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ニューノーマルと社会~拡大するフロンティア (1) オープンイノベーションへのさらなる期待 Xinova 上級副社長兼日本総代表 加藤 幹之 【2020/10/16】

「ニューノーマルと社会」~拡大するフロンティア

(1) オープンイノベーションへのさらなる期待

掲載日:2020年10月16日

Xinova 上級副社長兼日本総代表
加藤 幹之

はじめに

 ニューノーマルの世界は、イノベーションの重要性ぬきには議論できない。むしろイノベーションがコロナ禍後の人類の運命を左右すると言っても過言では無いように思われる。
 勿論第一に、医療技術や感染防止への緊急の要請が大きい。各国、各企業間で治療薬やワクチンの開発競争が激化しているし、新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)に見られるような感染対策システムの開発も盛んである。

 米国では「戦時下の大統領」というトランプ大統領の発言が話題になったが、歴史的に見ると、戦争や軍事用の研究開発が、大きなイノベーションを生み出して来たことも事実である。電子計算機は、戦時中の弾道計算の要請から生まれたと言われているし、今や生活の一部となっているGPSやインターネットも、米国の防衛関係の研究が発端になり民生用にも広く利用されるようになったものである。

 人類は、コロナの先で、イノベーションを軸にさらに発展できるのか、日本はそこでリーダーシップを取りうるのか。以下、いくつかの視点を議論してみたい。

デジタルトランスフォーメーション(DX)の必要性

 コロナ禍がもたらした社会的変化の要請の大きなもののひとつが、ソーシャルディスタンスの確保である。今まで通常に行われていた社会生活、ビジネス活動に大きな変化が求められることとなった。遠隔教育、遠隔治療が普通に議論されるようになり、多くの企業でテレワークが採用された。政府や銀行等で紙や印鑑をもとに行われていた業務も、根本的な見直しが求められるようになった。

 しかしこれらの課題を具体的に見てみると、その多くが既にDXの課題として議論されて来たものであることに気が付く。
 DXは、2004年にスウェーデン、ウメオ大学のエリック・ストルターマン教授によって提唱された概念と言われている。一部では、業務のIT化や、古いメインフレームシステムの更新を意味すると考えることがあるが、本来は「進化し続けるテクノロジーにより、人々の生活を豊かにしていく」ことを広く意味するものである。

 例えば、DXを推進する経済産業省のウェブサイトでも、「経済産業省のデジタル・トランスフォーメーション(DX)とは、これまでの、文書や手続きの単なる電子化から脱却。IT・デジタルの徹底活用で、手続きを圧倒的に簡単・便利にし、国民と行政、双方の生産性を抜本的に向上します。また、データを活用し、よりニーズに最適化した政策を実現。仕事のやり方も、政策のあり方も、変革していきます。」としている。
METI DX

DX推進で実現可能な社会

 DXを推進することにより、例えば物流の世界でも、無人化や自動化が進むとみられる。金融の世界でも、非現金化やオンライン化が進み、非接触の世界が担保される。AIやデジタル技術の活用は、広く農業や鉱工業から全産業に及んで、生産性や価値の向上を実現できる。

 例えば、農業の分野で見ると、デジタル情報を使って気象や土壌、生産予測システム等の外部情報を入手し、さらに過去の匠の技を見える化して、最も効率が良く品質の高い生産を行うことが提唱されてきた。農業従事者の減少に対応するため、今まで人手に頼ってきた生産分野で、ドローンやロボット、ネットワーク化された(所謂スマート農業を構成する)農業機器を活用して、多くの部分で無人化、効率化が実現可能であることが指摘されている。さらに国内外の市場情報をいち早く入手し、IT技術を用いて販売、契約、流通を最適化することにより、安定した収入を確保できた成功事例も増えている。農業分野のDXについては、例えば農林水産省による次のような説明がある。
農業のデジタルトランスフォーメーション(DX)について

 製造業の分野で見ても同様のことが言える。興味深いことに、製造の自動化は急速に進んでいるが、例えば、品質検査の部分は人手に頼ることが多い自動車や電子機器のように、何万件、何十万件という検査項目を持つ複雑な製品の検査には、まだまだ多くの人手が使われている。異常音が出たとか、かすかな煙が出たとかいうような不具合は、なかなかマニュアル化が難しく、検査の自動化を妨げてきた。しかし、AIを活用した最新のシステムを使えば、人が検査するより遥かに信頼性も高く効率も良い場合が増えてきた。製造業では、コロナ禍で部品が入手できないとか、流通に支障をきたしたというような多くの問題が顕在化したが、生産の現場でもDXの推進により、一気に解決すべき問題も見えてきたように思う。

本質的な課題は技術ではない

 IoTを活用すれば、人の直接的な介在は多くの場合に不要となるから、コロナ禍で指摘される課題を解決する方法の多くは、DXがこれまで試みてきた課題だったということができるのである。

 重要なのは、DX実現に必要な基本的技術の多くは、既に存在するという点である。印鑑を代替する技術があることは、誰もが知っている通りである。テレワークで毎日自宅勤務を行いながら、紙に社印を押印して提出するだけのために出社することの矛盾を感じる人も多いと思う。

 それではなぜ(特に日本では)DXが推進されないのか。これには多くの理由があると思われる。法律や規範の問題もあるだろう。日本という文化的、歴史的背景や、さらには政治的理由も想像できる。それらは現在政府が乗り越えようと取り組んでいる。ここでは特にイノベーションの進め方の課題について指摘させていただきたい。

求められる「自前主義」からの脱却

 日本でイノベーションをもとにしたDXを推進する際に遭遇する課題のひとつは、「自前主義」の問題である。

 例えば自動車産業は、内燃機関をベースとしたメカニカルな製品を提供する産業から、IT化、電気自動車、自動運転、さらにはライドシェアに見られるような「モビリティーの提供産業」に急速に変化している。その結果、自動車業界は、ITの分かるエンジニアが求められる産業に変化しつつある。

 金融の分野のように、今までITや技術とは疎遠であった産業も、いわゆるフィンテック(FinTech)への要請が強くなった。フィンテックは、「情報通信の技術を用いて革新的で破壊的な金融商品・サービスを提供する」ものとして説明されることが多いが、銀行マンにいきなりITをベースとした画期的な新商品を開発しろと言われても難しいことが多い。しかし海外では、例えばブロックチェーンを用いた、ITをベースにした今までには無かった金融サービスが多く生まれている。

 特に海外では、AI活用の事例が増えている。例えば、信用調査の分析にAIを用いるとか、将来社会のリスク要因を分析して保険や投資活動に活用する事例もある。スマホ社会の進展で、スマホだけで運用される銀行サービスのように、日本では行われて来なかった新しいサービスも実現している。今まで足で稼いでいた顧客獲得が、ネット証券やネットバンキング等で一気に変わってしまったことはご承知の通りである。

 こうした産業を取り巻く環境の急速な変化に加え、技術の複雑化や高度化、新規技術開発費用の高額化など多くの理由から、「オープンイノベーション」が不可欠の時代となった。DXへの要請はますます強まるが、どのように新しい技術やビジネスを作り出して行くかは、今までの内部だけに閉じた世界からは生まれにくい。これが自前主義から脱却し、「オープンイノベーション」を推進する必要性が唱えられている理由である。

マッチメーキングに留まっていた日本のオープンイノベーション

 日本でもこの数年で、オープンイノベーションの必要性が認識され、大手企業の多くは「オープンイノベーション室」や「コーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)」を創設した。

 しかしこれらの現状を見ると、海外の新規技術やビジネスを見つけて、そのまま活用するか投資するという、いわゆる「マッチメーキング」の段階であることが多い。結果としてどうしても日本には受け入れにくく、たとえ受け入れたとしても同じものを遅れて採用するだけだから国際競争上優位にはたてず、結局オープンイノベーションの効果を十分には発揮できないことが多い。いきなり海外の技術やビジネスモデルを持ち込んでも、なかなか日本で有効に活用することは難しい。多くの場合は、そもそも日本には不向き、時期尚早ということで、採用されることもない。近年注目されているデータの利活用についても、こうした例が多く、そのことが日本におけるデータやAIの活用の遅れの一つの原因になっていると思われる。

目指すべきはオープンイノベーション3.0

 日本でイノベーションを成功させるために、今後日本が求められることは、海外にある有望なシーズやビジネスモデルを発掘し、それを日本的に開発・応用することである。自らが持つ技術やいろいろな資源を組み合わせて全く新しいビジネスを作り出し、それを世界で展開することだと思う。これができれば、単なるマッチメーキングではなく、次の段階である「オープンイノベーション2.0」に至ったということになろう。

 さらに今後日本に求められることは、ビジネスモデルの点でも新しい独自の創作を加えることである。例えば、海外にある有望なシーズやビジネスを発掘し、それと自分の持つ技術やいろいろな資源を組み合わせて全く新しいビジネスモデルを作り出し、それを世界で展開することだと思う。勿論その逆もあって、日本にある有望なシーズやビジネスを海外のパートナーと共同して活用し、全く新しいビジネスモデルを生み出すことも期待したい。これは「オープンイノベーション3.0」と言える段階であり、今後日本が国際的に競争力のあるイノベーションを生み出すモデルとなると思われる。

まとめ

 コロナ禍により、人類は大きな試練を迎えた。しかし、過去の歴史がそうであったように、イノベーションにより、この試練を乗り越えることは可能だと思われる。既に多くの施策がDXの課題等として提示されており、それらを解決する基礎技術の多くも既に存在している。来春には日本にデジタル庁が設置されることも計画されている。今度こそ待ったなしで国内のデジタル化を加速する必要がある。

 今後は、企業や国の枠を超えたオープンイノベーションを積極的に推進することにより、新しいビジネスや事業のモデルを作ること、そして日本もそのリーダーシップをとる一員であることを目指すべきと考える。


執筆者プロフィール
加藤 幹之(かとう まさのぶ)
Xinova 上級副社長兼日本総代表

富士通に30年以上在籍、経営執行役、法務・知的財産権本部長、富士通研究所常務取締役、富士通マネージメントサービス(シリコンバレー)会長兼CEO等を歴任。技術投資ファンドを経て現職。世界60カ国以上の研究者ネットワークと共同で優れた発明や研究の創出、企業への専門的サービスの提供・資本参加等によって事業化を支援するXinova(ジノバ)社の日本事業を推進。米国(ニューヨーク、ワシントンDC)弁護士。



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