(6) 欧米発インテグレーターに挑戦、
空の「一帯一路」で中国発着国際エアカーゴ市場の成長と拡大
空の「一帯一路」で中国発着国際エアカーゴ市場の成長と拡大
掲載日:2020年12月30日
明治大学商学部 教授
町田 一兵
2020年のコロナ禍が航空旅客産業にかつてないほど大きな打撃を加えたと同時に、航空貨物輸送業に空前の景気をもたらした。航空貨物は重量ベースで輸出入の1%にも満たないものの、金額ベースでは3割弱 (※1) (いずれも日本の場合、2019年)を占めるほど、高付加価値貨物である。その航空貨物の輸送は従来ベリーカーゴ(旅客機の貨物室を活用した貨物輸送)とフレーター(貨物専用機)によって担ってきたが、旅客機が飛ばなくなった現在、フレーターの需要が急増し、運賃も高騰した。結果、多くの航空会社が旅客機に貨物だけを積んで飛ばすなど、航空輸送が貨物を中心にシフトしていた。
他方、世界的にみて、これまで国際航空貨物便の運行は欧米中心の航空会社、とりわけ三強であるFedEx、DHL、UPSの得意分野である。三社ともインテグレーターと呼ばれる貨物の集配を含め、航空輸送を自ら一貫で行う物流事業者であり、中国を含むグローバルネットワークを構築し、高付加価値であるクーリエ貨物(ドアツードアの国際宅配便)の輸送を強みにしてきた。
しかし、近年中国は自国空港の拡張整備に合わせ、航空貨物輸送能力をどんどん増強し、「一帯一路」政策の下に、新たな国際航空貨物のハブ空港の育成や中国初となる大手クーリエ事業者の専用ハブ空港の運営開始(2021年)など、中国はポストコロナ時代の国際航空貨物市場の復調を睨み、官民一体でプレゼンスを高めようと積極的に動き出し、欧米がこれまで寡占してきた航空貨物輸送分野にその存在感を示しつつある。
中国発着の国際定期貨物便の急増
2014年以降、「一帯一路」の政策に伴い、中国発着の国際便が旅客便を中心に徐々に増える一方、定期フレーター便の航路設置も少しずつ増え、2017年以降にその勢いが増してきた。
さらにコロナ禍の中、中国発着の航空貨物の需要が急速に増えたことで、新規フレーター便の開設は対前年比ほぼ倍増となった。また、こうした新規航路開設をけん引したのは中国の航空会社であるものの、主に国有大手三社(中国国際航空、中国東方航空、中国南方航空)ではなく、民間クーリエ大手事業者及び独立系航空貨物輸送会社が大半を占めていることは興味深い。
コロナ禍をきっかけに、各社とも中国発着のフレーター便を増やす好機ととらえている。国有大手三社も今回のコロナ禍で航空貨物の重要性を認識し、すでに貨物部門を国際航空や東方航空がエアカーゴ部門の強化を打ち出し、これまでエアカーゴ部門を持たなかった南方航空も2020年11月に子会社を新たに立ち上げた (※2) など、大手三社もフレーター便の新規開設及び運行に焦点を当て始めた。
空港整備の加速及び「北上広」以外地域における大規模航空貨物取扱空港の形成
中国は空港の整備を加速している。2014年(200空港)に比べ、2019年は37カ所増の237空港を運営している (※3) 。他方、新空港の建設以上に既存の空港における航空貨物の取扱いの拡大に力を入れている。従来の北上広(北京、上海、広州)の三大空港は依然として、航空貨物取扱量が圧倒的に多いものの、沿海地域の杭州空港、深セン空港、南京空港、アモイ空港、内陸の成都空港、鄭州空港、昆明空港が徐々に追い上げ (※4) 、「北上広」四空港 (※5) の年間取扱量対前年比(2019年)▼0.9%をよそに、上記諸空港が4.48%増(2019年)を記録した。さらにコロナ禍期間、鄭州空港の航空貨物取扱量が対前年比21.6%増 (※6) (2020年1~9月)など、快調な規模拡大を続けている。
海南自由貿易港における航空輸送「第七の自由」開放
航空企業の活発なフレーター便の新規航路設置が、ビジネスレベルにおける中国発着の航空貨物輸送ニーズが急速に拡大したことを反映したものであるとすれば、新たな可能性を模索する政府が打ち出した促進策のインパクトはさらに大きい。
コロナ禍の中、中国政府が大胆な航空政策を打ち出した。海南島全島で構成する海南省に航空輸送「第七の自由」を開放することである。
2020年6月、中国の海南省を自由貿易港に指定し、合わせて国内の航空会社を統括する行政機構である中国民用航空局が「海南自由貿易港試点開放第七航権(第七の自由)実施法方案」 (※7) を公表した。これまで海南省全体が自由貿易区域に指定され、島内ゼロ関税や第二船籍制度の導入など、中国の他の地域にない優遇策がすでに導入され、新たに「第七の自由」の導入で短期間に海南島を国際ハブ拠点に育成する方針である。
その開放はかなり大胆と言えよう。第七の自由とは航空会社が完全に自国の領土以外で独立した航路を経営し、海外両国間で旅客/貨物を運ぶ権利を指す。これまでシンガポールやドバイ(いずれも貨物のみ)など、アジアでも限られた空港でしか導入していない方策であり、無論中国では初めての導入である。
関税ゼロを含め、外資系企業の進出優遇措置と共に、海南省は現在の香港のような自由港に近い形となり、様々な誘致策の展開に伴い、海南島は短期間で国際航空貨物のハブ空港になる可能性が高いとみる。
ただし、初の試みに加え、これまでの縦割りの行政組織や自由貿易港の運営や物流に詳しい専門人材の乏しさが大きな課題である。海南島における自由貿易港の実現には、国内ないし海外から物流や自由貿易区域の運営に詳しいエキスパートの招致がカギとなる。
中国発インテグレーターの出現
アリババや京東などの大手オンラインモバイルコマース企業の出現やスマートフォンの普及で中国のEC市場が急速に拡大した。その市場拡大に伴って成長してきたのは消費者まで届ける物流を手掛けるクーリエ事業者であり、中でもSFエクスプレス(順豊)が最大手である。
1993年に創業した同社は広東省でトラックによるクーリエ事業をスタートし、中国の経済成長とともに企業規模を拡大してきた。そのSFエクスプレスが2009年に子会社順豊航空を設立し、自社によるフレーター便の運行を開始した。現在すでに60機を(2020年7月19日時点)自社保有しており、規模は日本のいずれの航空貨物輸送会社よりも勝っている。
その順豊航空が政府の認可を受け、2017年に湖北省武漢市の近くの鄂(ガク)州に着工した自社専用ハブ空港 (※8) がいよいよ2021年に稼働する。鄂州は中国本土の中部地域に位置し、アメリカのメンフィスに似て、全土の重要都市にほぼ同じ時間でアクセスできるハブ空港の適地である。念願の専用ハブ空港の稼働開始でSFエクスプレスは中国初の(貨物の集配、輸送まで一貫で行う)インテグレーターへの脱皮を目指す。
アメリカや日本、欧州を始め、すでに主要国に現地法人を一通り設置したSFエクスプレスは今後、自社フレーターによる中国を発着地とする国際クーリエネットワークの構築にまい進し、中国のEC市場の拡大とともに海外進出も加速する。
同じ動きは同業他社にもみられた。中国大手クーリエ事業者のYTOエクスプレス(圓通速逓)傘下の杭州圓通貨運航空有限公司(2014年設立、2018年末までフレーター12機保有)も浙江省嘉興空港 (※9) を利用した自社のグローバル航空物流ハブの建設に地元政府と合意したと報じられた。小口貨物取扱量の急速な成長を背景に、中国発大手クーリエ事業者の事業拡張が中国航空貨物輸送市場の成長を引っ張る原動力となりつつある。
さらなる狙い⇒国産航空機市場の成長拡大
まだコロナ禍の終息時期が見えないなか、EC市場の拡大を背景に次々と自国発着の国際航空貨物市場の成長拡大を睨んだ布石をしている中国、その先に狙うのは民間航空産業の本格参入である。
日本のMRJ(三菱リージョナルジェット)の商用化の失敗をよそに、ほぼ同じ時期に立ち上げた中国国産中型機C919(168-190席、ボーイング737に相当)プロジェクトはいよいよ最終テスト飛行の段階に入った。それとは別に、2001年から開発を進めたARJ21リージョナルジェット機(72-99席)はすでに2016年から商業飛行を開始した。2020年6月に大手三社にも引き渡され、国内での本格的な運用が始まった。国内市場が大きく見込めない日本は最初からアメリカ輸出を目論んだことに対し、国内の地方空港建設を徐々に増やしている中国にはリージョナルジェット機を飛ばす国内市場が十分に大きく、そこで実績を積み、さらに周辺国を中心に海外に売り込む戦略を取る。
長年ボーイングとエアバスが中国の商用飛行機市場で君臨したものの、アメリカ以外で唯一、第五代戦闘機の実戦配備をした中国はこうした寡占の打破に注力してきた。コロナ禍をいち早く鎮静化した現在、国内航空輸送市場の回復を好機として捉え、国産飛行機の利用を一気に広めたい考えである。
世界に先駆けた大型貨物ドローンの飛行実験
航空貨物輸送にドローンを利用する試みは世界各地で行われているが、2020年8月、中国大手クーリエ事業者SFが世界最大級の大型ドローン(最大積載量1.5トン、容積15m³、飛行高度4500m、最大航続距離1200㎞)による長距離輸送(寧夏自治区~内モンゴル自治区)実験を行った (※10) 。
実験段階ではあるものの、世界に先駆けてドローン分野における新たなビジネスモデルの確立を図り、国内市場の規模を持って実績を積み上げて海外に売り込む手法は、これまで家電、電子機器、自動車、鉄道など多くの産業で繰り返されてきただけに、ドローンによる航空貨物輸送においても積極的に開拓していくとみられる。
国際航空貨物の荷動きはコロナ禍後に旅客便が回復することで落ち着くとの見方が一般的である。一方、スマートフォンの普及を背景にアマゾンやアリババのようなネットショッピングプラットフォーム企業が消費者の日常生活に浸透し、小口貨物の需要は今後も恒常的に世界範囲で増える見込みである。よって、航空貨物便に対する需要も継続的に増加傾向にある。
他方、2000年以降に急増し始めた中国国際貿易額は2014年を境に徐々に落ち着き、近年では横ばいで推移、その背景には人件費や地価の上昇による生産コストの上昇、国内企業の海外進出及び外資企業の撤退、米中間の貿易摩擦などがあげられる。それに対し、国際航空貨物輸送の取扱量(金額ベース)は全体の2割弱(2018年)を占め、国際貿易額が横ばいに推移する中、航空貨物輸送の存在感が徐々に高まっている。
よって、中国の輸出入の特徴も「軽薄短小」にシフトし始めたと理解し、その場合、自国発着の航空貨物輸送手段の確保及び拡張が重要視される。コロナ禍による需要の急増も一因だが、中期的に中国の官民が挙って航空貨物輸送に力を入れたことはその流れに沿った現れである。
「一帯一路」の英訳が「Belt and Road Initiative」のように、中国が海外との交通/物流輸送ルートの整備や運営において主導権を持ちたいことは本音である。しかし、欧州までの鉄道貨物輸送や中国企業による海外港湾の操業権の取得/運営、北極航路の運航など、いずれも海外の物流企業との協業や現地政府の認可、関与などが多く、主導権を取りにくい。
それに対し、航空貨物が高付加価値であるが故に、航空路線の新しい設置は比較的進めやすい。しかも自国の航空会社の成長や将来的に自国航空産業の発達の一助にもなるなど、航空産業、物流市場の世界への拡張を睨むことができる。今後、官民一体による空の「一帯一路」の推進は一層強力になるだろう。その時、自国の巨大市場を足掛かりに欧米大手企業を手本に巨大になった中国発インテグレーター企業を世界中で見かける日はそう遠くないかもしれない。
※1 公益財団法人日本海事センター「SHIPPING NOW 2020-2021」及び財務省貿易統計速報による計算。
※2 北京商報2020年11月04日付。
※3 中国統計局。
※4 中国民間航空局「2019年民間空港取扱量一覧」、2020年12月5日アクセス。
※5 上海には浦東国際空港と虹橋国際空港がある。
※6 コロナ禍期間、鄭州空港の航空貨物取扱量が対前年比21.6%増
※7 香港文匯報2020年6月11日付。
※8 北京商報2019年1月17日付。
※9 浙江日報2020年6月17日付。
※10 2020年8月、中国大手クーリエ事業者SFが世界最大級の大型ドローンによる長距離輸送実験を行った、2020年12月5日アクセス。
執筆者プロフィール
町田 一兵(まちだ・いっぺい)
明治大学商学部 教授
1970 年、中国上海生まれ。1997 年城西国際大学経営情報学部卒、2003 年明治大学大学院博士課程を修了、商学博士。 2002年株式会社日通総合研究所入社、同社経済研究部に勤務し、国内ではトラック輸送関連、海外では中国をはじめ東南アジア諸国を中心に物流及び関連調査を数多く担当する。2011年明治大学商学部専任講師、2020年明治大学商学部専任教授。研究分野:国際交通・物流
明治大学商学部 教授
町田 一兵
2020年のコロナ禍が航空旅客産業にかつてないほど大きな打撃を加えたと同時に、航空貨物輸送業に空前の景気をもたらした。航空貨物は重量ベースで輸出入の1%にも満たないものの、金額ベースでは3割弱 (※1) (いずれも日本の場合、2019年)を占めるほど、高付加価値貨物である。その航空貨物の輸送は従来ベリーカーゴ(旅客機の貨物室を活用した貨物輸送)とフレーター(貨物専用機)によって担ってきたが、旅客機が飛ばなくなった現在、フレーターの需要が急増し、運賃も高騰した。結果、多くの航空会社が旅客機に貨物だけを積んで飛ばすなど、航空輸送が貨物を中心にシフトしていた。
他方、世界的にみて、これまで国際航空貨物便の運行は欧米中心の航空会社、とりわけ三強であるFedEx、DHL、UPSの得意分野である。三社ともインテグレーターと呼ばれる貨物の集配を含め、航空輸送を自ら一貫で行う物流事業者であり、中国を含むグローバルネットワークを構築し、高付加価値であるクーリエ貨物(ドアツードアの国際宅配便)の輸送を強みにしてきた。
しかし、近年中国は自国空港の拡張整備に合わせ、航空貨物輸送能力をどんどん増強し、「一帯一路」政策の下に、新たな国際航空貨物のハブ空港の育成や中国初となる大手クーリエ事業者の専用ハブ空港の運営開始(2021年)など、中国はポストコロナ時代の国際航空貨物市場の復調を睨み、官民一体でプレゼンスを高めようと積極的に動き出し、欧米がこれまで寡占してきた航空貨物輸送分野にその存在感を示しつつある。
中国発着の国際定期貨物便の急増
2014年以降、「一帯一路」の政策に伴い、中国発着の国際便が旅客便を中心に徐々に増える一方、定期フレーター便の航路設置も少しずつ増え、2017年以降にその勢いが増してきた。
さらにコロナ禍の中、中国発着の航空貨物の需要が急速に増えたことで、新規フレーター便の開設は対前年比ほぼ倍増となった。また、こうした新規航路開設をけん引したのは中国の航空会社であるものの、主に国有大手三社(中国国際航空、中国東方航空、中国南方航空)ではなく、民間クーリエ大手事業者及び独立系航空貨物輸送会社が大半を占めていることは興味深い。
コロナ禍をきっかけに、各社とも中国発着のフレーター便を増やす好機ととらえている。国有大手三社も今回のコロナ禍で航空貨物の重要性を認識し、すでに貨物部門を国際航空や東方航空がエアカーゴ部門の強化を打ち出し、これまでエアカーゴ部門を持たなかった南方航空も2020年11月に子会社を新たに立ち上げた (※2) など、大手三社もフレーター便の新規開設及び運行に焦点を当て始めた。
空港整備の加速及び「北上広」以外地域における大規模航空貨物取扱空港の形成
中国は空港の整備を加速している。2014年(200空港)に比べ、2019年は37カ所増の237空港を運営している (※3) 。他方、新空港の建設以上に既存の空港における航空貨物の取扱いの拡大に力を入れている。従来の北上広(北京、上海、広州)の三大空港は依然として、航空貨物取扱量が圧倒的に多いものの、沿海地域の杭州空港、深セン空港、南京空港、アモイ空港、内陸の成都空港、鄭州空港、昆明空港が徐々に追い上げ (※4) 、「北上広」四空港 (※5) の年間取扱量対前年比(2019年)▼0.9%をよそに、上記諸空港が4.48%増(2019年)を記録した。さらにコロナ禍期間、鄭州空港の航空貨物取扱量が対前年比21.6%増 (※6) (2020年1~9月)など、快調な規模拡大を続けている。
海南自由貿易港における航空輸送「第七の自由」開放
航空企業の活発なフレーター便の新規航路設置が、ビジネスレベルにおける中国発着の航空貨物輸送ニーズが急速に拡大したことを反映したものであるとすれば、新たな可能性を模索する政府が打ち出した促進策のインパクトはさらに大きい。
コロナ禍の中、中国政府が大胆な航空政策を打ち出した。海南島全島で構成する海南省に航空輸送「第七の自由」を開放することである。
2020年6月、中国の海南省を自由貿易港に指定し、合わせて国内の航空会社を統括する行政機構である中国民用航空局が「海南自由貿易港試点開放第七航権(第七の自由)実施法方案」 (※7) を公表した。これまで海南省全体が自由貿易区域に指定され、島内ゼロ関税や第二船籍制度の導入など、中国の他の地域にない優遇策がすでに導入され、新たに「第七の自由」の導入で短期間に海南島を国際ハブ拠点に育成する方針である。
その開放はかなり大胆と言えよう。第七の自由とは航空会社が完全に自国の領土以外で独立した航路を経営し、海外両国間で旅客/貨物を運ぶ権利を指す。これまでシンガポールやドバイ(いずれも貨物のみ)など、アジアでも限られた空港でしか導入していない方策であり、無論中国では初めての導入である。
関税ゼロを含め、外資系企業の進出優遇措置と共に、海南省は現在の香港のような自由港に近い形となり、様々な誘致策の展開に伴い、海南島は短期間で国際航空貨物のハブ空港になる可能性が高いとみる。
ただし、初の試みに加え、これまでの縦割りの行政組織や自由貿易港の運営や物流に詳しい専門人材の乏しさが大きな課題である。海南島における自由貿易港の実現には、国内ないし海外から物流や自由貿易区域の運営に詳しいエキスパートの招致がカギとなる。
中国発インテグレーターの出現
アリババや京東などの大手オンラインモバイルコマース企業の出現やスマートフォンの普及で中国のEC市場が急速に拡大した。その市場拡大に伴って成長してきたのは消費者まで届ける物流を手掛けるクーリエ事業者であり、中でもSFエクスプレス(順豊)が最大手である。
1993年に創業した同社は広東省でトラックによるクーリエ事業をスタートし、中国の経済成長とともに企業規模を拡大してきた。そのSFエクスプレスが2009年に子会社順豊航空を設立し、自社によるフレーター便の運行を開始した。現在すでに60機を(2020年7月19日時点)自社保有しており、規模は日本のいずれの航空貨物輸送会社よりも勝っている。
その順豊航空が政府の認可を受け、2017年に湖北省武漢市の近くの鄂(ガク)州に着工した自社専用ハブ空港 (※8) がいよいよ2021年に稼働する。鄂州は中国本土の中部地域に位置し、アメリカのメンフィスに似て、全土の重要都市にほぼ同じ時間でアクセスできるハブ空港の適地である。念願の専用ハブ空港の稼働開始でSFエクスプレスは中国初の(貨物の集配、輸送まで一貫で行う)インテグレーターへの脱皮を目指す。
アメリカや日本、欧州を始め、すでに主要国に現地法人を一通り設置したSFエクスプレスは今後、自社フレーターによる中国を発着地とする国際クーリエネットワークの構築にまい進し、中国のEC市場の拡大とともに海外進出も加速する。
同じ動きは同業他社にもみられた。中国大手クーリエ事業者のYTOエクスプレス(圓通速逓)傘下の杭州圓通貨運航空有限公司(2014年設立、2018年末までフレーター12機保有)も浙江省嘉興空港 (※9) を利用した自社のグローバル航空物流ハブの建設に地元政府と合意したと報じられた。小口貨物取扱量の急速な成長を背景に、中国発大手クーリエ事業者の事業拡張が中国航空貨物輸送市場の成長を引っ張る原動力となりつつある。
さらなる狙い⇒国産航空機市場の成長拡大
まだコロナ禍の終息時期が見えないなか、EC市場の拡大を背景に次々と自国発着の国際航空貨物市場の成長拡大を睨んだ布石をしている中国、その先に狙うのは民間航空産業の本格参入である。
日本のMRJ(三菱リージョナルジェット)の商用化の失敗をよそに、ほぼ同じ時期に立ち上げた中国国産中型機C919(168-190席、ボーイング737に相当)プロジェクトはいよいよ最終テスト飛行の段階に入った。それとは別に、2001年から開発を進めたARJ21リージョナルジェット機(72-99席)はすでに2016年から商業飛行を開始した。2020年6月に大手三社にも引き渡され、国内での本格的な運用が始まった。国内市場が大きく見込めない日本は最初からアメリカ輸出を目論んだことに対し、国内の地方空港建設を徐々に増やしている中国にはリージョナルジェット機を飛ばす国内市場が十分に大きく、そこで実績を積み、さらに周辺国を中心に海外に売り込む戦略を取る。
長年ボーイングとエアバスが中国の商用飛行機市場で君臨したものの、アメリカ以外で唯一、第五代戦闘機の実戦配備をした中国はこうした寡占の打破に注力してきた。コロナ禍をいち早く鎮静化した現在、国内航空輸送市場の回復を好機として捉え、国産飛行機の利用を一気に広めたい考えである。
世界に先駆けた大型貨物ドローンの飛行実験
航空貨物輸送にドローンを利用する試みは世界各地で行われているが、2020年8月、中国大手クーリエ事業者SFが世界最大級の大型ドローン(最大積載量1.5トン、容積15m³、飛行高度4500m、最大航続距離1200㎞)による長距離輸送(寧夏自治区~内モンゴル自治区)実験を行った (※10) 。
実験段階ではあるものの、世界に先駆けてドローン分野における新たなビジネスモデルの確立を図り、国内市場の規模を持って実績を積み上げて海外に売り込む手法は、これまで家電、電子機器、自動車、鉄道など多くの産業で繰り返されてきただけに、ドローンによる航空貨物輸送においても積極的に開拓していくとみられる。
国際航空貨物の荷動きはコロナ禍後に旅客便が回復することで落ち着くとの見方が一般的である。一方、スマートフォンの普及を背景にアマゾンやアリババのようなネットショッピングプラットフォーム企業が消費者の日常生活に浸透し、小口貨物の需要は今後も恒常的に世界範囲で増える見込みである。よって、航空貨物便に対する需要も継続的に増加傾向にある。
他方、2000年以降に急増し始めた中国国際貿易額は2014年を境に徐々に落ち着き、近年では横ばいで推移、その背景には人件費や地価の上昇による生産コストの上昇、国内企業の海外進出及び外資企業の撤退、米中間の貿易摩擦などがあげられる。それに対し、国際航空貨物輸送の取扱量(金額ベース)は全体の2割弱(2018年)を占め、国際貿易額が横ばいに推移する中、航空貨物輸送の存在感が徐々に高まっている。
よって、中国の輸出入の特徴も「軽薄短小」にシフトし始めたと理解し、その場合、自国発着の航空貨物輸送手段の確保及び拡張が重要視される。コロナ禍による需要の急増も一因だが、中期的に中国の官民が挙って航空貨物輸送に力を入れたことはその流れに沿った現れである。
「一帯一路」の英訳が「Belt and Road Initiative」のように、中国が海外との交通/物流輸送ルートの整備や運営において主導権を持ちたいことは本音である。しかし、欧州までの鉄道貨物輸送や中国企業による海外港湾の操業権の取得/運営、北極航路の運航など、いずれも海外の物流企業との協業や現地政府の認可、関与などが多く、主導権を取りにくい。
それに対し、航空貨物が高付加価値であるが故に、航空路線の新しい設置は比較的進めやすい。しかも自国の航空会社の成長や将来的に自国航空産業の発達の一助にもなるなど、航空産業、物流市場の世界への拡張を睨むことができる。今後、官民一体による空の「一帯一路」の推進は一層強力になるだろう。その時、自国の巨大市場を足掛かりに欧米大手企業を手本に巨大になった中国発インテグレーター企業を世界中で見かける日はそう遠くないかもしれない。
※1 公益財団法人日本海事センター「SHIPPING NOW 2020-2021」及び財務省貿易統計速報による計算。
※2 北京商報2020年11月04日付。
※3 中国統計局。
※4 中国民間航空局「2019年民間空港取扱量一覧」、2020年12月5日アクセス。
※5 上海には浦東国際空港と虹橋国際空港がある。
※6 コロナ禍期間、鄭州空港の航空貨物取扱量が対前年比21.6%増
※7 香港文匯報2020年6月11日付。
※8 北京商報2019年1月17日付。
※9 浙江日報2020年6月17日付。
※10 2020年8月、中国大手クーリエ事業者SFが世界最大級の大型ドローンによる長距離輸送実験を行った、2020年12月5日アクセス。
執筆者プロフィール
町田 一兵(まちだ・いっぺい)
明治大学商学部 教授
1970 年、中国上海生まれ。1997 年城西国際大学経営情報学部卒、2003 年明治大学大学院博士課程を修了、商学博士。 2002年株式会社日通総合研究所入社、同社経済研究部に勤務し、国内ではトラック輸送関連、海外では中国をはじめ東南アジア諸国を中心に物流及び関連調査を数多く担当する。2011年明治大学商学部専任講師、2020年明治大学商学部専任教授。研究分野:国際交通・物流