日イスラエル中堅・中小企業協業事例
(2020.11.8)
ナノキャリア株式会社
● 会社沿革
ナノキャリア株式会社(以下、ナノキャリア)は、ナノテクノロジーを利用したミセル化ナノ粒子を医薬品開発に応用・実用化することを目的として1996年6月に設立された。2000年に千葉県柏市に研究所を開設し本格的に活動をスタートさせた。2003年に東京オフィスを開設し、さらに2004年には研究所を拡充した。その4年後の2008年に東京証券取引所マザース市場に上場を果した。上場時の調達金額が低く、臨床開発活動をアジア地域に変更し展開しながら、その後、2012年から2017年にかけて資金調達に成功し、複数の大手製薬会社と共同研究およびライセンス契約を締結しながらグローバルに事業を拡大していった。2017年には、経営基盤強化を目的として開発候補品の導入を実施。イスラエルのVBLセラピューティクス社(VBL Therapeutics 以下、VBL)と「VB-111」に関する国内ライセンス契約を締結し、遺伝子治療製品VB-111の国内開発を行っている。現社長の松山哲人氏は、2019年11月に代表取締役社長として就任し、翌年2020年には核酸DDSに特化したアキュルナ株式会社を吸収合併し、今後の核酸医薬品開発の基盤を強化した。
・ 日本発ミセル化ナノ粒子技術を有する創薬基盤技術型ベンチャー企業
・ イスラエルのバイオテクノロジー企業との協業でがん治療薬の開発へ
・ スタートアップならではの機動力で進める事業開発
● ミセル化ナノ粒子とイスラエル企業の出会い
ナノキャリアは、東京大学大学院工学系研究科の片岡一則教授らによって発明された日本発のミセル化ナノ粒子(高分子ミセル)技術をコア技術とし、抗がん剤の開発を主体とする。ナノキャリアは、ミセル化ナノ粒子技術を治療用の薬物送達システム(DDS: Drug Delivery System)として利用し、新しい価値を創造することを目的として、研究開発を進めている創薬基盤技術型ベンチャー企業だ。ミセル化ナノ粒子テクノロジーは、生体適合性を持つ材料(ポリエチレングリコール/ポリアミノ酸)で人工的に作られた小さなナノサイズのカプセルを作成し、その内側に薬物や生理活性物質などを閉じ込めることができる技術である。抗がん剤などをナノ粒子に封入することで、病変部位への送達効率を高めることができ、従来の製剤では成しえなかった「副作用の軽減」と「薬効の増大」を目指している。
内核のコア部分となるアミノ酸の種類や構造を選択し、化学的に結合することで様々な化学合成物質を内包することを可能にしている。また、表面をポリエチレングリコール(PEG)が覆うことで血液中での滞留性や安定性も確保できる。医薬品開発および製造に関して豊富な経験を有する人材を中心に、主にがん領域において新しい医薬品を生み出し、社会に提供することを目指している。
ナノキャリアと業務提携を行うVBLは、2000年にイスラエルで設立されたバイオテクノロジー企業で、米国NASDAQに上場している。VBLの開発薬VB-111は、ウィルススベクターの中に血管を新生する内皮細胞を選択的に細胞死させる遺伝子を組み込んだ医薬品である。がん組織の血管を破壊することで、酸素及び栄養が届かなくなり、がん細胞を死滅させる効果がある。VB-111のウィルスベクター自体が体内で引き起こす免疫反応も、がん細胞を攻撃する付随的な作用として期待できる。現在、VB-111は、米国を中心に第3相臨床試験を実施中であり、プラチナ抵抗性卵巣がんの有効な治療法確立という大きな医療ニーズを満たせる可能性があると考えられる。
ナノキャリアがVBLのVB-111という技術を見つけ出せたのは、脳腫瘍治療用のため、脳内へのドラッグデリバリーを可能にする新しいDDS技術に対する調査を全世界対象に行った結果である。当時VBLが悪性膠芽腫の治験を実施中であったことを発見した後、ナノキャリアの事業開発部が直接VBLに連絡を取り、当初は電話会議などを通じて交渉を行った。VBLの悪性膠芽腫の第3相治験が終了間際であり、ライセンシングには適切なタイミングでもあった。契約においては、金銭的な要求に対する交渉が顕密に行われ、2017年にライセンス契約が締結された。提携までには様々な予想外のことが起き得るため、実務者同士の相性もとても重要で、アライアンスの成果にも重大な影響を及ぼす場合もあると言う。契約前のデューデリジェンス(資産査定)の段階でナノキャリアの2チームが、そして調印の前にも1チームがイスラエルの現地訪問を行い、協議を行った。VBLからもチームが日本を訪れ、会議を行った。その際、ナノキャリアは、両国の小さな旗をテーブル上に立てる細かい気配りを行い、VBLの関係者も非常に喜んで、その旗を本国に持ち帰ったと言う。
VBLとナノキャリアは、2017年に日本でのVB-111の開発、商品化、および供給に関するライセンス契約を締結し、ナノキャリアが日本における独占的開発、供給、販売権を獲得した。本契約において、ナノキャリアは、VB-111を用いた悪性膠芽腫、卵巣がんをはじめとする固形がんに関する日本国内での開発を担当し、開発費用を負担、国内での販売実施権を有する。VBLは、ナノキャリアより契約時に1500万ドルを一時金として受領しており、開発における進捗マイルストーンに加え、承認後の売上に応じた販売マイルストーンなどで、最大1億ドルが支給される予定だ。
VBLが米国で実施しているプラチナ抵抗性卵巣がん治験で得られた良好な中間解析結果を踏まえ、ナノキャリアは、卵巣がんを適応症としたVB-111の第3相臨床試験について、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA: Pharmaceuticals and Medical Devices Agency)との事前相談を開始し、国際共同臨床試験に参加する計画である。遺伝子治療を行うためのカルタヘナ法の承認も既に取得済みで、日本国内で治験ができる環境を整えてある。日本での第1、第2相試験が不要となり、第3相試験として早ければ2020年度中にも治験が開始できると見込まれ、日本人の組み込みは約30~40例程度が予想される。日本では、卵巣がんと診断された女性が年間1万人以上おり、毎年5000人以上が死亡している。したがって、日本に治験実施施設を開設することで、国際共同臨床試験を世界中で迅速に進めることができるようになり、良い結果が得られた場合には日本での承認申請が可能となる。
● 協業に至るポイント
ナノキャリアの松山社長は、1986年に三菱商事株式会社に入社し、17年間、ベンチャー企業を含むイスラエル企業やイスラエル社会とも関わる経験を多く積んできた。2003年三菱商事退社後、ベンチャーキャピタルから、新しく設立したばかりのバイオベンチャー企業の社長を任されたりしながら、長らくヘルスケア領域に勤めている。現在のVBLとナノキャリアの友好な関係は、松山社長のイスラエルの文化やビジネスに対する深い理解も寄与していると考えられる。
VBLは、契約交渉当初から、日本の大企業組織に対する、官僚的で遅い意思決定プロセスに不安を抱いていた。ナノキャリアはそれに対して、上場企業の立場からガバナンスに対する義務は果たしながらも、迅速な意思決定を約束し、誠意をもって説得したと言う。松山社長は、日本企業の意思決定の遅さや交渉の曖昧さは、既に国際的によく知られていて、それを打破することが、今後日本企業が海外の企業との提携を行いながらグローバル化するための課題のひとつであるとも語る。
主に欧米をターゲット市場にするイスラエル企業のグローバル感覚や卓越した技術はとても魅力的で、臨床試験の際には、米国のユダヤ人医師のネットワークもうまく活用している。VBLは、国からの補助金も潤沢に与えられ、それを基に開発を加速化させている。VC以外からの資金源も多く存在するイスラエルは、真面目な実務者が多く、柔軟な対応もしてくれると言う。そして「技術立国」の理念に基づいた最先端技術を多く保有しており、今後日本の企業からの積極的なアプローチが望まれる。
お話を伺った松山哲人 代表取締役社長
会社情報
会社名 |
ナノキャリア株式会社 |
代表取締役社長 |
松山 哲人 |
設立 |
1996年6月14日 |
資本金 |
41億3500万円(2020年3月末現在) |
従業員数 |
37名(2020年3月末現在) |
住所 |
〒277-0871 千葉県柏市若柴226番地39 中央144街区15 |
電話番号 |
04-7197-7621 |
Website |
編集: (一財)国際経済連携推進センター
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