(1) ポスト・コロナ社会の課題
掲載日:2020年5月1日
一般財団法人 国際経済連携推進センター 理事長
政策研究大学院大学理事・客員教授
日本経済研究センター参与
JETRO運営審議会委員
ベルリン日独センター評議員・副議長
小島 明
2020年の世界経済の成長率についてIMF(International Monetary Fund)は4月半ば、わずか3か月前にプラス3.3%としていたものをマイナス3.0%へと大幅な下方修正を発表した。ただ、それもコロナ感染の拡大が今年後半には抑えられ、経済活動が正常化することを前提にしている。IMFは、the Great Lockdownという言葉まで使いだした。期待されるのは特効薬が早期に開発されることだが、感染拡大が長引くこと、あるいは第2波、第3波の感染拡大が起こりうることも想定しなければならない。
当面は足元の状況にしっかり対処し、そのために国際的な協力・連携を強化することが肝要だが、今回のコロナ危機が収束したあとの経済・社会、国際関係がどうなるか、どうすべきかを並行して考えることも肝要である。それというのも、今回のコロナ危機は“金融資本主義の暴走”の調整という金融危機で地域的にも限定された2008年のリーマンショックとは根本的に異なり、実体経済に過酷な打撃を与え、産業構造、生活パターンの根本的な変革を迫り、かつ、グローバル経済・社会全体に波及したグローバル危機だからである。
第二次世界大戦の後に生まれた世界規模での歴史的な変化、変革を振り返ってみよう。IMFを含む第二次大戦後の国際システムは戦時中に戦後構想を検討するなかから生まれた。コロナ危機をグローバルな規模の「戦争」だという人もいる。それだけに「ポスト・コロナ」、つまりコロナ危機後を今から検討する必要がある。米ジャーナリストのトーマス・フリードマン氏はコロナ危機の影響の大きさを強調しながらこの危機が歴史の分岐点となり、BC(before COVID-19)とAC(after COVID-19)で時代が分かれると論じている。
ACで懸念されることがある。コロナ危機がグローバリゼーションにより極度に増幅された、あるいはそれが危機の原因だとし、グローバリゼーションを憎悪し、各国が相互不信に陥り自国中心主義へ傾斜しかねない。すでに、国境管理が強化され、国境封鎖状況が生まれている。覇権をめぐりコロナ危機以前から展開していた米中の対立は、一層激化しそうである。
だが、今必要なのは、世界が危機対応で協力、連携することだ。ワクチン開発の情報共有、共同開発、多様な医療協力が肝要である。世界的なベストセラー『サピエンス全史』などを著したヘブライ大学のユヴァル・ノア・ハラリ教授は「感染症は遥か昔から存在していた。中世にはペストが東アジアから欧州に広まった。グローバル化がなければ感染症は流行しないと考えるのは間違いだ。石器時代に戻るわけにはいかない」と指摘する。
また、危機の中でとられた国家による強権の発動が危機後も居座り、強権主義が勢いづくことも懸念される。ハラリ教授はこの点、「感染症との闘いには新技術を使った監視も必要だが、民主主義的でバランスのとれたやり方で監視することができる。監視の権限を警察や軍、治安機関に与えず、独立した保健機関を設置して監視を担わせ、データの保管もさせることが望ましい。独裁体制では監視は一方通行でしかない」と警鐘を鳴らす。
国際政治の専門家の多くは、「国家」の復権、それも自国第一主義の国家が生まれることを懸念する。
国家主義的な孤立への傾斜が生ずるとしたら、ポスト・コロナの世界秩序はどうなるのか。第二次大戦後の世界秩序をリードした米国は今や「全くやる気のない帝国」(歴史学者のニール・ファーガソン)であり、保護貿易主義に傾斜し、コロナ危機で国際的な協力こそが望まれる中でWHO(世界保健機関)への資金拠出を拒もうとしている。一方、「やる気」をむき出しにする新興の大国、中国は徹底した監視と統制でコロナに対処して成功したと言いながら、医療外交で国際的な影響力を高めようとする。しかし、中国はポスト・コロナの世界秩序の明確な理念を有する「真の大国」ではない。世界は、いわゆるGゼロの状態で漂流しそうである。
一世紀前のスペイン風邪の際には、危機が国際協力を促進させるテコともなった。1921年には国際連盟の中に保健機関(LNHO)が設立され、それが今日のWHOへと発展した。こうした国際協力、国際関係の組織化は、第二次大戦後に花開き、リベラルな国際秩序を支えた。皮肉にも、「スペイン風邪から始まったリベラルな国際秩序がコロナ危機に直面して終焉を迎えるかもしれない」と、細谷雄一慶応大学教授は懸念する。
各国が直面する経済危機が一段と深刻になる可能性がある。またポスト・コロナの経済・社会は産業構造から、生活様式、働き方に至るまで根本的な改革を迫られるだろう。その際、コロナ危機以前から広がっていた、自国中心主義、ポピュリズムと目先主義(short-termism)、フェイクニュースの横溢による世論の歪みなどを背景に、各国が待望される「協力」「連携」に背を向け、「対立」「分断」に傾斜してしまうことがないように、今からポスト・コロナ時代、いわゆるAC時代の諸問題をしっかり議論することが肝要である。
一般財団法人 国際経済連携推進センター 理事長
政策研究大学院大学理事・客員教授
日本経済研究センター参与
JETRO運営審議会委員
ベルリン日独センター評議員・副議長
小島 明
2020年の世界経済の成長率についてIMF(International Monetary Fund)は4月半ば、わずか3か月前にプラス3.3%としていたものをマイナス3.0%へと大幅な下方修正を発表した。ただ、それもコロナ感染の拡大が今年後半には抑えられ、経済活動が正常化することを前提にしている。IMFは、the Great Lockdownという言葉まで使いだした。期待されるのは特効薬が早期に開発されることだが、感染拡大が長引くこと、あるいは第2波、第3波の感染拡大が起こりうることも想定しなければならない。
当面は足元の状況にしっかり対処し、そのために国際的な協力・連携を強化することが肝要だが、今回のコロナ危機が収束したあとの経済・社会、国際関係がどうなるか、どうすべきかを並行して考えることも肝要である。それというのも、今回のコロナ危機は“金融資本主義の暴走”の調整という金融危機で地域的にも限定された2008年のリーマンショックとは根本的に異なり、実体経済に過酷な打撃を与え、産業構造、生活パターンの根本的な変革を迫り、かつ、グローバル経済・社会全体に波及したグローバル危機だからである。
第二次世界大戦の後に生まれた世界規模での歴史的な変化、変革を振り返ってみよう。IMFを含む第二次大戦後の国際システムは戦時中に戦後構想を検討するなかから生まれた。コロナ危機をグローバルな規模の「戦争」だという人もいる。それだけに「ポスト・コロナ」、つまりコロナ危機後を今から検討する必要がある。米ジャーナリストのトーマス・フリードマン氏はコロナ危機の影響の大きさを強調しながらこの危機が歴史の分岐点となり、BC(before COVID-19)とAC(after COVID-19)で時代が分かれると論じている。
ACで懸念されることがある。コロナ危機がグローバリゼーションにより極度に増幅された、あるいはそれが危機の原因だとし、グローバリゼーションを憎悪し、各国が相互不信に陥り自国中心主義へ傾斜しかねない。すでに、国境管理が強化され、国境封鎖状況が生まれている。覇権をめぐりコロナ危機以前から展開していた米中の対立は、一層激化しそうである。
だが、今必要なのは、世界が危機対応で協力、連携することだ。ワクチン開発の情報共有、共同開発、多様な医療協力が肝要である。世界的なベストセラー『サピエンス全史』などを著したヘブライ大学のユヴァル・ノア・ハラリ教授は「感染症は遥か昔から存在していた。中世にはペストが東アジアから欧州に広まった。グローバル化がなければ感染症は流行しないと考えるのは間違いだ。石器時代に戻るわけにはいかない」と指摘する。
また、危機の中でとられた国家による強権の発動が危機後も居座り、強権主義が勢いづくことも懸念される。ハラリ教授はこの点、「感染症との闘いには新技術を使った監視も必要だが、民主主義的でバランスのとれたやり方で監視することができる。監視の権限を警察や軍、治安機関に与えず、独立した保健機関を設置して監視を担わせ、データの保管もさせることが望ましい。独裁体制では監視は一方通行でしかない」と警鐘を鳴らす。
国際政治の専門家の多くは、「国家」の復権、それも自国第一主義の国家が生まれることを懸念する。
国家主義的な孤立への傾斜が生ずるとしたら、ポスト・コロナの世界秩序はどうなるのか。第二次大戦後の世界秩序をリードした米国は今や「全くやる気のない帝国」(歴史学者のニール・ファーガソン)であり、保護貿易主義に傾斜し、コロナ危機で国際的な協力こそが望まれる中でWHO(世界保健機関)への資金拠出を拒もうとしている。一方、「やる気」をむき出しにする新興の大国、中国は徹底した監視と統制でコロナに対処して成功したと言いながら、医療外交で国際的な影響力を高めようとする。しかし、中国はポスト・コロナの世界秩序の明確な理念を有する「真の大国」ではない。世界は、いわゆるGゼロの状態で漂流しそうである。
一世紀前のスペイン風邪の際には、危機が国際協力を促進させるテコともなった。1921年には国際連盟の中に保健機関(LNHO)が設立され、それが今日のWHOへと発展した。こうした国際協力、国際関係の組織化は、第二次大戦後に花開き、リベラルな国際秩序を支えた。皮肉にも、「スペイン風邪から始まったリベラルな国際秩序がコロナ危機に直面して終焉を迎えるかもしれない」と、細谷雄一慶応大学教授は懸念する。
各国が直面する経済危機が一段と深刻になる可能性がある。またポスト・コロナの経済・社会は産業構造から、生活様式、働き方に至るまで根本的な改革を迫られるだろう。その際、コロナ危機以前から広がっていた、自国中心主義、ポピュリズムと目先主義(short-termism)、フェイクニュースの横溢による世論の歪みなどを背景に、各国が待望される「協力」「連携」に背を向け、「対立」「分断」に傾斜してしまうことがないように、今からポスト・コロナ時代、いわゆるAC時代の諸問題をしっかり議論することが肝要である。