中で競争力強化を図るべきである。


2. 変革期の対応‐今の強みを活かした戦略‐

 これら情勢変化を踏まえると、モノづくり力に対する従来型の認識方法から離れ、企業戦略のグラデーション(モノづくり⇔PF)を軸に競争力を考察する必要がある。しかし、モノづくりの現場に近いほど現段階の技術の延長線上で競争力強化を志向する傾向があり、当面、これを前提にPF戦略への対応策を探らざるをえない。

 国産半導体復活に関する論考の中に、今後必要とされるのが多様な大衆ひとりひとりに社会を合わせることであり、日本の技術者の細部へのこだわりがこの課題を解決するという議論がある。(※8) これは、日本がモノづくりの強みを活かしながらPFに対応する上で示唆的である。特に、日本企業の得意分野であるオープンイノベーション(企業間協力による技術開発)の活用にもつながる。日本ではすでに、オープンイノベーション・エコシステムを構築している。 (※9) これを企業間の「強い紐帯」とすると欧州型PFは「弱い紐帯」である。日本企業は、この「強い紐帯」を基礎とするエコシステムを深化/進化させることで、独自のモノづくりの強みを活かしたPFを構築し欧州型PFに対処するという方策が考えられる。

 なお、欧米のインテグレーターが、データを活用した未来予測/未来形成(消費行動の創出)を行える企業でもあることは看過できない。今後、日本企業には、モノづくり力と「強い紐帯」にもとづく創造力を発揮して、来るべき未来像を構想しその実現を図っていくことが課題となる。


3. さらにスコープを広げて‐普遍的価値をどう取り扱うか‐

 欧米諸国が、高邁な目標つまり普遍的価値と成長戦略をパッケージとして提示することは、温暖化対策を見ても明らかである。日本は、これを企業の行動変容の好機と捉え、普遍的価値を競争力の議論に取り入れていく必要がある。

 実は、普遍的価値とは一見無関係でむしろ新自由主義の申し子とすら思えるPFも、サーキュラーエコノミー(CE)を介して循環型社会と結びつく。CEはスマートシティのキラーアプリでありCE事業者がPF運営を担っているケースが多い。CEは製品の再生材使用率を決定しモノづくりのあり方を規定するほか、スマートシティの前提となるDXとの親和性も極めて高い上に究極的には物質の総量管理に行きつくことから (※10) 人間と地球環境との関係の中に企業戦略を具体的に位置づける際の有力な題材としてCEが浮上するのである。さらに、PF構築には多くの事業者と顧客を納得させ集結させるビジョンが必要であるが、ここにこそ普遍性が求められる。つまり、PF、CE、DX、(そしてそれらが融合した典型例であるスマートシティ)は相互に緊密な関係を保ちながら普遍的価値を体現しているのであり、競争力もこの文脈で包括的に論ずる必要がある。


おわりに


 経済界は、リベラル国際秩序の維持を支持しつつ新自由主義から舵を切った。 (※11) これは、国際社会の変容を受け止める概念枠組みの提示でもある。一方、その新自由主義こそがリベラル国際秩序の主柱であり続けてきたことを考えると、ポスト新自由主義の世界には全く新たな国際秩序と経済秩序の構築が求められる。経済界としては、「人間にとって市場とは何か」という問に腰を据えた議論を行い発信できるよう準備したい。そのためには、既存の政策論の範疇では対応不能であり、それを超える哲学、思想などリベラルアーツの領域での議論が求められる。

 経済界は、環境、人権など市場原理の外にあるとされてきたものへの対応を新たな視座から再度始めており「資本主義の曲がり角」に立っている。では、曲がった先には何があるのか。まずは、現実の政策を念頭に、経済界を資本主義の潮流に位置づけ、曲がり角を可視化する。その上で、既存の術語を用いずにPF、CEなど具体的な戦略を語り、社会との関係で経済界のあり方を考えていく努力を積み重ねることが重要である。

 シュトレークは、資本主義の問題を〈無際限かつ永続的な生産と資本蓄積が社会の進歩と同義〉、〈争いが絶えないという意味で危険な自由市場〉、〈覇権国が内外に市場開放政策を通じて自由市場を拡大〉という論点に集約した。 (※12) これらの言説にどう応えていくか、経済界の叡智を集める時が来ている。


※1 一般財団法人 国際経済連携推進センター編『コロナの先の世界‐国際社会の課題と挑戦』産経新聞出版、2020年)
※2 元橋一之『日はまた高く‐産業競争力の再生』(日本経済新聞社、2014年)
※3 梅田靖+21世紀政策研究所編『サーキュラーエコノミー』(勁草書房、2020年)
※4 21世紀政策研究所による企業幹部へのインタビュー調査(2021年7月~8月)
※5 梅田靖+21世紀政策研究所編 前掲書
※6 北九州市による中国・大連市等との環境協力
※7 前掲経団連21世紀政策研究所インタビュー
※8 中馬宏之「微細化を超える道を探れ」(日本経済新聞2021年6月30日、経済教室)
※9 21世紀政策研究所オープンイノベーション研究会(2017年)
※10 MMI構想(21世紀政策研究所CE研究会での岩野和生氏報告、2021年)
※11 経団連『。新成長戦略』(2020年)
※12 シュトレーク『資本主義はどう終わるのか』(河出書房新社、2017年)


執筆者プロフィール
太田誠(おおた・まこと)
経団連21世紀政策研究所事務局長

1986年 慶應義塾大学法学部政治学科卒業、経団連入局
産業政策本部次長、ソウル駐在、国際協力本部副本部長を経て2012年より現職
ソウル大学政治学修士、学術博士(東北大学)。専門は李氏朝鮮の外交思想と行政過程論
編著書:「孝宗の葬喪儀礼をめぐる政治家宋時烈の政治行為の微視的検証」『五次元視角からの東アジア…空間・時間・人間…』(成澤勝博士古稀祝賀記念論集刊行委員会編 銀河書籍2018年)等



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