(22) コロナ禍における大学のオンライン授業化の取組みとICT利活用の前進への期待
掲載日:2020年7月30日
大阪成蹊大学経営学部 教授
ニッセイ基礎研究所 客員研究員
平賀 富一
新型コロナウイルス感染症の拡大の中、我が国では、行政手続きやキャッシュレス決済などの様々な分野で、従来から指摘されて来たICTの利活用の遅れが次々と顕在化している。その典型例は、感染者情報の公的な報告・集計作業に手書き原稿のFAX送信が未だに使用されていることや、韓国・シンガポール・台湾など東アジアの諸国・地域で早期にアプリを開発し、感染者動向・感染リスクの把握やマスクの需給・在庫情報の把握などが行われているのに比べて、我が国の対応が大きく後れを取っていることが挙げられよう。さらに、在宅勤務によるテレワーク化が進む中、単に決裁文書 (紙) に押印するために出社するという事例までもが報じられている。
かかる情勢下で、今回の新型コロナ感染症という危機への対応を起点に、我が国のICTの利活用の推進を促進し、今後の社会や暮らしを新時代に即して充実・満足しうるものにできるか否かが、今後の我が国のありようを定める大きな転換点になると考えられる。
今回の新型コロナ感染症の影響は、学校教育にも及んでおり、筆者が担当する大学教育においても、遠隔授業 (特にインターネット回線を介するオンライン授業) の位置づけが極めて大きくなっている。本稿では、一大学教員が、突然遭遇し、日々格闘している大学におけるオンライン授業の状況や、教員・学生 (受講生) にとってのその特徴・課題などを述べ、最後に、オンライン化などICTの利活用が、コロナ後の本邦の大学教育の在り方にもたらす影響や方向性について考えてみたい。
筆者は、所属する大学 (本務校) と、非常勤講師を担当する大学の二校で、経営学・国際経営に関わる各講義科目 (受講生は30人台から200名弱までと様々である) と少人数のゼミナール (演習) を担当している。これまでの教室での授業 (以下「対面授業」と表記) においても、インターネットで情報を取集・活用し、プレゼンテーション・ソフトを用いて資料を作成し講義や解説を行い、また、出欠確認はスマートフォンで行い、成績評価を学内システムに入力する等ある程度のICT化環境で業務を行っていると考えていたが、今回のコロナ禍において、その認識を全く変えざるを得ない事態になっている。
今回の、新型コロナウイルス感染症対応で、他の多くの業種と同様、政府・自治体の指示や要請等を踏まえ、各大学では、いわゆる「三密」条件 (密閉空間、密集場所、密接場面) を避けるために、卒業式、入学式、オリエンテーション、クラブ活動の中止や規模の縮小などが実施され、対面授業に代えて、遠隔授業の実施が本格化している。最近では、一部、小規模な対面授業も再開されるようになっているが、多くの講義科目がオンライン等の遠隔授業の形で実施されており、中には、今秋にスタートする後期においても、一部科目を除き遠隔授業を原則とすることを決定した大学や、対面授業と遠隔授業をミックスで行う方針の大学の事例などが報じられている。
かかる動きは、役員・教職員、学生、保護者など大学関係者の全員に大きな影響を与えているが、特に新入生は、入学式等人生における大切なイベントの開催中止や規模縮小化、初めての大学での授業の開始からのオンライン化、同級生や教員との対面での交流がないことなど、通常の大学での新生活のスタートとは大きく異なった気の毒な事態が生じている。
本論 (具体的な遠隔授業の方式等) に入る前に、今回の遠隔授業化の背景・理由やその取り組み状況などにつき主な事項を概観しておきたい。
令和2年3月下旬以降に文部科学省から発出されている累次の、通知、事務連絡、ガイドライン、Q&A集などにより、各大学においては、感染症対策の徹底や、学事日程の取扱いや変更、遠隔授業 (テレビ会議システムを用いた同時双方向型とオンライン教材 (スライド資料や講義形式の動画等) を用いたオンデマンド型など、詳細は後述) の活用などに関する方針や考え方が示されている。
さらに、4月7日の政府による「緊急事態宣言」の発令とその後の自治体の要請を踏まえ、各大学では、大学構内への立ち入り禁止や、教室での対面授業を避けての遠隔授業化、教職員の在宅勤務の推進、クラブ・サークル活動の自粛などの様々な措置が取られることとなった。
その後、5月27日 (首都圏の1都3県を除く) と6月1日 (左記1都3県) の緊急事態宣言の解除以降は、講義、演習、実習など一部の科目で、検温、マスク着用、手洗い・手指消毒、社会的距離の確保などの安全策を講じた上で、教室における対面の授業、図書館・食堂等施設の利用、事前に許可を得た課外活動が再開された。その一方で、筆者の担当科目も含め未だに相当数の科目では遠隔授業の体制が継続している。また非常勤講師としての講義を担当している東京都内の大学など相当数の大学では、原則として一部を除き前期科目の多くを遠隔授業の方式で行うとの決定を行っている。直近では、上記の通り、後期についても一部科目を除き原則として遠隔授業を主とする大学や、対面授業と遠隔授業のミックスで行うとする大学の事例などが報じられている。
各大学では、上記の各タイミングに呼応し、新年度の授業開始日の延期・再延期、前期授業の終了時期を遅らせること、遠隔授業化の対応などの対応を行っている。
文部科学省による全国の大学・高等専門学校 (以下「大学等) と表記する) での授業状況の調査によれば、5月12日の調査時点では、全体の約9割の大学等で、対面授業の開始時期を延期した。メディアの利用などを通じて、教室外の学生に対して行う授業 (遠隔授業) の活用については、ほぼ全て (96.6%) が、実施又は検討する方針とした。例年通りの時期に実施するとしている大学等でも、ほとんどが、遠隔授業の実施を決定又は検討していた。
本稿執筆の直近である7月1日の調査時点では、すべての学校で授業 (対面・遠隔) が実施されており、そのうちの23.8%が遠隔授業のみによって授業を実施している。対面授業と遠隔授業が併用されている大学等が60.1%、通学による対面授業の実施が16.2%である。上記のすべての授業を遠隔方式で実施している大学等の中で一部でも対面授業を開始する予定の時期は、約3割が7月中、約2割ずつが8月中・9月以降となっている。全部または一部の授業を遠隔方式で実施していると回答した大学等のうちで、全面的な面接授業の開始予定時期については、約6割が検討中、約3割が9月以後の時期としている。
次に遠隔授業の種類や方式と内容等について紹介する。
オンライン授業とは、一般にインターネットを介して教育学習を行うことであり、その方式として、教員が授業をテレビ会議システムなどによりリアルタイムで配信する「同時双方向型授業」と、学生が各自の都合の良いタイミングに受講できる「オンデマンド型授業」に大別される。
1. 同時双方向型授業
テレビ会議システム (例:Zoom、Google Meetなど) を使用してリアルタイム (同時) に講義を実施する方式である。対面授業に対して、受講の場所の拡張機能を有するものと考えられる。メリットとしては、対面講義に近似の方式で授業を行うことができ、教員と学生間でのリアルな質疑応答や討論、情報・意見交換、少人数のグループに分かれての討議を行えることが挙げられる。特に、小グループに分かれての討議 (ブレイクアウトルーム・セッション) は、同時双方向型授業に特徴的なもので、いわば、バーチャルな小教室に分かれての討議である。普通の大教室での授業では、小グループに分けても隣のグループの話し声が気になるなどの問題があるが、この点ではネット上のグループ討議の方が、より集中しやすいという利点がある。さらに、新型コロナ情勢下で、互いの接触機会の少ない学生同士での貴重なコミュニケーションの場となり嬉しいとの声もある。
一方、教員側では、パソコン (カメラ・マイク付き) やカメラがないパソコンには別途Webカメラ・マイクを準備する必要があること、多人数の学生が安定して画像と音声を受信できるインターネット環境とデバイス (パソコン、タブレットまたはスマートフォン、スマートフォンの場合は画面が小さい点が問題) が必須である。併せて、データ通信量負担への留意も必要である。この点に関し、筆者が所属する大学を例にとれば、インターネットによる学修環境整備のための支援金の支給や、そのためのデバイス (パソコン、タブレット) の貸し出しが早期に実施されたことにより、多くの学生がオンライン授業を受講可能な体制となっており担当教員として恵まれた立場と感じている。
また、受信環境・状況によって理解度が異なる可能性があるので、インターネットを介した学習管理システム (LMS:例:Moodle、Google Classroomなど) やメールなどによって、受講者の理解度の確認や、質疑応答、意見・要望の聴取などフォローアップ体制が必要になる。加えて、現場の教員にとって最も神経を使う事項は、オンライン授業がインターネット接続やテレビ会議システム、プレゼンテーション・ソフトなどの問題なく、毎回の授業が遂行できるかということである。つまり、大学内の教室での授業の場合にはシステムトラブルの場合に詳しい職員の支援をえることができるが、同時双方向型のリアルタイム授業では、教員一人の責任ですべてを円滑に実行することが求められる。
2. オンデマンド型授業
上記のLMS経由でのオンライン教材を使った授業方式である。教材 (動画や音声付資料ファイルもあり) や課題が掲示され、学生は各自で自習し課題の提出などを行う。音声付きの動画教材の作成には上記の同時双方向方式のシステムによる録画ファイルや音声付きのパワーポイントファイルの作成などがある。それらのファイルを、視聴者を当該授業の受講生のみに限定してYouTubeにアップするという手法もある。対面授業に対しては、授業の実施の場所と時間の双方の拡張機能を有するものと考えられる。利点としては、X曜日X時限などの授業スケジュールにとらわれず、学生が都合の良いタイミングで受講できる。教員および学生のデータ通信量の負担は同時双方向型に比べて少ない。
一方、対面講義とは異なる授業スタイルとなり、講義の同時性や迫力は少なく、学生の理解度や反応を即座に把握することが困難であり、グループ討議なども行えないということがある。対面授業に相当する教育効果を担保するためには、同時双方型授業以上に、受講者の理解度の確認や、質疑応答、意見・要望の聴取などきめ細かな対応が必要と考えられる。オンライン授業、特にオンデマンド型では、各教員それぞれが、受講生に出す課題が同時期に集中したり、レポート作成などの作業負担が大きくなる可能性があるので、その点の留意や教員間の連携・調整が必要であろう。
上記の2方式が典型的なオンライン授業であるが、遠隔授業という場合には、それらに加えて、教員が、資料や課題を上記LMSやメール等経由で学生に送付し、学生が学習成果を返信・回答したり、質問・回答するという方式もある。
筆者は上記の二つの方式のオンライン授業を実施しているので、その経験から若干補足すれば、同時双方型授業では、通常の講義の予定時刻 (x曜日のx時限) に、会議システムを立ち上げると、受講生がどんどんそこに参加してくる。学生は、パソコン・タブレット・スマートフォンで受講する (当初はスマートフォンでの参加者も相当数おり、画面が小さく資料が読みにくいなどの問題もあったが、大学側がパソコン・タブレットの貸し出し体制を整備したため多くがパソコン・タブレットでの参加となっている) 。出席率・参加率は当初の予想と異なり通常の教室での講義と同じかそれを上回るケースも多い。
講義の進め方は、基本的に対面授業の場合と同様、パワーポイントなどのソフトで作成したプレゼンテーション資料やPDF資料などを用いて解説を行い、チャット機能や投票機能などを用いて、学生からの質問・コメントを受け回答したり、教員から個々の学生を指名して意見を聞いたりもする。意外に感じるのは、通常の対面授業では指名してもなかなか発言してくれないケースが多いが、同時双方向型授業では、周囲に遠慮して気後れすることが少ないためか、全員が指名に応えて発言してくれるということである。オンデマンド型では、場所と時間の制約がないというメリットがあり、この方式を好む学生もいる。
ここで、オンライン授業をより充実させ、教育格差のない質の高い教育を行うための要件や今後の改善の期待について述べたい。
先ずは、安定して、費用負担が小さく大量のデータ通信を可能にするインターネットの接続環境と送受信に必要な高性能なデバイス (パソコン・タブレット) である。現在はデータ通信量負担を減らす (データ・ダイエット) の観点から、授業時間を可能な範囲でコンパクトにすること、必要な時以外は、受講生の顔の画面はオフにし、マイクも予めミュート (音声を切った状態) にしておくことが基本になっている。しかしながら、本来は、各出席者の表情を見ながら授業を行うことが、出席状況の正確な把握や授業への理解度や反応を承知するために望ましいと考えられ、この点でのインフラの充実やデバイスの性能の向上が望まれる。
またオンライン授業に関する著作権の課題に関しては、令和2年度については、「新型コロナウイルス感染症対策に伴う学校教育におけるICTを活用した著作物の円滑な利用について」 (令和2年3月4日付、文化庁事務連絡) 」を踏まえた特例対応がなされているが、令和3年度以降についても、良質な著作物をオンライン授業の教材として使いやすくするための措置が期待される。
次に、教員と学生の双方が、オンライン授業とは何かを理解し、同時双方向型とオンデマンド型の各方式および個別システムの操作方法に習熟することの大切さである。この観点で、大学側も教職員による支援やベストプラクティスの共有の場などを設けているが、具体的な操作方法やトラブルの回避法などについてインターネット上に実に数多くの情報 (YouTube等動画情報を含む) がアップロードされていることは日々戸惑うことも多い中で大変有難い。
現時点における遠隔授業 (特にオンライン授業) に関する学生の反応等
各大学ともに、急な環境変化への対応として取り組みを行っている途次であり、きちんと整理・分析がなされた調査結果は少ないと思われるが、筆者の実感・私見や各種報道によれば、当初の予想以上に、学生からはポジティブな感想・コメントがあるようである。その理由としては、大教室などで周囲の学生がいる環境と異なり、学習に集中できること、周りに気後れせずチャット等で気軽に質問したりコメントが行えること、グループ学習も、大教室で他のグループの話し声で気が散ることがなく落ち着いて討議ができること、コロナ禍で会う機会が少なくなっている友人と話ができる好機となっていることなどがある。
また、教室での授業の場合、教員の資料がプロジェクターの位置によって読みにくいことがあるが、オンライン授業では、自分の手元のデバイスで楽にチェック可能である。さらに、オンデマンド型では、自分の好きなタイミングで学習し、同じ教材を何度も聞き直したりできることが利点と捉えているようである。ここで留意すべきことは、十分な理解度の達成と教育成果のモニターである。さらに、現代の若者の中には、対面による会話や交渉よりも、SNSやメール等による伝達を好む傾向があると思われるが、今後、AIの次代になってもヒューマンタッチの重要性は継続すると思われ、対人対応力の涵養は依然重要な教育テーマになるものと考えられる。
コロナ後を見据えた大学教育の変化と期待
今回のコロナ禍において、遠隔授業化の急速かつ広範な実施は、いわば余儀ない対応ともいえようが、以下のような方向性を展望し、今後の大学教育における大きな転換点として前向きにとらえ推進することが、我が国の大学教育の質を高め、我が国におけるICT利活用の遅れを取り戻す好機にもなると考えられる。
今後の展開例として、先ず、リアル (対面授業) とネット (オンライン授業) の融合 (Fusion) やシナジー効果による学習の理解度・効率性向上の可能性が挙げられる。より具体的には、対面授業の中で、学生が周囲に臆することなく質問したり、意見が述べられるオンライン授業 (同時双方向型) のチャット機能や、学生の理解度把握や意見の集約ができる投票機能を活用するなど、さらに、やむをえない事情で教室に来られない学生のオンラインでの出席も有用であろう。
他方、オンデマンド型を活用し、オンライン教材を自宅等で予習し対面授業に臨み、そこで理解度を確認したり、課題解決などの討議や解説等を行う「反転授業」の実施がより促進される可能性がある。
上記の各事項は、各大学が注力している、学生の主体的な取り組みを促す「アクティブラーニング」の充実に資するものとなり、大学教育の質を高める効果をもたらすことが期待される。日本人について、幼い頃からの教育の影響もあり早く正解 (正答) を見つけようする傾向があると指摘されるが、不確実性が高く変化が激しい情勢・環境では自ら課題と解決策を考えることが大切であり、その点に関わる効用が期待される。また、各教員としても、専門の学問分野の研究を深めることに加えて、不断に変化・改善が見られる教育のICT化やEdTechのトレンドに遅れることなく自らの教育力を高めることが必要となるだろう。時間や場所の制約が少なくなるコロナ後の環境下では、教育力の不足する教員の淘汰や教員の二極化現象が起こる可能性も大きいと考えられる。
また大学にとっても、多様化する社会における様々なニーズを的確に捉え、優れた授業を社会人も含めた国内外の学生に提供できるか否かがこれまで以上に重要な課題になると考えられる。
さらに、大学でオンライン授業などを通じて、より実践的なICTの知識・スキルを持ち、主体的に課題と解決策等を考える訓練を受けた学生が社会に輩出されることにより、我が国の企業・社会におけるICTの利活用の促進、生産性・効率性の向上につながることを期待して本稿の結びとしたい。
(本項は筆者の個人的な見解を述べたものであり、所属する組織とは無関係である。)
<主要参考文献>
文部科学省高等教育局長「令和2年度における大学等の授業の開始等について (通知) 」 (令和2年3月4日付)
同省「新型コロナウイルス感染症対策に関する大学等の対応状況について」令和2年5月13日 (5月12日時点の調査結果)
同省「新型コロナウイルス感染症の状況を踏まえた大学等の授業の実施状況」令和2年7月17日 (7月1日時点の調査結果) 他、同省による通知・事務連絡・ガイドライン等
文化庁「新型コロナウイルス感染症対策に伴う学校教育におけるICTを活用した著作物の円滑な利用について」 (令和2年3月24日付、事務連絡)
日刊工業新聞社「コロナ禍のオンライン授業で大学改革が進む。学長たちの声」『ニュースイッチ』2020年6月22日 (2020年7月27日アクセス)
大阪成蹊大学経営学部 教授
ニッセイ基礎研究所 客員研究員
平賀 富一
新型コロナウイルス感染症の拡大の中、我が国では、行政手続きやキャッシュレス決済などの様々な分野で、従来から指摘されて来たICTの利活用の遅れが次々と顕在化している。その典型例は、感染者情報の公的な報告・集計作業に手書き原稿のFAX送信が未だに使用されていることや、韓国・シンガポール・台湾など東アジアの諸国・地域で早期にアプリを開発し、感染者動向・感染リスクの把握やマスクの需給・在庫情報の把握などが行われているのに比べて、我が国の対応が大きく後れを取っていることが挙げられよう。さらに、在宅勤務によるテレワーク化が進む中、単に決裁文書 (紙) に押印するために出社するという事例までもが報じられている。
かかる情勢下で、今回の新型コロナ感染症という危機への対応を起点に、我が国のICTの利活用の推進を促進し、今後の社会や暮らしを新時代に即して充実・満足しうるものにできるか否かが、今後の我が国のありようを定める大きな転換点になると考えられる。
今回の新型コロナ感染症の影響は、学校教育にも及んでおり、筆者が担当する大学教育においても、遠隔授業 (特にインターネット回線を介するオンライン授業) の位置づけが極めて大きくなっている。本稿では、一大学教員が、突然遭遇し、日々格闘している大学におけるオンライン授業の状況や、教員・学生 (受講生) にとってのその特徴・課題などを述べ、最後に、オンライン化などICTの利活用が、コロナ後の本邦の大学教育の在り方にもたらす影響や方向性について考えてみたい。
筆者は、所属する大学 (本務校) と、非常勤講師を担当する大学の二校で、経営学・国際経営に関わる各講義科目 (受講生は30人台から200名弱までと様々である) と少人数のゼミナール (演習) を担当している。これまでの教室での授業 (以下「対面授業」と表記) においても、インターネットで情報を取集・活用し、プレゼンテーション・ソフトを用いて資料を作成し講義や解説を行い、また、出欠確認はスマートフォンで行い、成績評価を学内システムに入力する等ある程度のICT化環境で業務を行っていると考えていたが、今回のコロナ禍において、その認識を全く変えざるを得ない事態になっている。
今回の、新型コロナウイルス感染症対応で、他の多くの業種と同様、政府・自治体の指示や要請等を踏まえ、各大学では、いわゆる「三密」条件 (密閉空間、密集場所、密接場面) を避けるために、卒業式、入学式、オリエンテーション、クラブ活動の中止や規模の縮小などが実施され、対面授業に代えて、遠隔授業の実施が本格化している。最近では、一部、小規模な対面授業も再開されるようになっているが、多くの講義科目がオンライン等の遠隔授業の形で実施されており、中には、今秋にスタートする後期においても、一部科目を除き遠隔授業を原則とすることを決定した大学や、対面授業と遠隔授業をミックスで行う方針の大学の事例などが報じられている。
かかる動きは、役員・教職員、学生、保護者など大学関係者の全員に大きな影響を与えているが、特に新入生は、入学式等人生における大切なイベントの開催中止や規模縮小化、初めての大学での授業の開始からのオンライン化、同級生や教員との対面での交流がないことなど、通常の大学での新生活のスタートとは大きく異なった気の毒な事態が生じている。
本論 (具体的な遠隔授業の方式等) に入る前に、今回の遠隔授業化の背景・理由やその取り組み状況などにつき主な事項を概観しておきたい。
令和2年3月下旬以降に文部科学省から発出されている累次の、通知、事務連絡、ガイドライン、Q&A集などにより、各大学においては、感染症対策の徹底や、学事日程の取扱いや変更、遠隔授業 (テレビ会議システムを用いた同時双方向型とオンライン教材 (スライド資料や講義形式の動画等) を用いたオンデマンド型など、詳細は後述) の活用などに関する方針や考え方が示されている。
さらに、4月7日の政府による「緊急事態宣言」の発令とその後の自治体の要請を踏まえ、各大学では、大学構内への立ち入り禁止や、教室での対面授業を避けての遠隔授業化、教職員の在宅勤務の推進、クラブ・サークル活動の自粛などの様々な措置が取られることとなった。
その後、5月27日 (首都圏の1都3県を除く) と6月1日 (左記1都3県) の緊急事態宣言の解除以降は、講義、演習、実習など一部の科目で、検温、マスク着用、手洗い・手指消毒、社会的距離の確保などの安全策を講じた上で、教室における対面の授業、図書館・食堂等施設の利用、事前に許可を得た課外活動が再開された。その一方で、筆者の担当科目も含め未だに相当数の科目では遠隔授業の体制が継続している。また非常勤講師としての講義を担当している東京都内の大学など相当数の大学では、原則として一部を除き前期科目の多くを遠隔授業の方式で行うとの決定を行っている。直近では、上記の通り、後期についても一部科目を除き原則として遠隔授業を主とする大学や、対面授業と遠隔授業のミックスで行うとする大学の事例などが報じられている。
各大学では、上記の各タイミングに呼応し、新年度の授業開始日の延期・再延期、前期授業の終了時期を遅らせること、遠隔授業化の対応などの対応を行っている。
文部科学省による全国の大学・高等専門学校 (以下「大学等) と表記する) での授業状況の調査によれば、5月12日の調査時点では、全体の約9割の大学等で、対面授業の開始時期を延期した。メディアの利用などを通じて、教室外の学生に対して行う授業 (遠隔授業) の活用については、ほぼ全て (96.6%) が、実施又は検討する方針とした。例年通りの時期に実施するとしている大学等でも、ほとんどが、遠隔授業の実施を決定又は検討していた。
本稿執筆の直近である7月1日の調査時点では、すべての学校で授業 (対面・遠隔) が実施されており、そのうちの23.8%が遠隔授業のみによって授業を実施している。対面授業と遠隔授業が併用されている大学等が60.1%、通学による対面授業の実施が16.2%である。上記のすべての授業を遠隔方式で実施している大学等の中で一部でも対面授業を開始する予定の時期は、約3割が7月中、約2割ずつが8月中・9月以降となっている。全部または一部の授業を遠隔方式で実施していると回答した大学等のうちで、全面的な面接授業の開始予定時期については、約6割が検討中、約3割が9月以後の時期としている。
次に遠隔授業の種類や方式と内容等について紹介する。
オンライン授業とは、一般にインターネットを介して教育学習を行うことであり、その方式として、教員が授業をテレビ会議システムなどによりリアルタイムで配信する「同時双方向型授業」と、学生が各自の都合の良いタイミングに受講できる「オンデマンド型授業」に大別される。
1. 同時双方向型授業
テレビ会議システム (例:Zoom、Google Meetなど) を使用してリアルタイム (同時) に講義を実施する方式である。対面授業に対して、受講の場所の拡張機能を有するものと考えられる。メリットとしては、対面講義に近似の方式で授業を行うことができ、教員と学生間でのリアルな質疑応答や討論、情報・意見交換、少人数のグループに分かれての討議を行えることが挙げられる。特に、小グループに分かれての討議 (ブレイクアウトルーム・セッション) は、同時双方向型授業に特徴的なもので、いわば、バーチャルな小教室に分かれての討議である。普通の大教室での授業では、小グループに分けても隣のグループの話し声が気になるなどの問題があるが、この点ではネット上のグループ討議の方が、より集中しやすいという利点がある。さらに、新型コロナ情勢下で、互いの接触機会の少ない学生同士での貴重なコミュニケーションの場となり嬉しいとの声もある。
一方、教員側では、パソコン (カメラ・マイク付き) やカメラがないパソコンには別途Webカメラ・マイクを準備する必要があること、多人数の学生が安定して画像と音声を受信できるインターネット環境とデバイス (パソコン、タブレットまたはスマートフォン、スマートフォンの場合は画面が小さい点が問題) が必須である。併せて、データ通信量負担への留意も必要である。この点に関し、筆者が所属する大学を例にとれば、インターネットによる学修環境整備のための支援金の支給や、そのためのデバイス (パソコン、タブレット) の貸し出しが早期に実施されたことにより、多くの学生がオンライン授業を受講可能な体制となっており担当教員として恵まれた立場と感じている。
また、受信環境・状況によって理解度が異なる可能性があるので、インターネットを介した学習管理システム (LMS:例:Moodle、Google Classroomなど) やメールなどによって、受講者の理解度の確認や、質疑応答、意見・要望の聴取などフォローアップ体制が必要になる。加えて、現場の教員にとって最も神経を使う事項は、オンライン授業がインターネット接続やテレビ会議システム、プレゼンテーション・ソフトなどの問題なく、毎回の授業が遂行できるかということである。つまり、大学内の教室での授業の場合にはシステムトラブルの場合に詳しい職員の支援をえることができるが、同時双方向型のリアルタイム授業では、教員一人の責任ですべてを円滑に実行することが求められる。
2. オンデマンド型授業
上記のLMS経由でのオンライン教材を使った授業方式である。教材 (動画や音声付資料ファイルもあり) や課題が掲示され、学生は各自で自習し課題の提出などを行う。音声付きの動画教材の作成には上記の同時双方向方式のシステムによる録画ファイルや音声付きのパワーポイントファイルの作成などがある。それらのファイルを、視聴者を当該授業の受講生のみに限定してYouTubeにアップするという手法もある。対面授業に対しては、授業の実施の場所と時間の双方の拡張機能を有するものと考えられる。利点としては、X曜日X時限などの授業スケジュールにとらわれず、学生が都合の良いタイミングで受講できる。教員および学生のデータ通信量の負担は同時双方向型に比べて少ない。
一方、対面講義とは異なる授業スタイルとなり、講義の同時性や迫力は少なく、学生の理解度や反応を即座に把握することが困難であり、グループ討議なども行えないということがある。対面授業に相当する教育効果を担保するためには、同時双方型授業以上に、受講者の理解度の確認や、質疑応答、意見・要望の聴取などきめ細かな対応が必要と考えられる。オンライン授業、特にオンデマンド型では、各教員それぞれが、受講生に出す課題が同時期に集中したり、レポート作成などの作業負担が大きくなる可能性があるので、その点の留意や教員間の連携・調整が必要であろう。
上記の2方式が典型的なオンライン授業であるが、遠隔授業という場合には、それらに加えて、教員が、資料や課題を上記LMSやメール等経由で学生に送付し、学生が学習成果を返信・回答したり、質問・回答するという方式もある。
筆者は上記の二つの方式のオンライン授業を実施しているので、その経験から若干補足すれば、同時双方型授業では、通常の講義の予定時刻 (x曜日のx時限) に、会議システムを立ち上げると、受講生がどんどんそこに参加してくる。学生は、パソコン・タブレット・スマートフォンで受講する (当初はスマートフォンでの参加者も相当数おり、画面が小さく資料が読みにくいなどの問題もあったが、大学側がパソコン・タブレットの貸し出し体制を整備したため多くがパソコン・タブレットでの参加となっている) 。出席率・参加率は当初の予想と異なり通常の教室での講義と同じかそれを上回るケースも多い。
講義の進め方は、基本的に対面授業の場合と同様、パワーポイントなどのソフトで作成したプレゼンテーション資料やPDF資料などを用いて解説を行い、チャット機能や投票機能などを用いて、学生からの質問・コメントを受け回答したり、教員から個々の学生を指名して意見を聞いたりもする。意外に感じるのは、通常の対面授業では指名してもなかなか発言してくれないケースが多いが、同時双方向型授業では、周囲に遠慮して気後れすることが少ないためか、全員が指名に応えて発言してくれるということである。オンデマンド型では、場所と時間の制約がないというメリットがあり、この方式を好む学生もいる。
ここで、オンライン授業をより充実させ、教育格差のない質の高い教育を行うための要件や今後の改善の期待について述べたい。
先ずは、安定して、費用負担が小さく大量のデータ通信を可能にするインターネットの接続環境と送受信に必要な高性能なデバイス (パソコン・タブレット) である。現在はデータ通信量負担を減らす (データ・ダイエット) の観点から、授業時間を可能な範囲でコンパクトにすること、必要な時以外は、受講生の顔の画面はオフにし、マイクも予めミュート (音声を切った状態) にしておくことが基本になっている。しかしながら、本来は、各出席者の表情を見ながら授業を行うことが、出席状況の正確な把握や授業への理解度や反応を承知するために望ましいと考えられ、この点でのインフラの充実やデバイスの性能の向上が望まれる。
またオンライン授業に関する著作権の課題に関しては、令和2年度については、「新型コロナウイルス感染症対策に伴う学校教育におけるICTを活用した著作物の円滑な利用について」 (令和2年3月4日付、文化庁事務連絡) 」を踏まえた特例対応がなされているが、令和3年度以降についても、良質な著作物をオンライン授業の教材として使いやすくするための措置が期待される。
次に、教員と学生の双方が、オンライン授業とは何かを理解し、同時双方向型とオンデマンド型の各方式および個別システムの操作方法に習熟することの大切さである。この観点で、大学側も教職員による支援やベストプラクティスの共有の場などを設けているが、具体的な操作方法やトラブルの回避法などについてインターネット上に実に数多くの情報 (YouTube等動画情報を含む) がアップロードされていることは日々戸惑うことも多い中で大変有難い。
現時点における遠隔授業 (特にオンライン授業) に関する学生の反応等
各大学ともに、急な環境変化への対応として取り組みを行っている途次であり、きちんと整理・分析がなされた調査結果は少ないと思われるが、筆者の実感・私見や各種報道によれば、当初の予想以上に、学生からはポジティブな感想・コメントがあるようである。その理由としては、大教室などで周囲の学生がいる環境と異なり、学習に集中できること、周りに気後れせずチャット等で気軽に質問したりコメントが行えること、グループ学習も、大教室で他のグループの話し声で気が散ることがなく落ち着いて討議ができること、コロナ禍で会う機会が少なくなっている友人と話ができる好機となっていることなどがある。
また、教室での授業の場合、教員の資料がプロジェクターの位置によって読みにくいことがあるが、オンライン授業では、自分の手元のデバイスで楽にチェック可能である。さらに、オンデマンド型では、自分の好きなタイミングで学習し、同じ教材を何度も聞き直したりできることが利点と捉えているようである。ここで留意すべきことは、十分な理解度の達成と教育成果のモニターである。さらに、現代の若者の中には、対面による会話や交渉よりも、SNSやメール等による伝達を好む傾向があると思われるが、今後、AIの次代になってもヒューマンタッチの重要性は継続すると思われ、対人対応力の涵養は依然重要な教育テーマになるものと考えられる。
コロナ後を見据えた大学教育の変化と期待
今回のコロナ禍において、遠隔授業化の急速かつ広範な実施は、いわば余儀ない対応ともいえようが、以下のような方向性を展望し、今後の大学教育における大きな転換点として前向きにとらえ推進することが、我が国の大学教育の質を高め、我が国におけるICT利活用の遅れを取り戻す好機にもなると考えられる。
今後の展開例として、先ず、リアル (対面授業) とネット (オンライン授業) の融合 (Fusion) やシナジー効果による学習の理解度・効率性向上の可能性が挙げられる。より具体的には、対面授業の中で、学生が周囲に臆することなく質問したり、意見が述べられるオンライン授業 (同時双方向型) のチャット機能や、学生の理解度把握や意見の集約ができる投票機能を活用するなど、さらに、やむをえない事情で教室に来られない学生のオンラインでの出席も有用であろう。
他方、オンデマンド型を活用し、オンライン教材を自宅等で予習し対面授業に臨み、そこで理解度を確認したり、課題解決などの討議や解説等を行う「反転授業」の実施がより促進される可能性がある。
上記の各事項は、各大学が注力している、学生の主体的な取り組みを促す「アクティブラーニング」の充実に資するものとなり、大学教育の質を高める効果をもたらすことが期待される。日本人について、幼い頃からの教育の影響もあり早く正解 (正答) を見つけようする傾向があると指摘されるが、不確実性が高く変化が激しい情勢・環境では自ら課題と解決策を考えることが大切であり、その点に関わる効用が期待される。また、各教員としても、専門の学問分野の研究を深めることに加えて、不断に変化・改善が見られる教育のICT化やEdTechのトレンドに遅れることなく自らの教育力を高めることが必要となるだろう。時間や場所の制約が少なくなるコロナ後の環境下では、教育力の不足する教員の淘汰や教員の二極化現象が起こる可能性も大きいと考えられる。
また大学にとっても、多様化する社会における様々なニーズを的確に捉え、優れた授業を社会人も含めた国内外の学生に提供できるか否かがこれまで以上に重要な課題になると考えられる。
さらに、大学でオンライン授業などを通じて、より実践的なICTの知識・スキルを持ち、主体的に課題と解決策等を考える訓練を受けた学生が社会に輩出されることにより、我が国の企業・社会におけるICTの利活用の促進、生産性・効率性の向上につながることを期待して本稿の結びとしたい。
(本項は筆者の個人的な見解を述べたものであり、所属する組織とは無関係である。)
<主要参考文献>
文部科学省高等教育局長「令和2年度における大学等の授業の開始等について (通知) 」 (令和2年3月4日付)
同省「新型コロナウイルス感染症対策に関する大学等の対応状況について」令和2年5月13日 (5月12日時点の調査結果)
同省「新型コロナウイルス感染症の状況を踏まえた大学等の授業の実施状況」令和2年7月17日 (7月1日時点の調査結果) 他、同省による通知・事務連絡・ガイドライン等
文化庁「新型コロナウイルス感染症対策に伴う学校教育におけるICTを活用した著作物の円滑な利用について」 (令和2年3月24日付、事務連絡)
日刊工業新聞社「コロナ禍のオンライン授業で大学改革が進む。学長たちの声」『ニュースイッチ』2020年6月22日 (2020年7月27日アクセス)