(13) グローバル・サプライチェーンの再編を見据えた日本経済のあり方
掲載日:2021年7月21日
早稲田大学 政治経済学術院 経済学研究科 教授
戸堂 康之
筆者は、2020年6月に本サイトにおいて「コロナの先のグローバル化はどうあるべきか」という小論を発表した。そこでは、コロナ禍および米中のデカップリングによる世界経済の混乱を踏まえた上で、日本経済に対して、(1)中国依存の見直し、(2)欧米台韓豪などの先進国とのサプライチェーンおよび知的連携の拡大、(3)そのための公的支援、技術力・教育力の向上を提唱した。
それから1年以上経った今でも、基本的な方向性は変わっていないが、より明確になってきたことが2点ある。
第1に、米中のデカップリングはあくまでも一部の先端技術分野に限ったものであることだ。
米中対立は、関税競争から始まり、中国ファーウェイ社などのICT(情報通信技術)機器から情報が漏洩しているという安全保障上の問題へと拡大した。新型コロナウイルス感染拡大後は、その発生源をめぐる争いや香港の反民主化問題、ウイグル問題などが重なってさらに激化している。ピュー研究所の調査によると、中国に対して否定的な見方をするアメリカ人の割合は2017年には47%であったが、2020年には73%、2021年には76%に急上昇した。
しかし、その中でも米中貿易はむしろコロナ前よりも増加傾向にある。図1は2017年から直近までの米中貿易の推移を示している。これによると、アメリカから中国への輸出、中国からアメリカへの輸出ともに、米中対立が激化した2018年頃からコロナ発生の2019年末までは減少傾向にあり、コロナ感染拡大初期の2020年初頭には激減した。しかし、その後急速に持ち直し、特にアメリカの対中輸出は2017年での最高水準と同等レベルにまで来ている。
しかも、図2に示されるように、米中デカップリングの中心的な分野であるはずの電子・電気機器産業でのアメリカの対中輸出は、少なくとも産業全体ではコロナ以降むしろ増加している。ただし、部品を含む航空機産業のように明確な減少傾向を示すものもある。
つまり、米中のデカップリングはあくまでも限られた品目・産業において起こっているのであり、アメリカも全産業において中国経済との分断を図ろうとしているのではまったくない。安全保障上もしくは人権上問題のある分野においてのみのプチ・デカップリングをしつつも、それ以外の分野では中国との関係を拡大し、経済的な利益を確保しようとしているのだ。したがって、サプライチェーンが再編されるのも、あくまでも半導体など先端技術分野に過ぎないことが明らかになってきた。
第2に、このような先端技術分野におけるサプライチェーンの再編に関する欧米の政策対応が具体化してきた。
例えば、アメリカは2021年2月に発出された「米サプライチェーンに関する大統領令」に対する答申として6月に報告書を発表し、重要 4 品目(半導体、大容量電池、医薬品、レアアース)のサプライチェーンに関するリスクと対処法を明確にした。そこでは、各品目のサプライチェーンの脆弱性が指摘され、国内の重点産業の生産力・研究開発力強化やサプライチェーンの調査・監視のために大規模な経済支援が提言されている。Quad(日米豪印戦略対話)やG7などの同盟国との協調の必要性にも触れられている。
また、イギリスは2020年12月に「5Gサプライチェーン多様化戦略」を発表し、約350億円を費やして多様で競争力のある情報通信関連のサプライチェーンの構築を目指している。なお、このプロジェクトには日本からもNECが実証実験に参加しており、2021年6月には5G向けの基地局製品を英通信大手ボーダフォン・グループから受注している。EUは、やはり2020年12月に「コンピュータ処理装置・半導体技術に関する欧州イニシアティブ」を発表したが、今後2、3年で約19兆円を投じるという。
これら欧米の動向には2つの特徴がある。第1には、特定産業に対する大規模な政策支援を行う「大きな政府」を目指していることだ。第2に、民主主義や市場経済などの価値観を共有する同盟国との連携によって、強靭なグローバル・サプライチェーンを再構築しようとしていることだ。この2つによって、中国の先端企業の成長、それらをハブとした先端技術分野でのグローバル・サプライチェーンの拡大に対抗しようとしているのである。
このような状況に対して、日本企業・政府はどのように対応すべきであろうか。ここでは3つ提言したい。
まず第1に、昨年の拙論で述べたように、サプライチェーンの強靭化には取引先の多様化、特に地理的な多様化が必要で、その意味では日本企業は中国依存を減らすべきだ。しかし、米中デカップリングが特定分野のみで起きている現状を鑑みれば、安全保障や人権問題に関わらない品目・産業での中国依存の縮小は、あくまでも災害などによるサプライチェーン途絶のリスクに対応するためであり、大規模なものである必要はない。半面、安全保障や人権問題に関わる品目・産業では、本格的な中国とのデカップリングが求められることになる。
しかし、ここで問題となるのは、どのような品目が安全保障や人権問題に関わっており、規制対象になりうるかが明確でないことだ。企業にとって最も困るのは、これまで問題なく中国に輸出していた製品、中国から輸入していた製品が突然禁輸対象品目となり、取引が停止されるような状況だ。
しかも、これは国内の政策だけではなくアメリカの意向によっても左右される。アメリカによるファーウェイ向けの禁輸措置は、日本企業に1兆円規模の売上減をもたらしたという。2021年7月13日には、アメリカ政府は中国のウイグル民族への弾圧を問題視して、新疆ウイグル自治区との取引にはアメリカの法律に違反する高いリスクがあると警告したが、日本企業もその影響を受ける可能性がある。
このような状況は非常に不安定で、企業経営にとって大きなリスクだ。このリスクを最小化するには、どの品目について中国と取引をしてはならないのかを国際的な枠組みでルール化することが有効ではないか。品目ベースでの国際的な輸出管理は、冷戦時代にはココム(対共産圏輸出統制委員会)が厳格に実施し、また現代ではココムを引き継いだワッセナー・アレンジメントが紳士協定ながらも行っている。同様の輸出管理品目リストを自由で開かれたインド太平洋やQuad、G7といった国際的枠組みで議論して規定することにすれば、一定の透明性は確保される。
なお、輸出管理には技術移転の管理も含まれる。実際、アメリカは中国との共同研究や国内での中国人の研究活動を規制し始めている。どのような研究開発を中国と行ってはいけないのかを、具体的にルール化することも同時に必要だ。
これまでも電子商取引などの分野で新しい貿易・投資のルールを構築してきた日本政府は、安全保障や人権問題に関わる輸出管理、技術移転管理のルールを国際的な枠組みで提案して構築するにふさわしい立場にある。それによって、中国依存を下げるべき分野と中国との取引を継続する分野を識別し、日本の安全保障を守りつつ、企業が安心して中国とつきあっていく環境を整えてもらいたい。
第2に、日本企業が先端技術分野で再編されるグローバル・サプライチェーンにどれだけ食い込めるかが今後の日本経済にとって重要課題であるが、さらに重要なのはこの分野で研究開発やデータ解析などの知的な活動での連携の拡大だ。知的な活動が最も高い付加価値を生み、経済成長の源泉となる上に、国際連携が海外の知識の流入を通じてイノベーションを促進することは実証されているからだ。これはすでに昨年の拙論でも述べたとおりだが、その後も日本企業と同盟国企業との知的連携は必ずしも進んでいない。
例えば、図3はコロナに関する医学論文を生み出したトップ5か国の主要共同研究相手国の割合であるが、日本はトップ5に入っていないばかりか、トップ5の共同研究相手にもなっていない。これは論文における共同研究なので大学や公的研究機関の研究者が中心の話であるが、ワクチン開発など企業の動きを見ても、日本が十分に国際的な知的連携を取れているとは思われない。
先端技術分野では、上述の通り今後欧米と中国との知的連携が縮小するとは言え、そこに日本企業が入っていくことは簡単ではない。確かに、欧米とも同盟国との連携の重要性を表明している。しかし、それはあくまでも、国内・域内の産業やサプライチェーンを強靭にすることが一義的な目的である。例えば、上述のアメリカの大統領令に対する答申には、同盟国からアメリカへの投資によるサプライチェーンの強靭化は提言されている。しかし、答申全体を通して繰り返し研究開発活動の強化の必要性は述べられており、同時期に米上院で可決された「イノベーション・競争法案」でも先端技術分野の研究開発に約3兆2000億円(半導体生産への補助金含む)を投じることが計画されているにもかかわらず、同盟国との研究開発の連携については言及がない。イギリスの5GサプライチェーンにNECの製品が採用されたからといって、研究開発の面で連携しているわけではない。
ただし、全く連携の動きがないわけではない。例えば、つくば市の産業技術総合研究所を中心に、東京エレクトロンなど日本企業数社、台湾TSMC、米インテルの日本法人、米IBMが先端半導体の共同研究を行う枠組みができたという。
今後はこのような動きをますます活発化させることが必要だ。しかし、コロナ禍で対面コミュニケーションが制限されている中では、新しい知的連携を作っていくのは通常の状態よりもはるかに困難であり、政府の役割は重要だ。例えば、日本政府は自由で開かれたインド太平洋やQuad、G7といった国際的枠組みにおいて、参加国間の国際共同研究に対する補助金を出してはどうか。このような補助金は、EUにおいてHorizon Europeとして大規模に実施されている。研究開発を伴う対内・対外投資に対する税制優遇措置や補完できる技術を持った企業同士をマッチするための情報支援なども知的連携を促す手段となる。
もともと研究開発活動には、その成果が漏出して利益が十分に得られないという問題があり、理論的にも補助金を供与するべきであることが、ノーベル賞経済学賞を受賞したスタンフォード大学のポール・ローマー教授などによって明らかになっている。実証的にも研究開発支援の有効性は認められている。実際、多くの国は民間の研究開発活動に対して政策支援(直接補助や税制優遇など)を行っている。しかし、その支援額の対GDP比でみると、日本は0.13%と、アメリカの0.21%、イギリスの0.33%、OECD平均の0.18%にくらべても低い(OECD調べ)。財政難とは言え、日本ももう少し研究開発に対する政府支出を増やすべきなのだ。そして、この現状ではクリーンな国との国際知的連携を支援するのが1つの方向だ。
最後に、欧米において特定の先端技術分野をターゲットとした大規模な支援が実施されようとしており、日本も2021年6月の産業構造審議会でそれに追随する姿勢を見せている現状に対して疑義を呈したい。
特定産業をターゲットにした大規模支援、いわゆる「産業政策」は歴史的に必ずしも成功してきたわけではない。例えば、日本の高度成長期における産業政策の有効性については否定する見方も多い(例えば小宮隆太郎他編『日本の産業政策』(東京大学出版会))。近年でも、例えば政府系ファンドである産業革新投資機構(前身の産業革新機構を含む)によって半導体関連を含む多数のハイテク企業に対して大規模な資金供与がなされている。しかしそれでも、日本の半導体産業は衰退を続けているし、日本の1人当たり実質GDPは韓国に抜かれるまでに停滞を続けている。
したがって、政府が成長する企業、成長する産業を予測して、それらを特に育成することはできないと考えたほうがよい。そんなことが可能なら、とっくに日本は長期的な経済停滞から脱出できているはずだ。
現在の中国の先端企業が世界市場で急成長したのは、産業政策のおかげだと考えるのは半ば誤りだ。中国では科学技術特区における税制優遇など大規模な研究開発支援を行ってきており、それが中国の急速な技術革新の要因となったことは疑いがない。しかし、例えばファーウェイの成功は、1987年の設立以来深圳という競争的な環境で経営努力を続け、海外進出後も海外企業・大学との共同研究を含む研究開発活動を積極的に行ったことが主因であり、政府からターゲットを絞った支援を受けてきたからではない。
産業政策を志向するアメリカでも懸念の声は上がっている。米ケイトー研究所のシニアフェロー、スコット・リンシカム氏は日本経済新聞のインタビューで、米イノベーション・競争法案による大規模な半導体産業への補助金によって市場では供給過剰となり、市場が必要としない製品を生産する「ゾンビ」工場を生むと警告している。
政府による産業に対する支援、例えば前述したような研究開発支援や企業に対する情報支援は必要だ。そして、その規模は現在よりも拡大してしかるべきだ。しかし、それは産業や企業を特定しない形で幅広に行われなければならない。その結果、政府でなく市場によって、日本の次世代を担う産業・企業が選ばれていくというのが最も効果的な方法である。
以上、(1)国際ルール形成によって中国とデカップリングする分野を識別する、(2)国際共同研究に対する補助金などで同盟国との国際的な知的連携を促進する、(3)特定産業をターゲットにしない幅広な政策支援で次世代の産業を育成することで、日本がコロナ後の世界経済で成長していくことを期待したい。
執筆者プロフィール
戸堂 康之(とどう・やすゆき)
早稲田大学 政治経済学術院 経済学研究科 教授
東京大学教養学部教養学科卒業、学習塾経営を経て、スタンフォード大学経済学Ph.D.取得。東京大学新領域創成科学研究科国際協力学専攻教授・専攻長などを経て2014年4月より現職。グローバル・バリューチェーンなど社会・経済ネットワークが経済の成長や強靭性に与える影響に関する実証研究を行っている。主な著作に、『なぜ「よそ者」つながりが最強なのか-生存戦略としてのネットワーク経済学入門-』(プレジデント社)、『日本経済の底力-臥龍が目覚めるとき-』(中央公論新社)、『途上国化する日本』(日本経済新聞出版社)など。
早稲田大学 政治経済学術院 経済学研究科 教授
戸堂 康之
筆者は、2020年6月に本サイトにおいて「コロナの先のグローバル化はどうあるべきか」という小論を発表した。そこでは、コロナ禍および米中のデカップリングによる世界経済の混乱を踏まえた上で、日本経済に対して、(1)中国依存の見直し、(2)欧米台韓豪などの先進国とのサプライチェーンおよび知的連携の拡大、(3)そのための公的支援、技術力・教育力の向上を提唱した。
それから1年以上経った今でも、基本的な方向性は変わっていないが、より明確になってきたことが2点ある。
第1に、米中のデカップリングはあくまでも一部の先端技術分野に限ったものであることだ。
米中対立は、関税競争から始まり、中国ファーウェイ社などのICT(情報通信技術)機器から情報が漏洩しているという安全保障上の問題へと拡大した。新型コロナウイルス感染拡大後は、その発生源をめぐる争いや香港の反民主化問題、ウイグル問題などが重なってさらに激化している。ピュー研究所の調査によると、中国に対して否定的な見方をするアメリカ人の割合は2017年には47%であったが、2020年には73%、2021年には76%に急上昇した。
しかし、その中でも米中貿易はむしろコロナ前よりも増加傾向にある。図1は2017年から直近までの米中貿易の推移を示している。これによると、アメリカから中国への輸出、中国からアメリカへの輸出ともに、米中対立が激化した2018年頃からコロナ発生の2019年末までは減少傾向にあり、コロナ感染拡大初期の2020年初頭には激減した。しかし、その後急速に持ち直し、特にアメリカの対中輸出は2017年での最高水準と同等レベルにまで来ている。
しかも、図2に示されるように、米中デカップリングの中心的な分野であるはずの電子・電気機器産業でのアメリカの対中輸出は、少なくとも産業全体ではコロナ以降むしろ増加している。ただし、部品を含む航空機産業のように明確な減少傾向を示すものもある。
つまり、米中のデカップリングはあくまでも限られた品目・産業において起こっているのであり、アメリカも全産業において中国経済との分断を図ろうとしているのではまったくない。安全保障上もしくは人権上問題のある分野においてのみのプチ・デカップリングをしつつも、それ以外の分野では中国との関係を拡大し、経済的な利益を確保しようとしているのだ。したがって、サプライチェーンが再編されるのも、あくまでも半導体など先端技術分野に過ぎないことが明らかになってきた。
第2に、このような先端技術分野におけるサプライチェーンの再編に関する欧米の政策対応が具体化してきた。
例えば、アメリカは2021年2月に発出された「米サプライチェーンに関する大統領令」に対する答申として6月に報告書を発表し、重要 4 品目(半導体、大容量電池、医薬品、レアアース)のサプライチェーンに関するリスクと対処法を明確にした。そこでは、各品目のサプライチェーンの脆弱性が指摘され、国内の重点産業の生産力・研究開発力強化やサプライチェーンの調査・監視のために大規模な経済支援が提言されている。Quad(日米豪印戦略対話)やG7などの同盟国との協調の必要性にも触れられている。
また、イギリスは2020年12月に「5Gサプライチェーン多様化戦略」を発表し、約350億円を費やして多様で競争力のある情報通信関連のサプライチェーンの構築を目指している。なお、このプロジェクトには日本からもNECが実証実験に参加しており、2021年6月には5G向けの基地局製品を英通信大手ボーダフォン・グループから受注している。EUは、やはり2020年12月に「コンピュータ処理装置・半導体技術に関する欧州イニシアティブ」を発表したが、今後2、3年で約19兆円を投じるという。
これら欧米の動向には2つの特徴がある。第1には、特定産業に対する大規模な政策支援を行う「大きな政府」を目指していることだ。第2に、民主主義や市場経済などの価値観を共有する同盟国との連携によって、強靭なグローバル・サプライチェーンを再構築しようとしていることだ。この2つによって、中国の先端企業の成長、それらをハブとした先端技術分野でのグローバル・サプライチェーンの拡大に対抗しようとしているのである。
このような状況に対して、日本企業・政府はどのように対応すべきであろうか。ここでは3つ提言したい。
まず第1に、昨年の拙論で述べたように、サプライチェーンの強靭化には取引先の多様化、特に地理的な多様化が必要で、その意味では日本企業は中国依存を減らすべきだ。しかし、米中デカップリングが特定分野のみで起きている現状を鑑みれば、安全保障や人権問題に関わらない品目・産業での中国依存の縮小は、あくまでも災害などによるサプライチェーン途絶のリスクに対応するためであり、大規模なものである必要はない。半面、安全保障や人権問題に関わる品目・産業では、本格的な中国とのデカップリングが求められることになる。
しかし、ここで問題となるのは、どのような品目が安全保障や人権問題に関わっており、規制対象になりうるかが明確でないことだ。企業にとって最も困るのは、これまで問題なく中国に輸出していた製品、中国から輸入していた製品が突然禁輸対象品目となり、取引が停止されるような状況だ。
しかも、これは国内の政策だけではなくアメリカの意向によっても左右される。アメリカによるファーウェイ向けの禁輸措置は、日本企業に1兆円規模の売上減をもたらしたという。2021年7月13日には、アメリカ政府は中国のウイグル民族への弾圧を問題視して、新疆ウイグル自治区との取引にはアメリカの法律に違反する高いリスクがあると警告したが、日本企業もその影響を受ける可能性がある。
このような状況は非常に不安定で、企業経営にとって大きなリスクだ。このリスクを最小化するには、どの品目について中国と取引をしてはならないのかを国際的な枠組みでルール化することが有効ではないか。品目ベースでの国際的な輸出管理は、冷戦時代にはココム(対共産圏輸出統制委員会)が厳格に実施し、また現代ではココムを引き継いだワッセナー・アレンジメントが紳士協定ながらも行っている。同様の輸出管理品目リストを自由で開かれたインド太平洋やQuad、G7といった国際的枠組みで議論して規定することにすれば、一定の透明性は確保される。
なお、輸出管理には技術移転の管理も含まれる。実際、アメリカは中国との共同研究や国内での中国人の研究活動を規制し始めている。どのような研究開発を中国と行ってはいけないのかを、具体的にルール化することも同時に必要だ。
これまでも電子商取引などの分野で新しい貿易・投資のルールを構築してきた日本政府は、安全保障や人権問題に関わる輸出管理、技術移転管理のルールを国際的な枠組みで提案して構築するにふさわしい立場にある。それによって、中国依存を下げるべき分野と中国との取引を継続する分野を識別し、日本の安全保障を守りつつ、企業が安心して中国とつきあっていく環境を整えてもらいたい。
第2に、日本企業が先端技術分野で再編されるグローバル・サプライチェーンにどれだけ食い込めるかが今後の日本経済にとって重要課題であるが、さらに重要なのはこの分野で研究開発やデータ解析などの知的な活動での連携の拡大だ。知的な活動が最も高い付加価値を生み、経済成長の源泉となる上に、国際連携が海外の知識の流入を通じてイノベーションを促進することは実証されているからだ。これはすでに昨年の拙論でも述べたとおりだが、その後も日本企業と同盟国企業との知的連携は必ずしも進んでいない。
例えば、図3はコロナに関する医学論文を生み出したトップ5か国の主要共同研究相手国の割合であるが、日本はトップ5に入っていないばかりか、トップ5の共同研究相手にもなっていない。これは論文における共同研究なので大学や公的研究機関の研究者が中心の話であるが、ワクチン開発など企業の動きを見ても、日本が十分に国際的な知的連携を取れているとは思われない。
先端技術分野では、上述の通り今後欧米と中国との知的連携が縮小するとは言え、そこに日本企業が入っていくことは簡単ではない。確かに、欧米とも同盟国との連携の重要性を表明している。しかし、それはあくまでも、国内・域内の産業やサプライチェーンを強靭にすることが一義的な目的である。例えば、上述のアメリカの大統領令に対する答申には、同盟国からアメリカへの投資によるサプライチェーンの強靭化は提言されている。しかし、答申全体を通して繰り返し研究開発活動の強化の必要性は述べられており、同時期に米上院で可決された「イノベーション・競争法案」でも先端技術分野の研究開発に約3兆2000億円(半導体生産への補助金含む)を投じることが計画されているにもかかわらず、同盟国との研究開発の連携については言及がない。イギリスの5GサプライチェーンにNECの製品が採用されたからといって、研究開発の面で連携しているわけではない。
ただし、全く連携の動きがないわけではない。例えば、つくば市の産業技術総合研究所を中心に、東京エレクトロンなど日本企業数社、台湾TSMC、米インテルの日本法人、米IBMが先端半導体の共同研究を行う枠組みができたという。
今後はこのような動きをますます活発化させることが必要だ。しかし、コロナ禍で対面コミュニケーションが制限されている中では、新しい知的連携を作っていくのは通常の状態よりもはるかに困難であり、政府の役割は重要だ。例えば、日本政府は自由で開かれたインド太平洋やQuad、G7といった国際的枠組みにおいて、参加国間の国際共同研究に対する補助金を出してはどうか。このような補助金は、EUにおいてHorizon Europeとして大規模に実施されている。研究開発を伴う対内・対外投資に対する税制優遇措置や補完できる技術を持った企業同士をマッチするための情報支援なども知的連携を促す手段となる。
もともと研究開発活動には、その成果が漏出して利益が十分に得られないという問題があり、理論的にも補助金を供与するべきであることが、ノーベル賞経済学賞を受賞したスタンフォード大学のポール・ローマー教授などによって明らかになっている。実証的にも研究開発支援の有効性は認められている。実際、多くの国は民間の研究開発活動に対して政策支援(直接補助や税制優遇など)を行っている。しかし、その支援額の対GDP比でみると、日本は0.13%と、アメリカの0.21%、イギリスの0.33%、OECD平均の0.18%にくらべても低い(OECD調べ)。財政難とは言え、日本ももう少し研究開発に対する政府支出を増やすべきなのだ。そして、この現状ではクリーンな国との国際知的連携を支援するのが1つの方向だ。
最後に、欧米において特定の先端技術分野をターゲットとした大規模な支援が実施されようとしており、日本も2021年6月の産業構造審議会でそれに追随する姿勢を見せている現状に対して疑義を呈したい。
特定産業をターゲットにした大規模支援、いわゆる「産業政策」は歴史的に必ずしも成功してきたわけではない。例えば、日本の高度成長期における産業政策の有効性については否定する見方も多い(例えば小宮隆太郎他編『日本の産業政策』(東京大学出版会))。近年でも、例えば政府系ファンドである産業革新投資機構(前身の産業革新機構を含む)によって半導体関連を含む多数のハイテク企業に対して大規模な資金供与がなされている。しかしそれでも、日本の半導体産業は衰退を続けているし、日本の1人当たり実質GDPは韓国に抜かれるまでに停滞を続けている。
したがって、政府が成長する企業、成長する産業を予測して、それらを特に育成することはできないと考えたほうがよい。そんなことが可能なら、とっくに日本は長期的な経済停滞から脱出できているはずだ。
現在の中国の先端企業が世界市場で急成長したのは、産業政策のおかげだと考えるのは半ば誤りだ。中国では科学技術特区における税制優遇など大規模な研究開発支援を行ってきており、それが中国の急速な技術革新の要因となったことは疑いがない。しかし、例えばファーウェイの成功は、1987年の設立以来深圳という競争的な環境で経営努力を続け、海外進出後も海外企業・大学との共同研究を含む研究開発活動を積極的に行ったことが主因であり、政府からターゲットを絞った支援を受けてきたからではない。
産業政策を志向するアメリカでも懸念の声は上がっている。米ケイトー研究所のシニアフェロー、スコット・リンシカム氏は日本経済新聞のインタビューで、米イノベーション・競争法案による大規模な半導体産業への補助金によって市場では供給過剰となり、市場が必要としない製品を生産する「ゾンビ」工場を生むと警告している。
政府による産業に対する支援、例えば前述したような研究開発支援や企業に対する情報支援は必要だ。そして、その規模は現在よりも拡大してしかるべきだ。しかし、それは産業や企業を特定しない形で幅広に行われなければならない。その結果、政府でなく市場によって、日本の次世代を担う産業・企業が選ばれていくというのが最も効果的な方法である。
以上、(1)国際ルール形成によって中国とデカップリングする分野を識別する、(2)国際共同研究に対する補助金などで同盟国との国際的な知的連携を促進する、(3)特定産業をターゲットにしない幅広な政策支援で次世代の産業を育成することで、日本がコロナ後の世界経済で成長していくことを期待したい。
執筆者プロフィール
戸堂 康之(とどう・やすゆき)
早稲田大学 政治経済学術院 経済学研究科 教授
東京大学教養学部教養学科卒業、学習塾経営を経て、スタンフォード大学経済学Ph.D.取得。東京大学新領域創成科学研究科国際協力学専攻教授・専攻長などを経て2014年4月より現職。グローバル・バリューチェーンなど社会・経済ネットワークが経済の成長や強靭性に与える影響に関する実証研究を行っている。主な著作に、『なぜ「よそ者」つながりが最強なのか-生存戦略としてのネットワーク経済学入門-』(プレジデント社)、『日本経済の底力-臥龍が目覚めるとき-』(中央公論新社)、『途上国化する日本』(日本経済新聞出版社)など。