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コロナショック下の世界と日本:グレート・リセットの時代 (8) 国際秩序のゆくえとグローバル・パワーとしての欧州 公益社団法人 日本経済研究センター 研究主幹 刀祢館 久雄【2021/6/23】

コロナショック下の世界と日本:グレート・リセットの時代

(8) 国際秩序のゆくえとグローバル・パワーとしての欧州

掲載日:2021年6月23日

公益社団法人 日本経済研究センター 研究主幹
刀祢館 久雄

 新型コロナウイルスで大きな打撃を受けた欧州経済だが、ワクチンの普及により回復への期待が高まりつつある。欧州連合(EU)の欧州委員会は5月中旬、2021年のユーロ圏の実質成長率予測を3.8%から4.3%へと引き上げた。経済協力開発機構(OECD)の見通しでもユーロ圏は今年4.3%成長で、米国(6.9%)ほどではないが日本(2.6%)を上回る伸びを見込んでいる。

 昨年EUが創設を決めた7500億ユーロにのぼる復興基金の加盟国への資金配分も、今夏にも一部始まる見通しと伝えられる。これも欧州経済へのプラス材料となる。もっとも、変異ウイルスの影響など不透明な要素もあり、先行きはなお予断を許さない。本稿は、コロナの短期的な影響には踏み込まず、米中のせめぎ合いで国際秩序が流動化する中で、有力なパワーである欧州がどのような位置を世界で占め、影響を及ぼしていくのかという点を考察したい。

世界との関わり示す3つの「顔」

 欧州の世界との関わりを見る上で、3つの「顔」が重要だ。第1に、コロナショックも少なからぬ影響を及ぼした米中の競争と対立の関係に、欧州はどのように向き合い関与していくのかという地政学的、あるいは地経学的プレーヤーとしての顔である。

 6月中旬に英国で開いたG7サミット(主要7カ国首脳会議)は、この点で欧州が日米のパートナーとして関与を強めていく姿勢を明確にしたものといえる。ただし、関与の方法や内容については、各国ないしEUとしての独自の立場も放棄しないことが前提になるだろう。

 2つ目の顔は、脱炭素社会への道や、民主主義と人権といった、世界の関心を集めるテーマでリーダーシップや存在感を示す、グローバルな規範・規制パワーとしてのEUだ。そして3つ目として、ポピュリズムや統合の求心力維持への課題といった不安要因を抱え、中核のドイツとフランスが政治の季節を迎えつつあるという内向きの顔がある。

 1つ目の顔である地政学的プレーヤーとして、コロナショックと前後して急浮上してきたのが、インド太平洋地域への欧州の積極関与の姿勢だ。フランスが18年、ドイツとオランダが20年にそれぞれインド太平洋地域への政策ガイドラインをまとめ、EUとしても欧州委員会などが21年9月までに戦略案を策定する予定だ。いずれもアジア太平洋でなく「インド太平洋」とするところに特徴がある。

地政学的プレーヤーとしての欧州

 そう名乗ることは、日米が掲げる「自由で開かれたインド太平洋」のイニシアチブに欧州側が一定の理解を示したものと受け止めることができる。今回のG7サミットの共同宣言にも「自由で開かれたインド太平洋」という文言が盛り込まれている。

 背景には、南シナ海や東シナ海、香港や新疆ウイグル自治区の抑圧の問題など、安全保障から人権分野まで、既存の国際秩序や規範を揺るがす中国の行動に対し、欧州として懸念を強めていることがある。インド太平洋地域への欧州有力国からの相次ぐ艦船派遣や、共同訓練などの実施には、中国にメッセージを送る狙いが込められている。

 欧州でも、中国との経済関係に前向きな国は多い。中東欧や一部南欧では、中国からの投資マネーへの期待も大きかった。しかし5月にリトアニアが、中東欧諸国などと中国の経済協力の枠組み「17+1」からの離脱を表明するなど、関係国の間に慎重姿勢が出ている。欧州議会は同じ5月に、EUが20年末に中国側と大筋合意した投資協定の批准に向けた審議を、ウイグル族の人権問題を理由に凍結している。

 コロナショックの影響という点から見ると、数年前から始まっていた欧州の対中認識の変化を後押しする作用を及ぼした可能性が高い。感染初期段階での情報隠蔽疑惑にはじまり、マスクやワクチンの提供で途上国や欧州の一部を取り込もうとする露骨な外交などは、欧州側の対中懐疑論や不信感を増幅させたとみられる。

インド太平洋への積極関与の背景

 もっとも、欧州のインド太平洋地域への積極関与の姿勢は、日米の設定する土俵に欧州がそのまま乗っかり、対中包囲網を共同で築くといった単純なものでないことには注意が必要だ。EUが戦略案の策定に先立って4月に採択した文書も、中国を狙い打ちするものでなく、包括的にインド太平洋地域への関与をうたう内容になっている。ドイツの政策ガイドラインも同様だ。

 インド太平洋地域は巨大な成長地域であり、欧州にとって経済パートナーとして重要という認識は強い。中国のほかにもインドや東南アジア諸国など多数の有力国が存在する。地域の秩序のゆくえを米中とアジアの関係国に委ねるのでなく、欧州としても影響力を行使したい。日米の描く構想が勝手に進んでいくのも愉快でない。そのための関与強化と受け止めるべきだろう。EUの文書も冒頭で「インド太平洋における存在感と行動を強化する」とうたっている。

 米中の覇権争いへの警戒感も相当強い。ドイツ政府の政策ガイドラインは「冷戦期のように、どちらの側を選ぶのか強いられてはならない」と主張し、米中から踏み絵を迫られることを拒否している。米ソ冷戦時代の苦しい分断の歴史を持つ欧州にとって、米中対立で世界が二極に分割される悪夢は受け入れ難い。

 英国については、EUからの離脱に伴い、世界の中での新たなポジションを確保するためのインド太平洋関与、という思惑がありそうだ。最新鋭空母クイーン・エリザベスを日本への寄港を含めアジアに派遣するのも、英政府が掲げる「グローバル・ブリテン」をアピールする狙いを帯びる。環太平洋経済連携協定(TPP)への参加も目指すなど、アジアへの接近に余念がないようだが、どこまでこの地域の安定にコミットし、日米など足並みをそろえる意思があるのか、詳細はまだ見えていない。

 欧州にとって最重要外交課題のひとつは、トランプ政権時代に険悪になった米国との関係のリセットと立て直しだ。1月に発足したバイデン政権が国際協調と同盟重視を掲げたことで、風向きは変わった。バイデン大統領と向き合った6月の一連の会議(G7サミット、米EU首脳会議、NATO首脳会議)で関係修復に一応のめどはついた。しかし、新時代の国際秩序をどう構築していくのか、米欧同盟の仕切り直しが本格化するのはこれからだ。

 バイデン政権の外交・安全保障政策はこれまでのところ、中国の優先度が驚くほど高いように見える。欧州の強い関心事であるロシアとの関係や、中東情勢への取り組みが、対中戦略の脈絡でばかり検討される川下扱いになるのは、欧州にとっては不安だろう。もし米国が欧州を対中包囲網の手駒扱いすれば、米欧間の協力ムードは冷え込まざるをえない。

規範・規制パワーとしての欧州

 欧州の2つ目の顔は、EUが持つグローバルな規範と規制のパワーだ。コロナショックは、感染症のパンデミック(世界的大流行)への対応と予防、開発と都市化、グローバル化の影響、貧困と格差など、経済社会の持続性にかかわる多くの問題を投げかけた。もともと社会の持続性や人間の尊厳を守ることに高い関心を寄せてきた欧州は、価値観や規範に関わるグローバルなアジェンダの設定や、規制・ルールづくりで存在感を増していくだろう。

 脱炭素社会への取り組みは、欧州らしさが大きく発揮される分野だ。野心的な目標を宣言して世界の先頭を走り、再生可能エネルギーの普及を着々と進めている。脱炭素に向けた技術革新を産業競争力の強化につなげ、コロナからの復興基金の使い道も気候変動分野を手厚くする。

 EUが描くのは、コロナショックからの回復、脱炭素社会への転換、そして次世代産業の育成と雇用の創出と、いくつもの成果を追う意欲的な戦略だ。欧州委員会は、復興基金の財源の一部を国境炭素税の導入でまかないたい考えも示している。

 EUの描く構想がすべて思惑通りに進むとは限らず、変更や縮小に追い込まれるものも出てくるかもしれない。しかし、約4億5千万人の豊かな市場を有するEUが、規範や規制によって他国や外国企業に対応を促すパワーとして、世界のトップクラスにあるのは間違いない。英国の離脱後もこの点に変わりはない。環境、社会、企業統治を重視するESG投資や、国連のSDGs(持続可能な開発目標)を意識したビジネスの広がりも、EUのこうした能力への注目を一層高めていくはずだ。

 ネット社会やAI(人工知能)がもたらす危うさといった問題でも、EUは規範やルールのあり方を問う姿勢を強めていくだろう。4月に欧州委員会が公表したAIの利用規制案はその一例だ。実現すれば、域外国の製品やサービスもEU向けなら対象となり、違反した企業には罰金が科されると伝えられている。

 経済のデジタル化で重要性を増すデータの取り扱いでは、米、中、EUでそれぞれ考え方が異なる。EUは個人情報の厳格な保護を求める姿勢で、導入済みの一般データ保護規則(GDPR)は日本企業にも大きな影響を及ぼした。こうした分野でEUは、域外国との立場の相違にかかわらず自らの構想を進めることをためらわない傾向がある。

 米巨大IT(情報通信)企業などに対する国際的な課税強化の議論が動き、G7でも一定の合意に達した。バイデン政権の協力姿勢が背景とされるが、フランスなど欧州の一部が独自のデジタル課税に踏み切り、圧力をかけたことが米国に重い腰を上げさせた面も見逃せない。国際課税ルールの領域でも欧州の影響力は大きい。

独仏は政治の季節に

 外向きに存在感を示す欧州の動向を見てきたが、内部には不透明要因を抱えている。3つ目の欧州の顔として、政治の季節を迎える独仏など、内向きの要素に触れておきたい。

 当面の課題として、コロナ関連の次に注視すべきなのはポスト・メルケル問題だ。9月のドイツ連邦下院選挙を機に退任する予定のメルケル独首相の後継は、同じキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)のラシェット党首か、環境政党、緑の党のベーアボック党首が有力視されている。

 与党CDU・CSUの支持率は、コロナの感染拡大の影響もあって低迷し、緑の党に一時抜かれるまでになった。足元では緑の党の勢いに陰りも出ているが、もし下院選で第一党に躍進して首相の座を得れば、ドイツの政策は環境、人権問題などを重視するリベラル色が強まるだろう。

 CDU・CSUが選挙で踏みとどまり、ラシェット氏が次の首相になればメルケル政治の路線を継承する見込みだが、指導力への不安も指摘される。16年に及ぶ長期政権を率い、ドイツとEUを長らく支えてきたメルケル氏だけに、その抜けた穴を埋めるのは容易でない。

 フランスでは22年春の大統領選挙に向け、マクロン大統領と野党・国民連合のルペン党首が支持率で接戦を演じている。過激な主張を封印して前より穏健なイメージを打ち出しているとはいえ、ポピュリスト的なルペン氏が大統領になれば欧州政治に激震が走る。

 マクロン氏が何とか続投できたとしても、支持率の低さが示す政治基盤の弱さは、EUの推進力にこの先も影を落とす可能性がある。6月20日の統一地方選第1回投票では、野党の共和党が躍進する一方、マクロン氏の与党は大敗し、ルペン氏の国民連合も伸び悩むなど、フランス政治は混沌としている。

 欧州では極右やポピュリズム勢力への根強い支持が消えず、コロナ禍への不満の受け皿になりやすい面があるようだ。ハンガリーやポーランドの政権が、EUの価値観を尊重せず政治的に波乱材料となる構図も続いている。EUが求心力を高めるには、中核国の独仏の政治動向に加え、コロナへの対応に揺れたフォン・デア・ライエン委員長ら欧州委員会の執行部が、リーダーシップを再構築できるか否かもカギを握るだろう。

 経済共同体としてのEUの持続性のためには、単一通貨体制の安定も欠かせない。懸案の財政統合にいずれは踏み出すのか、あるいは今回のコロナ復興基金のように、域内の資金配分を必要に応じて実施するアドホックな対応で乗り切っていくのか。そうした点も今後問われていくことになる。

 それは純粋に経済面からの是非にとどまらず、統合の将来にかかわる政治判断の問題ともなるだろう。コロナショックは、危機への対応能力とあわせ、欧州統合のあり方を自問する機会をもたらしたといえる。EUの関係者が唱える「戦略的自立」という目標をめぐる議論の展開にも注目したい。

おわりに~日本が考えるべきこと

 数々の試練に直面する欧州だが、グローバルな秩序を形成するプレーヤーとして、米中に次ぐ重要な存在と捉えていく必要があるだろう。ロシアは秩序のかく乱要因としては影響力を持つが、積極的に秩序をつくりあげていくパワーになりにくい。

 とりわけ、規範やグローバルなルール形成における自己主張と影響力という点で、EUはときに米国をしのぐパワーを発揮する。理念や価値観に裏打ちされた発信力は軽視できない。ポスト・コロナの世界で、欧州は米中とともに事実上のG3体制を形成する潜在力を持っているのではないだろうか。

 日本は米国に寄り添いつつ、中国とも建設的な関係を維持する国家戦略をどう描くか、難しい時代を迎えた。ともすれば米中両大国の動きに目を奪われがちだが、第3のグローバル・パワーであり、脱炭素やデジタル化をキーワードにコロナショック後のリバウンドを目指す欧州の動きを、もっと注視し、国家や企業の戦略に組み込んでいくべきだろう。価値観や利益を共有できる部分も多く、日欧間で連携を強化する余地は大きいはずだ。昨年の寄稿と同様にこの点を指摘したい。


執筆者プロフィール
刀祢館久雄(とねだち・ひさお)
日本経済研究センター研究主幹

日本経済新聞のワシントン、ブリュッセルなどの海外駐在記者、経済解説部長、国際部長、米州編集総局長(ニューヨーク)、上級論説委員などを経て2019年から現職。米国と欧州の政治経済情勢、米中関係と国際秩序、経済安全保障など、グローバル経済と国際政治を主に担当。近著に『新型コロナ危機と欧州―EU・加盟10カ国と英国の対応―』(共著、文眞堂、2021年)、『技術覇権 米中激突の深層』(共著、日本経済新聞出版社、2020年)、『コロナの先の世界 国際社会の課題と挑戦』(共著、国際経済連携推進センター編、産経新聞出版、2020年)。日本経済研究センターのウエブサイトに「刀祢館久雄のエコノポリティクス」執筆。



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