(4) 米中デカップリング下のアジアのサプライチェーンを考える
掲載日:2020年11月13日
専修大学 商学部 准教授
池部 亮
米中対立とデカップリング
この原稿を書いている2020年11月12日現在、米国の大統領選挙で民主党のバイデン氏が当選を確実にしている。トランプ氏側が敗北宣言をしておらず、法廷闘争などが取りざたされており、いまだ不透明な状況が続いている。ただし、米国の対中政策に注目するならば、どちらの大統領が選出されるにせよ、米国の対中強硬路線は転換されることはないというのが大方の見方となっている。今後、米国の対中強硬路線は現状維持、もしくはさらなるエスカレートを見せる可能性すらあるものの、米国の対中政策がトランプ政権以前の状態に戻ることはないであろう。
米国は、中国の経済・軍事・技術面での台頭への対抗を行動で示す必要性に迫られている。米中関係は貿易摩擦に加え、ファーウェイ製品の締め出しに代表される中国の技術覇権への対抗措置、南シナ海での中国の軍事的拡張への警戒行動など、政治、経済、技術、安保の面での緊張が今後も続くことになるであろう。
米中対立が続くと、世界主要国は政治外交面で「米国か中国か」の選択を迫られ、経済面ではデカップリングの状態に陥ることが懸念される。技術覇権に対する制裁と報復が先鋭化すれば、5Gだけでなく次代を担う6G通信技術でもデカップリングが鮮明になりそうである。6Gでは米国陣営式と中国陣営式の2方式が展開され、ユーザーが保有する機器は自身が活動する地域がどちらの方式を採用しているのかということに依存することになるかもしれない。個人や企業は大きなコストを負担することになり、6Gの利器を使用せず、5Gや4Gで我慢するという消費行動も起こるかもしれない。研究開発で多額な投資をして作り上げた新技術も、デカップリングによって市場拡大は抑制され、さらなる技術革新も制約されるのである。
デカップリングの弊害はグローバル企業が構築したサプライチェーンにも深刻な影響をもたらす。米国の対中制裁によって貿易転換効果が起こり、生産立地の多くが中国から中国以外の地域へと転換することになるので、その移転コストは企業にとって大きな負担となる。また、例えば、中国生産を東南アジアに移管しても、部品や材料の多くを中国に依存するのであれば、付加価値生産の面で中国フリーの製品とはならない。米国はファーウェイへの制裁措置で、企業に対して米国製あるいは米国技術を使用した部品を売ってはならないという措置をとっている。この措置は、さらにエスカレートすると、米国陣営の企業に対して中国の技術や部品を使用しない中国フリーの製品を求めていく可能性もある。また、中国も対抗措置として米国フリーの製品を要求することになれば、グローバル・サプライチェーン(GSC)は、米国系と中国系の2系統に分断されるだけでなく、米国と中国の双方とも距離を置く中立の系統まで用意する必要が出てくるかもしれない。
米国フリーと中国フリー
サプライチェーンの系列を中国系と米国系にデカップリングが進むと、企業は部品材料のレベルまで検証して調達先を見直すことを強いられる。特に自動車産業と、コンピュータやスマートフォンなどのIT関連製品については、技術覇権や安全保障を理由とした両国の政策リスクに晒され易い産業と言える。一方で、繊維、履物、家具、玩具などの伝統的な労働集約型産業については、技術や安保の観点ではリスクは気にしなくてもよさそうである。ただし、貿易摩擦の中で高関税措置を受ける可能性はあるため、輸出生産拠点の中国一極集中を改める必要性は今後も変わらないと思われる。
米国は2018年以降、対中制裁関税措置を繰り返し発動し、中国からの輸入品に対して国内産業を保護する姿勢を明確にした。しかし、通関統計上の額面だけを見ても、当該国の貿易構造の深層は分からない。そこで、本稿では付加価値貿易のデータを考察し、米国と中国のほか主要国の貿易構造を概観していきたい。
まず、付加価値貿易について説明しておきたい。通常の貿易統計は通関統計をベースとしているため、最終生産地が原産地となることが多い。原産国とは言っても、実際には当該製品の部品や材料の多くがほかの国で作られ、それを集めて最終加工地で組み立てて出荷するケースが多いであろう。分かりやすい例を示せば、ベトナムは衣類やスマートフォンの対米輸出が近年急増しているが、繊維生地や縫製資材、スマートフォンの基幹部品の多くを中国からの輸入に依存している。ベトナムで行なっているのは最終加工であり、その加工賃のみがベトナムが受け取る付加価値である。700ドルで輸出するスマートフォンは、通関統計上は700ドルとしてカウントされるものの、付加価値ベースでは数ドル程度の金額となるであろう。
通関統計による世界貿易データベースのUN Comtradeによると、2015年の米国の対中輸入額は対ベトナム輸入額の約13倍の規模を有す。一方、付加価値ベースの貿易をみると、米国が輸入する工業製品の全体の中で、中国はベトナムの約25倍の付加価値を稼ぎ出している。付加価値ベースでみた米国の対中輸入赤字は通関ベースよりもはるかに大きな不均衡を生み出している。貿易摩擦で米国は対中関税の引き上げを行ない、通関統計の額面上の赤字を減らそうと躍起になったが、こうした措置がいかに表層的であるかを私たちは理解する必要がある。
以下の表は経済協力開発機構(OECD)の付加価値貿易データベースで、米国、中国、日本、EU(28カ国)、ASEANの輸入品に、どの国・地域でどの程度の付加価値が賦与されたものかを示している。2015年の数値とカッコ内に2005年の数値を記載した。例えば、自動車・トレーラーの表1で、縦軸にある日本の行を横に見ていくと、EUが35.5%、中国が24.5%、ASEANが13.9%となっている。これは日本が全世界から輸入する自動車・トレーラーの完成車と部品に占める付加価値のうち、35.5%がEUで賦与され、24.5%が中国、13.9%がASEANで賦与されたという意味である。日本が輸入する自動車にも、ハイテク分野のセンサーや素材などが海外生産拠点に輸出され、中間材料や完成車となって日本に再輸入されることから、日本の輸入品にも日本の付加価値が含まれるのである。
米国が全世界から輸入する自動車・トレーラーについて、中国の付加価値比率が10.3%となっている。2005年には4.5%だったので中国の付加価値比率は10年で約2倍に拡大したことになる。一方で、日本の付加価値比率は25.2%から16.1%へと急減し、EU28の付加価値比率もやや低下した。では、同様に中国の輸入を見てみよう。米国の付加価値比率は7.8%から15.7%へと倍増し、EUの付加価値比率も上昇した。一方、日本は大きく落ち込んでいることが分かる。米国および中国の自動車輸入に占める日本の付加価値比率の低下は、日本企業の海外進出に伴い、付加価値を賦与する場所が中国や米国、メキシコやASEANに移転したことが大きな要因と考えられる。米中両国における自動車産業の産業内水平分業が活発化し、相互依存の関係が急速に深まったことが両国双方でそれぞれの付加価値比率が上昇した要因となろう。また、世界最大の自動車市場である中国には世界各国の自動車メーカーやその部品企業が集積しており、世界市場向けの自動車部品の輸出生産が活発に行なわれるようになったのである。
コンピュータ・電子機器・光学機器についてみると(表2)、自動車とは逆の状況にある。つまり、米国の輸入に占める中国付加価値比率が高く、中国の輸入に占める米国付加価値比率がそれほど高くないということである。米国が全世界から輸入するコンピュータや光学機器の価値は中国由来のものが42.1%にも達する。一方で、中国の輸入に占める米国付加価値比率は9.0%にとどまっている。いずれにせよ、IT関連製品に関しては、そのほかの輸入国・地域においても中国付加価値比率が35%~42%と非常に高い状況にあることがわかる。ここでも日本の付加価値比率は各国で大きく低下しているが、これも日本企業の海外生産の進展が背景にあると思われる。また、韓国、台湾、中国などの企業が2000年代以降、IT関連製品の生産で躍進してきたことなども日本の存在感の低下の要因であろう。
米中のデカップリングで自動車の生産におけるサプライチェーンの2系列化が必要となるなら、まずは米国輸入に占める中国の付加価値比率である10.3%と中国の輸入に占める米国付加価値比率の15.7%を低下させなければならない。完成車レベルでの輸入制限であるならばトランプ大統領がやったような関税政策によって阻むことができる。ただし、ここで議論しているのは「付加価値比率」であり、それは自動車生産の深層部にある部品や技術の原産地を問うことである。高い技術力を要し、国際競争力が求められる産業で、かつ擦り合わせによる年月をかけた作りこみをしている部品の代替は一朝一夕には実現困難であろう。
筆者が知る限り、ASEANに所在する日系自動車部品メーカーにおいても、中国からの部品調達に依存する企業は少なくない。エレクトロニクス製品についても、供給量と物流の利便性などから中国製の部品や製品が圧倒的な競争力を持っている。米中デカップリングの含意よりも、サプライチェーンの途絶リスク回避という意味で、日本企業の多くが今、サプライチェーンの複線化、強靭化、多元化を進めている。自動車産業のサプライチェーンでは、ASEANの生産拠点を中国フリーにするために、ASEAN域内やインドと協業することで再編する事例が見られる。一方、IT関連製品は小型、軽量、高価という特徴から部品や製品の産業内水平分業が深化しており、このサプライチェーンから特定国だけを取り除く作業はほぼ不可能と言ってもよいであろう。
これからのアジアのサプライチェーン
本稿では米中デカップリング経済となった場合のかなり最悪の状況を想定した論考を行なった。米中で制裁と報復の応酬が繰り返されたとしても、両国とも自国企業が苦境に立たされる状況を作り出すことはしないであろう。そうであったとしても、米中のデカップリングによるサプライチェーンの重層化や複線化は、リスク耐性を高めるためにも避けて通れない企業戦略であることは間違いない。
米国の大統領選に話を戻すと、バイデン氏は、制裁関税による対中輸入削減よりも同盟国と協調して中国が国際ルールに従うよう促すべきとする趣旨の発言をしている(『日本経済新聞』2020年10月23日)。民主党政権となれば米国は対中貿易で関税政策を武器とせず、自由貿易の枠組みを活用しながら中国と折り合いをつけ、適正な貿易パートナー関係を築きたいという意図がくみ取れる。
米国が多国間自由貿易協定に足並みを戻すのであれば、例えば環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)への米国回帰といったことも期待できるかもしれない。ただし、共和党政権の時よりは期待できるという程度で、実際は国内産業保護を掲げてTPPから離脱した経緯もあり、内政問題として考えれば簡単なことではなさそうである。CPTPPは元々、中国包囲網を意図した経済圏でもある。仮に米国がこれに加わることになれば自ずと日本など加盟国は米国陣営の通商環境におかれることになる。
一方で日本は中国も参加する東アジア地域包括的経済連携(RCEP)交渉にも参加している。2020年11月、インド抜きでの基本合意がなされたと報道され(『日本経済新聞』2020年11月11日)、アジア最大の貿易協定が発効に向け大きく一歩を踏み出した。RCEPは中国も含まれる経済圏構想であり、日本にとってはCPTPPで米国と、RCEPで中国と同一の経済圏に入る構図となる。米国とも中国とも自由貿易関係を維持するという外交姿勢となり、これはオーストラリア、ニュージーランド、マレーシア、ベトナム、シンガポール、ブルネイも同様である。
そして、日本は「自由で開かれたインド太平洋」構想も掲げている。一帯一路構想で開発を進める中国に対抗する地域秩序構築の戦略構想である。インド太平洋は、いうなればRCEPから中国を除いたうえで、対象地域をさらに拡大した地理的範囲となる。インド太平洋構想がそのまま自由貿易圏となるわけではないが、CPTPP、RCEPも含め、米中対立下でこうした地域秩序はどのような影響を受けるであろうか。大国間の政争の具とされず、企業が自由に生産と貿易を展開できる開かれた地域の実現を願うばかりである。
執筆者プロフィール
池部 亮 (いけべ りょう)
専修大学商学部 准教授
日本貿易振興機構(ジェトロ)に25年在籍し、ベトナム語研修生、ハノイ事務所駐在、広州事務所駐在などを経て現職。ベトナムと中国の産業発展史、日本企業の進出動向、東アジアの国際分業などを研究。近著に「ベトナムの自動車産業とオートバイ産業-競争力獲得過程の考察-」山田満・苅込俊二編『アジアダイナミズムとベトナムの経済発展』2020年、文眞堂、「ベトナムの国内物流効率化とその課題」石田正美・梅﨑創『メコン物流事情』2020年、文眞堂など。博士(経済学)。
専修大学 商学部 准教授
池部 亮
米中対立とデカップリング
この原稿を書いている2020年11月12日現在、米国の大統領選挙で民主党のバイデン氏が当選を確実にしている。トランプ氏側が敗北宣言をしておらず、法廷闘争などが取りざたされており、いまだ不透明な状況が続いている。ただし、米国の対中政策に注目するならば、どちらの大統領が選出されるにせよ、米国の対中強硬路線は転換されることはないというのが大方の見方となっている。今後、米国の対中強硬路線は現状維持、もしくはさらなるエスカレートを見せる可能性すらあるものの、米国の対中政策がトランプ政権以前の状態に戻ることはないであろう。
米国は、中国の経済・軍事・技術面での台頭への対抗を行動で示す必要性に迫られている。米中関係は貿易摩擦に加え、ファーウェイ製品の締め出しに代表される中国の技術覇権への対抗措置、南シナ海での中国の軍事的拡張への警戒行動など、政治、経済、技術、安保の面での緊張が今後も続くことになるであろう。
米中対立が続くと、世界主要国は政治外交面で「米国か中国か」の選択を迫られ、経済面ではデカップリングの状態に陥ることが懸念される。技術覇権に対する制裁と報復が先鋭化すれば、5Gだけでなく次代を担う6G通信技術でもデカップリングが鮮明になりそうである。6Gでは米国陣営式と中国陣営式の2方式が展開され、ユーザーが保有する機器は自身が活動する地域がどちらの方式を採用しているのかということに依存することになるかもしれない。個人や企業は大きなコストを負担することになり、6Gの利器を使用せず、5Gや4Gで我慢するという消費行動も起こるかもしれない。研究開発で多額な投資をして作り上げた新技術も、デカップリングによって市場拡大は抑制され、さらなる技術革新も制約されるのである。
デカップリングの弊害はグローバル企業が構築したサプライチェーンにも深刻な影響をもたらす。米国の対中制裁によって貿易転換効果が起こり、生産立地の多くが中国から中国以外の地域へと転換することになるので、その移転コストは企業にとって大きな負担となる。また、例えば、中国生産を東南アジアに移管しても、部品や材料の多くを中国に依存するのであれば、付加価値生産の面で中国フリーの製品とはならない。米国はファーウェイへの制裁措置で、企業に対して米国製あるいは米国技術を使用した部品を売ってはならないという措置をとっている。この措置は、さらにエスカレートすると、米国陣営の企業に対して中国の技術や部品を使用しない中国フリーの製品を求めていく可能性もある。また、中国も対抗措置として米国フリーの製品を要求することになれば、グローバル・サプライチェーン(GSC)は、米国系と中国系の2系統に分断されるだけでなく、米国と中国の双方とも距離を置く中立の系統まで用意する必要が出てくるかもしれない。
米国フリーと中国フリー
サプライチェーンの系列を中国系と米国系にデカップリングが進むと、企業は部品材料のレベルまで検証して調達先を見直すことを強いられる。特に自動車産業と、コンピュータやスマートフォンなどのIT関連製品については、技術覇権や安全保障を理由とした両国の政策リスクに晒され易い産業と言える。一方で、繊維、履物、家具、玩具などの伝統的な労働集約型産業については、技術や安保の観点ではリスクは気にしなくてもよさそうである。ただし、貿易摩擦の中で高関税措置を受ける可能性はあるため、輸出生産拠点の中国一極集中を改める必要性は今後も変わらないと思われる。
米国は2018年以降、対中制裁関税措置を繰り返し発動し、中国からの輸入品に対して国内産業を保護する姿勢を明確にした。しかし、通関統計上の額面だけを見ても、当該国の貿易構造の深層は分からない。そこで、本稿では付加価値貿易のデータを考察し、米国と中国のほか主要国の貿易構造を概観していきたい。
まず、付加価値貿易について説明しておきたい。通常の貿易統計は通関統計をベースとしているため、最終生産地が原産地となることが多い。原産国とは言っても、実際には当該製品の部品や材料の多くがほかの国で作られ、それを集めて最終加工地で組み立てて出荷するケースが多いであろう。分かりやすい例を示せば、ベトナムは衣類やスマートフォンの対米輸出が近年急増しているが、繊維生地や縫製資材、スマートフォンの基幹部品の多くを中国からの輸入に依存している。ベトナムで行なっているのは最終加工であり、その加工賃のみがベトナムが受け取る付加価値である。700ドルで輸出するスマートフォンは、通関統計上は700ドルとしてカウントされるものの、付加価値ベースでは数ドル程度の金額となるであろう。
通関統計による世界貿易データベースのUN Comtradeによると、2015年の米国の対中輸入額は対ベトナム輸入額の約13倍の規模を有す。一方、付加価値ベースの貿易をみると、米国が輸入する工業製品の全体の中で、中国はベトナムの約25倍の付加価値を稼ぎ出している。付加価値ベースでみた米国の対中輸入赤字は通関ベースよりもはるかに大きな不均衡を生み出している。貿易摩擦で米国は対中関税の引き上げを行ない、通関統計の額面上の赤字を減らそうと躍起になったが、こうした措置がいかに表層的であるかを私たちは理解する必要がある。
以下の表は経済協力開発機構(OECD)の付加価値貿易データベースで、米国、中国、日本、EU(28カ国)、ASEANの輸入品に、どの国・地域でどの程度の付加価値が賦与されたものかを示している。2015年の数値とカッコ内に2005年の数値を記載した。例えば、自動車・トレーラーの表1で、縦軸にある日本の行を横に見ていくと、EUが35.5%、中国が24.5%、ASEANが13.9%となっている。これは日本が全世界から輸入する自動車・トレーラーの完成車と部品に占める付加価値のうち、35.5%がEUで賦与され、24.5%が中国、13.9%がASEANで賦与されたという意味である。日本が輸入する自動車にも、ハイテク分野のセンサーや素材などが海外生産拠点に輸出され、中間材料や完成車となって日本に再輸入されることから、日本の輸入品にも日本の付加価値が含まれるのである。
米国が全世界から輸入する自動車・トレーラーについて、中国の付加価値比率が10.3%となっている。2005年には4.5%だったので中国の付加価値比率は10年で約2倍に拡大したことになる。一方で、日本の付加価値比率は25.2%から16.1%へと急減し、EU28の付加価値比率もやや低下した。では、同様に中国の輸入を見てみよう。米国の付加価値比率は7.8%から15.7%へと倍増し、EUの付加価値比率も上昇した。一方、日本は大きく落ち込んでいることが分かる。米国および中国の自動車輸入に占める日本の付加価値比率の低下は、日本企業の海外進出に伴い、付加価値を賦与する場所が中国や米国、メキシコやASEANに移転したことが大きな要因と考えられる。米中両国における自動車産業の産業内水平分業が活発化し、相互依存の関係が急速に深まったことが両国双方でそれぞれの付加価値比率が上昇した要因となろう。また、世界最大の自動車市場である中国には世界各国の自動車メーカーやその部品企業が集積しており、世界市場向けの自動車部品の輸出生産が活発に行なわれるようになったのである。
コンピュータ・電子機器・光学機器についてみると(表2)、自動車とは逆の状況にある。つまり、米国の輸入に占める中国付加価値比率が高く、中国の輸入に占める米国付加価値比率がそれほど高くないということである。米国が全世界から輸入するコンピュータや光学機器の価値は中国由来のものが42.1%にも達する。一方で、中国の輸入に占める米国付加価値比率は9.0%にとどまっている。いずれにせよ、IT関連製品に関しては、そのほかの輸入国・地域においても中国付加価値比率が35%~42%と非常に高い状況にあることがわかる。ここでも日本の付加価値比率は各国で大きく低下しているが、これも日本企業の海外生産の進展が背景にあると思われる。また、韓国、台湾、中国などの企業が2000年代以降、IT関連製品の生産で躍進してきたことなども日本の存在感の低下の要因であろう。
米中のデカップリングで自動車の生産におけるサプライチェーンの2系列化が必要となるなら、まずは米国輸入に占める中国の付加価値比率である10.3%と中国の輸入に占める米国付加価値比率の15.7%を低下させなければならない。完成車レベルでの輸入制限であるならばトランプ大統領がやったような関税政策によって阻むことができる。ただし、ここで議論しているのは「付加価値比率」であり、それは自動車生産の深層部にある部品や技術の原産地を問うことである。高い技術力を要し、国際競争力が求められる産業で、かつ擦り合わせによる年月をかけた作りこみをしている部品の代替は一朝一夕には実現困難であろう。
筆者が知る限り、ASEANに所在する日系自動車部品メーカーにおいても、中国からの部品調達に依存する企業は少なくない。エレクトロニクス製品についても、供給量と物流の利便性などから中国製の部品や製品が圧倒的な競争力を持っている。米中デカップリングの含意よりも、サプライチェーンの途絶リスク回避という意味で、日本企業の多くが今、サプライチェーンの複線化、強靭化、多元化を進めている。自動車産業のサプライチェーンでは、ASEANの生産拠点を中国フリーにするために、ASEAN域内やインドと協業することで再編する事例が見られる。一方、IT関連製品は小型、軽量、高価という特徴から部品や製品の産業内水平分業が深化しており、このサプライチェーンから特定国だけを取り除く作業はほぼ不可能と言ってもよいであろう。
これからのアジアのサプライチェーン
本稿では米中デカップリング経済となった場合のかなり最悪の状況を想定した論考を行なった。米中で制裁と報復の応酬が繰り返されたとしても、両国とも自国企業が苦境に立たされる状況を作り出すことはしないであろう。そうであったとしても、米中のデカップリングによるサプライチェーンの重層化や複線化は、リスク耐性を高めるためにも避けて通れない企業戦略であることは間違いない。
米国の大統領選に話を戻すと、バイデン氏は、制裁関税による対中輸入削減よりも同盟国と協調して中国が国際ルールに従うよう促すべきとする趣旨の発言をしている(『日本経済新聞』2020年10月23日)。民主党政権となれば米国は対中貿易で関税政策を武器とせず、自由貿易の枠組みを活用しながら中国と折り合いをつけ、適正な貿易パートナー関係を築きたいという意図がくみ取れる。
米国が多国間自由貿易協定に足並みを戻すのであれば、例えば環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)への米国回帰といったことも期待できるかもしれない。ただし、共和党政権の時よりは期待できるという程度で、実際は国内産業保護を掲げてTPPから離脱した経緯もあり、内政問題として考えれば簡単なことではなさそうである。CPTPPは元々、中国包囲網を意図した経済圏でもある。仮に米国がこれに加わることになれば自ずと日本など加盟国は米国陣営の通商環境におかれることになる。
一方で日本は中国も参加する東アジア地域包括的経済連携(RCEP)交渉にも参加している。2020年11月、インド抜きでの基本合意がなされたと報道され(『日本経済新聞』2020年11月11日)、アジア最大の貿易協定が発効に向け大きく一歩を踏み出した。RCEPは中国も含まれる経済圏構想であり、日本にとってはCPTPPで米国と、RCEPで中国と同一の経済圏に入る構図となる。米国とも中国とも自由貿易関係を維持するという外交姿勢となり、これはオーストラリア、ニュージーランド、マレーシア、ベトナム、シンガポール、ブルネイも同様である。
そして、日本は「自由で開かれたインド太平洋」構想も掲げている。一帯一路構想で開発を進める中国に対抗する地域秩序構築の戦略構想である。インド太平洋は、いうなればRCEPから中国を除いたうえで、対象地域をさらに拡大した地理的範囲となる。インド太平洋構想がそのまま自由貿易圏となるわけではないが、CPTPP、RCEPも含め、米中対立下でこうした地域秩序はどのような影響を受けるであろうか。大国間の政争の具とされず、企業が自由に生産と貿易を展開できる開かれた地域の実現を願うばかりである。
執筆者プロフィール
池部 亮 (いけべ りょう)
専修大学商学部 准教授
日本貿易振興機構(ジェトロ)に25年在籍し、ベトナム語研修生、ハノイ事務所駐在、広州事務所駐在などを経て現職。ベトナムと中国の産業発展史、日本企業の進出動向、東アジアの国際分業などを研究。近著に「ベトナムの自動車産業とオートバイ産業-競争力獲得過程の考察-」山田満・苅込俊二編『アジアダイナミズムとベトナムの経済発展』2020年、文眞堂、「ベトナムの国内物流効率化とその課題」石田正美・梅﨑創『メコン物流事情』2020年、文眞堂など。博士(経済学)。