(9) ニューノーマルによる事態の鎮静化または悪化-タイの例
掲載日:2021年3月2日
マヒドン大学 ICT学部 シニア顧問
チャルンシー・ミッタパーノン博士
タマサート大学 シリントーン国際工学部 教授
ソムチャート・ファクキヤウ博士
COVID-19の衝撃はニューノーマルという形態で世界を変化させている。 ニューノーマルはいかにして世界の人々、経済、環境の状況を鎮静化・悪化させるのか。
COVID-19の世界的流行とロックダウンが世界および国内の経済に確実な打撃を与えた。
タイでは新型コロナウイルスの大流行を抑制しようと6か月の規制期間を設定、ロックダウンも当然実施された。2020年9月の金融政策報告書によると、タイ経済は2020年に7.8%収縮するが、2021年には回復し3.6%拡大すると見込まれている。大半の企業が、操業の一部ないしは全面停止、販売停止、大規模解雇、閉鎖などに伴う財政問題という形で重大な影響を受けて来た。一般的な影響は、小売、運輸サービス、興行、教育、製造、食品サービス、ホテル、観光、航空ビジネスなどの業界を通じ様々であった。
ロックダウンの最中、限られた空間内で生活・学習する空気、健康、教育、社会、権利、海外旅行休暇などに関する会話、ロックダウン下の家庭における不透明な将来図などが深刻な圧迫感を与え、家庭における憂鬱と暴力の誘因となった。これがWHOの言う最悪の危機であろうか?
前進への大望
幸運なことに、タイの新型コロナウイルスへの効果的な抑制策と対応は、最高レベルと評価されている。タイは再開から復興期にあり、既存および新興企業の多くが徐々に、しかし確実に復興に取り組んでいる。タイは、コロナ禍後のより良い復興(ビルド・バック・ベター)を目指し「ニューノーマル」医療プロジェクトを立ち上げ、医療機関とその従事者による新型コロナ対応強化の支援と、医療体制の発展に努めている。国内の全医療施設がこのプロジェクトに参加している。「ニューノーマル」医療サービス・モデル(パッターニー・モデル)は革新的である。通院が不要と判断された患者は電話による遠隔診療を受け、各村のボランティアが治療薬の配達に従事している。全ての人が手ごろに受診できる質の高い医療システムの開発が優先されている。
国内シャットダウンの6か月間、企業はデジタル技術を採用した事業修正を行い、ニューノーマルな社会における事業継続を図った。多くの事業はリセットを必要とした。今、人々は基本的にデジタルトランスフォーメーションに対応する習慣に慣れ適応しており、物理的なディスタンス確保、電話会議、チャット、オンライン販売、eトレーディング、さらに企業が従業員に推奨する在宅ワークという新就労形態などを実現している。大半の企業が、オンライン販売とセルフサービスのデジタル・プラットフォームへと移行した。グローバルなソフトウェア開発、銀行、保険、金融、製造、医療サービス提供といった産業は、ニューノーマルに対応したデジタル技術の導入に肯定的な見解を示している。
多くの企業は、「ビジネス・アジリティー」(事業の機敏性)を獲得するために、企業の競合性と雇用の弾力性に対応するような新規の労務・操業政策を取り入れた。社員、ビジネスパートナー、顧客あるいは家族のネットワーク間の「エフェクティブ・コミュニケーション」(効果的なコミュニケーション)という恩恵を直接もたらすものが、ビデオ会議、ビデオ録画、プロジェクト管理ツール、電子カレンダー・プランナー、タスク・リマインダー(タスク通知機能)、ライン・チャットなどのデジタル技術の迅速な採用である。「エフェクティブ・コミュニケーション」を活用して在宅ワークするという「ビジネス・アジリティー」の間接的恩恵は「経費節減」であり、これは出勤することで生じる必要経費が不要になるという事実に基づいている。
「ニュー・マーケットとニュー・マーケティング・チャンネル」は、ソーシャル・フィジカル・ディスタンス対応期間に見合った革新的なマーケティング政策であり、LINE、ゲーム、財務アプリ、Facebook、メールといった様々な携帯アプリの全てに関し、数種類の革新的なマーケティング・チャンネルと政策の統合を通じて、新たな市場を数多く出現させた。ロックダウン期間中、調理、掃除、配達、家族の見守りといった無料のケア作業の一部が共同作業となり、興味深いことには、ニューノーマルの在宅ワーク習慣に伴い、小規模な家族用eビジネス収入へと姿を変えた。いくつかのタイ企業が早急にイメージ・システムを導入したが、これにはタッチレスの認証システム、遠隔点検、荷物追跡アプリ、体温チェック、職場でのソーシャル・ディスタンス確保を補助するための人の安全確認機能などが含まれている。また、「AIでソーシャル・ディスタンスを確保する」という新施策が多くの企業で検証されている。この施策の導入は、家族の輪、ワーク・ライフ・バランス、環境と自然のリセット、教育改革、医療サービスの進化、科学と技術の挑戦、そしてさらにデジタルトランスフォーメーションといった分野において、大規模な再調整を引き起こすことになる。今は、再び考え、やり直し、脱皮する時である。
人の安全を第一に。人なしに経済は存在しない。誰も置き去りにしない。
タイ、ベトナム、マレーシア、シンガポール、日本といったアジアの一部の国々は、イギリス、アメリカ、EUなど十万、百万単位の死者を出している地域とは対照的な、それぞれ独自の方法で新型コロナウイルスと闘っており、死亡事例を減少させ経済を圧迫するか、その逆の施策を導入している点を特記しておく。
「新型コロナウイルス後の年」はWHOが公表しているように未だ不透明である。新型コロナウイルスによる変化は数多くあり、生活変化、行動変化、国家状況の変化、持続可能性の変化などがあげられる。タイには幸運にも前国王による充足経済思想(SEP)が持続可能な開発目標(SDG)に対応して存在する。経済からシフトし、タイは「人の安全を第一に」という思想を4分野で設定している。食料、医療、エネルギー、職の分野である。「GDPを超えて」は、地域経済に権限を与え、GDPの成長率を高め、生態系に優しい対応を進めるものである。
タイではSEPをバイオ循環型グリーン経済(BCG)の革新に採用するが、BCGはeコマース、地域経済、新たな成長エンジンをサポートするエコシステムを備えた新経済開発モデルである。「教育と人的資本の再構築」は、教育制度の発展を目指すもので、学習能力、オンライン・オフラインのハイブリッド教育、coopプログラム、生涯学習における技術再教育と技術向上教育の強化を図る。そして著名な「誰も置き去りにしない」は、先端技術を活用し貧困と不平等に対処することを目標としている。
重要なコロナ禍後のシナリオ。分析と戦略的な政策が成功のカギを握る。
タイには4段階のコロナ禍後シナリオと戦略的課題があり、これは高等教育科学研究イノベーション省系列の自治公共機関である高等教育科学研究イノベーション政策協議局(NXPO)が最近発表したものである。NXPOは、Thailand Future Foundation(タイ未来基金)と共同でコロナ禍後のシナリオと戦略的課題を開発したが、これはタイにおける回復期を通じて安心を確保し、長期的な国家成長を強化するためである。
4段階にはまず、制限、再開、回復という各6か月間の3段階が含まれる。最後の再構築段階はその後5年にわたるもので、経済成長と新型コロナウイルス拡散という2つの不確定要素に基づいた、「バラのシナリオ」、「世の終わりのシナリオ」、「危険なビジネス」、「徐々にしかし確実に」と名付けられた4種類の状況下での、社会的ニューノーマルに適応する制度改革に重点を置くものである。タイを安全で持続可能な未来へと導く戦略的政策もすでにいくつかあり、例えば、人的資源、デジタルトランスフォーメーション、ターゲット開発により地方経済を貧困から繁栄へ、沈滞する地方を創造的な都会に、医療安全の確立と医療研究・観光の強化、高生産性と高価値作物・安全食品を世界へ、などの政策である。
ニューノーマル、ニューフューチャー(新たな未来)
戦略的観点から、タイは人の安全を優先するとともに、デジタル技術を開かれた好機と捉えている。デジタル技術は全ての戦略的政策の駆動力であり容器である。タイにおけるデジタルトランスフォーメーションに対する学習曲線は上昇傾向にある。とはいえ、情報セキュリティーとプライバシーに関する懸念も存在するが、人の安全の課題を考慮することでこの懸念は高まっていないように見える。ニューフューチャーにおけるデジタルトランスフォーメーションが目指すものを実践的かつ確実に実現するには、政策の見通しをソフトインフラの形で取り込み、関連技術にセキュリティーとプライバシーのメカニズムを導入することが必須である。
現在までに、数多くの携帯・インターネットのアプリケーションが、ソーシャル・ディスタンスを確保し、ユーザーによる日常的なセルフサービスを実現する目的で導入されているが、この対象となっているのは使い勝手が良く迅速な金融取引、食品注文、娯楽、教育などのサービスである。認証システムの品質やユーザープライバシーに関する懸念、またアプリケーションの使用によりユーザーが不正プログラムに誘い込まれたりデータを諜報されたりする可能性は存在するが、これらの隠れた脅威は政府の監視リストに載っており取り締まりの対象である。早急な対策として、個人データのプライバシーに関連する法律と規制を全ての産業について施行しなければならない。技術上の観点からは、あらゆるオンライン取引に関し、新技術による強固なユーザー認証と安全双方の提供が、信頼と安全の獲得に欠かせない。さらに、匿名化やデータ暗号化といったデータプライバシーのメカニズムが、デリケートなデータアプリケーションには常に求められる。ここで初めて、今まで書いてきたような真のデジタル・シチズン(デジタル市民)が登場するのである。
新型コロナウイルスは存続する。危機か課題か、それは人類がそれぞれの地域でフューチャー・ノーマル領域の問題に対応する戦略的アプローチに左右される。
4段階からなるタイのコロナ禍後、シナリオ戦略の運用はまた、特に感染制御と経済復興のバランスという面で、問題や課題に直面した。
新型コロナウイルスの流行はタイと世界の経済にかつてない影響を与え、その影響は2008年にアメリカとEU各国を襲ったハンバーガー・クライシス(アメリカ発の経済危機)や、1997年にタイとアジア各国を襲ったトムヤムクン・クライシス(タイ発の経済危機)と比べてもはるかに大きい。タイでは感染拡大が大規模な解雇、事業の停止と廃業を引き起こした。特に、3か月間のロックダウンへとつながった最初の流行期間は、観光セクターや輸出セクターなど大半の産業にとって試練の時であった。さらにロックダウンは、各産業の経済生産高に大きく影響した。
しかし感染率は下げなければならない。感染者の減少という意味で結果的に対策は成功した。政府の援助の下、ワクチン導入後に経済状況は徐々に回復すると予想されている。感染の衝撃は大きく、消費者の消費傾向を一定期間変化させてしまっているようである。事業活動を回復するために効果的なモニター対策を導入し、同時にニューノーマル社会の下で顧客の信頼性創出に努めているすべての企業にとって、これは深刻な課題である。
タイにおける最近の大きな課題は、国境を超えた人身売買に起因する新型コロナウイルス感染の第2波到来である。しかしタイ政府は、「タイ・チャナ」アプリ(入店管理システム)を導入し、市民に訪問先での入場及び退出時にタイ・チャナQRコードを読み取らせることで迅速な追跡を可能にしており、このアプリは、緩やかなロックダウンという戦略期間中、非常に役立っている。タイ・チャナは事業主による安全な操業再開を支援するツールである。
さらにモー・チャナ(医師の勝利)と呼ばれる新たなスマートフォン用接触追跡アプリもあり、これは、人が危険性の高いエリアに入ったときに出される、既存の新型コロナウイルス接触アラートを補助するものである。このアプリは特に医療関係者が、新型コロナウイルス患者と接触のあった人を特定するのに役立っている。現在のところ、タイ政府による戦略は好結果を残している。
タイ国の新型コロナ禍後シナリオと戦略的課題
執筆者プロフィール
チャルンシー・ミッタパーノン博士
DR. JARERNSRI MITRPANONT
マヒドン大学(タイ・バンコク)ICT学部シニア顧問、創立時の学部長。ICT学部を、日本、ドイツ、ノルウェー、英国、中国などの複数の大学や研究機関と連携する国際的に著名な大学へと導いた。多くの公的機関やIT産業に積極的に関与し、タイICT産業協会(ATCI)顧問、ASOCIO制作タスクフォースの専門家などを務める。研究分野としては、データベース、データウェアハウス、データマイニング、DSS、KM、BI、IT監査、データ分析論、データ・ビジュアル化、機械学習、AI、健康情報科学、データプライバシーなどがある。2017にはICT学部にASOCIO ICT Education Excellence Awardが授与された。
ソムチャート・ファクキヤウ博士
Dr. SOMCHART FUGKEAW
タマサート大学(タイ・バンコク)で管理情報の学士号を取得、マヒドン大学でコンピューターサイエンスの修士号を取得。2017年に東京大学で電気工学と情報テクノロジーの大学院博士課程を修了。ITセキュリティー産業において10年を超える経験を持つ。現在、タマサート大学シリントーン国際工学部教授。研究分野としては、情報セキュリティー、応用暗号法、クラウドコンピューティング、ビッグデータ分析、データベースシステムなどがある。
(本稿は国際経済連携推進センターが英語の原稿を仮訳したものである)
マヒドン大学 ICT学部 シニア顧問
チャルンシー・ミッタパーノン博士
タマサート大学 シリントーン国際工学部 教授
ソムチャート・ファクキヤウ博士
COVID-19の衝撃はニューノーマルという形態で世界を変化させている。 ニューノーマルはいかにして世界の人々、経済、環境の状況を鎮静化・悪化させるのか。
COVID-19の世界的流行とロックダウンが世界および国内の経済に確実な打撃を与えた。
タイでは新型コロナウイルスの大流行を抑制しようと6か月の規制期間を設定、ロックダウンも当然実施された。2020年9月の金融政策報告書によると、タイ経済は2020年に7.8%収縮するが、2021年には回復し3.6%拡大すると見込まれている。大半の企業が、操業の一部ないしは全面停止、販売停止、大規模解雇、閉鎖などに伴う財政問題という形で重大な影響を受けて来た。一般的な影響は、小売、運輸サービス、興行、教育、製造、食品サービス、ホテル、観光、航空ビジネスなどの業界を通じ様々であった。
ロックダウンの最中、限られた空間内で生活・学習する空気、健康、教育、社会、権利、海外旅行休暇などに関する会話、ロックダウン下の家庭における不透明な将来図などが深刻な圧迫感を与え、家庭における憂鬱と暴力の誘因となった。これがWHOの言う最悪の危機であろうか?
前進への大望
幸運なことに、タイの新型コロナウイルスへの効果的な抑制策と対応は、最高レベルと評価されている。タイは再開から復興期にあり、既存および新興企業の多くが徐々に、しかし確実に復興に取り組んでいる。タイは、コロナ禍後のより良い復興(ビルド・バック・ベター)を目指し「ニューノーマル」医療プロジェクトを立ち上げ、医療機関とその従事者による新型コロナ対応強化の支援と、医療体制の発展に努めている。国内の全医療施設がこのプロジェクトに参加している。「ニューノーマル」医療サービス・モデル(パッターニー・モデル)は革新的である。通院が不要と判断された患者は電話による遠隔診療を受け、各村のボランティアが治療薬の配達に従事している。全ての人が手ごろに受診できる質の高い医療システムの開発が優先されている。
国内シャットダウンの6か月間、企業はデジタル技術を採用した事業修正を行い、ニューノーマルな社会における事業継続を図った。多くの事業はリセットを必要とした。今、人々は基本的にデジタルトランスフォーメーションに対応する習慣に慣れ適応しており、物理的なディスタンス確保、電話会議、チャット、オンライン販売、eトレーディング、さらに企業が従業員に推奨する在宅ワークという新就労形態などを実現している。大半の企業が、オンライン販売とセルフサービスのデジタル・プラットフォームへと移行した。グローバルなソフトウェア開発、銀行、保険、金融、製造、医療サービス提供といった産業は、ニューノーマルに対応したデジタル技術の導入に肯定的な見解を示している。
多くの企業は、「ビジネス・アジリティー」(事業の機敏性)を獲得するために、企業の競合性と雇用の弾力性に対応するような新規の労務・操業政策を取り入れた。社員、ビジネスパートナー、顧客あるいは家族のネットワーク間の「エフェクティブ・コミュニケーション」(効果的なコミュニケーション)という恩恵を直接もたらすものが、ビデオ会議、ビデオ録画、プロジェクト管理ツール、電子カレンダー・プランナー、タスク・リマインダー(タスク通知機能)、ライン・チャットなどのデジタル技術の迅速な採用である。「エフェクティブ・コミュニケーション」を活用して在宅ワークするという「ビジネス・アジリティー」の間接的恩恵は「経費節減」であり、これは出勤することで生じる必要経費が不要になるという事実に基づいている。
「ニュー・マーケットとニュー・マーケティング・チャンネル」は、ソーシャル・フィジカル・ディスタンス対応期間に見合った革新的なマーケティング政策であり、LINE、ゲーム、財務アプリ、Facebook、メールといった様々な携帯アプリの全てに関し、数種類の革新的なマーケティング・チャンネルと政策の統合を通じて、新たな市場を数多く出現させた。ロックダウン期間中、調理、掃除、配達、家族の見守りといった無料のケア作業の一部が共同作業となり、興味深いことには、ニューノーマルの在宅ワーク習慣に伴い、小規模な家族用eビジネス収入へと姿を変えた。いくつかのタイ企業が早急にイメージ・システムを導入したが、これにはタッチレスの認証システム、遠隔点検、荷物追跡アプリ、体温チェック、職場でのソーシャル・ディスタンス確保を補助するための人の安全確認機能などが含まれている。また、「AIでソーシャル・ディスタンスを確保する」という新施策が多くの企業で検証されている。この施策の導入は、家族の輪、ワーク・ライフ・バランス、環境と自然のリセット、教育改革、医療サービスの進化、科学と技術の挑戦、そしてさらにデジタルトランスフォーメーションといった分野において、大規模な再調整を引き起こすことになる。今は、再び考え、やり直し、脱皮する時である。
人の安全を第一に。人なしに経済は存在しない。誰も置き去りにしない。
タイ、ベトナム、マレーシア、シンガポール、日本といったアジアの一部の国々は、イギリス、アメリカ、EUなど十万、百万単位の死者を出している地域とは対照的な、それぞれ独自の方法で新型コロナウイルスと闘っており、死亡事例を減少させ経済を圧迫するか、その逆の施策を導入している点を特記しておく。
「新型コロナウイルス後の年」はWHOが公表しているように未だ不透明である。新型コロナウイルスによる変化は数多くあり、生活変化、行動変化、国家状況の変化、持続可能性の変化などがあげられる。タイには幸運にも前国王による充足経済思想(SEP)が持続可能な開発目標(SDG)に対応して存在する。経済からシフトし、タイは「人の安全を第一に」という思想を4分野で設定している。食料、医療、エネルギー、職の分野である。「GDPを超えて」は、地域経済に権限を与え、GDPの成長率を高め、生態系に優しい対応を進めるものである。
タイではSEPをバイオ循環型グリーン経済(BCG)の革新に採用するが、BCGはeコマース、地域経済、新たな成長エンジンをサポートするエコシステムを備えた新経済開発モデルである。「教育と人的資本の再構築」は、教育制度の発展を目指すもので、学習能力、オンライン・オフラインのハイブリッド教育、coopプログラム、生涯学習における技術再教育と技術向上教育の強化を図る。そして著名な「誰も置き去りにしない」は、先端技術を活用し貧困と不平等に対処することを目標としている。
重要なコロナ禍後のシナリオ。分析と戦略的な政策が成功のカギを握る。
タイには4段階のコロナ禍後シナリオと戦略的課題があり、これは高等教育科学研究イノベーション省系列の自治公共機関である高等教育科学研究イノベーション政策協議局(NXPO)が最近発表したものである。NXPOは、Thailand Future Foundation(タイ未来基金)と共同でコロナ禍後のシナリオと戦略的課題を開発したが、これはタイにおける回復期を通じて安心を確保し、長期的な国家成長を強化するためである。
4段階にはまず、制限、再開、回復という各6か月間の3段階が含まれる。最後の再構築段階はその後5年にわたるもので、経済成長と新型コロナウイルス拡散という2つの不確定要素に基づいた、「バラのシナリオ」、「世の終わりのシナリオ」、「危険なビジネス」、「徐々にしかし確実に」と名付けられた4種類の状況下での、社会的ニューノーマルに適応する制度改革に重点を置くものである。タイを安全で持続可能な未来へと導く戦略的政策もすでにいくつかあり、例えば、人的資源、デジタルトランスフォーメーション、ターゲット開発により地方経済を貧困から繁栄へ、沈滞する地方を創造的な都会に、医療安全の確立と医療研究・観光の強化、高生産性と高価値作物・安全食品を世界へ、などの政策である。
ニューノーマル、ニューフューチャー(新たな未来)
戦略的観点から、タイは人の安全を優先するとともに、デジタル技術を開かれた好機と捉えている。デジタル技術は全ての戦略的政策の駆動力であり容器である。タイにおけるデジタルトランスフォーメーションに対する学習曲線は上昇傾向にある。とはいえ、情報セキュリティーとプライバシーに関する懸念も存在するが、人の安全の課題を考慮することでこの懸念は高まっていないように見える。ニューフューチャーにおけるデジタルトランスフォーメーションが目指すものを実践的かつ確実に実現するには、政策の見通しをソフトインフラの形で取り込み、関連技術にセキュリティーとプライバシーのメカニズムを導入することが必須である。
現在までに、数多くの携帯・インターネットのアプリケーションが、ソーシャル・ディスタンスを確保し、ユーザーによる日常的なセルフサービスを実現する目的で導入されているが、この対象となっているのは使い勝手が良く迅速な金融取引、食品注文、娯楽、教育などのサービスである。認証システムの品質やユーザープライバシーに関する懸念、またアプリケーションの使用によりユーザーが不正プログラムに誘い込まれたりデータを諜報されたりする可能性は存在するが、これらの隠れた脅威は政府の監視リストに載っており取り締まりの対象である。早急な対策として、個人データのプライバシーに関連する法律と規制を全ての産業について施行しなければならない。技術上の観点からは、あらゆるオンライン取引に関し、新技術による強固なユーザー認証と安全双方の提供が、信頼と安全の獲得に欠かせない。さらに、匿名化やデータ暗号化といったデータプライバシーのメカニズムが、デリケートなデータアプリケーションには常に求められる。ここで初めて、今まで書いてきたような真のデジタル・シチズン(デジタル市民)が登場するのである。
新型コロナウイルスは存続する。危機か課題か、それは人類がそれぞれの地域でフューチャー・ノーマル領域の問題に対応する戦略的アプローチに左右される。
4段階からなるタイのコロナ禍後、シナリオ戦略の運用はまた、特に感染制御と経済復興のバランスという面で、問題や課題に直面した。
新型コロナウイルスの流行はタイと世界の経済にかつてない影響を与え、その影響は2008年にアメリカとEU各国を襲ったハンバーガー・クライシス(アメリカ発の経済危機)や、1997年にタイとアジア各国を襲ったトムヤムクン・クライシス(タイ発の経済危機)と比べてもはるかに大きい。タイでは感染拡大が大規模な解雇、事業の停止と廃業を引き起こした。特に、3か月間のロックダウンへとつながった最初の流行期間は、観光セクターや輸出セクターなど大半の産業にとって試練の時であった。さらにロックダウンは、各産業の経済生産高に大きく影響した。
しかし感染率は下げなければならない。感染者の減少という意味で結果的に対策は成功した。政府の援助の下、ワクチン導入後に経済状況は徐々に回復すると予想されている。感染の衝撃は大きく、消費者の消費傾向を一定期間変化させてしまっているようである。事業活動を回復するために効果的なモニター対策を導入し、同時にニューノーマル社会の下で顧客の信頼性創出に努めているすべての企業にとって、これは深刻な課題である。
タイにおける最近の大きな課題は、国境を超えた人身売買に起因する新型コロナウイルス感染の第2波到来である。しかしタイ政府は、「タイ・チャナ」アプリ(入店管理システム)を導入し、市民に訪問先での入場及び退出時にタイ・チャナQRコードを読み取らせることで迅速な追跡を可能にしており、このアプリは、緩やかなロックダウンという戦略期間中、非常に役立っている。タイ・チャナは事業主による安全な操業再開を支援するツールである。
さらにモー・チャナ(医師の勝利)と呼ばれる新たなスマートフォン用接触追跡アプリもあり、これは、人が危険性の高いエリアに入ったときに出される、既存の新型コロナウイルス接触アラートを補助するものである。このアプリは特に医療関係者が、新型コロナウイルス患者と接触のあった人を特定するのに役立っている。現在のところ、タイ政府による戦略は好結果を残している。
タイ国の新型コロナ禍後シナリオと戦略的課題
執筆者プロフィール
チャルンシー・ミッタパーノン博士
DR. JARERNSRI MITRPANONT
マヒドン大学(タイ・バンコク)ICT学部シニア顧問、創立時の学部長。ICT学部を、日本、ドイツ、ノルウェー、英国、中国などの複数の大学や研究機関と連携する国際的に著名な大学へと導いた。多くの公的機関やIT産業に積極的に関与し、タイICT産業協会(ATCI)顧問、ASOCIO制作タスクフォースの専門家などを務める。研究分野としては、データベース、データウェアハウス、データマイニング、DSS、KM、BI、IT監査、データ分析論、データ・ビジュアル化、機械学習、AI、健康情報科学、データプライバシーなどがある。2017にはICT学部にASOCIO ICT Education Excellence Awardが授与された。
ソムチャート・ファクキヤウ博士
Dr. SOMCHART FUGKEAW
タマサート大学(タイ・バンコク)で管理情報の学士号を取得、マヒドン大学でコンピューターサイエンスの修士号を取得。2017年に東京大学で電気工学と情報テクノロジーの大学院博士課程を修了。ITセキュリティー産業において10年を超える経験を持つ。現在、タマサート大学シリントーン国際工学部教授。研究分野としては、情報セキュリティー、応用暗号法、クラウドコンピューティング、ビッグデータ分析、データベースシステムなどがある。
(本稿は国際経済連携推進センターが英語の原稿を仮訳したものである)